第十八話 「野盗と魔王のダンス」
俺は魔王を見る。そして目を閉じ、呪文を唱える。
「我が魂よ、魔獣に成り下がれ↓。」
『カチン』
自分の中のスイッチを押す。それは、ただ、理性を吹き飛ばす魔法。
ドク、ドク、ドク。ドクドクドク。呼吸を浅くし、心拍のリズムを上げる。
大きく息を吸い、目を開け魔獣のように鋭い目で魔王を見る。
殺戮衝動に身を任せ、全ての動きから思考する時間をショートカットし、ノータイムで動くようにマインドセットする。
自分の魂を魔王を殺すだけの獰猛な魔獣に成り下がらせる!
「我は絶望の魔王!フォルテッシシモ!さあ勇者よ!絶望し、絶叫せよ!!」
「魔獣の森の魔獣の牙ベルナール!今日ここで、お前を殺す!…なーんてね。」
俺は勇者ではないが開戦した。
「さぁ、かかって来いよ魔王様!」
「まったく、チャレンジャーは貴様の方だろが。」
ドラゴンのククリナイフを引き抜いた左手の人差し指でかかって来いと言わんばかりに、挑発する。
直後、魔王が先に動いた!
「魔王に従え!イカズチよ!」魔王が尊大な呪文を唱える。
城の天井を突き破り、巨大な雷撃が二人のすぐ近くを焼く。
ソフィアはバランスを崩し、柱に寄りかかってしまう。俺はすんでのところで飛び退いた。
「魔王に従え氷刃よ!」
魔法の仕組みは望遠鏡で世界を見る仕組みと同じだ。
魔法陣のレンズと魔石のレンズを通して、人が使う魔法を最大化して発動させる。
それぞれ質、精度、純度が高ければ高いほど、使う魔法の精度がより精緻、高威力の魔法が使える。
魔王が放つ魔法は、ただでさえ魔法の才能に秀でた魔族の到達者が強力な力を持つ魔石をあしらった杖を使い魔族の世界にしか伝わらない精緻で巨大な魔法陣から魔法を放つ。
そんなもの、この世の者がどうにかできる訳がない。
術者である魔王の魔力があきらかに強すぎる。本来は逃げの一手しかない。
城の石柱を超える巨大な氷の刃が、向かってきた。氷刃って規模ではない。これをククリナイフで力任せに叩き切って魔王に突貫する。
魔王は自分の目の前に人間には扱えぬほどの大きな魔法陣を描き呪文を唱えた。
「魔王に従え!水の魔弾よ!」
氷の次は水の大砲の嵐が襲ってきた。
魔王の魔法陣から水の砲弾が雨あられと降り注ぐ!魔王がギアを上げて来た。
その一つ一つが爆発音と供に地面を削り、小さな隕石のように降り注ぐ!
俺は転がり、手足を付いて走り逃げ惑う。一つでも当たったら終わりだ。
「いいザマだ!まるで野良犬のようだな!」
「確かに、勇者よりは野良犬寄りだよ!」
俺は柱に隠れるが水の砲弾が瞬く間に、柱を削り取り、慌てて飛び出す。避けきれない水の砲弾をククリナイフで受けたが壁まで吹っ飛ばれた。
休みなく襲う砲弾を壁を蹴って宙返りし、ダンスを踊るように紙一重で避けながら魔王に向かって走る!
矢継ぎ早に呪文を唱えて来る。
カン、カン。
魔王は杖で地面を二回たたく。
「我に従え!上級悪魔よ!」
事前に仕掛けてあったのだろう。
床に魔法陣が現れ、上級悪魔が召喚された!しかも二体!
血のように紅い体に褐色の角が二本。青い体に褐色の角が三本二体とも三メートルは超える大きさ!
「これは聞いてないな!」
2体の上級悪魔は俺に向かって、大きな手の鋭い爪で俺を切り裂かんと走って向かってくる。
勇者たちの話になかった魔法に毒づきながら先に左側の紅い上級悪魔に突っ込む!
腰に吊るした酸の瓶を上級悪魔の足に投げつける。瓶が破砕すると同時に足が溶け初め骨が見えてきた。
「グァァッアァー!」
悲鳴をあげ膝をついた悪魔を駆け登りククリナイフで頭を割る!が、
次の瞬間、ブッ飛ばされた!
「ぐはっッ!!」
一体倒したのも束の間、もう一体の上級悪魔に殴られ、壁に叩きつけられた。
歯を食いしばり、すぐさま立ち上がると、グランのナイフを右手で逆手に持ち、追い打ちをかけに向かって来た上級悪魔の眼前に向けて、ナイフに魔力を込め叫ぶ!
「闇よ!」
上級悪魔は、一瞬わけが分からず、目を凝らし魔石を見る。その瞬間、呪文とは裏腹に魔石から閃光がほとばしる!
グランの捻くれた性格を繁栄した形見のナイフは柄に付いている魔石が激しく光り、悪魔はたまらず手で顔を覆った。
怯んだ隙にククリナイフで心臓を一突き!
ドスンッ!
三メートルを超える巨体が崩れ落ちた。
俺は再び魔王に向かって突っ走る!
「前の勇者よりはやるようだな!だが、ここで終わりだ。前の時とは違うぞ!我の最大最強の魔法だ!」
禍々しい髑髏をあしらった杖で空中に巨大な魔法陣を描く。
「魔王に従え!地獄の中の地獄!業火の中の業火!獄炎の王よ!地獄の最奥に我が前の魂を引きずり込め!」
人間の魔法使いが五十人いや、百人いても、到底起動しない規模の巨大な魔法陣を描き魔法を発動させる。
そこから、生きているかのような王冠を被った髑髏の姿をした巨大な炎が魔法陣から現れる。
魔法が意思を持っているように動き俺を地獄に引きずりこもうと向かって来る!
あまりの規模の魔法に、こんなバケモノと関わるべきではなかったと後悔した。
狂った炎が真っ直ぐ俺に向かって来る!
「クソッタレが!」
あらん限り毒づきながら炎の中に突っ込む!
背中のカバンからドラゴンのマントを取り出しマントに体を被り、業火に突っ込む!
炎でマグマのようになった地面を蹴り、狂った魔獣のようになりふりかまわず走り抜ける!
相棒の作ったドラゴンの赤黒いブーツにドラゴンのマント。もはや身体覆うための風呂敷のようなマントをすっぽり被り、魔王に向かって走り続ける!
「相棒頼むぜ!」相棒に祈る。
野盗は神様には祈らない。だいたいは神様に裏切られたやつらだからだ。祈るのは今日まで生き抜いてきた自分と仲間くらいだ。
業火に飲まれた中で走る時間は永遠に感じた。まさに地獄の炎。一瞬にして滝のように汗が噴き出し、蒸発していく。マントに視界を取る穴もなく、どこまでこの地獄が続くか見えない。足元にはマグマのように溶けた地面だけが見え、ごうごうと炎が渦巻く煉獄の中をひたすら走る!地獄の炎の中を前も後ろもわからず、狂った魔獣と化し疾走する。
引き延ばされていた時間が、熱で粘ついた地面から石造りの地面になったことで、王冠髑髏の業火を走り抜けたことを知らせた。マントは焼け焦げたが耐えきった!ドラゴンと相棒さまさまだよ。
「さすが相棒!イカしてるぜ!」
シャロアのマントは魔王による、最強呪文の業火を耐えきった。一瞬の歓喜に沸きながら、魔王に向けて飛び出した。
マントをしまっていたカバンとマントを投げ捨て、身軽になって加速し、魔王に向かって疾走する。
「私の最強の魔法で無傷だと!?しかも魔法も使わずにだと!?貴様ぁッ!ふさけるな!」
魔王は明らかに動揺した。当然だろう。こんなバカげた魔法に自ら飛び込んで突破してくる頭のおかしいやつなどいままでいたはずがない。絶対的なプライドを傷つけられ、驚愕し、次の動作が遅れている。
業火を突っ切った俺はさらに加速し魔王に突貫する!!飢えた魔獣のように!
魔王まであと少し、笑顔が消えた魔王は、さらに凶悪な魔法を放とうと、魔法陣を展開する!
「魔王に従え風のッ!」
だが遅い。俺は、魔王が魔法が唱えるより早く、魔法陣の内側に入り、杖を持つ腕を叩き切った!
慌てた魔王は大きく後ろに下がる。身体能力も化け物だ。軽いステップで距離を取る。
俺は腰のベルトから、毒の粉の入った瓶を、魔王の足元に投げつけ叩き割る。そこから毒の煙が瞬くまに魔王を包みこむ。
「この私に毒が効くとでも?」
嘲笑する魔王を俺は意に介さず、続けて魔力を込めて火炎瓶を投げつける!
すると一瞬で、毒の粉に引火し粉塵爆発を起こす!
「な!?」
魔王は想定外の爆発で吹っ飛ばされた。
吹っ飛ばされた魔王が剣を抜く。接近戦では魔法は無意味だから当然だろう。
そんなことはお構い無しに、ククリナイフで襲い掛かる!
魔王の細い剣はロイズやソフィアともまた違う、格式の高そうな剣技でこちら斬撃をいなす。
「どうした!剣でもその程度か!」
「心配するな!オマエはすぐ死ぬ!」
魔王の剣を靴底では受け止め跳び上がり、魔王の肩をククリナイフで斬りつける。
「くっ!たかが人間ごときがしつこい!」
パチン!と魔王が指を鳴らすと、無数のかまいたちが俺の身体切り刻もうと飛んでくる。
首だけを右腕でガードし、身体が斬り裂かれ、血が翔ぶのを無視し、突き進む。
杖も魔法陣も無し、その上無詠唱で殺傷力のある魔法を放つのはさすがだが、確実に殺し切るほどの威力はない。
「おらよ!そんなお上品な剣じゃ、俺は殺せないぜ!魔王様よ!」
「図に乗るな、クソガキが!」
魔王より遥かに邪悪な瞳で睨みつけ、左手に持つククリナイフで獣のように斬りかかる!
何の型もない、野盗流の斬撃に対処仕切れず、魔王は身体を刻まれる!
さらに追撃し、左手のククリナイフで、魔王の左足を切り飛ばした!
魔王は完全に対応が間に合っていない。小さな魔法陣を『自分』に向け、自らの体を魔法で後方に吹き飛ばして強引に距離を取った。戦いなれている。魔王様も伊達に年取ってないな。あれだけ同様していたのに、平静さを取り戻した。
ここでお互いに見合った。
「ここまでやるとは。以前の勇者とは格が違うな。さすが人間の『到達者』というわけか。少しばかりだが追い詰められるとは思ってもいなかったよ。しかし、まだ終わらない!遊びはこれからだ。これが何かわかるか?」
懐から真っ赤な液体の入った小瓶を取り出した。
「そこのエルフなら知っているだろう?これがフェニックスの血液だ!」
魔王が取り出した小瓶の中には真紅の液体が揺蕩っていた。俺でもわかる。異常に凝縮された魔力の液体。
血だけとなっても、今にもそこから何か生まれそうなほどの力が見てとれる。確かにあれなら、どんなケガでも病でも立ちどころに治るだろうよ。
「これは手足がもがれようが、猛毒に侵されていようが、死んでいなければすべてを癒す!究極の秘薬だ!」
魔王は自慢げにフェニックスの血液を掲げてみせる。
「本当にあったんだな。そんなものが。ああよかったよ。なぁ?」
その瞬間、フェニックスの血液を持っていた魔王の手が突然切り落とされる!
「なッ!?」
状況が理解できない魔王を呆然とする。
瓦礫の影に隠れていたソフィアが、魔王の腕を切り落としフェニックスの血液を奪い取った。
「やっと手に入れた!この時を待っていたのよ!」
ソフィアの動きは会心のできだった。
「エルフだと!お前はあそこにいたはず!!なぜここにいる!?」
ローブをまとったエルフは最初の魔王の魔法で吹き飛ばされた位置に顔まですっぽり隠したローブ姿で柱に寄りかかっている。
が、ソフィアが指をパチン!と鳴らすと、ローブはびちょ濡れで床に落ちた。
「私も『到達者』になったのよ。これくらい簡単だわ。あなたからこれを奪うために近くに隠れてたのよ。気付かなかったの?ローブの中はこの左足と同じ水の魔法よ。」
魔王を小ばかにしたように言う。
そう。これが俺の計画。魔王を殺してしまったら、フェニックスの血液のありかはわからないかもしれない。
使わせるところまで追い詰めた上で、奪い取る必要があったので一芝居打った。ソフィアもしぶしぶ乗ってくれた。ローブの中身は魔法で作った水の塊だ。フードまで被ってれば、中身は適当でいいからな。最初に魔王が魔法で俺たちを狙った時、柱に倒れ掛かったと見せかけて、こっそりローブから抜け出してチャンスを窺がっていた。
最初に魔王を煽り倒したのもこのためだ。カッコつけてたわけではない。
注意を俺だけに集中させるためだ。おかげさまで上手くいった。
「ばかな!?貴様ら、そんなくだらんやり方で、この私をコケにしやがって!!!」
やっと本当に焦り始めたようだが、遅すぎる。
「焦るのが遅かったな。俺だったら、最初から上級悪魔でもなんでも大量にぶつけて物量で押し切るね。いくらでもやりようがあっただろうに。こっちが勝てる可能性なんて本来ゼロだよ。」
魔王は、俺の言葉で自分がどれだけ詰んだ状況がやっと理解し始めた。
「ウワァー-----!!!」
絶望の魔王が絶叫する。ククリナイフに塗っていた痺れ薬も効いているのだろう。よだれをたらし、意識を保っているのも精一杯の様子だ。
再び魔王に突貫する。獰猛な魔獣のように駆ける。音を置き去りするかのようなスピードで走り出す。
ただ一本の魔獣の牙と化し、全身全霊を持って疾走する!
絶望の魔王の心臓にククリナイフを突き立てた。
「いくら何でも人間を舐め過ぎだぜ、魔王様。」
ククリナイフを心臓から引き抜き、即座に魔王の首を刎ねた。
その瞬間、絶望した顔を浮かべた魔王の肉体は灰になり、消え去った。
「これで人を殺したのは二人目か。最悪の気分だ。」
ククリナイフを鞘に納めながらつぶやく。
「随分と殊勝なことね。あいつは悪逆の限りを尽くした魔王よ?さすがにあれを人の範疇に入れるのはどうかと思うわよ?」
「そうかもな。」
わかってはいても、嫌なものは嫌なものだよ。
「ひえ〜。フォルテッッシモがやられるとはね~。しかも人間なんかに。あなた、狂ってるわね。女神が取り憑いただけのことはあるわ。フォルテはすぐにしっぽ巻いて逃げるべきだったわね。」
魔王の傍に居た天使のラファエルが現れた。
「やっぱり、フォルトゥナは俺に取り憑いていたのか。御払いに行かなきゃな。」
「誰が取り憑いたじゃ!女神に向かって失礼にもほどがあるじゃろ!」
何処から現れたのか、フォルトゥナが俺の前に立つ。
天使が一歩前に出る。
魔王の側にいた天使が、にこやかに笑いなが殺意を向けて来た。
この世界のものじゃない者の殺意。魔王がそんなに大事だったのか?こりゃ死んだな。
やれやれと思いながらククリナイフを構え、ソフィアも杖を構える。
「何しようとしてるんじゃラファエル?まさかさっきのにそんなに入れ込んでたのか?」
「そんなんじゃないけど、長い付き合いだったのよ。ムカついただけ。」
「相手がそなたなら、我がケンカを買うぞ。」
「コツン」
お得意のこん棒が床に軽く触れた途端、床が盛大に陥没して崩れ、下の階が露わになる。
舌舐めずりをして、ラファエルを見ている。天使を相手に獲物を刈る側の舌舐めずり。
…怖すぎるんだが。フォルトゥナさん、そんなキャラだったの?あっちの天使様がビビり散らかしてるよ。
ウェンディも、ソフィアも同じだ。普段と様子が違う姿に唖然としている。
「…。じょっ、冗談よ。虐殺の女神にケンカを売ろうなんて死んでもゴメンだわ。」
「誰が虐殺の女神じゃ!誰が言ってるのじゃ!とっちめてくれるわ!」
「ヒッ!私はこれで失礼するわ!じゃあね!」
青筋立ててお怒りの女神を前に、天使は慌てふためいて立ち去った。
フォルトゥナのおかげで生き延びた。魔王様が天使に好かれるとは、この世界何があるかわからないね。
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