第3話
柳原の土手に出向いた釼一郎は、日暮れまで時間を潰している
「その後、お加代さんは仕事に行ったのかい?」
「そう。あんな酔ってちゃ、ろくなことにならないよって止めたんだけどね。相当機嫌が悪かったのよ」
若い
「明五郎さんに
「どうせ、あたし達は、のたれ死ぬ運命さ。惚れた男に斬られたら本望じゃないか」
若い
「あんたかい! 明五郎さんのことを岡っ引きに言ったのは」
「なんだい! 本当のことじゃないか」
「でまかせ言いやがって!」
二人は口汚い
「まあまあ。ちょっと落ち着いて、落ち着いて」
髪を振り乱し、お互いを引っ掻き合って、
「これが、落ち着いていられるか!」
「そうだよ!」
二人の怒りはなかなか収まらない。釼一郎は声を張り上げて言った。
「お加代さんを殺ったのは、明五郎さんじゃないことは分かってるよ!」
「えっ、そうなのかい?」
「その日、明五郎さんが
江戸の頃は、木戸という町ごとの門があり、夜になると閉じられて通行を管理していた。木戸番という番人が、人が通る度に
「木戸番が居眠りでもしてる
「でも、お前さんも明五郎さんが殺るとこはおろか、夜中に姿を見ちゃいないだろ?当て
「な、何さ。岡っ引きが言ったんだよ。明五郎って浪人は人殺しだ、女と何か問題があったんじゃねえかってね」
年増の
「その岡っ引きはどこのどいつだい?」
「知らないよ!」
「怒らないから、言ってくれよ」
「知らないよ!本当に知らないんだから」
「まあ、いいや、そいつは調べがつく。お加代さんを最後に見たのは誰だい?」
「あたし見たよ」
騒ぎに近寄ってきた
「本当かい?」
「ああ、頭巾を被った侍だよ。間違いないよ、明五郎さんじゃない。あんないい身なりはしちゃいないからね」
「身なりか、そいつは確かそうだな。侍はいきなり斬りつけたのかい?」
「いや、何だか話がまとまったようで、楽し気に話ながら何処かへ行ったんだけどね。それがあんな風になるなんてねぇ」
「なるほど……」
そう呟いた釼一郎は、
「まずいことになったな」
剛三が
「あの明五郎とかいう浪人、近々解放されるらしいな。奉行所がお前を捜してるそうじゃねぇか」
「へぇ」
蕎介と
「お前を捜している釼一郎という男が、首切りの山田朝右衛門と縁があるそうでな、奉行所もほっとく訳にもいかないらしい」
山田家は首切り役人として、奉行所と繋がりがあるだけでなく、刀の鑑定や、薬の販売などで財力もあり、諸侯との関係も深い。明五郎のことを貧乏浪人だと侮っていたが、思わぬ大事に発展していたのである。
「まあ、相手の
「はい……ご面倒お掛けしてすみません」
深々と蕎介が頭を下げたところに、剛三の手下がやってきて耳打ちした。
「何? おい、噂をすれば影だ。そこの
剛三に言われて、蕎介は息を殺して襖からそっと覗いた。
──あっ……。
思わず声を上げそうになり、慌てて蕎介は手で口を塞いだ。客間に座る男は、明五郎と共に畑中を討った男に間違いなかった。
北町奉行所の
だが、剛三も一筋縄ではいかない男である。おいそれと、蕎介には合わせてくれない。剛三の左右には、柄の悪い若い衆が控えており、ピリピリとした緊張感が漂っている。釼一郎は、釼一郎と明五郎が畑中を討ったことが、剛三達にも知れたのだろうと思った。
「それが蕎介の奴は
とぼけた剛三の物言いに、釼一郎は満面の笑みを浮かべた。
「そうですか。では、親分にお尋ねしますがね。その蕎介さんは、何か明五郎さんに恨みでも持ってたんでしょうかね?」
その言葉に反応して、剛三のこめかみがピクリと動いた。すぐに何事も無かったように、逆に問い掛けてくる。
「ほう、どうしてそう思いなさる?」
「それがね。明五郎さんは人殺しだって言ってたそうなんですよ。儂は、明五郎さんのことを知っているが、あれだけ糞真面目で、馬鹿正直者はいませんよ。その男を人殺し呼ばわりするとは、よっぽど恨みがあるんでしょうな」
言葉を探すかのように、剛三は口をつぐんだ。
「
剛三の右目尻が吊り上がった。
「この野郎!いけしゃあしゃあと……」
手下が
「畑中さんは、確かにうちに
すごんだ剛三に負けじと釼一郎は声を張り上げる。
「色々と誤解があるようだから言っとくがね。儂等は、畑中さんに恨みなどない。降り掛かる火の粉を払っただけだ。刀も畑中さんがくれた物。奪ったわけじゃあない」
「剛三親分。明五郎さんを狙うのは筋違いってことは分かるでしょう。筋の通らないことをすれば、面目を潰された奉行所だって黙っちゃいねえぜ」
さらに釼一郎は声を大きくする。
「蕎介さんに伝えておいてくれ、話たいことがあれば、儂のとこに来いってな」
腕組みをしたまま、剛三は無言で座っている。釼一郎は刀を掴んで立ち上がると、剛三を見下ろしつつ部屋を後にした。
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