夜鷹を切り裂くかまいたち -つわものたちは江戸の夢 第二部-
和田 蘇芳
第1話
昔から、収集癖を持つ人は多い。取分け日本人には多いようで、江戸の時代でも例外ではなかった。
焼物、書画などの希少価値の高い骨董品だけでなく、収集の対象は実に様々である。人気が高かった収集品に、
集めた品をじっくりと眺めたり、並べて飾ったりと楽しみ方はそれぞれであるが、中には自慢をしたくて仕様がない者もいる。
道具であれば試してみたくもなる。それが茶道具なら良いが、刀剣、日本刀だと話がややこしくなってくる。
「ううむ、この
刀身に映る目は、取り
銘には二ツ胴切落スとある。罪人の死体を重ねて試し切りした結果、二人の体を切り落としたという
何度も
「よし」
男は頭巾で顔を覆い、
「ああ、今晩も駄目だよ。
そのうち、年季も明けて馴染みの大工の嫁になってはみたものの、地に足が着いた暮らしも出来るわけもない。朝寝、朝酒で一日中
その時以来、春を売ってその日暮らしの金を稼ぐ
「おい」
呼び止められて振り向くと、
ため息を吐いて、ごろりと横を向いた。
擦り切れた畳の上に、欠けた湯呑みが転がっている。がらんとした部屋には、家具という物がまるで無い。
──俺はなんでこうも運がないのだ。
虚しさが、昨晩飲んだ安酒と共に溢れ出す気がした。
一年程前のこと、明五郎は大きな仕事を片付け、大金を手にしてやっと不遇の生活を抜け出せると喜んでいた。
ところが、どこで話が違ったのか、道場を譲り受ける代金が、どう都合をつけても五両足りなかったのである。どんなに腕の悪い大工でも一月働けば一両ぐらいは稼げるだろうから、仕事さえあれば何とかなるぐらいの金ではある。
だが、明五郎は長年の浪人の身。五両程度の金でも、都合をつける当てはなかった。人に頼る、特に金の
なまじ余裕があったのが災いしたのか、負けが一両になり、二両になる。負けを取り返そうと、必死になるともういけない。ずるずると負け続けて、結局道場の資金をほとんどすってしまった。
──あの時、何故、
金回りの良い
……ふと、明五郎は我に返った。賑やかな声がぴたりと止んで、静まりかえっている。
息を潜めて枕元に置いてある愛刀、
一人、二人、三人。裏手にも人の気配がある。完全に囲まれたらしい。
──一体何者だ。
明五郎は考えを巡らせたが、思い当たる
「北町
「どうだ、
白髪混じりの老人が、釼一郎に問いかけた。
「うーん、どうですかねぇ。浮世の暮らしが、性分に合っておりましてね」
愛嬌のある猿顔の釼一郎は、笑みを浮かべながら顎をさすった。
「お前が人斬りが嫌なのはしょうがないが、どうも筋が悪い者が多くていかん」
「ははっ。わしもずいぶん筋が悪いと叱られたもんですがね」
「そうだったかの」
吉陸は、四代目まで名乗っていた浅右衛門ではなく朝右衛門と称した。
「ところで、最近かまいたちが出没するのを知っておるか?」
「かまいたち? ああ、柳原土手辺りの
「それが、ただの辻斬りでもないらしいのだ」
「というと?」
「
「ふうん。妙ですね、それは」
「それで
「へー妖怪の登場ですかい」
人を斬ることを生業にしている山田家は、寺社仏閣の次に幽霊が寄り付く場所かもしれない。むしろ、刑罰で首を斬られる罪人の恨み辛みがあるだけに、
「まあ、妖怪と騒いでいるうちなら良いのだが、山田家が
山田家では、死体の肝から人肝丸として、
「それは、おだやかじゃないですね」
「そこで放っておく訳にもいかず、お前を呼んだ訳だ。面白そうであろう?」
「そうですね。ちょっと探ってみましょうか」
そこへ飛び込んで来たのが、
「兄上、いらしてたのですか?」
「久しぶりだな。
「ご無沙汰しております」
と、頭を下げる。太い眉で角張った顔の、筋骨逞しい武人である。兄の
「それより、どうしたのだ?」
朝右衛門が、権之助に問い掛ける。
「噂のかまいたち、辻斬りの
「へぇ、早くも解決したみたいですね。儲けそこないましたかね」
「残念だったな。それで、下手人の名は分かるか?」
「はい、神田に住む本木明五郎という浪人です」
「そいつは、本当か?」
「ええ、北町の同心に聞いたので間違いありません」
「北町だな?」
と、言ったきり、刀を掴んで飛び出して行った。
「おい、
朝右衛門と権之助は、顔を見合わせた。
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