第3話 覚悟

「逃げろ、フィカ……!」


「ルナール……!ルナール……!」


 力を振り絞るようにして声を出す少年。座り込んだ彼の体には複数の切り傷が見られ、衣服を赤く染め始めている。

 彼の名前だろうか。必死に泣き叫ぶ少女の声が響き、それを愉しむように男達が1歩ずつ近付いていた。


 衣服は所々破れ、血塗れた刀を持つ薄汚い男達。所謂いわゆる「盗賊」と言われる奴等だ。


「さぁ、最後のチャンスだぞぉ?荷物を置いて女は黙って付いてこ……」


 先頭を歩いていた男。最後まで言葉を言い切る時間も与えられず、この世に永遠の別れを告げた。


「やっぱ、凄いな……」


 悲鳴を聞き駆けつけたリアナの剣術が、次々と鮮血の虹を描いている。


「なんだこの女……ぎゃぁぁっ!」

「こいつ、ぐふっ……」


 盗賊達は状況を理解する前に死へと誘われていた。幾ら人数に利があるとしても、戦場を経験しているリアナにかなうはずがない。


「そりゃそーだよな、俺より何倍も強ぇもん……」


 苦笑いを浮かべながら、襲われた2人の元へ駆け寄る。彼らは突如現れた俺達が、正確に言うとリアナが盗賊を圧倒している姿を見て、唖然としていた。


「良く耐えたな、これから館へ避難させる。それまで頑張れるか?」


 木の傍で静かに頷く少年。振り返り、少女にも安否を確認する。彼女は声が出ない程怯え、何かを訴えようと俺の背後へ視線をずらしていた。


「う、後ろ……!!」


 その声に反応した俺は、すぐに少年の方向を見直す。

 少し左上を見上げると、大剣を振り下ろそうとしている男が立っていた。

 小刻みに震え、目は血走っている。完全に狂っているのだ。


「クファシル様……!」


 盗賊の大将格らしい男と対峙するリアナの叫び。その声に反応し、一瞬の出来事に固まっていた体が動く。腰元に手を伸ばし、横に跳びつつ体を翻し長剣を抜いた。


「ひぃ……!ぶふっ………」


 死を誘う重い斬撃は手間も掛かり隙も作る。鋭く速い俺の斬撃は、腹部を十分に切り裂いた。


(まだだ、完全に仕留めるまで気を抜くな!)


 次の斬撃を繰り出すべく、瞬時に体勢を整える。これもリアナとの鍛錬で、入念にやってきた事だ。


 しかし、人を斬る抵抗が邪魔をする。この世界に来た時点で覚悟するべきなんだろうが、やはり心臓の動きは早まるばかりだった。


「やるしかないんだ……!」


 深く息を吸い呼吸を整え、その1歩を踏み出そうとした時である。


「禁止されている盗賊行為、そして王弟殿下への無礼……」


 腹を裂かれ瀕死状態の盗賊。その背後から、低く重く威圧感漂う声が聞こえる。

 そして、突如繰り出された死の斬撃は、男を真っ二つにし、地獄へ叩き落とした。


「到底、許されぬぞ……!」


 白い髪と美髯びぜんを蓄えた老将が、鬼の形相をしながら現れたのだ。



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