第2話 赤井神奈央子は、リベンジする。

 

『幼なじみを振って、転校生とイチャイチャするのが楽しすぎるっ!! ~幼なじみが可哀そうっていう奴は、問答無用で死刑な?~』の世界にやって来た、いや彼女にとっては戻ってきたと言った方が良いのだろう。


「……あっつい」

「だろうな。冬服のままなのだから、脱ぐことを勧める」

「いや、いいわよ。上着を持っておくのも面倒だし


 僕が連れてきた彼女は、卒業式直前の3月の寒い時期の姿。勢いそのまま、この世界にやって来たので、8月の炎天下で、冬用の学生服、そして防寒対策にニーソを履いているので、赤井神奈央子は、すぐに熱中症で倒れてもおかしくないだろう。


「言っておくが、この時空には、赤井神奈央子が2人存在している。もし、この時空の赤井神奈央子と出会ってしまえば、話がすっごくややこしくなる」

「じゃあ、どーするんですか? アイツと接触するなら、あたしと会わないなんて、不可能ですよー?」

「そうなる事は承知済みだ。だから、この時空の赤井神奈央子は拉致――、ここに来る道中で、僕の催眠術で眠らせ、今は僕の後ろで寝ている」


「何やってんのよーっ!!?」


 この世界に来た瞬間、僕は瞬間移動して、この会場に向かって歩いていた赤井神奈央子を、神の力を使って眠らせ、数時間は起きないようになっている。


「……むにゃにゃ。……もう……仕方……ない……わねぇ」

「ほら。大好きなあの男とイチャイチャしている、幸せそうな顔で寝ているぞ」

「あたしも、そんな夢見たいけど……って、ずっとそうするわけにはいかないでしょっ!?」

「大丈夫だ。神様である、僕の衣装は万能。なんと上着ポケットは、四次元ポケットが付いている。こうやって入れておけば、大丈夫だ」

「この世界のあたしの扱い、雑過ぎっ!」


 彼女は、ジト目で睨んでいるだけなのだが、某ロボットにそっくり、いや、本物の四次元ポケットがある事にツッコまないのは、僕は何だか寂しい気持ちだ。

 これは本物であって、スペアの方。あの漫画の中に入って、スペアポケットが登場し、洗濯しているシーンから拝借している。だからしっかり探せば、ど〇でもドア、スモ〇ルカメラなどが出てくるだろう。


「赤井神奈央子。ここで道草していると、再チャレンジが失敗で終わってしまうぞ」

「はいはい。分かりましたよー」

「あ、それとこれを持っていくと良い」


 彼女が、再チャレンジしようとする前に、彼女に紙袋を渡した。


「君が、これをどのタイミングで使う事によって、今回の結末が変わるだろう」

「一応、確認してもいいですか?」

「駄目だ。いざという時まで、開けてはいけない。万策尽きた時に開けてほしい」

「はいはい。分かりましたよーだ」


 そして赤井神奈央子は、好きな男を振り向かせるため、テニス会場に入っていた。僕も、彼女の後をついて行く。なるべく干渉しないつもりだが、万一の場合もあるので、僕は遠くから見守るだけだ。




 メインヒロイン、聖人神女の試合が行われている会場に来ると、赤井神奈央子が好きな男、大声を出して応援する、九卯祖くうそ弥郎やろうの姿があった。


 この小説の主人公、九卯祖弥郎は、テンプレの主人公。

 冴えない、高校までモテたことがない、地味で陰キャで、難聴系だ。だが色々あって、高校2年生の春に転校してきた、聖人神女と仲良くなり、幼なじみの赤井神奈央子を突き放して、こうやって全力で、メインヒロインを応援している。


 正直言うと、僕はこの男が嫌いだ。どの女性を好きになるのは、個人の自由で、九卯祖弥郎の判断を否定するわけではない。だが、小学校から親交があり、家も隣同士の、ハイスペック美少女幼なじみを突き放すほど、彼女をどうして嫌ったのか。僕は、それが主人公に共感を得ることが出来なかった。


「こんな暑いのに、よくもまあ、全力で叫んで応援できるわね。喉潰れないよう、適度に休憩しなさいよ」


 そして赤井神奈央子は、九卯祖弥郎に接触し、隣に立った。


「ヴェっ!!? お前、何で来て――って、こんなクソ暑い中、冬服なんて……頭おかしくなったか?」

「あ?」


 彼女は、瞳のハイライトを消して、好きな男にメンチを切っていた。


「お前には関係ないだろ。鬱陶しいから、さっさと帰れ。応援の邪魔だ」

「あたしも、聖人神女を応援しに来たのよ。クラスメイトなんだから、応援したって良いでしょうが。悪い?」

「それなら、俺と離れろ。真夏に冬服の女と一緒にいたら、俺も変人扱いされる」

「人気アイドルのコンサート会場にいそうな、名前入りの鉢巻き、タオル、法被。そしてペンライトを振って応援してる、あんたに言われたくないわよ」


 美少女の幼なじみを振るぐらいだから、主人公の男もかなりおかしい場面もある。

 後の話になるが、幼なじみとは行かず、聖人神女とスキーに行き、遭難してしまう。だが男は、何か大好きパワーで頑張れるとか言って、強引に猛吹雪の中の雪山を突破し、仲間と合流したという話がある。決して真似をしてはいけない。男が人間離れをした主人公だから出来る技だが、この姿を見て、変人扱いしない訳にはいかないだろう。


「準決勝に行けるんだから、聖人神女もそれなりにやるわね。あたしには無理だわ」


 彼女がそう問いかけているが、男は無視して、懸命にペンライトを振り、メインヒロインの応援している。

 僕は、テニスのルールなんて全く分からないから、試合の行く末を気にせず、彼女の監視に集中できる。遠くから見ているが、文章ではなく、実際の光景で見てみると、この光景は残酷だ。作者は、どう言った気持ちで、この話を作ったのだろうか。


 小説の場合、この後、痺れを切らした赤井神奈央子が、ついに色仕掛けを仕掛け始める。

 汗ばんだ白いワンピースに、赤色のブラジャーが透けて、それで九卯祖弥郎を欲情させ、振り向かせようとしたが、更に距離を置かれてしまい、暫くすると赤井神奈央子が熱中症で倒れてしまう。しかし、九卯祖弥郎は彼女を助けようとせず、近くにいた観客が、消防に通報。赤井神奈央子が救急搬送され、入院することになるが、見舞いに来た九卯祖弥郎と大喧嘩になり、更に関係が悪化する結果になる。

 これは、バッドエンドの結末になり、読者もかなりモヤモヤする展開になり、賛否両論の嵐になったが、作者はこの展開が素晴らしい、神展開だと、後のインタビューで答えていた。ファンの間では、幼なじみに酷い目に合わせることを面白がる、『おさ虐』と言う、ネットスラング用語が生まれるほどになった。


「おい。目障りだ。さっさと帰れ。お前のその恰好が視界に入るだけで、暑く感じる」

「あんたの激しくて、訳分かんないキモイ踊りの方が、暑苦しく感じるわよ。そんな動きだと、聖人神女の集中が切れちゃうんじゃないの」


 この様子を見ていると、本当に赤井神奈央子は、九卯祖弥郎が好きなのかと疑ってしまう。互いに突き放す言動は、すでに仲が悪くなっていた時期なのだろう。


「良いタイミングだ」


 ついに彼女は、僕が渡した紙袋を開封していた。このままだと、好きな男の関係は、平行線のままだ。成す術もない彼女は、こっそりと紙袋の中身を確認していた。

 僕が彼女に渡した物は、スポーツ飲料。冬服の彼女は、すでに喉が渇いている。だから、スポーツ飲料をすぐに飲むだろう。

 そして、もう一つは、聖人神女を応援するグッズだ。九卯祖弥郎と全く同じ物、鉢巻き、法被、そしてペンライトを渡した。


「さあ。赤井神奈央子はどうするか」


 僕は見守るのみ。ここで彼女も動かなければ、同じ過ちの繰り返しだ。


「ああもうっ!! やってやるわよっ!!」


 赤井神奈央子は、上着を脱いで、聖人神女の名前の刺繍が入った法被を着て、鉢巻きをしっかりと頭に巻いて、九卯祖弥郎と同じ姿になった。僕からの命令と受け取ったのか、それとも彼女の愛は本気なのか。テニス会場の中では異様な姿で、男女二人がメインヒロインを応援していた。


「聖人神女っ!! ここで勝たないと、承知しないんだからっ!! ぜぇええええええったいっ!! 勝ちなさいよっ!!!」


 顔を真っ赤にしながら、ペンライトを振り回して、オタ芸をする、小説では決して見る事が出来ない、貴重な光景だ。


「何動きを止めてんのよっ! あんたもさっきみたいなキレで、もっと聖人神女を応援しなさいよっ!」


 あっけらかんとしていた九卯祖弥郎に、赤井神奈央子は、さっき以上の動きを要求すると、九卯祖弥郎は、返事することなく、さっき以上の大きな声で、メインヒロインを応援していたが。


「そこ、うるさいっ!!」


 主審に注意されてしまったので、二人は大人しくペンライトを激しく振る、シュールな光景になっていた。




 テニスの試合は接戦の中、さすがにしんどくなったのか、赤井神奈央子は応援を中断し、僕が渡したスポーツ飲料を飲もうとしていた。

 ここで、僕は彼女が飲もうとしているスポーツ飲料に細工をする。彼女がペットボトルの蓋を開けた瞬間、彼女の方に、人差し指を向けて、魔力を籠めて、風の魔法を使用した。


「さあ、仕上げだ」


 試合の事なんか気にせず、僕は彼女に目掛けて突風を吹かせた。周りの物が飛散する、台風レベルの風になろうが、僕には関係がない。数秒間、強風をテニスコートに吹かせた。


「――っ!!」


 風を止めた後、とどめの突風で、彼女のスカートを持ち上げ、黒のパンツをチラリと男に見えるように見せた。


「……あ、あんた……み、みみみみみ見た?」


 風が収まった後、彼女はすぐにスカートの裾を抑え、顔を真っ赤にして、好きな男の方を見た後、突風で飛ばされていたペットボトルが、赤井神奈央子の頭上に落ちて、中身が飛び出し、彼女の体中にかかった。


「お前……何やってんだ……?」


 顔、髪の毛先、眉毛からは、ぽたぽたとスポーツ飲料が滴っていて、赤井神奈央子が、更に艶めかしくなり、そして法被とワイシャツはびしょ濡れになって、ここで法被を脱げば、彼女がやろうとしていたことが、合法的にできるだろう。


「あー。手が滑ったのよー。どうやらあたし、今日はツイてないみたいねー」

「手が滑って、ペットボトルが頭上に行くかよ……」


 僕の言葉を思い出したのか、赤井神奈央子は、ゆっくりとを脱いで、汗とスポーツ飲料で濡れたカッターシャツには、うっすら透けた黒いブラジャーが確認できた。


「……何よ」

「……いや……まあ……何だ」


 九卯祖弥郎は、赤井神奈央子に意識しているのか、彼女に釘付けになり、ちらちらと黒のブラジャーを見ていた。


「ちょいちょい。こんな変人と関わりたくないんでしょ? と言うか、聖人神女の応援は良いのかしら? 応援止めたら負けちゃうかもよ?」


 まだ、自分に好意がある事が知れて嬉しかったのか、赤井神奈央子は少しニヤニヤした顔で、好きな男を見ていた。


「……お前、どうして血迷ってパッドを入れた?」

「あ?」


 僕が連れてきた、赤井神奈央子は、高校を卒業する直前なので、1年後の姿だ。今は高校2年生の時の時間なので、急成長したバストサイズに、違和感を覚えたようだ。


「この夏で、短期間でワンサイズアップ成長するなんてありえないだろ。お前は貧乳キャラ。貧乳キャラが夏休みに入って2週間で急にAからBになるなんてありえないだろ。俺は貧乳の女には興味湧かないし何もときめかない。聖人神女のようなDカップの胸にときめく。まあ所詮、BとDは全く違うし、お前は聖人さんに敵わない。色仕掛けでパッドを入れてくるなんて、本当に暑さでどうかしたんじゃないのか?」


 九卯祖弥郎は、オタク特有の、語り出すと早口になる技を繰り出すと、彼女は濡れた法被を九卯祖弥郎の顔面に投げつけた。


「だぁーっ!! うるさいわね、さっきから聖人神女の胸とスパッツを見て、息切れしているように見せて、鼻の下を伸ばして興奮してる、ムッツリスケベの変態に言われたくないわよっ!! この変態アホンダラっ!!」


 赤井神奈央子は、あっかんべーをして、九卯祖弥郎と別れたので、僕は一人になった彼女と合流した。


「どうだった?」

「知りたくなかった……。あいつ、人の胸を目測出来る、とんでもない奴だったんだけど……」

「そうか。今回は、それが分かっただけで成功だが、捨て台詞は絶妙にダサかった」

「あ、それと神様。よくもやってくれたわね? 半殺しじゃ生ぬるいから、確実に殺すわ」


 やはり、パンツをアクシデントと見せかけて見せたことを、めっちゃ怒っていたので、僕はこの炎天下の中、赤井神奈央子に追いかけられ続けた。だが、ただの人間が、神に勝てるはずはないので、余裕で逃げ切って、彼女が降参するまで、瞬間移動し続けた。



 赤井神奈央子の、最初の再チャレンジは失敗に終わったが、九卯祖弥郎は、おっぱい星人だと言う事が分かったので、2回目の挑戦は、胸を利用した作戦で行こうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る