第九話 「女神の日常」
しばらくの間、王都に滞在することになるので家を用意した。王様の口利きと、ドラゴンの素材を一部売却したお金で探した。お城になかなか近い好立地な一戸建てだ。
王様とお知り合いになれたことはこれから生きていく上で役に立つだろうから、王都に生活拠点となる家があってもいいと判断した。庭が広く、小さな畑と芝生のある二階建ての家。一階の部屋には、小さなグランドピアノを置いた。まぁ家もピアノもすべては借りてるだけだけどね。
まぁそれはともかく、
「何で自称女神がここにいるんだ?」
いつの間にか、俺が作った特製の朝ご飯をもぐもぐ食べているフォルトゥナを発見した。
「ヘ?いや、あたり前じゃろ?女神をのたれ死にさせるつもりか?」
目を丸くし、不思議そうにこちらを見る。捨てられた子犬もまなざし。
「お前ならお城に住まわせてもらえるだろ?わざわざここに住み着く必要ないだろ?」
「城は退屈じゃ。部屋でぼ〜っとして、かしこまったご飯を食べて、おやつにケーキを食べて寝るの繰り返しじゃ。退屈でしにそうじゃ。」
「食べてばっかだな。」
「それに、我はそなたのサポーターなのじゃぞ。一緒にいるに決まっておるじゃろ。」
「いや、つい昨日まで城に住んでただろが…。」
俺用の朝食をもぐもぐほおばっておいしそうに食べる。食べる手と口が止まらない。
今日は温めたロールパンにナイフで切り込みを入れ、葉野菜とソーセージを挟み、チーズをのせトマトソースのかかったパンとポテトサラダ。さらに炭酸水付きのちょっとだけ手間のかかった朝ごはんだったのに。
ここは王都。さすがにいいものがそろってる。いいパン、いい野菜、俺のいた町とは段違いだ。それを使って俺が料理をすれば、そりゃあ、おいしいさ。こいつは食べ物の恨みをわかってないな。
「じゃあ、ソフィアのところに行けばいいだろ?お前を女神様と信じてる、ウェンディもいるし。」
「ここは部屋も余ってるじゃろ?あそこはまともなご飯がでて来ないから嫌じゃ。というか、まだ女神だと信じてないのか!?仕方ないのう。」
「確かに、あいつら料理まったくできないからな。王都まで、全部俺が用意してたしな。ってなにする気だ?」
女神は口にパンを詰め込んで頬を膨らませてフォークを持ったまま、立ち上がったかと思えば、体から光を放ち、背中に翼を顕在化させてバタバタさせた。
「いや、もうそれは見たよ。そんなんじゃ信じないだろ。俺にだって同じようなことできるぞ、見てろよ。」
俺は不敵な笑みを浮かべ女神の前に立ち、魔法陣も描かずに勿体ぶって呪文を唱えた。
「闇よ。」
「闇よ?」まじまじとこちらを女神が見る。
すると俺の体が背中のほうから眩い光で包まれ、女神は目をくらませ手で覆う。
「眩しい!まさかお主、我と同じ女神じゃったのか!隠していたのか?料理の神じゃな!この味ただの人間ではないと思っておったのじゃ!」
「んなわけないだろ。それに俺は男だよ。」
ビジっと女神の頭に手刀を軽く叩き込む。
頭を押さえる女神にタネ明かしすると、
腰から、柄に透明な魔石の付いた短剣を取り出した。
魔石には、小さな魔法陣が刻まれている。
「これに魔力を込めるとさっきの目眩まし用の光魔法が使えるってワケよ。」
「闇よ」
女神の顔の前で使う。再びまばゆい光を放つ。
「ギャー。目がッ!お主、女神に向かって何てことするんじゃ!」
二度も引っかかるな。
光る呪文なのに『闇よ』っていう呪文なのもアクドイ。闇よって言われたらまじまじと見ちゃうからね。
「相変わらず性格悪いヤツじゃな。しっかし、無駄に凝った作りぞ。そこらのやつには作れないじゃろ?」
「そうだな。俺のじいさんみたいなやつから形見としてもらったやつだ。自分で作ったと言っていたっけな。」
俺は懐かしむようにグランのナイフを見た。
魔石に直接魔法陣を刻んで、魔力と直接と通すことで、発動させられる。場合よっては呪文も必要とせず、魔法陣に刻まれた効果を発揮さられる。正し、魔石の魔法陣を刻むなんていったいどうやってるのやら。
確かに、外の世界でそんな技術見かけないな。
「まぁ、俺だってこのくらいは出来るから信じられないぜ。翼は出せないが。」
「今さら、信じてないわけじゃなかろう?素直になれ。」
肘で俺を小突いてくる。
そうね。もう現実を見ないわけにもいかない。こんな残念なのが女神だとは思いたくないが、女神なのだろう。
「ウェンディが女神と言うなら確かに信じるしかないけど、これが女神様なんて、悲しい現実をなかなか受け入れたく無くてね。」
「この美貌と聡明さ、どこからどう見ても女神じゃろ!しかも、ウェンディの方が信頼度が高いのがめちゃくちゃムカつくぞい!」
「そういうところが残念なんだよなー。しゃべらなければ確かにそんな気がしないでもないでもない。やっぱりないな。こら、人の朝ごはんヤケ食いするな!」
もうこちらを見ずに俺の朝ごはんにがっついている。
「料理だけは一流じゃ。城のコックに負けておらん。しかたないから、しばらくここで暮らすぞ!おかわり!」
「そういうところだぜ?」
俺は片腕になって以来一番大きなため息を付いた。
『チリン♪』
朝食を暴食の女神に食べられた後、郊外にある小さめの御屋敷のドアベルを鳴らす。
ソフィアとウェンディが住んでいる家と聞いていたが、大きさはそれほどではない。元々はキレイな家だったのだろうが、手入れがされておらず、植物のつるが家の外壁に巻きついてる。良く言えばオシャレな家?悪く言えば古い家。何かもっと高そう家に住んでるのかと思った。建物の近くには小さな川が流れている。
「ごめんくださーい!借金の取り立てに来ました!」
近所に聞こえるような大声で住人に呼びかける。
すると、ドタドタ家の中を走って来る音。
「借金なんかないわよ!どこのどいつよ!」
ボサボサ頭パジャマのソフィアが凄い剣幕で玄関のドアを開けてくれた。
「やあ。ソフィアさん。フォルトゥナがどうしても遊びに来たいって言うから遊びに来ました。」
「おぉーーいっ!わっ我を生け贄に捧げるでない!」
尋ねて来たのはフォルトゥナが来たがっていたからだということにしといた。
「あんたは相変わらず、人をいらつかせる天才ね。ここで始末したほうがこの世界のためね。誰も咎めないは、必ず感謝されるわ!」
朝っぱらから訪ねて来たのが良くなかったようだ。不機嫌極まりないソフィアが腰の剣を抜こうとする。
「まぁまぁ、落ち着いて。ソフィアに朗報だ。今ならこの女神様があなたのお家で飼うことが出来る。受け取って欲しい!」
「おい!そなた我を売り払いに来たのか!?」
「いらないわよ!ぐぅーたら女神なんて邪魔なだけよ。」
「誰がぐぅーたらじゃ!」
「あっ、女神様、おはようございます。」
「おはよう。ウェンディ。ちょっとあがらせてもらうぜ。お邪魔します!」
返事を聞く前にずかずか家に押し入った。
「えっ、あっはいどうぞ。今日は何のご用件でしょうか。」
「ちょっとウェンディ!なに家に入れてるのよ!」
「へぇー。家の中は割ときれいなんだな。もっと散らかってかと思ったよ。」
「なんのようで来たのよ。ベルナール。遊びに来たわけじゃないでしょ?」
なんかソフィアは俺と話す時は、いつも不機嫌な気がする。なぜだろう。今は気にすることじゃないか。
勝手に上がり込んで、勝手にダイニングにある椅子に座った。
「さっきも話した通り、このありがたい女神様をぜひとも、ソフィアが引き取ってくれないかと思って来たわけ。」
「いらないわよ。同居人はウェンディだけ十分よ。ウェンディはちゃんと家のこととかしてくれるし、だらけ女神はいらいないわ。」
ウェンディが褒められて照れ笑いをしている。俺もウェンディなら、家に引き取りたいくらいだよ。
「いやいや、そんなこと言わずに、女神様を引き取ってくれよ。幸運の女神様かもしれないだろ?運が向いてくるかもしれないぜ?」
「だからいらないって。」
「お主らは我を疫病神かなんかだと思っておるのか?女神様じゃぞ。もっと敬われるものじゃないのか?一緒に暮らせるなんぞこれ以上ない、幸せなことじゃないのか?」
テーブルをバンバン叩き、不満顔で抗議の声を挙げるフォルトゥナ。
「じゃあ、ベルナールが一緒に暮らせばいいでしょ?あなたのサポーターなんでしょ?あなたがお世話をする義務があるんじゃないの?」
「誰も頼んでないって。迷惑なだけだ。今朝も俺の朝食が暴食の女神様に食われたばかりだ。」
「そうだわ!いいことを思い付いたわ!私と決闘をしましょうベルナール。負けた方が女神を引き取るってことでどう?あなたの実力も見ておきたかったのよ。ちょうどいい機会だわ。」
目を輝かせてこちらを見てくる。負ける要素がまったくないのだから、そりゃあいい顔もするか。だが、勇者ロイズに訓練を強制された俺もそう簡単には負ける気がしない。
「いいだろう、受けて立とう。ロイズに叩きこまれたにわか剣術を見せてやろう。」
「決まりね!いますぐ用意するわ。庭で待ってて。」
そう言うと、ソフィアは2階に駆けて行った。
「お主ら我は罰ゲームに値するものじゃないぞ…。ぐすん。」
「フォルトゥナ様、お気を確かに!」
ウェディがフォルトゥナを慰めている。ウェンディは本当に気が利くやつだ。
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「この家、ウェンディが選んだの?」
「そうです!良くわかりましたね。」
「庭に川が流れてて、家がそんなに立派じゃないから、この川の為にわざわざここで生活してるかと思って。」
「その通りです!わたし、一応、水の精霊なので水がないとダメなんですよね。精神的に。」
「水が無いとどうなるの?」
「えっ、イライラしますね。」
「それだけ?…そうか、水は重要だね。」
わかるような、わからないような世間話をしているうちにソフィアとフォルトゥナが来た。
いつもの軽戦闘服とロングソードを二本持っている。
「一本は、あなた用よ。」
ロングソードを一本投げてこちらによこした。
ロングソードか…。ロングソードや槍とか、騎士様が使いそうな、お上品な武器は正直苦手だ。ロイズと手合わせする時に使わされてるが、好きになれない。鞘から少しばかり引き抜いて見ると、刃が潰された訓練用の剣だった。
「またこれか。この手の武器は好きになれないが、仕方がないか。」
「もう負けた時の言い訳を考えてるの?」
「よくわかったな。その通りだ。」
「…。そこは否定してほしかったわ。まあいいわ。始めましょう。ベルナール。あなたの力を見せて。私の力を見せてあげる。」
「この武器じゃ見せようがないけどな。お手柔らかに。」
お互い数歩で剣が届く間合いで見合う。
「ウェンディ合図をお願い。」
「はい!では、お二人とも用意はいいですね。ケガのないように、ほどほどにお願いします。では、始め!」
ガキン!
ソフィアが剣を横なぎに振るうのを受けるが、受けきれず吹っ飛ばされる。トロールにこん棒でぶっ飛ばされたような一撃。後ろに飛んで地面をコロコロ転がり勢いをころすので精いっぱいだ。
「あっぶねぇ。死ぬかと思った。本当にエルフなの?新種の魔物だろ。ロイズ相手でも、吹っ飛ばされなかったてのに。」
「騒いでないで早く構えないと死ぬわよ!」
ソフィアは情け容赦なく追撃して来る。気合入り過ぎだ。
「これ模擬戦だよね?何か強い殺意を感じるんだけど!うわっ!」
頭上をソフィアの剣が通過し、髪がはらりと切れ落ちる。
仕方なく、こちらから斬りかかってみるが、一瞬の鍔迫り合いの後は、ソフィアの剛腕、トロール腕で吹き飛ばされる。
「ちょっとまじめにやんなさいよ!貧乏神がそっちに行くわよ!」
「誰が貧乏神じゃ!運命の女神じゃぞ!お主の運命を毎朝寝癖が直らない運命に書き換えるぞ!」
何か外野の女神が叫んでいるが気にしてる場合ではない。
仕方ない。奥の手を使うとしよう。
ソフィアに剣を構え再びソフィアに斬りかかる。鍔迫り合いからロングソードを持つ手の力無くを緩め、剣だけ吹き飛ばさせ、ソフィアの剣を空振りさせる。
その隙に腰からグランの短剣を抜き、呪文を唱える。「闇よ!」
天気のいい。当然、日差しが指しているにも関わらず、さらに閃光のような光でソフィアの目を眩ませる。
その瞬間、俺の頭をソフィアの脚か蹴り飛ばし、宙を回転しながら数メートル先に飛ばされた。
意識を飛ばされかけながらよろよろ立とうとすると首にソフィアの剣が突き付けられていた。
「私の勝ちね。」
「ちょっと待て!お前、魔法のこと知ってただろ!何でだよ!」
と言ってみたが、答えは一つしかない。俺はフォルトゥナの方を睨みつける。
すると明後日の方向を見て下手な口笛を吹くフォルトゥナがいた。
「おいコラ!裏切り者!」
「わっ、我は何も言ってないぞ。決してパフェの名店サンデーナイトの食べ放題で買収された訳ではないぞ!」
フォルトゥナが冷や汗を垂らしながら自白した。
芝に大の字になって天を仰いだ。空はこんなにキレイなのに、なんて汚い戦いだろうか。戦いは剣を合わせる前から始まっていたとは。模擬戦だというのに。
「私の勝っち〜!フォルトゥナはあなたの家で預かってね。」
ノリノリで小躍りするソフィア、とウェンディ。
えっ、ウェンディもフォルトゥナと住むのが嫌だったの?
「卑怯だぞ!当然、無効だ!」
「先に卑怯な手を使おうとしたのはどっちよ!?目眩ましなんてせこい手使っておいて!」
「…。」
言い返せなかった。
こうして悪い奴らに敗北したのであった。
日もくれて、裏切り者の女神は俺の家に来ることになってしまった。納得いかない。とぼとぼ歩いて帰る。
「お主、もっと本気の本気になっていたら負けはしなかったじゃろ?」
無茶を言ってくるが、俺の何を知っているんだい。
「無駄に評価が高いようだけど、俺はあんなもんだよ。殺し合いじゃないんだから。あぁ〜、身体中が痛い。」
まぁ、おかげで様で、昔、ちょっとだけ暴れていた時の感覚を思い出してきたのは確かかな。積極的に望んだ訳ではないけど。
「そんなもんかのう。謙遜しなくてもいいと思うけど。」
「それと、フォルトゥナは今日の晩御飯は抜きだぞ。裏切った罰だ。ぷいっ!」
「そっそれはヒドイじゃろ!いじめカッコ悪いぞ!」
「どっちがイジメだよ!裏切り者!」
「しっ、仕方なかったのじゃ。あそこの店は予約も取れない人気店じゃぞ?仕方ないじゃろ。それにソフィアの家じゃまともにご飯も出てこんし、これでよかったのじゃ。」
全然良くない。近いうちにフォルトゥナの返品リベンジしないとな。今度は模擬戦以外でリベンジしよう。勝てる勝負を探さないとな。早食い競争とか。
ただひたすら徒労に終わった一日がこうして終わった。
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