第十二話 「現役復帰」
用意には時間が掛かる。シャロアが一式を用意してくれているその間、俺は昔の装備を借りて、森に入った。
戦闘の勘を思い出すためだ。昔は毎日のように魔獣狩りをしていた。荷馬車を襲ったのは、大きな仕事の時だけだ。よく魔獣を荷馬車にけしかけたものだ。
魔獣はとても恐ろしい。生きるために人間でも、別の魔獣でも襲う。本来は出会ったら逃げる一択の生き物だ。
俺はシャロアに教えてもらった、ブラックウルフの群れがいる場所に来ていた。
俺か居たころから、良く通っていた狼の崖と呼ばれる崖の下だ。この森は山やら崖やら起伏の激しい地形になっていて、この崖のしたにブラックウルフがよくいる。崖の下には洞窟があって住処にしてることが多い。洞窟には古代遺跡につながっていて、そこから魔物が現れるようだが、危なくてあまり奥までは探索したことはない。金目のものがわんさかあると思うんだが、俺的にはリスクとリターンが合わない。俺が冒険者なら挑戦したかもしれないが。
そこからブラックウルフは自分の得意な場所で静かに獲物となる魔物や動物を狩るための狩場に出向き長いこと待ち続けていることが多い。
腰には昔使っていたククリナイフ、そしてグランから貰ったナイフだ。右手にはグローブを身に着けている。
水の魔法でできた右手が自分でも視認しづらいからだ。昔はグローブを身に着けて仕事をしていたっていうのもある。
装備が整うまで、昔の装備で魔獣狩りをすることにした。昔の勘を取り戻さないと話にならない。むざむざ死ぬつもりはないからね。
おれは狼の崖からほど近い、ブラックウルフの狩場に自ら出向いた。大物の山イノシシのくらいでかいブラックウルフのボスが一匹とその他が九匹。その群れに対して、馬鹿みたいに真正面から対峙した。
「グルウゥッ!」
キバをむき出しにしたブラックウルフの群れがこちらに一斉に襲いかかってくる。
俺はブラックウルフを見る。そして目を閉じ、呪文を唱える。
「我が魂よ、魔獣に成り下がれ↓。」
『カチン』
自分の中のスイッチを押す。
ドク、ドク、ドク,ドクドクドク。呼吸を浅くし、心拍のリズムを上げる。
全ての動きから思考する時間をショートカットし、本能で動くようにマインドセットする。
昔、グランに教えてもらった戦い方だ。
昔々、まだ魔法技術が広まっていない、人が剣と斧で斬り合って戦争をしていた時代の魔法。
『ベルナール。なんで魔獣が強いかわかるか? 』俺はキバがあるから?と答えた。
『魔獣は俺たちを殺すことしか考えてない。人間みたいに余計なことを考えてないんだぜ。』
『相手を殺すと決めたらそれ以外空っぽにしろ。自分にスイッチを作れ。それを押したら、自動で動くようにしろ。そうすれば魔獣と同じくらいには動ける。何も賢くなれって、言ってるんじゃあねぇ。魔獣に成り下がるだけだ。』
それは、ただ理性を飛ばす魔法。
呪文をトリガーに、理性を吹き飛ばす。
大きく息を吸い、目を開け獣の鋭い目でブラックウルフの群れを見る。
自分の魂を、ただ狼を殺すだけの獰猛な魔獣に成り下がらせる!
俺は腰を落とし、ククリナイフを握った左手を地面に付けた態勢から、群れに向かって走り出した。毒の瓶を右側の三匹に向かって投げつける。毒の粉でもがいている間に、左からきたブラックウルフが喉に噛みつこう口を開けていた。右腕をこちらから口に突っ込み、喉を掻き切る!
毒で苦しんでいる三匹に向かって駆け出し、自分が毒に侵されることを無視して三匹とも切り刻む!
ドラゴンを倒してからというもの、体が多少頑丈になっている気がする。毒にもある程度耐性がある。
昔から使っていたから、そもそも耐性はあるのだけれど。
俺はボスのブラックウルフに向き直る。
「さて、あと何匹殺せばやる気になるのかねぇ。サッサっとかかってこいよ。」群れのボスを挑発した。
怒り狂ったボスウルフが襲って来た!
ブラックウルフのボスがやっと殺る気になったようで、向かって来た。デカイ上に早い。子分ウルフとはひと味違う。
一歩で間合を詰められ、大きな爪で吹っ飛ばさて大木に叩きつけられた。
「ゴハッ!」
ククリナイフで受け止めなければ腹に穴が空いていただろう。
それにしても、昔の俺ならこんな不様は晒さなかった。
確かに多少人間離れして、身体能力は上がったが、勘が絶望的に鈍っている。勘を取り戻すには時間が掛かりそうだ。
ふーっと息を吐いて立ち上がり反撃する。
感覚を研ぎ澄まし、余計な思考を除去する。
来る日も来る日も魔獣を狩った、昔の膨大な戦闘経験からノータイムで最善の動きをする。
再び飛びかかってきたブラックウルフの下に滑り込み、前足をククリナイフで斬りつける。
斬られたブラックウルフは地面を転がる。
立ち上がりが、前足の自由に利かなくなり、動きが鈍い。そこはさすがに群れのボス、余裕の笑みを浮かべ襲い来る。
俺は紙一重で牙を躱し、ククリナイフナイフで体を斬りつける。
血を流したボスウルフは、勝てないと判断したようだ。
「ガウゥゥーーッウゥゥ!」
ボスのプライドをかなぐり捨てて遠吠えで合図をする。すると残りの子分ウルフとが周囲を囲み、全員で襲ってきた。後は醜い乱戦。
ウルフどもの爪を避けては斬りつけ、ククリナイフがオオカミの首に突き刺さり、抜けなくなると素手で殴り倒し、蹴り飛ばす。どっちが魔獣かわからないような有り様だ。
だけどこの感じが俺の闘いかただった。
なりふりかまわず闘っているうちにブラックウルフの群れを全滅していた。
「ふ〜ぅ。全然駄目だったな。」
腰を下ろし、ひと息つく。昔ならこんなに服が返り血で血みどろになることはなかった。すぐ町に買い物に行けるくらいきれいなもんだったのに。
少し休んだ俺は魔物の体をグランのナイフで開き、心臓に当たる部分を弄る。
すると蒼く光る魔石が現れた。
魔物は心臓の替わりに魔石があり動力源となっている。これ魔力が宿っていて、杖や生活に欠かせない。
しかしいいものは入手難易度が極めて高く、高値で取り引きされる。
俺はこれを売って生活していた。冒険者達も同じようなことをしている。冒険者達の場合はその他に、ギルドの依頼や、遺跡に潜って発掘と言う名の盗掘みたいなこともしている。リスクが高いので俺はあまりそっちはやってなかった。命がいくつあっても足りないからだ。
「そこで見てないで、出て来いよ。覗き見は良くないぞ。」
茂みからゴソゴソとソフィアが出てきた。頭は葉っぱだらけで、せっかくの美しい髪が台無しになっている。
熟練の山賊みたいな隠れ方だな。
「あら、気づいてたのね。」
「そりゃあ、魔物が叫ぶ度に、ワァー、ヒィーって悲鳴あげてたら気付くだろ。」
「悲鳴なんてあげてないわよ!嘘言わないでよ!失礼な。」
「覗き見してたやつが言うセリフじゃないな。」
頰を膨らませ文句を言って来るが、覗き見してる方が悪いと思うぞ。
「何か御用でも?」
「あなたが実戦でどのくらい戦えるのかと思って見に来たのよ。一緒に戦うのだもの。確認しないとね。」
「さいですか。感想は?」
「あなた、前に私と模擬戦した時とは、まるで別人ね。ちょっと怖いくらいだったわ。正直驚いた。戦い方は相変わらずだったけど。」
「さっきの魔法はなに?私にも教えてほしいのだけれど。身体能力でも上がるの?」
魔法が得意なソフィアは、興味ありげに聞いて来るがこれだけは無理だ。
「あればやめとけ。理性を飛ばすだけの魔法だよ。理性を失くして、本能むき出しで敵を殺すようになる魔法さ。力が強くなったりするわけじゃないし、おまじないみたいなもんさ。小さいころから訓練を積んでいないと、理性を失って人間と呼べるものじゃなくなるよ。戻って来れなくなる。子供が暴走しても、力の強いやつなら、取り押さえられるけど、今のソフィアが暴走したら、誰も止められないだろ?それに、殺す方向へ暴走じゃなく、ただ暴れる方向に暴走するかもしれないし、いずれにしてもコントロールできないさ。」
魔法が得意なやつがわざわざ使う必要のない魔法だよ。遠くからバカスカ一方的に魔法を使えるなら、必要ない魔法だ。近づいて殴り合う、斬り合うのは少々時代遅れな戦闘だと思う。
「なにそれ、そんなに怖い魔法を使っているの?ここの人たちみんなそんなヤバそうな訓練積んでるの?」
「俺がいた時は訓練だけはみんな受けていたぜ。使いこなせるやつは数人だったけど。なんか古い魔法とかで、魔法が苦手なやつでも、体力で何とかするための魔法らしい。そんなことでもしないと、一人じゃ魔獣は殺せない。ここでは生きていけないからな。ここの魔獣は高く売れるし、それで生活してたんだよ。」
ここの連中は何かしらの方法で程度の差はあるが、戦える連中だ。身を守ることができることが、ここで生きていく最低条件だからな。
「そう…。あなたも苦労しているのね。ともかく、戦えることが確認できてよかったわ。こないだの模擬戦でちょっと不安だったのよね。まあ、こうでなくっちゃ、ついて来るわけないか。」
ソフィアは肩をすくめる。めずらしく同情してくれたようだ。
「お褒め頂きありがとうございます。確かにお互いに本当の実力を知っておくのはいいことだ。ちょうどいい。森の奥にもっとヤバいやつがいる。お手並み拝見と行きますか。お得意の魔法を見せてもらおうか。」
「いいわ。これから魔王にケンカ売るんだから、そこら辺の魔物くらい、軽くあしらってあげるわ。」
元気なのはいいが、この森の魔物はそこらの魔物のとは格が違う。この魔獣の森を舐めんてんな~っと思いつつも、ソフィアなら確かにどうにでもなるだろうと考えなおす。俺はソフィアを連れて、森のさらに奥深く行くことにした。
この森には多種多様な魔物が生息している。
蜘蛛の魔物、さっきの狼の魔物、そして厄介な人型の魔物もいる。
「これから行くのは、トロールの巣だ。バカだが、魔獣よりは知性があってタフだ。そしてバカ力。」
「楽勝ね。」
「それじゃあ、期待してるよ。こっちだよ、ソフィア様。」
なんの目印もない、同じ景色が続いているように見えて、地形の高低差や、岩なんかは昔と変わらないからな。
「さすがに詳しいわね。」
「そりゃあ、どんだけここで暮らしてたと思ってるんだよ。庭みたいなもんさ。」
森を進むと山の中腹に大きな横穴が見えてきた。
「この中にトロールさんたちが住んでるのね。」
「トロールさんはやめろ。そんな親しみやすい怪物じゃない。俺が洞窟からおびき出すから、魔法で一掃してくれ。出来るか?」
「任せて。」
俺は、そそくさとトロールさんの住処に移動し洞窟の中に向かって叫んだ。
「おーい!トロールさーん、あそびましょ〜!」
ドスン、ドスン。
洞窟の中から、俺の身長の二倍はある緑でお腹が出た太っちょトロールが三体飛び出してきた。
さらに奥から、ドタドタと大トロールがやって来る。
「おーい!みんな連れて来たぞ~!」
「あんたも、友達連れて来たみたいに言わないで!」
ソフィアは俺とすれ違いざまに準備していた魔法陣から豪快に魔法を放つ!
「炎の嵐よ我が前に立ち塞がる敵を焼き尽くせ!」
炎はトロール全員と森をキレイに燃やした。
「どう?ざっとこんなものよ。」
俺は胸を張るソフィアの頭を後ろからはたいた。
「お前はアホか!森で炎の魔法なんて盛大に使うやつがいるか!火事になるだろうが!お前の頭はトロール並みなのか!俺たちも窒息死するぞ!」
「なによ。消せばいんでしょ消せば。」
ソフィアが口を尖らせ、消火の為の魔法を唱えようとした時、煙の中から巨大なこん棒が振り下ろされた!
俺はソフィアを突き飛ばす。直後、今いた場所に大きなクレーターを作る。
大トロールだけは炎で倒しきれず、俺の身長ほどあるこん棒で襲いかかって来た。
ソフィアは尻もちをつきながら叫ぶ。
「痛った〜。これどうすんのよ。まだ大物がピンピンしてるじゃない!」
「こっちのセリフだよ!盛大に魔法使って結局倒せないのかよ!」
「言ってくれるわね!残ってるのは大物一体だけでしょう!見てなさい。私の一番の魔法を見せてあげるわ!ちょっと時間稼ぎしておいて。」
ソフィアは森の中に身を隠す為に俺を置いて走って行く。
「おい待て!何でそんな役ばっかり俺なんだよ!魔法使いってやつはすぐ時間を稼げって言いやがる!」
ソフィアは振り向きもせず行ってしまった。
焼かれた傷はすっかり再生している大トロールは、俺に向かってこん棒を振り下ろす。
紙一重でかわし、大トロールの足をククリナイフで切り裂くが即座に再生される。いったい、何を食べたら再生出来るんだと羨んでいる間もなく、大トロールは、モグラたたきのように俺に向けて次々にこん棒を振り下ろす。ヒラヒラかわしているとやっとソフィアから声がかかった。
「避けなさい!」
「水の精霊よ!清浄なる水竜の牙をもって我が敵を洗い流せ!水の竜よ!ここに顕在せよ!」
ソフィアの魔法陣から巨大な水の竜が姿を現した。
水の竜は大口を開け、大トロールを一呑みにする。
呑み込まれた大トロールはしばらく竜の中でもがいていたが息が続かず、しばらくするとぐったりし、水の竜の中で力無く浮いていた。ちょっと倒し方が残酷な気がする。
「今度こそ片付いたわね。」
ソフィアは念のため、大トロールの心臓の魔石に剣を突き刺し、トドメをさした。
「かっこつけてないで、早く火事をなんとかしろ。シャロアたちの集落も燃えるだろが。」
「いっそのこと、山賊の集落が燃えても…。」
「こらこらこら!お願いだから火を消してください。」
「冗談よ、冗談。消すわよ。」
ソフィアがなぜか残念そうにしながら、水の魔法で雨を降らしてくれたおかげで、やっと鎮火した。
「どうかしら?私の実力はわかった?」
「そうだな。次の魔王候補は頭がトロール並みだから、ソフィアに交代してもなんとかなりそうだな。」
「誰が、魔王候補よ。失礼な。」
どちらかと言うと頭の方を否定して欲しかったよ…。エルフは頭いいって聞くのは、伝説上の話だけなのだろうか。二人ともぐったりして適当な、木によし掛かる。
「これで、シャロアの依頼も完了できた。装備を用意してもらえる。トロールは厄介だからな。あの馬鹿力で集落の外壁を壊されたらたまらないからな。」
「ちょっと!お互いの実力を知るために〜って話は嘘だったの!」
「へ?そうだっけ?」
「コイツ!」
ソフィアは怒りに打ち震えて俺を睨んでくる。仕方ないだろ?シャロアの機嫌もとっておかないと、不良品の装備をつかまされたら目も当てられない。
「で、どうだった?結局、魔王様と俺は戦えそうかい?」
「そうね。トロールはともかく、ブラックウルフとの戦闘を見る限り、大丈夫。問題無さそうね。及第点をあげるわ。」
「それはどうも。」
「私はどう?」
「頭はトロール並みだが、あとは大丈夫そうだな。」
「あなた、ここで、死にたいのかしら?」
どうやら期待していた返事とは違っていたようで、眉間にシワを寄せ今にも鉄拳が飛んできそうなオーラを放っている。ソフィアはその日、一日中不機嫌だったのは言うまでもない。
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