第5話
牢から解放された
茶に招かれ、茶室で初めて朝右衛門と対面する。
明五郎は床の間に視線を移した。黒の花入れに白い
掛けられた
「気に入ったかな? 儂の一番のお気に入りでな。
朝右衛門が明五郎に声をかけた。明五郎は我に返り、目の前の老人に視線を戻した。
「き、きちがい? どなたが描いたのでしょうか?」
「
答えに戸惑いながら、明五郎はもう一度絵を眺めてみる。描かれた川は、あまり大きくないように見えた。
「
朝右衛門はにこにことしながら、首を振って言った。
「いやいや。
山水画と朝右衛門の顔を交互に見ながら、明五郎は口ごもる。
「いけ……?? たいが?」
困惑した明五郎の顔を見て、朝右衛門は大きく仰け反りながら笑った。
「面白い、実に面白い」
笑われたことに、明五郎は顔を赤くして
「も、申し訳ありませぬ。書画も茶の作法も
「いいのだ、いいのだ。作法など気にせず、儂の茶を楽しんでくれればいいのだ」
と、朝右衛門はにこやかに言うと、茶碗に向き直り、茶を
これまでに数えるほどしか茶席に呼ばれたことがなく、すっかり作法など忘れていた明五郎であったが、朝右衛門の持つ空気感で緊張が少し緩んでいた。
明五郎は茶椀を手に取って持ち上げた。姿こそはごつごつとしているが、手に持つとよく馴染み、茶碗の赤と抹茶の緑が互いに色鮮やかに引き立たてあっている。姿勢を正して、ゆっくりと口に運んだ。ふわっとした口当りと程よい苦味が広がる。飲み終えて茶碗を置くと思わず口が開いた。
「素晴らしいお茶でした。なりより、茶碗の見事なこと……。この茶碗はなんと言う茶碗なのですか?」
朝右衛門は笑みを浮かべた。
「ふふっ。決まり事でなく、素直な言葉のなんと嬉しいものよ。その茶碗は
もう一度明五郎は茶碗を眺めた。
首斬りを生業にする山田家と聞けば、
斬首の際、辞世を詠む者の字が読めなかったり、意味が分からなくては面目も立たないということで、
朝右衛門は言葉を続ける。
「そなたのことは、釼一郎から良く聞いておる。その通りだな。真面目も真面目、糞がつく真面目だ」
頭をかきながら、明五郎は苦笑いを浮かべた。
「釼一郎殿は、昔からあのような
「大筋は変わっておらぬ。聞いたかもしれぬが、あれも、
「確か、小さき頃父上が
「そうだ。行方知れずになった。それで縁のあるここの養子になったのだ。明るく振る舞っておったが、努めて
しみじみと朝右衛門が語った。そこへ、がらりと
「誰の噂をしているのですかな」
「ふふっ、お主の昔話をしておったのだ。十六の時だったかの。
「十五ですよ。まったく、親父様にはかないません」
三人は声を上げて笑った。釼一郎は思い出したように、明五郎に言った。
「そうだ、やっこさん来ましたよ。では、明五郎さんを借りて行きますよ」
と言って、明五郎を手招きした。明五郎も応じて立ち上がった。
客間には、
釼一郎と明五郎が入ってくると、蕎介は畳に額を擦り付けるようにひれ伏した。
「この度はなんとお詫びすりゃいいのか……。すみません」
「おぃ、すみませんで済むと思ってるのか?」
釼一郎が
「すむとは思っちゃいませんが、す、す、すみません」
「そんなに脅かさないでいいじゃありませんか。蕎介さん、もう面おもてを上げてください」
「い、いえ、そんな……」
蕎介は畳に額を擦り付けたまま、首を振った。
「明五郎さん、あんた本当にお人好しだねえ。この男のせいで、さんざ拷問にあったんだぜ」
「本当にいいんです。あれは罰だと思ってるんです。姐さんを救えなかったことの……。だから、本当に顔を上げてください」
蕎介は、ひれ伏したまま、顔をそっと上げて明五郎を見た。その表情に怒りの色はなかった。
「おいっ、聞いたか? お前、命拾いをしたな」
蕎介はゆっくりと起き上がり、座布団に座り直した。
「あ、ありがとうございます」
「畑中さんを倒した時、背後から槍で刺したことは武士同士の戦いのこと、恥ずべきことは何もないと思っております。ただ、この刀は……。お前にやるとは言われたものの、私のような落ちぶれた者が持つには過ぎたる物。お主の方で墓前に供えるなり、良きようにしてくだされ」
と言いながら、明五郎は腰から鞘ごと刀を取って蕎介の前に置いた。蕎介はあたふたと両手を振りながら言った。
「と、とんでもない。あっしがお侍方の心情を察せず勝手に騒いだせいで、今回の騒ぎになったんです。あっしにあれこれ言う資格なんぞありません。畑中さんがくれたんなら、どうぞ貰ってください」
「そうですよ。明五郎さんには、この山田家で働いてもらうのです。それなりの
「え……。ここで?」
明五郎は驚いた顔で、釼一郎を眺めた。釼一郎は
「ええ、
「そ、それは、願ったり叶ったりですが……。本当に良いのですか?」
「親父さんもすっかり明五郎さんのことを気に入っているんだから、儂が言ってどうこうなるもんじゃない。条件としては、そうですね。もう
「はい。もう博打はこりごりで」
明五郎は頭を垂れた。釼一郎は蕎介に向き直って言った。
「おい、お前にもしっかり働いてもらうぞ」
「へ、へい。なんなりと申し付け下さい」
蕎介は何度も頭を下げて言った。釼一郎はポンと肩を叩いた。
「じゃあ、早速で悪いが
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