第2話
取り調べを受ける明五郎は、
「明五郎さん、明五郎さん」
しゃがみこんだ釼一郎は、牢の格子越しに明五郎に語りかけた。明五郎は
「け、釼一郎さん、どうしてここに?」
「商売柄、奉行所とは繋がりがありましてね。それにしてもひでえ
「ははは。こんなに叩かれちゃ色男も台無しですかね」
「それだけ
ため息を吐きながら明五郎はゆっくりと頭を振った。
「それはこっちが知りたいぐらいです。身に覚えがないから、正直に白状しろと言われても出来ぬのです」
一昨日の夜、確かに明五郎は柳原の土手に出向き、殺された
と、言っても女を買ったわけではない。
時間を持て余している明五郎の唯一の楽しみは、釣りをすることである。
土手で釣り糸を垂れる明五郎と、土手で商売をする
いつの間にか、乱暴な客を追い払う用心棒のようになり、
殺された
歳は明五郎と二つ違いだが、お加代姐さん、
「ああー。酔ったねぇ」
お加代は、大きくため息をついた。昼過ぎから暮れ六つまで、飲み続けているのだから無理もない。
暖かな初夏の
「どう? これからあたしの長屋で飲み直さない?」
お加代は手拭いで顔をすっかり隠しながら、明五郎に言った。
「それじゃ……」
と、言い掛けて明五郎は口ごもった。
酒代が尽きていたのを思い出したのである。お加代が身を売って稼いだ金で、酒を飲むことは
「あ、いや、用事を思い出しまして……。またの機会でもよろしいでしょうか」
お加代はすっと視線を落として呟いた。
「ごめんよ、明さん。あたしみたいな汚れた女じゃ嫌だよね」
「え?あ、いやそういう訳では……」
慌てて明五郎は弁解した。
「あたしだってさ。十の時に売られて来なけりゃ、明さんのお嫁さんにしてもらえたかもね」
「気に障ったら申し訳ない。お加代姐さんが問題なのではないのです」
お加代は、顔を上げて、けたけたと笑った。
「明さんたら。冗談だよ。あたしはこれから商売をしなきゃだからね。こら、お前達起きな、起きな」
寝ている女達をお加代は足で起こして回った。それが、お加代を見た最後になった。
明五郎の説明を聞き終わった釼一郎は、手で顔を
「かぁー。明五郎さんは、ほんとに女心がわかんない男だね」
「はい、わかりませぬ……」
しょぼくれた明五郎を見ていると、なんとかしてやりたい気持ちも出てくる。元々、朝右衛門にも頼まれた話でもある。
「……よし、ちょいと調べてみるか」
「な、何か、当てでもあるのですか?」
「いや、ない」
胸を張って釼一郎は即答する。
「そうですか」
明五郎は力無く
「ないが、
「お、お頼み申します……。正体がわかったら、姐さんの
すがりよる明五郎に、釼一郎は頷いた。
「承知した」
内藤新宿を仕切る
「まあ、遠慮するな。かまいたちを捕まえるなんざぁ、なかなかのお手柄じゃねえか」
喬介は酌を両手で受けると、くいっと飲み干した。
「へぇ。たまたまと言うか。覚えてますか?畑中さんのこと」
「畑中先生か?忘れるわけねぇじゃねぇか。いい腕をしたお人だったな」
「……先生がどうかしたか?」
「十日ぐらい前のことです。あっしは用があって、神田のお玉ヶ池に行ったんです。そこで見つけたんですよ。畑中さんを殺った奴を」
「なんだと?」
剛三が身を乗り出して来る。蕎介は嬉しそうに言葉を続ける。
「それから、奴の跡をつけたんですが、随分と落ちぶれていましてね。汚え貧乏長屋で一人で暮らしていました。本木明五郎という浪人です」
「ほう、それで?」
「それから、ずっと張り込みをしましてね。すると、あの殺された
「何?殺るところ見たのか?」
「あ、いえそうじゃねぇんですが……。奴らが土手で飲み出した後、同心から呼び出されましてね。ただ、夕暮れまで飲んでいたことは、他の
「おい、確かな話じゃねぇのか?」
「ですが、卑怯な手で畑中さんを殺って、刀を奪うような
自らの言葉に納得するように、蕎介は頷いた。剛三は盃を置いて、腕組みをして言った。
「面倒なことにならなきゃいいがな」
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