第4話
岡っ
「あいつです」
声を
「ふん、猿のような奴だが、本当に腕が立つのか?」
尾行中だというのに、東田は鼻息が荒く問いかけてくる。
「はい、うちの畑中先生が奴らに殺られました」
悔しさを滲ませた蕎介の言葉に、東田は呆れたように言った。
「お主らから、畑中、畑中とよく聞くが、殺られてしまっては
この変な自信が、蕎介にはいちいち
とにかく血の気が多い男で、元々は流れ者であった。剛三が仕切る
あまりの剣の腕と肝の太さに、賭場の用心棒も恐れをなして、手出しができなかったほどである。壺振りの男が涙ながらにイカサマを認め、その場が収まると、剛三は新たな用心棒として東田を雇ったのであった。
東田は、二天一流を習ったことはない。一刀流の流派を名乗る町道場で稽古していたが、
それでも二刀流を扱うようになって以来、実戦では後れを取ったことはなかった。
道場で鍛えただけの
東田は元々左利きである。右の太刀に注意が向いているところに、左の長脇差しで斬り付ける。単純な理屈だが、これが良く決まった。それも片手一刀で相手の剣を受け、弾き返せるほどの怪力を持つ東田だから出来る技である。
非力な者、
四谷の
どうけしかけようかと、蕎介が
「おい!」
東田が釼一郎に声を掛けた。釼一郎が
「なんでしょう?」
「今武蔵こと、東田一郎。
決闘の申し込みを釼一郎は無視したまま、左右を見渡して声を上げる。
「蕎介さんとやら、その辺に隠れてるんでしょう? 顔を見せたらどうですか?」
蕎介は思わず首をすくめた。が、思い直して
「へっ、気付いてやがったな」
姿を見せた蕎介に向かって、釼一郎が笑みを浮かべて忠告する。
「蕎介さん、こいつは剛三親分の差し金かい?もし、そうでなければ、止めといた方がいい」
その言葉に蕎介は答えずに、東田に視線を送った。
「おい、お主の相手は拙者だ」
東田は文字通り、大きな顔をして釼一郎を挑発する。
「このお方とはやりたくないんですよ。腕が立ちそうだから」
「ふん、恐れをなしたか? 拙者の二天一流に恐れをなして、負けを認めるというのであれば、こちらも考えてやらぬこともないが」
口元に笑みを残したまま、釼一郎は突き刺すような鋭い目になって言った。
「いえね。
「むむむ!」
怒りで東田は赤くなっている。釼一郎は言葉を続ける。
「だいいち、自分で今武蔵なんて言う奴にロクな奴はいないですからね」
「
と、叫んで、東田は腰から刀を抜いた。太刀を右に、脇差しは左に持ち、
しょうがないと言わんばかりに、釼一郎も刀を抜いて
隙だらけなようで隙がない。
──思ったより、やるようだ。
東田が太刀を持つ右手を少し下げた。ここで打ち掛かってくるなら、右の太刀で受け、左の脇差しを差し込む。動かないようなら、右で斬り付ける。相手が刀で受ければ、東田の怪力で動きを封じこめる。
東田の動きに合わせて相手が小手にくる、下がって
釼一郎が動く気配はない。いつもの東田なら、もう一呼吸様子を見ただろう。だが、釼一郎の
「ふん!」
鼻息荒く、東田が右の太刀で斬りかかった。そして、瞬時に釼一郎に動きがないことを確認し、そのまま太刀を振り下ろしていく。
この確認の間に、一瞬の意識の隙間が生じた。
右脇腹の痛みと共に、意識が繋がった。
──斬られた!
左の脇差しを振りかぶりながら、素早く半身を回した。その東田の脳天に、釼一郎の太刀が、真っ直ぐ斬り下ろされた。
「あっ!」
蕎介が叫んだ。
東田はゆっくりと二、三歩下がった後、崩れ落ちた。
返り血を浴びた釼一郎は、右手に太刀を下げたまま、蕎介に近付いて来る。蕎介は逃げようと背を向けるが、腰が抜け、地面を掴んでもがくばかりである。蕎介の行く手を、血塗られた刀身が
釼一郎は低く、感情を押さえつけた声で言った。
「剛三に言っとけ。ここで手打ちにするなら、今回のことは目を
声にならない返事をしながら、蕎介は何度も何度も頷いた。釼一郎の顔に、すっと表情が戻る。
「蕎介さん、この者の弔いを済ませたら、麹町平河町の
「は、はひ……」
しぼり出すような声で、なんとか答えた蕎介を置いて、釼一郎は去って行った。
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