第37話 ちょっとおかしい沙彩

「......有希さんや、大丈夫ですかいな」

「......っ、はい、もちろんですよ」


有希はハッとしたかのように意識を取り戻し、目に光を宿らせ、俺の質問に対して平気そうに返答した。


「.....んっと」


口の中のものを飲み込み、そこでようやく目の瞬きが復活し、いつもの余裕そうな顔が浮かび上がる。

さっきまで意識が飛んでもなお、強がる彼女に、呆れながらも感心を抱く。

流石の沙彩も可哀想と思ったのか、水とナフキンを有希に差し出す。


「まぁ普通はこうだよねぇ.....はいこれ、ナフキン。これでくちびる拭いた方がいいよ。」

「たっ、確かにそうですね......辛さで唇が腫れてしまうかもですしね」


有希は流石にマズいと思っているのか、素直に唇を拭くのを見届けてから、双葉も再び食事を再開する。

スープカレーとご飯と共に食べ進めて行くと同時に、ご飯の味を消しにかかるスープカレーの強烈な唐辛子の辛さが双葉の口を支配する。

だがそれに耐えれば耐えるほど徐々にご飯の味が復活し、さらにこの辛さがスープカレーに入っている具材を更に美味しくし、最終的にこのふたつがいい感じに組み合わせになり、最高の味となった。


「うめぇ......」

「そうだねそうだね、とても美味いよねぇ.....♪」


どうやら沙彩も俺と同じタイミングで食べたらしく、俺と同じような感想をもらす。

沙彩も頬が赤くなっており、恍惚とした表情を浮かべている。


(久しぶりに見るけど汗流しながら食べてる双葉くんエロすぎ......これは夜のオカズの決まりかなぁ......♪)


沙彩はスープカレーの味より双葉の汗かく姿に興奮しているだけだったりするのだが.....この話は一旦置いておこう。

満足気に食べる男と、その男に恋する魔王.....じゃなくて、乙女が激辛スープカレーを食べている間、有希は一体どうなっているのか。


「.......無理ぃ」


......俺の隣から、なんとも情けない泣き言が俺の耳に届いた。

こっそり隣を見ていると、箸が止まっている有希の姿が写った。

最初食べ始めた頃よりは辛さに慣れてきたようだが......どうやら限界が近づいてきたのか、動く気配がない。


「いやいや有希さんや、ほんとに無理しなくていいぞ?」

「はい?まだまだいけますよ、余裕です」


あんた口に泣き言言っちゃってるしポーカーフェイス守れてないやん......とは言わない決して、めんどくさくなる確信があるからね。


「まぁ......そうかよ」

「えぇ、余裕です」


ここまできたらもう止めるのは無理かねぇ......そう思った俺はもう有希へ向ける意識を完全に食欲に回した。

そうして俺は完食を目指すべき再び箸を向けたのだが......


「ねぇ有希、余裕ならサイドメニューの激激激辛ポテトでも頼もっか」

「ほえ......?」


ここでまさかの追撃......このポテトは今俺らが頼んでるこのスープカレーとは訳が違う辛さをしている食べ物である。

これを食べて救急車を運ばれたというのはよくある話である。よくもまぁニュースにならないもんだと沙彩と話した記憶がある。


「い、いいですよ、大丈夫です」

「ん〜〜!了解〜〜」


そうして俺が沙彩との会話を思い出していると、いつの間にか注文を済ませていた。

沙彩は本当に大丈夫だと思っているのか.....?

と疑問に思い、沙彩のことを見たわけなのだが......そこで俺は気づいた。

完全にサイコパスの目をしている沙彩に。


(もしかしてこいつっ......!)


それに気づいた瞬間、俺は有希をどうやって説得をするか何十通りか考える.....だがどう頑張っても「大丈夫です、余裕です」と返される未来しか考えることしか出来ないのだ。


「ご注文された激激激辛ポテトでございます~」

「ありがとうございます~」


俺が必死に策を考えていると、いつの間にかポテトが届いてしまった。

こういう時にだけ届くの早すぎだろ......と思ってしまう俺は決して悪くないはずだ。


「なぁ有希っ......!」

「ここでワンポイントアドバイスだよ、有希」


沙彩は俺に止めさせないと言わんばかりに俺に言葉をかぶせてきた。

だがそんなことより.....いやそんなことではないのだが、沙彩がしようとしているアドバイスってまさか.....っ!


「ポテトとスープカレーを合わせたら更においしくなるかもよ....?」

「うえっ......?」


ちっ......どうやら俺の当たっても欲しくない予想は当たってしまったらしい。

俺はそんな組み合わせしたことないから合うのかは知らんが......さらに辛くなるのは間違いないだろう。


「なぁ有希!!ほんとにそれはやめといたほうがいいぞ!!??」

「いやいや大袈裟だよ、それが余裕なら大丈夫だよ」

「はっ......はい、余裕です」

「あははは♪召し上がれぇ」

「やっべ沙彩の本性出てきちゃった」


子供の頃より大人しくなったのは表面だけ.....沙彩の本質はドSなのだが、成長するにつれドS気質も強くなっていったのだ。それにより友達にも平気でこんな事をやらせる魔王が誕生したのだ。

俺に対してはどうなのかって.....?知らないよそんなこと。

だがとある人から聞いた話だと、「普段かっこよくて優しい双葉君も愛おしくてたまらないんだけど、苦しくて悶えてる双葉君も哀れで愛おしいんだよねぇ」というのを普段の表情を崩してデレデレで手を腹部にやり何かを我慢しているかのような顔で言ってたらしいのだが......あれ、俺今何の話してたっけ?


(って早く有希を止めないと!)


そうして俺はもう箸を奪う勢いで有希に近づいたのだが......時すでに遅し、気づいたらそのポテトはすでに有希の口の中に入っていた。

そして次の瞬間───


「っっっっっっっ!!?」


声にすらならなかった悲鳴が聞こえるのだった。


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