ラノベ主人公、メインヒロインをぶっ飛ばず、負けヒロインの話。

錦織一也

第1話 赤井神奈央子は、負けヒロインの代表である。

 僕の目の前に、男にフラれる女がいた。


「『一生分の勇気を使って、アイツに告白したのに、どうしてアイツは振り向かないのよ……! あの日から、アイツはあたしと距離を取るようになったし、それで転校生の――』」

「ちょっとっ!? 人が悲しんでいる時に、勝手に人の心を読まないでくれるっ!? て言うか、どうして読めるのよっ!?」


 本当に悲しんでいるのかと思うぐらい、彼女は、僕の言葉に、大きな声でツッコんでいた。


「君は、なぜフラれたか、分かるか?」


 彼女は、立ち尽くしたまま、首を大きく横に振る。

 彼女は、勇気を出して、恋心を抱く男に告白した。しかし、男は好きな人がいると言って、彼女の告白を断った。


「答えは簡単だ。それは、君がと言う、作者の自分勝手な設定に生み出された、可哀そうなキャラだからだ」


 僕は趣味で、とある時空にある、地球という星の娯楽、漫画、小説、アニメと呼ばれるものを嗜んでいる。そして特に僕は、恋愛物を読むことが好きで、あらゆる漫画などを嗜み、思う存分楽しませてもらっている。


 恋愛は、男性と女性、もしくは同性同士という物もあるが、ペアで結ばれる。しかしそういった反面、結ばれなかった複数人は、涙を流し、辛く悲しい思いをする、ヒロインたちの姿を見てきた。

 正直なことを言うと、こちらとしても、カップルが成立するのは嬉しいのだが、結ばれなかった、たちの姿は、いたたまれない、僕の心が苦しくなる。一夫多妻制が認められていない国で書かれた創作物は、こう言った話が好まれるようだ。


「そう言ったわけで、僕が負けヒロインにされたお前たちを、メインヒロインにさせるため、一から修行させたいと思った次第。どうだ、僕と一緒に来ないか? お前なら、本当のメインヒロインになれる」


 そう言って、僕は彼女に手を差し伸べると、彼女は涙を手で拭ってから、腕を組み、闘志を燃やす、力強い目をしていた。


「それって、あたしは、あの子からアイツを略奪しろって事?」

「いいや。僕の力で、ターニングポイントでやり直す。メインヒロインと結ばれる前に、お前がメインヒロインになって、好きな男と結ばれれば良い」

「へえ。面白そうじゃない。それなら、アイツが好きで好きでたまらなくなって、あたしにしつこく告白してくるぐらい、魅力的なメインヒロインになってやろうじゃない」

「合格だ。君を僕の教室に案内しよう」


 彼女の決意を聞いて、僕は彼女と共に小説の世界から抜け出し、自分の部屋に招いた。




「まずは、僕の自室だ。少しばかり、話をしようか」


 僕の部屋は、さほど広くないが、天井が見えないほど高い。そして壁紙が見えないぐらい、、無数の本棚が敷き詰められている。そして本棚の高さも、天辺が見えないぐらい高い。天井と同じ高さだったはずだ。


「自己紹介を忘れていた。そうだな、僕はエックス。とある世界では、神として信仰されているはずなのだが、なぜか最近は、無能とかゾンビが溢れているとか言われ、日々誹謗中傷を受け、精神が病み始めている」

「そんな神様に教わって、ほんとに、あたしはメインヒロインになれるんですかねー?」

「ほう。僕が神だと、お前は信じるか?」

「だって、瞬間移動するわ、勝手に人の心読むわ、痛々しくエックスって、中二みたいな名前を名乗るんですよ。そんなことが出来るなんて、神様みたいな人間離れした存在ぐらいですよ」

「本名を、堂々と名乗って何が悪い?」


 名前を馬鹿にされたことは、少し癪だが、彼女は、容易くこの状況を順応してくれることに助かる。


「何度でもいうが、僕は神。神の力を使って、この部屋にあるすべての本の世界に入ることが出来る」

「あ、これなんかすごい本じゃなくて、殆ど漫画とか小説じゃない」

「神々の本など、読み飽きたからな。すべて古本屋に売って、この漫画さんこうしょたちを購入する資金にした。気になる物があれば、好きに読むが良い」


 そう彼女に催促すると、彼女は僕の部屋をウロウロし始め、気になった本の表紙を眺め、しばらく立ち読みしていた。



 負けヒロイン、赤井神あかいかみ奈央子なおこ



 私立、丸芭都まるばつ学園高等部3年生の18歳の彼女は、毛先は綺麗に水平に整えられた、ボブカット。透き通るようなルビーのような髪色と瞳に、そして艶やかな肌。健康的な体つきで、文句なしの美少女。

 そんな彼女でも欠点がある。恋心を抱いていた幼なじみ男以外には、人当たりも良いが、幼なじみの男には、強く当たってしまい、俗に言う、ツンデレになってしまう。

 しかもツンがかなり強く、デレは宝くじで2等が当たる確率ぐらい低く、滅多に見ることは出来ない。その強すぎるツンデレのせいで、幼なじみの男に失望され、転校生のメインヒロイン、聖人ひじりびと神女かみめに取られてしまった。


「それでは、メインヒロインになるための、講義を始めよう」

「あ、また瞬間移動した。ほんとに神様なんですねー」


 彼女と共に、僕は空き部屋を学園物の教室風にして、僕は教壇に立ち、彼女はすぐに状況を把握して、大人しく勉強机に着席して、頬杖をついていた。


「で、あたしは神様の話を、黙って聞けってことですね?」

「出席番号1番、赤井神奈央子。お前には、3回チャンスがある」

「3回?」

「3回、再告白出来るチャンスだ」


 どこかの世界には、三度目の正直。仏の顔も三度までなど。再挑戦するのは、3回までだと、そんな相場がある。

 僕の力を使えば、何度でも、やり直しをすることが出来るが、それだと彼女に、何度でもやり直しが出来る。慢心的な考えを招いてしまい、死ぬ気で告白しようとは思わないだろう。


「そんで、あたしは何をすればいいんですか?」

「まず、お前には完全体、いや究極体になってもらいたい。そしてこれは、僕からの入学祝だ」


 僕は、彼女の為に事前に用意していた、完璧で究極なヒロインになるための物が入った、紙袋を手渡した。


「……これって、ソックス? ……って、この長さは、ニーソックスじゃない」


 彼女は、紙袋から取り出したニーソックスを見て、くるくると人差し指で回していた。


「メインヒロインになるための必勝法。一つ、ボトムスとニーソックスで出来る絶対領域は、絶対に作って、好きな男と読者を萌えさせるべし。男を惚れさせたければ、ニーソックスを身に着ける事が、一番効率的だ」

「神様。まーったく意味が分かんないんですけど? そんなにニーソを拝みたいなら、メイド喫茶行ってくださいよ」


 彼女は、そうツッコミながらも、席から立って、ニーソックスを履いてくれるのは、僕は嬉しく思った。これはノリツッコミの一種だろう。


「よく似合っている。これは僕のしゅm――恋心を抱く男をメロメロにする、完璧で究極の姿だ。それでは、相手を萌えさせる仕草を――」

「神様。あたしたち、何のためにニーソを履くか。女子の気持ちを考えたことがありますか?」

「聞かせてほしい」

「脚を細く見せるため。冬場との防寒対策で履くぐらいですよー。あと、歩いていると下がってきますし、そんなんだったら、タイツで良くない? ってなるんです。あとこれ、ニーハイソックスじゃなくて、サイハイソックスですよ」


 彼女は腕を組みながら、少し鼻を高くして、そう話した。


「けど、実際身に着けた感想はどうだ?」

「男って、本当に単純。何か、全ての男の弱みを握った感じ」

「面白い。これでこそ、僕が君を救いたいと思った理由だ」


 彼女の意思が分かったことで、僕は、一旦自室に戻って、彼女の世界の本の1冊を持ってから、再び教室に戻って、彼女に1冊の本を渡した。


「赤井神奈央子がいた世界の本のタイトルを教えておこうか。テストに出すから、しっかり覚えておくように」

「テスト、やるんですか」


 講義なのだから、やるに決まっているだろう。


「『幼なじみを振って、転校生とイチャイチャするのが楽しすぎるっ!! ~幼なじみが可哀そうっていう奴は、問答無用で死刑な?~』って言う」

「ちょいちょいちょい。こんな最低なタイトル、誰が読むんですか……って、挿絵は可愛いし……あたしも結構可愛く描かれてる……」


 そうツッコミながら、彼女は小説に目を通し始めたことに、僕は好感が持てる。


「どうだ? 面白いか?」

「読む前からネタバレ食らってるんで、なーんにも面白味は無いわ。あと、アイツの聖人神女をどんな風に見てたのか。巨乳が最高が決め手だと分かった瞬間、アイツをぶん殴りたくなった」


 それは、酷な質問をしてしまった。実際に体験しているのだから、この小説を読んでも、好きな男と、聖人神女のイチャイチャしか分からない。


「こんな小説が、大ヒットした。コミカライズ化した後、ドラマCD、そしてアニメも2期まで放送され、それなりにオタクに受けた作品だ」


 彼女が小説の1巻を読み終えるまで、僕は待ち続けた。


「……新手の拷問を受けた気分よ」


 そして彼女は、読み終えて、小説を机の上で閉じた後、僕はこういった。


「君には、再告白のチャンスとして、小説3巻、48ページの話から、挑戦してもらう」

「いや、そんな巻数を言われても、いつの事か分かりませんよー」


 彼女がいた小説は、全部で8巻。3巻となると、かなり序盤の方だが、5巻以降は、メインヒロインのイチャイチャが増え、赤井神奈央子の出番が一気に減り、7巻では一切出てこなくなる。そして最終巻の8巻では、出オチでフラれると言う、モブキャラのような扱いになる。ちなみに僕は、このタイミングで、彼女を連れてきた。


「夏休み。メインヒロインの聖人神女がテニスで準決勝に行き、男は応援に行った。しかし、男が観戦に来るなと言ったのに、お前は無理やりついて行き、距離を近づけようと、無理やり隣に居座って、水分を取らず、大量の汗をかき、赤の勝負下着を透けさせ、色仕掛けで迫ったが、最終的に熱中症で倒れ、更に仲が悪くなったきっかけの部分だ。覚えているだろ」

「あー。その辺ですか。もちろん、しっかりと覚えてますよー。あと、あれ黒歴史なんで、もう話さないでくれると助かります」


 僕が連れ出した赤井神奈央子は、最終巻から連れ出しているので、記憶は最終巻までの出来事なら、全て把握している。


「だが、まだニーソを履いて究極体になったとしても、結果は何も変わらない。また辛い思いをするだけだ。これから君は、この言葉をを頭に入れて、常に行動するように」

「何ですか? ぶりっ子になれとかだったら、あたしは断りますよ。これまで築いてきたキャラが崩壊しちゃいますからねー」


 彼女は頬杖を突きながら、真摯に僕の講義を聞いていた。


「お前がやった、わざと下着を透かせる作戦は、あまりよろしくない。プール掃除で、ホースが暴れて、不意に水がかかって、ピンクのブラジャーが見えた時に、男は失血死。だが、故意に見せるのは、かえって男は引く。『こいつ、ビッチだ。マジで無いわー』と思われるだろう」


 そして僕は、背後にある黒板に、白のチョークで、大きく『パンチラ』と書いた。


「パンチラこそ、男の理想郷ユートピアだ」

「神様。そっちの方が、よーっぽど、ビッチだと思われませんか?」


 彼女に、ジト目で見られる。


「それはワザとだったらの話だ。さっきも言ったが、僕は不意に見せる方が、男はときめくと言った。無理にスカートの丈を短くすれば、それはただの痴女に成り下がる」

「そんじゃ、あたしは何をすればいいんですか?」

「男の前を歩く。これだけで十分だ」


 男の後ろを歩けば、ラッキースケベは起こらない。男の前を歩けば、階段を上るとき、突然の強風で理想郷が拝めるかもしれない。


「好きな男なら、事故でパンツを見られても、嬉しいだろ?」

「いやいや。恥ずかしいわよ。神様もそうじゃない? 男性だったら、社会の窓が全開だったら、恥ずかしいと思うでしょ? それと一緒よ」


 そう尋ねながらも、彼女は机の上に座って、足を組み、そして微妙に黒のパンツが見えてしまっている。これはすでに実践して、僕を動揺させようとしているので、更に彼女の評価が上がった。


「お前も分かっているだろ? 男は単純だと。凝った作戦で攻めるよりは、単純な作戦の方が、男はときめく」

「あー、はいはい。分かりましたよ、そんぐらいの覚悟がないと、アイツは振り向かないんでしょ? 」

「その意気のまま、最初の再チャレンジをやってみるか?」

「ええ。やってやろうじゃない。ま、小さい時に、一緒にお風呂入ったことあるから、あたしのパンチラ見ても、さほど効果ないかもしれないけど」


 あの男を殺したいほど妬ましく思ったが、彼女の固い決心を見たところで、僕は呪文を唱える。


「魔法よ、魔力よ、妖精さんっ! 私たちを、この本の中に連れってっ! ぴーひゃらららららん~っ!!」

「ぶーっ!!」


 彼女が盛大に吹き出そうが、本の世界に入るには、この方法しかない。自室の本棚にある、幼児用のコミックを参考にしてやったら出来るようになった。


 世間の辛さ、理不尽さを知らない、無垢な幼稚園児のような気持になって、一言一句間違えずに詠唱すると、僕たちは再び、彼女の世界に入る事に成功した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る