第十一話 「魔獣の牙」
王都に来てからおよそ一か月、勇者一行に半ば強制的に戦闘訓練に付き合わされたり、最初に討伐に向かった兵のみなさから魔物の話やらを聞いたり、昔、住んでいた住民から町の作りや様子を聞いたり、王都にしからないおいしいものを食べたり、いい音楽聴いたり、演奏の練習をしたり、飲み歩いたり…。
そうこうしているうちに、ソフィアの用意が終わったので、魔獣の森に行くことになった。俺の古巣だ。もう二度と戻ることはないと思っていたのだけれど。
「そんじゃあ、俺の装備は昔の相棒にオーダーするから、こっちに付き合ってくれ。」
「仕方ないわね。」
「まったく仕方がないのう!」
「ついて行きますよ、ベルナールさん。」
「いや、フォルトゥナとウェンディは付いて来なくて大丈夫だよ?」
「何を言うか。そなたを見守るのが余の役目。心配せずとも、付いて行くぞ。うんうん。」うんうんって。
「私はソフィアさんに付いて行くだけなのでお気になさらず。」遠足じゃないんだから気になりますよ、ウェンディさん!
「お前らも魔王と戦うの?」
「応援しているぞ!」
「陰ながら応援しています!」
と、いうわけで、とてつもなく不要な応援要員が、頑なに付いて来るときかないので、一緒に来ることになった。こいつらに危害を加えることができるのは同じ精霊くらいだろうし問題ないんだろうけど。
この二人から見れば例え相手が魔王だろうが、この地上の争いは、子供の喧嘩みたいに見えるのかもしれんが、こっちは命懸け何だぞ。
特に自称女神様はよくわからない。本物なのかもわからない。精霊が女神だー!というからそうなのだろうが、本物ならもうちょっと女神らしい立ち振る舞いをして欲しいね。食べてぐーぐー寝てるだけだぞ。何のためについて来てるんだ?手助けしてくれる的な話はどこへ行ったんだろうか。気にしていたら何も進まないから、もう勝手にしてくれって感じだ。
ソフィアは王室御用達の鍛冶師が鍛えた、ドラゴンの剣と、同じくドラゴンの皮で作った身体を守る軽装の胸当て、とマントにブーツまで用意してきた。
さすが王室御用達の鍛冶師といったところだろうか。そこそこいいものを作ってきた感じがする。
「どうこれ?あなたから貰ったドラゴンの牙から作った、細く美しく、その上、極上の切れ味。これほど素晴らしい剣はないわ。そしてこの服と胸当て。そこら辺の魔物では傷つけることすらできないわ!いいでしょ?」
「確かに、いいんじゃないか?最高の貴族向け武器って感じで。」
「なによ、その引っかかる言い方。魔王討伐のための最高の装備でしょ!?」
俺の答えに不服そうだ。
確かにすばらしいと思うけど、魔王や魔物と戦うのにそんなか細い武器は、俺は好きじゃないね。防具はなかなかいいと思う。軽い装備は俺も好きだからな。動きやすさを重視してるのは好感が持てる。
「ソフィアの準備が整ったってことで、そんじゃあ、次は俺の方の準備だな。」
なぜ、ソフィアが装備を揃えている間に、自分の装備を用意しに出掛けなかったかというと、
『あなた、逃げるでしょ?』
これである。
俺が逃げ出すと皆が騒ぐので仕方なく一人ずつ装備を用意してる訳だ。信用が無いのである。まぁ、会ったばかりのやつを信用するほうがおかしいとは思うけどね。
幸運なのかわからないが、魔王様は何年も今の城から動いていない。だから急いでいないという事情もある。
その代わりいつこの王都も魔王に落とされるかわからない不安で永遠と眠れない夜を過ごしているとも言える。
王都を出るとき、ロイズ、ピピ、カルツォ達が見送りに来てくれた。
王都の町の人は俺たちが魔王討伐に向かうのは知らない。知っても、また負けて帰って来たら、さらに不安が広がるから当然と言えば当然かな。
「ベルナール、本当に私の作った武器はいらないのかい?」
ピピさんが自作の斧をもってきてくれていたが、それ持って馬に乗ったら馬が確実につぶれると思う。
「いえ、いらないです。これから古巣で武器は調達する予定です。自分に合ったやつをね。」
「ほんとつれないやつだね。」
いや、そういう問題じゃないんだよ。俺じゃあピピさんの武器を持ちあげるのでさえ、一苦労なんだって。
「カルツォさんお世話になりました。負けて逃げ帰って来たら、最悪、教えてもらった魔法で生活します。」
「そんなことのために教えたわけじゃないよ?道中は役に立つはずだよ。気を付けて。キヒヒヒ。」
カルツォさんは相変わらず、ブキミーさんだった。
「ベルナール、ソフィアを頼んだぞ。」
「そこは、魔王殺して帰って来いじゃないの?ロイズさん。」
「そうだな、頼む、魔王をぶっ倒してくれ。」
「ほどほどに努力だけはするよ。」
「まったく、やる気のない返事ね。確殺するくらい言えないの?」
「一体どこでそんなことば覚えてきたんだ、ソフィア。確実に殺せたら誰も苦労してないだろ。」
「そんじゃあ、行ってきます。」
森へ向かうのに王様から馬をもらった。ここで紹介しよう。
俺が乗る馬の名前はクロ。黒い馬で脚が早く、良くなついている。とてもかわいい。よしよし。
ソフィアが乗る馬はシロ。俺がカッコいいな!と思って乗ろうとすると暴れて蹴られた。ソフィアや女性陣にしか、しっぽを振らない。食糧難の時は馬刺し候補一位だ。
フォルトゥナが乗る馬はチャイロだ。よく食べて良く寝る。自分に似てるから選んだのか?何かの時は馬刺し候補二位だ。
ウェンディの馬の名前はコゲチャだ。おっとりしていてウェンディに似ている。。馬刺し候補三位だ。言うまでもないがそれぞれの馬の色が名前だ。俺が名づけた。
そんなこんなで、少々の長旅の末、俺たちは馬で魔獣の森の入り口まで来た。
王様から貰った、優秀な馬がなければ、いったい、ここにたどり着くのはいつになっていたことやら。
クロは素晴らしい馬だ。うんうん。
森は木々の密集度が高く、人を寄せ付けない雰囲気がある。わざわざ森に入る人は皆無だ。この森の風と常に危険をはらんだ空気感、とても懐かしい。
「俺が先頭で行くけど、武器を抜くなよ。襲われるぞー。」
「ハーイ。」ソフィアが手を振り軽く答えた。
フォルトゥナとウェンディは丸腰だから、抜く武器もないけどね。
ここから、『森の荒くれもの団』の拠点へ向かうのだが見張りが当然いるはずなので、注意して進む。
森は足場も悪いので馬から降りて森を進む。
「ソフィアってエルフだろ?ってことは、森の中で昔ながらの原始的な生活してたんだろ?なんせ森の民とか言われてるからな。こんな感じのところに実家があるのか?」
「あんた、ずいぶんとバカにするわね!言っとくけど、エルフの町はわりと都会よ!私だっていいとこ出なんだから!森に住むのは一部の人達だけよ!」
ソフィアの癇に障ったようで、眉間にしわを寄せて怒った。エルフの友達がいるわけじゃないので、普通そんなイメージだろ。
「へー。ソフィアはジャングルの奥深くで生まれ育ったのかと思ったよ。」
「私はソフィアさんはいいところのお嬢様だと思ってましたよ!料理とか自分の世話も出来ないので、いい暮らししてたんだと思ってましたよ。」
「ウェンディ!あなたも私をバカにするの!」
「ウェンディがソフィアをディスっておる。珍しいのう。」
「フォルトゥナ様お止めください!そのようなつもりはございません!そうかな~と思ってただけです!」
「ウェンディ!」
「ウェンディって怖いな。」
「お主は、火種を作っておいて、本当に悪いやつじゃな…。」
フォルトゥナが呆れてこちらを見るが気が付かないふりをして森を歩く。
「フォルトゥナそこ。」フォルトゥナの足元を指さす。
「なんじゃ?へ?フギャーーー!」
「罠があるから気をつけろよ。」
「遅いわ!バカ者!早く降ろせー!」
しなっていた木がバネのように戻り、フォルトゥナ様足にかかったロープを勢いよく引っ張っていく。フォルトゥナは宙吊りになってぶら下がった。
叫ぶフォルトゥナの足首に縄がからまっていて、木から宙吊りになっている。吊るされても元気なフォルトゥナ。ぎゃんぎゃん文句を言ってくる。
「絶対わざとね」
「ベルナールさんひどいです。わたしの時は早く教えてくださいね。」
フォルトゥナを木から下ろし、しばらく歩くと、目の前にナイフが飛んできた。ナイフが地面に突き刺さる。
「止まれ!」女の鋭い声がする。
「どこに行く気だい?この先は何もないよ。死にたくなかったら、荷物を置いて回れ右しな!」女野盗が近づいて来た。
「こんなところに本当に人がいるのね。」
ソフィアは脅されていることより、魔獣の森に人がいることのほうが驚きのようだ。
「よう、ネネか?久しぶりだな。相変わらず悪いことしてるな。」俺は手を挙げてあいさつする。
「エッー。ベルナールか?久しぶりだね。いつ以来かな!戻ってきたの!?」
「すまないが違う。シャロアに頼みがあってね。」
「そっか。こっちだよ!ついて来て!」
ネネは俺の一つ年下の野盗だ。何度も一緒に仕事をした仲だ。黒髪に日焼けした肌は野性的なカッコよさがある。服は森での生活で少々汚れているがよく手入れされていて、背中には弓矢、腰にはナイフを持っている。
「ちょっと、ついて行って大丈夫なの?」
「もちろん。何を心配してるんだ?」
「だってこの子、物取りだったでしょ?山賊でしょ?」
「なに、あんた、なんか私に文句あるの?」
「まあまあ、ネネは知り合いだから、大丈夫。細かいことは気にすんなよ。」
ネネの案内で、そこからしばらく行くと、丸太の外壁が頑丈に囲われた、村より小さい集落に入った。
集落に入ると、見知った顔がたくさんあった。
「よう!懐かしい顔だな!ネネに捕まったのか?」
「おひさ〜!元気してた!」
「ようベルナール!まだ死んでなかったんだな。」
「確かお金貸してたよな、ベルナール返せ。」
山賊一味に久しぶりに声を交わす。
ソフィアたちは物珍しそうに周りをキョロキョロしている。あまり詮索しないで。良くない物がそこら中にあるから。
進んでいくと、昔の相棒で兄貴分であり、昔の相棒のシャロアが待っていた。今ではここの親分だ。
「よう!久しぶりだな、兄弟!生きてたんだな!その腕どうした?」
足を洗って以来数年ぶりにシャロアと再会した。
相変わらずせわしないやつだ。
シャロアは俺たちをシャロアの隠れ家に案内してくれた。
「ねえここって、もしかしなくても山賊のアジトよね?」本当のことを言うと何をしでかすかわからないので何も言わずにここまで来たのだが、ちっ!感づいたか!?
「いやいやそんなわけないだろ。ここの人たちは魔獣を狩って暮らしてるだけだ。」嘘ではない。魔獣を狩ってその皮や肉、キバを売っているのは本当だ。
「また、昔みたいに荷馬車でも襲うのか?」なにをバカなことを言っているかな。しばらく会わないうちにフォローしてやってるのがわからないほど馬鹿になったのか?
「いま、今なんて言ったの?」ソフィアが恐ろしく冷たい声で静かに聞いた。
「何を言ってるのかな?つまらない冗談だなぁ。」
顔面蒼白になりながら誤魔化した。シャロアのやつ余計なこと言いやがって!
「ベルナールがここに来てから魔物狩り、盗掘、荷馬車を襲う仕事とか新しい稼業に手を広げて凄かったんだよ!」
ネネが興奮気味に言う。
「とくに荷馬車を襲うが大得意で、魔物を荷馬車に追い立てて護衛とやりあってるうちに荷物を奪ったり、事前に護衛の冒険者と手を組んで荷物を奪ったり、とにかく奪ったり、奪ったり、奪ったり凄かったんだよ!」
「へ~。そんなにすごかったの。詳しく聞きたいわね。いえ、聴取したいわね。ベルナール?」
ソフィアが軽蔑の目でこちらを見る。憧れの無垢な目でこちらを見るネネとは対照的だ。
「いやいや。大昔の話だよ。それにネネがだいぶ話を盛ってるからね。」冷汗をかきながら。ごまかす。
シャロアが余計な一言を言う。
「お前らこいつが何て呼ばれてたか知らないで一緒にいるのか?魔獣の森の魔獣の牙ベルナール。ここらへんでは最高の野盗だった男だぜ。」
「へ~。そうなの。ベルナール?」
「昔、そんなこともあったり、なかったり…。」
「あんた、ゴリゴリの犯罪者じゃない!」
「何を言ってんだよ。人聞きの悪い。チョロチョロの犯罪者だ。」
「何を謙遜してるんですかアニキ、バリバリの犯罪者でしたよ!」
ソフィアがブチギレているが、落ち着いて欲しい。
みんな勘違いしてしまっているようだが、そんなに悪いことはしていない。指名手配されるようなことはしてないよ?チョロチョロの犯罪者くらいだったよ。時効だし。
シャロアが壁にかかっていた昔俺が使っていた、懐かしいククリナイフを取ってきた。
「昔、ベルナールさんが使ってた、ククリナイフだ。見ての通り刀身が曲がってるだろ?
この曲がり具合がブラックウルフの牙に似てるんだ。それでそこら中で暴れてたベルナールを『魔獣の牙』って呼んでたってわけ。」
シャロアはククリナイフの刀身に指を滑らせて話す。
もうやめてくれ!
「そんな昔話より、こいつを見てくれ。」
これ以上余計なことを言われてはかなわない。話しを無理やり変えるのに、大きな長テーブルに持ってきた、レッドドラゴンの牙を転がす。
「おい、これってドラゴンの牙なのか!?実物を見たのは初めてだぜ。」
シャロアは興奮気味に手に取り、まじまじと右から左から鑑賞し始めた。
「コイツで昔、俺が使ってたククリナイフを作ってほしいんだ。出来るか?」
「あれか?出来るが、時間は掛かるぜ?」
「構わないよ。あれがないと話にならないからな。」
「他に、投げ物もいくつか頼む、今は何を使ってるんだ?」
俺が山賊してたのは昔の話。装備も出来るだけ最新のもので準備したい。
「良いものを入荷してるぜ!」
おもむろに棚から取り出したのは、妙に鮮やかなイエローのクリームだった。
「これはよ、西の海のビリビリクラゲから抽出した毒をなんとクリーム状に加工した一品だぜ!」
お前がいた時はよう、液体タイプしかなかっただろ?これならナイフとかに塗って使っても薬の効果が落ちないからドラゴンだろうが山イノシシだろうが一瞬で痺れてひっくり返るぜ!」
「これは素晴らしい!絶対使いたい!」
「他には、定番の毒の粉と酸の瓶でいいか?」
「あとは魔法の火炎瓶だな。魔力を少し込めれば着火するやつ。ほかには火薬瓶とそれから、ドラゴンの皮があるから、でかいマントにしてほしい。それからブーツ。あとは鍵開けの道具と動きやすいリュック。」
「いいけど、金がかかるぜ?」
「いいよ。大盤振る舞いだ。最高の物を可能な限り用意してくれ。」
「そりゃあ、すげえ、分かったよ。任せろ。こりゃあ楽しみだ。」
「それからあれはなんだ?」
「あれは、火薬瓶だ。まあ簡易爆弾だが、あれは失敗作だ。あの瓶に魔力を込めて一秒も経たないうちに爆発しちまう。投げる間もない。」
「そりゃあ、使えないな。じゃあ他には…。」
「あんた、本当にそんな物騒なもの持ってくの!?」
ソフィアが俺とシャロアの話に割って入る。お上品なエルフには考えられない装備の数々なんだろうな。
「当たり前だろ。むしろ物騒なものしか必要ないだろ。」
「私のそばで使わないでよね!自滅なんてまっぴらよ!」
「そんなへまはしないって。どんだけ使って来たと思ってるんだよ。心配すんな。」
「しかし、おまえが、まさか現役復帰するとはな!」うんうんと頷かれるが、いやいや山賊には戻らないよ??
俺は、これまでの苦労話をシャロアにした。
シャロアは山賊一味のボス兼、一味の武器、道具を揃える鍛冶師だから頼りなる。事情を伝えておけば、多少はまけてくれないだろうか。
「しかし右腕を取り戻したいのはわかるけど、そこまでするのか?手に入れるのは相当難しいだろ?命懸けにもほどがあるだろ。金なら山ほど手に入ってるのに。」
ニヤニヤするな。わかってるくせに。
「確かにそうだ。ドラゴンの材料を売ればお金はある。だけどなぁ。山賊から足を洗って、これでも死ぬ気で頑張ってきたんだぜ?それを空から降ってきたドラゴン一匹のせいで、これまでの努力がすべてがなかったことにされるとか、納得出来るか?俺には無理だったよ。だからここに来た。」
「そうだな。そりゃあ俺たちらしくないな!」
「生きてりゃ丸儲け。奪えば倍儲け。だろ?」俺は昔を思い出して言った。
「その通り!忘れてなかったたんだな!」
俺とシャロは、腕をぶつけ合い、山賊の挨拶を交わした。
「…。この人たちすぐに牢屋にいれたほうがいいわ。」
ソフィアがこちらをにらみ、
「ガハハハッ!こやつら本当にクズじゃのう!」
フォルトゥナが笑う。
「ベルナールさん私は悲しいです。」
ウェンディが悲しんでいる。
「うるさい。ほっといてくれ。」
そして、俺は軽く叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます