第8話 天才軍師・エルジス

「御客人様、お待ちしておりました。御案内致します」

「うおっ!?」


 左から突然声が響いたと思えば、跪いて深く頭を下げる少年が現れた。こんなもの誰が遭遇してもビックリするでしょ。


 飛び跳ねた鼓動を息を整えながら鎮める。


「や、やぁ。君は一体……?」


 慌てて口から出た言葉がこれだった。大丈夫だ、俺の反射神経は衰えていないようだ。


「ヤングル領主・エルジス様に仕えております、イグルと申します」


 俺(クファシル)と同い歳くらいに見えるが、礼節もしっかりしてる。


「迎えに来たと言うなら話が早い、儂はヴェルス国大将軍ファバード。早速、お主の主人に会わせてほしい」


 一歩前に出たファバードが代わりに話し、俺(クファシル)は衛兵達に囲まれながら見守っていた。


 案内人だという少年イグル。目の前に大将軍が現れ少し表情を動かしたが、直ぐに元に戻し先導し始める。


(俺が王弟って言ったらどういう反応すんのかな……)


 カミングアウトする時を少し楽しみにしながら、黙って彼の後に着いて行った。


 ◇◆


「人数が多いですので、ここでお待ち下さい」


 森の中を進んでいくと、開けた場所に出た。奥には小さな家が現れ、石レンガで造られた煙突からは煙が上がっている。


「ここがエルジスの住処で御座います。儂もここに来るのは二度目ですがな」


 ファバードから説明を受け、最初の目的地へ着いたことが分かった。


「結構しっかりした生活してるんだ……」


 最初に驚いた事は環境の良さだ。


 森には食用になる動物達が多数生息し、近くにはリーリラ川から分かれた小川もある。


(少なくとも食料や水に困る事は無いな……)


 そう思い更に辺りを見渡すと、豊富な作物が育つ畑もあるようだ。近付いてみると、見た事の無い作物が育てられている事に気が付く。


「これは何だ?玉ねぎに似てるけど……」

「それは甘葱です。この辺りでしか育たない珍しい作物で御座います」

「ん……!?」


 すぐ横で聞き覚えの無い声が響いた。驚いたオレは直ぐに横を振り向く。


「見ない顔ですな、大将軍の隠し子か何かでしょうか?」


 純白の長髪をなびかせた若い男は、微笑みながらそう言った。突然現れた彼からは、異様な雰囲気が溢れていたのだ。


(なんだこれ……。身動きが取れない、声も出ない。何なんだ、この静かな威圧感は……!!)


「これこれエルジス。儂への無礼は百歩譲ったとして、王弟殿下に対しては許されぬぞ?」


 困ったようにファバードが男の名を呼び、軽く注意の言葉を放った。


(この人が、エルジス……?)


 いつまでも解けることの無いような緊張感が身を包み、心の中で声を漏らす。すると今度は、男の方が静かに口を開いた。


「王弟殿下?ほぉ、クファシル様とは貴方の事で御座いますか、これは失礼致しました」


「あ……。いや、先に挨拶するべきだった。すまない……」


 うやうやしく頭を下げる彼に対し、顔を上げるように促した。そして、先程まで強烈にあった異様な緊張感は、まるで最初から無かったかのように消えていたのだ。


「お初目にかかります王弟殿下。そちらに居る大将軍から聞いてはいると思いますが、エルジスと申します」

「あ、どうも。クファシルです。一応、王弟やってます……」


 これが、王弟に転生した俺と、原作漫画に登場しない天才軍師エルジスの最初の出会いだった。

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