第6話
それから蕎介が話を集めて回って帰って来ると、釼一郎、明五郎とで今までのかまいたち騒ぎについて話し合った。
今まで殺されたのは五人。全ての殺しは、神田川沿いの
殺されたは、
町人は新シ
釼一郎が蕎介に
「他に何か分かっていることはあるかい? そうだな。夜鷹に何か繋がりがあるものな」
「うーん、そうだ。殺された三人の夜鷹は、全て
「なるほどな。殺され方ってのは分かるかい?」
「町人は背中からバッサリ。浪人は背中からやられたところを、手向かいしたんでしょう。脳天をかち割られていたそうです。夜鷹達は、背中と下腹を切り刻まれていました。お加代さんは、正面から
そう言って、蕎介は
「もっと斬られ方が知りたいね。どこからどう斬られたのかとか。仏を調べた人はいるかい?」
「それなら同心の
「そうか。まあ聞いてみるか。明五郎さんの方は刀の方を調べて貰えませんか。
と、釼一郎は明五郎に伝えた。明五郎は頷いたが、気にかかることがあるらしい。
「ええ、それはいいんですが、夜鷹の方は大丈夫ですか?」
「そっちは当分の間大丈夫だ。奉行所がうるさくなって、夜鷹の取り締まりをやってるし、女達も商売を控えるだろう。まあ、おまんまの食い上げになっちまうから、一月もすりゃまた始めるだろうがね」
と、言ったあとで、釼一郎は思い出したように、
「おっと、蕎介さんは
明五郎と蕎介は、力強く頷いた。
同心の
「……ごめん」
釼一郎が声をかけて左内に近付くが、左内は意に介さず、死体の右手を上げて一心に眺めている。
死体が並ぶ光景は不気味である。
慣れない者なら耐えられない程の臭いだが、死体で刀の斬れ味を確かめる
再び、釼一郎は声をかけた。
「
左内は振り返りもせずに答える。
「何の用だ」
「柳原の土手で、かまいたちに殺された
「お主、山田家の者か。
苛立つような低い声で、左内は吐き捨てた。釼一郎は意に介さず、陽気に答える。
「いえね。肝を盗む為に辻斬りを働いてる、などと、かまいたちの
「ふん。火のないところから煙はたたん。どうせ悪どく稼いでいるのだろう」
そう言って、死体の手を下ろし、顔を上げて振り向いた。ひょろりとしているが背は六尺は超えており、切れ長の目で冷やかに釼一郎を見下ろしている。釼一郎は見上げながら、にやりと笑った。
「よくご存知で。金には不自由しておりませんので、こういうことも出来まする」
そう言いながら、釼一郎は、風呂敷包みを死体を乗せた台の上に置いた。左内は、鼻で笑った。
「そうやって、お主らは何でも金で解決しようとする。
「いやいや。これはただの自慢でございます」
と、言いながら、釼一郎は風呂敷包みを解いた。中には、本が五冊入っていた。左内の目の色が変わる。
「む、こ、これは
解体新書。ドイツ人医師クルムスが書いた解剖学書のオランダ語訳ターヘル・アナトミアを、日本人医師、
「罪人とは言え、人斬り、首斬りに嫌気がさしましてね。医術の道を志したこともあったのです。その時、
「紅毛人……。それは
「どうも
左内も喉から手が出るほど欲しいのである。だが、当時の書物はとても高価である。解体新書は、左内の俸給一年分に匹敵する程であり、おいそれと払える金額でもない。同心は付届けや贈り物が多く、世渡上手は
「さてと、自慢もすんだことですし、帰りましょうかね」
仕舞おうとする解体新書の上に左内が手を置いた。額には大粒の汗が浮かんでいる。
「ま、待て、いくらなら譲る?」
「お買いになるんですか? 無理はしない方がいいんじゃないですかね。儂も
と、釼一郎は言いながら、解体新書を
「……」
その紙面に左内は釘付けになっている。無言のまま、釼一郎の捲る一枚一枚を目で追っている。釼一郎は左内の熱意に感心した。
「分かりました。お譲りしましょう」
「ほ、本当か? それは。いくらだ」
左内の目が輝く。
「そうですね。一両でいいでしょう。儂にはもう用のない物。役立ててくれる方にお譲りしたい」
「いや、それでは安すぎる。十両、いや、十五両だそう」
「呆れますね。値切る人はいるが、値を上げる人なんぞいませんよ。じゃあ……、間を取って七両といきましょう」
「客が出すと言うのに、付け値を下げる商売人も居らぬぞ」
二人は高らかに笑った。釼一郎は真剣な顔付きになって言った。
「それで、かまいたちに殺された仏のことを、詳しく知りたいのです」
「いや、お主にはこちらが聞きたいぐらいだ。仏の検分を書き記した物がある。見てくれないか」
左内はそう言うと、奥へ行き五枚の紙を持って帰ってきた。紙には人体図が描かれ、傷の場所、様子が記されている。
蕎介の言葉通り、殺された五人とも背中に傷がある。釼一郎は、人体図を何度も見比べた。そして、紙に視線を落としたまま、左内に尋ねた。
「左内様、女の背中の傷は、切口が乾いて色も白く血も出ていない、これは間違いありませんか?」
「そう。お主にその意味が分かるか?」
左内はにやりと笑った。釼一郎は顔を上げて頷いた。
「ええ。町人、浪人は背中の刀傷が致命傷だが、二人の夜鷹は、死んだ後に傷をつけられておりますね」
自らの体を指しながら、左内は釼一郎に説明をする。
「そうだ。夜鷹は下腹を切られて死んでいる。ところが、お加代だけは正面から斬られている。防ごうとした左手ごと斬られていた。あと、大いに気になったのが、死体の表情だ」
「と言うと?」
「町人、浪人、お加代は、
「なるほどね」
顎をさすりながら釼一郎は頷いた。左内が言葉を続ける。
「夜鷹の死体が見つかった場所には血の跡はほとんどなかった。おそらくどこか別の場所から運ばれてきたのであろう」
「夜鷹を殺った奴と、町人、浪人を殺った奴は違う奴ですね。かまいたちは二匹いますね」
「お主もそう見るか」
「左内さん、町人、浪人を殺った奴は
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