第6話 時代の烏
佐ノ介たちA班は南門から突入していた。先頭を行くのは佐ノ介とマリ。後ろから他の子供たちも銃を構えてついてくる。初めは戦うのを恐れていた子供たちも、今はその表情から恐れが消えていた。
彼らは扉を蹴り開けると、洋館の中に入って状況を見渡す。銃声が東門の方から聞こえてきた。だが彼らの前には薄暗い空間が広がるだけで敵も何もいない
「こっち側に敵が全くいない…」
「音はC班の行った方から聞こえるね〜」
「敵は全部C班に集中してるのか…」
さえ、桜、広志が口々に言う。
「どうする?」
真次が佐ノ介に尋ねる。マリも不安そうに佐ノ介の様子を見ていた。
「俺たちの任務は敵の黒幕を殺すこと。最優先はそれだ。武田さんの話だと黒幕は中央にいる。ならば中央に行くぞ」
「C班大丈夫かな」
「数馬はじめ皆腕が立つ。なんとかなるだろう。行こう」
佐ノ介が言うと、みんな不安そうな表情を押し隠して走り出す。正面にあったエレベーターの扉を開けてそれに乗り込むと、エレベーターはゆっくりと上に登っていく。
エレベーターが止まると、細い通路が目の前に現れた。
細い通路の先に広間があった。だがその広間に、何人か見覚えのある顔が床に転がっていた。
子供たちが通路を駆け広間にたどり着いたのと同時に、謎の男の声が聞こえた。
「ここまでだ、少年」
佐ノ介はすぐさまその声の方を向いた。
黒ずくめの謎の男が2階でナイフを誰かに向けている。
佐ノ介は一瞬で狙いをつけると、ナイフへ銃弾をたたき込んだ。
「っ!」
ナイフが吹き飛ぶ。謎の男はゆっくり佐ノ介の方へ向いた。
「女子は怪我人の手当てを!真次、広志!奴をとっちめて2階の負傷者を助ける!」
「おっしゃあ!ぶっ飛ばしてやるぜ!」
佐ノ介が指示を出すと女子は広間に倒れている玲子、駿、浩助、圭輝を救出する。真次と広志は銃を2階に向けていた。
「冷静な判断力に優れた射撃の腕。お前、名前はなんだ?」
佐ノ介は容赦無く敵に発砲する。敵が少し体を捻らなければ、そのまま眉間を撃ち抜かれていただろう。
「教える義理はない、か。いいだろう。私のことはヤタガラスと呼びたまえ」
「ハッ、かっこいーねぇ、この人殺し!」
佐ノ介はそう言うとヤタガラスの眉間を目掛けて引き金を引く。同時に真次も拳銃(デザートイーグル)を、広志もアサルトライフル(HK33)を発砲する。ヤタガラスは伏せながら手すりに隠れつつ転がった。
「気をつけろ…!奴はワイヤーで移動する!」
「トッシーか!?」
2階から暁広の声がする。真次も一旦発砲をやめて質問する。暁広は柱の影に隠れようと這いずった。
佐ノ介と真次と広志は左側の階段を登りながら発砲する。ヤタガラスはすぐさまワイヤーを伸ばし、広間の真上の天井にぶら下がり、広志を撃ち抜いた。
「うぉあっ!」
広志が階段に倒れる。真次がすぐさま彼を担ぎ、2階に登った。
佐ノ介は階段に止まったままぶら下がるヤタガラスに発砲する。すぐさまヤタガラスはフックショットごと広間に着地してその銃弾をかわす。
「くそっ、よく動く鳥さんだね!」
佐ノ介が悪態を吐きながら2階に登る。2階の柱の影では、茜が暁広と心音と広志を治療していた。
「佐ノ介!大丈夫か!」
「俺は大丈夫だ!」
真次と佐ノ介が短く言葉を交わす。そして拳銃をヤタガラスに向けて発砲しようとするが、ヤタガラスは瞬時に真次を撃ち抜いた。
「くそぉっ!」
「真次!」
「俺は平気だ!奴を倒してくれ!」
真次は這いずって柱の影に隠れながら佐ノ介に言う。佐ノ介は素早くうなずいた。
佐ノ介は一瞬だけ身を乗り出して引き金を引く。佐ノ介の放った銃弾はヤタガラスの拳銃を吹き飛ばした。
「おぉ、やるじゃないか」
佐ノ介はヤタガラスの声に応えるようにもう1度引き金を引く。瞬間ヤタガラスはフックショットで2階へ登ろうとする。
すぐに佐ノ介は狙いをつける。撃つのはフックショットから伸びるワイヤー。
銃声が鳴り響くと同時にヤタガラスのフックショットのワイヤーが切れる。ヤタガラスは姿勢を崩しながら2階に転がり込んだ。
「いい腕だ、本当なら全部急所だったろう」
「ご要望とあらば!」
佐ノ介が言い返すと同時に引き金を引く。しかしヤタガラスは姿勢を低くして前転すると、佐ノ介の拳銃を蹴り飛ばした。
「くっ」
佐ノ介はすぐに銃を取ろうとするが、ヤタガラスは蹴りを佐ノ介の腹にたたき込んだ。
「うぐぅあっ!」
佐ノ介は吹き飛んで倒れた。ヤタガラスは倒れた佐ノ介を見下ろし、もう一丁の拳銃を腰から抜いた。
「ここまでだ。いい腕だったぞ」
ヤタガラスがそう言ったと思うと、拳銃を佐ノ介に向ける。ほとんど同時にヤタガラスの左側から銃弾が飛んでくる。
その銃弾はヤタガラスの肩をかすめただけだったが、ヤタガラスはすぐさまそちらへ振り向く。女子が1人、遠藤マリが通路の影から拳銃を発砲していた。
「あぁ、そういうことか」
ヤタガラスは一言そう言うと、拳銃でマリを狙った。
「この野郎!」
佐ノ介はすぐさま立ち上がり、ヤタガラスの腰に飛びつく。ヤタガラスは後退り、佐ノ介を振りほどこうともがき始める。
「守るものがある人間は強いな!だが!」
ヤタガラスは佐ノ介の顔面に膝を叩き込むと、佐ノ介を蹴り飛ばす。
「そこまでだ!」
ヤタガラスはすぐさまマリを拳銃で撃ち抜く。マリは咄嗟に影に隠れたが、肩を撃ち抜かれていた。
「俊敏だな」
ヤタガラスは小さく言うと、改めてそこに横たわる佐ノ介に銃を向けた。しかしそこに佐ノ介はおらず、佐ノ介はどうにか転がって柱の影に隠れた。
「大切なものを守るためにお互いに命をかける。素晴らしいな」
ヤタガラスは独り言で呟く。
その頃2ヶ所にまとまることになった子供たちはそれぞれ作戦会議を始める。
2階の柱の影にいるのは暁広、茜、心音、佐ノ介、広志、真次。
1階の通路の影にいるのは駿、浩助、圭輝、玲子、マリ、美咲、さえ、桜。
2階で無傷なのは茜、1階で無傷なのは美咲、さえ、桜である。
暁広はその場のメンバーを集めて話す。
「このままじゃ全滅する。どうにかして奴を倒すぞ」
「だが適当に銃を撃っても避けられる。背後から狙撃できれば…」
「1階の駿たちとうまく連携できなきゃ無理ね」
暁広、佐ノ介、心音と話す。
一方の1階側も作戦会議をする。
「どうすんの、私らにできることは…」
「持っている銃の性質的に、弾幕を張るのが得意だから…」
「奴の気を引き、2階の人たちの狙撃に委ねる」
さえ、駿、マリと話す。
彼らが作戦会議を終えたのとほとんど同時だった。
「いいかお前ら!私はあと10秒で貴様らのどちらかを全滅させる!1階か、2階か!さぁどっちだろうな!」
ヤタガラスは叫ぶ。
部屋の子供達に、異様な緊張感が走った。
A班がヤタガラスと遭遇した頃 洋館正面玄関ホール
「はぁっ…はぁっ…」
数馬たち1番初めに洋館に突入したC班は返り血まみれになり、肩で息をしていた。足元には死体が山のように積み重なり、薬莢が散らばり、銃が散らばり、そして血が散らばっていた。
「何人殺した?」
遼が不安そうに尋ねる。数馬は拳銃の弾を込めながら答えた。
「20人から先は数えてない」
このメンバーの中では数馬が1番返り血に汚れ、実際に敵を殺していた。
「もう…来ないよね?」
「…そのようだ」
明美の言葉に武が言った。
目の前に広がる惨劇と、罪悪感と、緊張からの開放で、香織が思わず床に胃の中のモノを戻す。遼が香織の背中をさすって落ち着かせる。だがみんな不安で、香織の気持ちはよくわかった。
「だが、この先にも敵がいるんだろう?」
竜雄が不安そうに言う。桃が血に汚れたメガネを拭きながらうなずいた。
「そう。敵の黒幕。やるしかない」
「やれるさ。ここまで来たなら」
どこか悲壮な桃に対して数馬が少し軽く言う。みんなはうなずくと、銃を改めて持ち直した。
「銃の整備は済んだか?それじゃあ行くか」
遼が軽妙に言う。数馬が先頭に立つと、扉を開けてその先にあったエレベーターに乗り込んだ。
洋館中央 ヤタガラスの間
2階の柱の影に隠れる暁広たち、1階の通路の影に隠れる駿たち、それぞれが背中に冷たい汗を流していた。
「10、9、8、7...」
ヤタガラスの言葉に、子供たちは何もできない。作戦会議をするものの、何も具体的なアイディアは出てこない。
それでも全員銃を握ってもしもに備える。
「3、2...」
ヤタガラスのカウントダウンがそこで止まる。エレベーターが到着する音が2つ同時に鳴り響いたのである。
「そうか、
ヤタガラスから見て1階の左側の通路から数馬を先頭にしてゾロゾロと子供たちが現れる。
同時に、2階の左側からも泰平たちがエレベーターから現れるのが見えた。
ヤタガラスはすぐさま拳銃を抜き、背後の壁に向けて発砲する。
壁は重々しい音を立てて倒れる。銃弾によって倒れたのではなく、何か装置があったのだろう。
壁が倒れて橋のようになる。その橋の先には、また別の部屋が広がっていた。同時にヤタガラスはその部屋の天井に向けて予備のフックショットを打ち込み、移動する。1階の子供たちも2階の橋の前で全員合流した。
「どうする泰さん」
数馬が泰平の隣に立って尋ねる。C班とD班は合流してひとつの班になっていた。
「ひとまず前田と池田は負傷者の治療を。女子はその護衛を。残った男子で敵を仕留める」
「指揮は泰平に任せるよ。やったろうぜ!」
「任せた。良子、桃と一緒にトッシーたちを。私たちは1階の玲子たちを」
泰平の指示で女子たちも素早く散り始める。男子たちもまとまって目の前の橋を渡り、敵の真の本拠点に足を踏み入れる。
数馬、竜雄、泰平が先頭切って突入すると、すぐ後ろから遼、武、正、竜と部屋に入る。
「ようこそ、私の館へ」
男子たちはその声に弾かれるようにして上を見る。3層構造の部屋の1番上の階に、ヤタガラスは彼らを見下ろすようにして手すりに頬杖をついていた。
「私の名はヤタガラス。君たちが殺そうとしている、湘堂市を襲った張本人だ」
「自己紹介とはありがたい。ただもう少し早く名乗ってほしかったぜ、わかんなくて皆殺しにしちまったんでよ」
ヤタガラスの自己紹介に、数馬が軽口を叩く。ヤタガラスは小さく笑うと、言い返した。
「だったら彼らに伝えてもらおう。『俺たちの故郷は輝きを取り戻す』とな!」
彼の言葉と同時に銃弾が飛んでくる。数馬他数名は咄嗟に横に飛んでそれをかわしたが、逃げ遅れた正は足に銃弾を食らって倒れる。
「痛ええええ!」
すぐさま泰平と遼がサブマシンガンを上に向けて発砲し、その間に竜雄が正を引きずって部屋の端にあった柱の影に隠れた。
ヤタガラスはその場にしゃがみ込む。建物の都合上それだけで泰平たちの銃撃をかわすことができた。
「ダメだ、角度が急すぎて下からの攻撃は当たらん!」
「ならどうするんだよ?」
「上がるんだよ!あの階段で!」
泰平が状況を伝え、竜雄が尋ね、遼が叫ぶ。彼らのいるところの左側に細い階段がひとつだけあった。
「でもあんなに細いしあの道しかないってことは…」
「当然待ち伏せがあるってことだ」
竜雄が言いかけたことに泰平が繋げる。不安な空気を払拭するように数馬が叫んだ。
「上等だ!俺が先頭切って奴をブッ殺す!」
「すまんな数馬、皆数馬に続くんだ!」
数馬の心意気に応えるように泰平も叫ぶ。だが武が尋ねた。
「正はどうする!?」
「大丈夫だ!問題ない!ここに隠れてるよ!」
正が叫ぶ。納得する間もなく銃弾は飛んでくる。
子供たちは一瞬目を合わせると、階段の入り口に転がり込む。先頭は数馬、1番後ろは竜雄。
階段は狭く、子供であってもひとり分の幅しかない。さらに恐ろしいことに、その階段の足下に、数個のワイヤーが張ってあったのである。万が一引っかかるようなことがあればワイヤーの先の手榴弾が爆発する。当然ヤタガラスも階段の上から銃撃を浴びせてくるだろう。
「なるほど、これは…」
先頭に立つ数馬も思わず言葉を失う。急がなければ銃で撃たれて死に、急げば爆弾に引っかかって死ぬ。しかし、止まっている暇はない。
「泰さん!そっからでも階段の1番上、見えるな!?」
「あぁ辛うじて!」
「なんか見えたら俺の背中叩いてくれ!」
数馬は真後ろの泰平に言う。泰平も大きな声で了解と叫んだ。
(何をする気だ?)
ヤタガラスはそう思って階段からわずかに顔を出した。
泰平が数馬の背中を叩く。
すぐさま数馬はヤタガラスに向けて拳銃の引き金を引く。咄嗟にヤタガラスは階段の影に隠れた。
すぐに爆発音が響く。ヤタガラスは一瞬子供たちの自爆を期待したが、その期待は外れた。
「次ィ!」
数馬の声である。
つまり、数馬は見える罠である手榴弾を爆風の届くギリギリのところから拳銃で爆発させて解除しているのである。ただし銃弾も無限ではないため数馬も慎重に狙いを付けていた。そこをヤタガラスに撃たれないように、泰平に状況把握を任せヤタガラスの動きがあればそちらを牽制する。
「考えたな…だがこれはどうかな」
2個目の罠を解除したときに、数馬の考えがわかったヤタガラスはそう呟いて一瞬だけ階段に身を乗り出す。
泰平が数馬の背中を叩く。
数馬が引き金を引くより速くヤタガラスは引き金を引いていた。
(しまった..!)
数馬が覚悟を決める。だが、銃弾が壁に当たった音がした。
「うぐっ!」
銃弾が狙っていたのは数馬ではなく、泰平だった。壁に当たった銃弾は跳ね返って数馬ではなく泰平の脇腹を貫いていた。
「泰さん!」
「俺が担ぐ!2階へ!」
数馬が叫び、遼が応える。数馬はうなずくと、素早くヤタガラスを牽制してから2階に至るための最後の罠を撃ち抜く。そして走り出して2階に着くとヤタガラスの方へ撃ちまくる。
「急げ急げ!一旦2階に上がるんだ!」
数馬に急かされるように全員階段を登る。遼、泰平、竜、武。しかし牽制の結果、数馬の拳銃の弾が切れた。
「クソッ!」
そのわずかな隙すらもヤタガラスは見逃さなかった。数馬が銃のリロードをしていることを悟ると、ヤタガラスは階段に身を乗り出した。
そこにいた竜雄と目が合った。
「そこだ!」
ヤタガラスが叫んだかと思うと、2階へ後一歩のところで竜雄は腹を貫かれた。
「ぐぁあっ…!」
「竜雄!」
リロードを済ませた数馬は再び牽制を始める。ヤタガラスはすぐさま身を隠した。
「くっ…!」
床に手をつく竜雄の肩を担ぎ、数馬は2階の柱の影に隠れる。
「ここなら銃撃は来ないから大丈夫だ…3階から見て死角になっているからな」
冷静に分析するのは泰平である。遼に止血されながら横になっていた。
数馬はその間に竜雄の止血をする。銃弾は貫通し、軽傷そうではあったが戦闘の継続は困難だろう。
「ごめんな数馬…足引っ張っちゃって…」
「バカおっしゃい、死ななきゃ儲けもんよ」
謝る竜雄に対して数馬は軽口で返す。すぐに竜雄は続けた。
「俺と泰さんはここに残るよ…だから、みんなで倒してくれ…」
黙り込む数馬に、竜雄は泰平の同意を求めた。
「いいよな、泰さん?」
「あぁ…このままでは足手まといだ。申し訳ないが、奴を倒すのは任せた」
泰平と竜雄の言葉に、数馬はうなずいた。
「任された」
数馬の様子を見て、遼も竜も武もうなずく。
「大丈夫、2人とも軽傷だ。俺たちが戻るまではピンピンしてるよ」
「『必ず戻ってくるぞ』」
「すぐにな」
4人に全てを託し、泰平と竜雄は自分自身の治療に専念する。託された4人は階段近くの壁に張り付き、様子を見る。
ヤタガラスは今のところ階段にいない。数馬はすぐさま階段の罠を撃ち抜いて全てを解除した。
「また先頭は俺が行く。ついて来てくれ!」
「『よぉし、派手に行こう!』」
数馬は先陣を切って階段を駆け上がる。すぐ後ろから遼、武、竜。
4人が階段を登り切り、3階にたどり着いて銃を構える。距離は10m。ヤタガラスは余裕そうに銃口を向けられていた。
「驚いた。4人もここまでくるとはな」
「おしゃべりはいい。死んでもらう!」
「威勢がいいな。何かに守られてるような幸運を履き違えたバカか、それとも自信があるのか…」
呟くヤタガラスを無視して武がアサルトライフルの引き金を引く。床から跳ね上がるようにしてヤタガラスの心臓を狙うが、ヤタガラスは横に転がってかわす。転がった先に遼が銃撃を浴びせるより速く、ヤタガラスは拳銃で遼の右腕を撃ち抜いていた。
「うぉあっ!?」
遼がサブマシンガンを落とす。しかしすぐに左手で拳銃を抜く。
(いいガッツだ)
ヤタガラスはそう思いながら拳銃を連射する。遼の左腕も撃ち抜くと、そのまま彼の腹を撃ち抜いた。
「うぅっ…!」
「遼!」
武が発砲をやめて遼の下に寄る。遼は武を振り払った。
「構うな…!逃げとくから奴を…!」
「わかった…!」
武が発砲をやめている間数馬と竜が発砲する。しかし、どちらも拳銃であるため連射速度が敵の動きに及ばず、当たらない。
武が合流してアサルトライフルを撃つ。連射速度の速いそれならばヤタガラスの動きに追いつけるはずだった。
しかし、ヤタガラスの俊敏さはそれを上回り、気がつくと武のアサルトライフルの弾は尽きていた。
ヤタガラスはそこを見逃さず、武に瞬時に狙いをつけて引き金を引いた。
武は脇腹を抑えてうずくまる。
「竜!武を頼む!俺がこいつを殺る!」
「マジで言ってんのか!?できるのかよ?」
竜が尋ね返す。銃弾を避けながらヤタガラスが口を挟んだ。
「諦めろ!貴様らにチャンスはもうない!」
「諦めなけりゃいつだってチャンスしかない!ここは俺に任せてくれ!」
ヤタガラスの言葉に数馬は言い返す。竜は黙ってうなずくと銃を下ろして武の方へ駆け寄り、肩を担いでその場を離脱する。
数馬はヤタガラスと向き合う。ヤタガラスも右手に拳銃を握りしめていた。
(俺の拳銃の弾はあと1発。向こうも計算が間違っていなければ同じはず。だったらここで勝負が決まるのか…)
数馬は考えを巡らせる。緊張感で顔が強張るのが自分でもわかる。一方のヤタガラスは柔和な表情で数馬に話しかけた。
「君が考えていることはわかるよ。弾の数だ。君はあと1発。実を言うと私もあと1発だ。予備のマガジンももうない」
「ご親切にどうもって言えばいいんですかい?」
「結構。ただの気まぐれで言っただけだからな」
「気まぐれでお情けかけられるとは俺も舐められたもんだな」
「いいやその逆だ」
ヤタガラスから急に余裕が消える。すぐさま数馬は飛び退きながら拳銃の引き金を引いた。ヤタガラスも同時に引き金を引く。
しばらくの沈黙の後、ヤタガラスは高笑いを上げる。数馬も同じく高笑いで答えた。
「外れたな!どちらのも!」
「となったらこれしかねぇな!」
数馬は拳銃を投げ捨て、腰のサバイバルナイフを抜くと、それをヤタガラスの胸に突き立てようと駆け出す。
ヤタガラスはそれを受け止めると、自らの後ろへ数馬を投げ飛ばした。
「そうだ!私はこれが見たかったんだ!」
ヤタガラスはそう叫ぶと、近くの壁にあったボタンを叩く。
数馬のいるところの床が揺れる。揺れると同時に床が徐々に浮いていく。
ヤタガラスも浮いた床に数馬と一緒に乗っていた。
床は宙吊りになるようにして天井のレールを沿って移動していく。その様子は、泰平たちにはもちろん、暁広たち本拠点の手前側で待機していた全員にも見上げることができた。
「なんだ…あれ?」
暁広が思わず口にする。佐ノ介が目を凝らしてそれを眺めると、数馬が浮いて移動する床の上で、床を吊るしている鎖にしがみ付いているのがわかった。
「数馬だ…敵と一緒に乗ってる…!」
「なんだって!?」
佐ノ介の言葉に全員が動揺する。全員から見えるその状況で、数馬はヤタガラスと肉弾戦をすることになった。
「諸君!ヤタガラスだ!これより私はこの少年と1対1の真剣勝負を行う!ゆっくりと彼がなぶり殺しにされる様をよく見るがいい!」
「心配しなくていいぜ、死ぬのはあっちだ」
ヤタガラスに対して数馬が付け加える。すぐにヤタガラスは大笑いをしていた。
「その精神力!さてどこまで本物か!見せてもらおう!」
ヤタガラスがそう叫ぶと、数馬は弾かれたようにナイフを順手に持ってヤタガラスに駆け寄る。
ナイフが届くギリギリの間合いに入ると、数馬はヤタガラスの顔を目掛けてナイフを切り上げる。ヤタガラスはわずかに体を反らしただけでそれをかわすと、数馬の腹に蹴りを入れた。
「!」
数馬が大きく後ろに下がる。後ろ足が床のギリギリにあるのが自分でもわかった。
「足元注意。落ちたら死ぬだろうからな?」
「どうも!」
数馬はそう言ってナイフをヤタガラスに投げつける。ヤタガラスはやはりそれを最小の動きでかわし、数馬に一気に近寄った。
(ここがチャンスだ!)
数馬はそう腹に決めると、近寄ってくるヤタガラスに逆に駆け寄っていく。
「ぬぅん!」
ヤタガラスが体を捻って大きく足を振り回す。数馬の肋骨を目掛けた回し蹴り。ヤタガラスの靴先が数馬の肋骨を捉えている。
(もらった!後ろには下がれん!受け止めれば吹き飛んで落下死だ!)
ヤタガラスは心の内で勝利を確信する。だが数馬の表情は鋭いまま。諦めは一切ない。
(下がれば死ぬなら!)
数馬はヤタガラスが蹴り始めるのと同時に動き始めた。
「そりゃああ!」
数馬は大きく一歩踏み出す。右手を大きく振りかぶりながら、左足を前に出し、全体重を拳にのせた、渾身の右ストレートを蹴りが届くより先にヤタガラスの顔面にたたき込んだ。
「ぐぅっ!?」
前に体重をかけていたこと、油断していたことと相まってヤタガラスは大きくダメージを受け、よろけて2歩下がった。
「親父の蹴りよかすっとろいぜ!」
数馬は軽口を叩きながら床のギリギリのところから中央の部分に歩く。
天井に吊るされた8×8mのこの床で、数馬とヤタガラスは睨み合う。
「…面白い。少年、君の名は?」
「…重村数馬」
「そうか、数馬か」
ヤタガラスは口から軽く唾と血を吐き出す。そして口元を拭うと、ヤタガラスは改めて構え直した。
「俺は君のような人間と戦うために生きてきたんだ!さぁ、勝負だ!」
「望むところだ!」
数馬とヤタガラスが獰猛な表情で殺意をぶつけ合う。
数馬が一歩踏み込む。ヤタガラスまで二歩の距離。
ヤタガラスも一歩踏み込みながら前足だった左足で数馬の腹を蹴る。避けようとした数馬だったが、できなかった。
「くっ」
数馬の動きが止まる。ヤタガラスは手を緩めなかった。
数馬が後ずさるのに合わせてヤタガラスは前にステップする。
(右か?左か?)
数馬はどっちからパンチが飛んでくるかわからず、仕方ないので自分のアゴの左側をガードする。だがヤタガラスにはそれが見えていた。
ヤタガラスは左腕を振るって空いていた数馬の右のアゴに拳をたたき込んだ。
「ぅおぁっ…!」
視界が揺れる。世界が回転する。だがそんなことは関係ない。ヤタガラスは容赦しなかった。
ヤタガラスの右腕が大きく振るわれたかと思うと、数馬のボディにヤタガラスの拳が叩き込まれた。完全に無防備だった数馬は大きく体が跳ね上がった。激しい痛みに声も出ない。
ヤタガラスは右足を後ろへ振り上げた。
「せいやぁっ!」
よろけた数馬の顔面に突き刺すような前蹴り。靴と頭蓋骨がぶつかり合う音がしたと同時に、数馬は後ろに吹き飛んだ。
数馬が宙を舞う。揺れる世界で背中越しに見えたのは、ずっと遠くに見える床。
数馬は慌てて腕を振るう。
「諦めろ!」
ヤタガラスの声がする。だが数馬は諦めない。空中で腕を振り回し、何かに掴もうとするが、何もない。
「数馬!!!!」
子供たちが全員悲鳴のような声を上げる。だが数馬にはかまっている余裕がない。
「くぅっ…!」
揺れる視界と朦朧とする意識の中、数馬は腕を振り回す。
左腕に何かが当たった。
「ぅうん!」
数馬は全ての気合を込めて左腕に当たった「何か」を掴む。だが滑ってどんどんと自分の体重が重力に引かれていくのがわかる。
「あぁぁっ!!」
下の階の女子たちの悲鳴が建物に響く。
落ちてくるのではないか。
しかし数馬はその不安を跳ね除けるように、左腕一本で床にしがみつく。
ヤタガラスも、床にわずかに見える数馬の手に心底驚いたようだった。
「…ったく。本当に君には驚かされるよ、重村数馬。だがこれが最後だろう」
ヤタガラスはそう呟きながら床にしがみつく数馬の手に近づく。
「あぁ、これで最後だろうよ」
数馬の声がする。ヤタガラスは少し不思議に思いながら数馬の手を踏みつけられる距離まで来た。そして数馬を見下ろす。
2人の目が合った。
「ようこそ!」
数馬が叫ぶ。ヤタガラスの目に映ったのは数馬の右手に煌めく銀色の銃身。
(こいつ…隠し持ってやがった!)
ヤタガラスは驚きながら身をどうにか後ろへ反らし、バック転する。ほんの少しでも遅れれば数馬の握っていた拳銃(S&W M686)の357マグナム弾がヤタガラスの眉間を貫いていただろう。
だが、数馬の方もうまく反動をコントロールできず、反動に任せて銃を落としてしまう。
それでも数馬は床の上に這い上がり、立ち上がってヤタガラスと向き合った。
ヤタガラスの表情からは先ほどまでの余裕は消えていた。一方の数馬は闘志に満ち満ちた鋭い表情をしている。目の前の人間を殺すことだけを考えた、人の形をした殺意とも形容できる状態だった。
「君のことを見くびっていたよ。重村数馬、君は優秀な戦士だ。だからこそ、ここで殺す!」
「やってみろ!」
数馬の心に恐れはない。言葉を短く返すと、鋭くヤタガラスの懐へ踏み込む。
数馬とヤタガラスの距離は3歩分。この間合いではお互いの蹴りが当たるが、あと一歩踏み込めばお互いの攻撃が全て当たる。
パワーとリーチで勝るヤタガラスはその場に踏みとどまり右ストレートで殴りかかる。
数馬は逆に一歩下がってそれをかわした。
(こいつ…冷静だ…!)
ヤタガラスは数馬の冷静さに驚きながら、飛んでくるであろう反撃に備える。数馬の構え方から飛んでくる一番威力の高い攻撃は右ストレートだろう。
だが数馬は違った。数馬は改めて一歩踏み込み前足でヤタガラスの股ぐらに蹴りを入れる。威力は小さいが、姿勢を崩すには十分な攻撃。
「ぬっ!」
ヤタガラスの足元が少し崩れる。
数馬とヤタガラスの距離は2歩分。お互いの攻撃がほとんど踏み込まずとも当たる距離。だが数馬は最大威力の攻撃を叩き込むため、もう一歩踏み込む。
ヤタガラスは懐に入ってくる数馬を追い払うために左の拳を振るう。数馬のこめかみを捉えた左フック。
数馬は姿勢を低くしてそれをかわす。だがヤタガラスもそこまでは想定内だった。
(下がった頭に、叩き込む!)
ヤタガラスはそう思うと、右膝を数馬の顔面に叩き込もうとする。数馬は腕で顔面をガードしているようだったが、ヤタガラスはその腕ごと数馬にダメージを与えられる自信があった。
「くらえ!」
ヤタガラスの右膝が数馬の顔面へ飛ぶ。しかし、数馬はやはりヤタガラスの予想を超えていく。
(避けられないなら!)
数馬は腕で膝を軽く受け止めながら顔の角度を傾けることでダメージを最小限に抑える。
そのまま数馬は左肩を突き出しながらヤタガラスの腹にタックルを叩き込む。ヤタガラスはよろめいて2歩下がる。ヤタガラスと床の縁までの距離はあと8歩。
(姿勢が崩れた今、数馬は連打を狙ってくるだろう。その隙を狙う!)
ヤタガラスはそう思いながらすぐに体勢を立て直すフリをする。数馬はヤタガラスの狙い通り距離を詰める。
お互いにあと一歩の距離。
数馬が右手を下げる。
(なるほど右ストレートか。こいつの右ストレートは効く。だがカウンターは取れる)
ヤタガラスはそう思うと数馬の右手を抑えつけようと左手を数馬の右手に出す。
それが失敗だった。
「もらった!」
数馬が叫ぶと同時に、ヤタガラスの左手に鋭い痛みが走った。
「ぐああっ!?」
痛みでヤタガラスは全て悟った。
(右手にナイフを隠してたな…!それで俺の左手を切りつけたのか…!)
ヤタガラスと床の縁まであと4歩。数馬は畳み掛ける。
右手のナイフをヤタガラスの首めがけて振るう。だがヤタガラスは右手でそれを抑えるが、数馬の勢いは強い。それでもヤタガラスはその場に踏みとどまる。
ヤタガラスは右手の握力を強める。
「ぅあぁあっ…!」
大人と子供の腕力差を生かしたヤタガラスはそのまま数馬のナイフを落とさせる。
ヤタガラスから左へ3歩のところにナイフが落ちる。
「形勢逆転だ。このままお前を投げれば死ぬ!」
「勝負を投げたほうがいいんじゃねぇの!?」
数馬は思い切り左足でヤタガラスを蹴りながら腕を振り解く。ヤタガラスと縁まではあと2歩。数馬との距離は3歩。
ヤタガラスは左側に落ちるカッターナイフに気がついた。あれを取れば数馬に遅れは取らない。ナイフまでは前に1歩、左に3歩。
ヤタガラスはナイフを拾いながら数馬を斬りつけることにした。
ヤタガラスが飛び出す。
同時に数馬も動いていた。
数馬もナイフの方へ動いていたが、ヤタガラスのほうが近い。
1歩、2歩、ヤタガラスはステップを踏み、姿勢を低くしてナイフに手を伸ばした。
(もらった、これで勝てる!)
ヤタガラスがそう思った瞬間だった。
「くたばれぇっ!」
数馬が叫ぶ。
ヤタガラスがそちらへ振り向くと、数馬が大きく踏み込みながら左足でヤタガラスを蹴り飛ばしていた。
「ぐあっ!」
ヤタガラスは転がって受け身をとりつつ立ち上がる。縁まではあと1歩だがヤタガラスは落ちない。
はずだった。
「チェストォオオオオ!!!!」
数馬の裂帛の気合いが轟く。
ヤタガラスは見た。
数馬は右腕を大きく振り上げる。そしてその拳は真っ直ぐヤタガラスを捉えていた。
(俺が受け身を取るのをわかった上で…!これじゃどうやっても…!)
間に合わない。
数馬の渾身の右ストレートがヤタガラスの顔面に炸裂する。
ヤタガラスは真っ直ぐ後ろへ吹き飛ぶ。
洋館の、何もない空へ。
「うあああああっっ!!!!」
ヤタガラスの声がこだまする。数馬に聞こえる彼の声は、どんどん下へ下へと遠ざかっていった。
ドサリと重い音が部屋に響く。数馬が下を見ると、駿たちのいる1階の広間に大の字で横たわるヤタガラスがいた。
「はぁっ…はぁっ…」
肩で息をしながら数馬は自分の勝利を確信した。床を吊す鎖の部分に上着を巻きつけていき、下に垂らすと、暁広たちのいる2階に降りてきた。
「数馬…」
みんなが数馬のもとに駆け寄ってくる。泰平、佐ノ介…そして暁広。数馬は静かに呟いた。
「勝った」
彼はそれだけ言うと階段を降り、ヤタガラスの元へ歩く。
1階の広間に来ると、全員集合してヤタガラスを取り囲んだ。
「…痛っテェ…」
ヤタガラスが小さくそう言いながら動く。思わず女子たちは少し引いたが、数馬はみじろぎひとつしなかった。
「大丈夫、落下の衝撃で、もう立てないはず」
「…その通りだ」
数馬の言葉にヤタガラスは同意する。そして咳を一つするとヤタガラスは数馬の方を見た。
「いい面構えだ…戦場はそんな目をしてるやつばっかりだ…」
ヤタガラスはそう言いながら数馬をじっと見つめる。他の子供たちには興味がないと言わんばかりに、数馬に語りかける。
「そしてそういう目をした奴は等しく畳の上じゃ死ねないもんなのさ...。シャバじゃ誰にも受け入れられず、己の闘争本能から逃げることもできない...お前はもう戦場でしか生きられない、俺と同類さ」
ヤタガラスの言葉に、数馬は首を振る。
「俺はお前と同類じゃない…必要だから戦い続け、全てが終われば銃を置く。それだけだ」
「これからも戦い続けるならなおさらだ...戦ってる時の自分、誰かを愛する自分...どっちが本当の自分なのかそのうちわからなくなってくるだろうよ」
ヤタガラスの言葉に数馬は黙り込む。言い返そうにも言葉がなかったから、何よりもヤタガラスの言葉を数馬自身が誰よりも理解してしまったからだった。
「数馬」
暁広が呼びかける。数馬もその時初めてハッとしたようにそちらを向いた。
「そんな奴の言うことに耳を貸さなくていい。こいつは俺たちの故郷を滅ぼした。俺たちの大切な人を皆殺しにした!こいつは悪だ!」
「…悪、か」
暁広の言葉に対し、ヤタガラスは静かに呟いた。
暁広はショットガンをヤタガラスに向ける。ヤタガラスは黙って銃を向けられたまま目を閉じた。
「どんな理由があろうと、貴様がやったことは死を以って償うしかない。貴様が死ねば正義は果たされる!」
「…そうだな」
「じゃあな」
暁広は短くそう言ってショットガンの引き金を引いた。
空の薬莢が床に転がる音がする。
沈黙が部屋を包んだ。
黒いカラスが、洋館の枯れ枝から、何処かへと飛び立っていった。
18:30 金山県 灯島市 武田オフィス
武田徳道は目の前に並ぶ子供たちの視線を受け止めながら手渡された携帯に記録された画像を見ていく。
見知った顔の死体が次々と出てくる。そして最後の画像には、武田が最も求めたものがそこにあった。
「…そうか」
武田は小さな声で呟いた。顔を上げ、傷だらけの子供たちを見てハッキリとした声で言った。
「任務成功を確認した。全員治療室へ。そこで君たちの望む真実を話そう」
武田が合図を送ると、その部下の幸長が子供たちを引き連れて治療室へ歩いていく。武田もその後ろからゆっくりとついて行った。
治療室では子供たちしかいなかった。
これは正式な病院ではないことが子供たちにはすぐにわかった。武田が私費を投じた地下の秘密治療施設。
武田たちが来る前に、すでに重傷を負っていた子供たちは治療を受けていた。
泰平、竜雄、正、玲子、心音、佐ノ介、広志、真次、駿、圭輝、遼、武、暁広。
彼らは先にここで治療を受けていた。
武田と子供たちはそこに来ると、子供たちは空いているベッドに座る。武田は声を張った。
「君たちの作戦は成功した」
武田がそう言うと子供たちは静かに喜ぶ。武田はそれを気にせず淡々と話し始めた。
「約束通り、私がこの事件において知っていることを全て話そう。さらに生活環境も提供する」
子供たちは引き締まった表情で武田の話に耳を傾け始めた。
「今から話すことは、きっと君たちにはまだ難しいだろう。だが、私は君たちを子供として扱うつもりはない。だからありのままを話す」
武田はそう言うと真っ直ぐ前を見つめる。そこには誰もいなかった。窓があり、その先に広がる暗い空。
「全ての始まりは2年前…いやもっと前だったんだろうな」
この事件の黒幕は、君たちになんと名乗った?ヤタガラス?...あいつらしいな。そうか。
ヤタガラスの本名は、
空ノ助と私は小学生の頃から悪ガキ同士つるんでた。他にも、白堂と黒鷹って奴らがいてな。この4人はずっと仲が良かった。山を駆けずり回って遊んだ後は、夕日の沈む海の景色を眺め、近所の神社で平和な生活を送れたことに感謝した。
同時に私たちは歴史が好きだった。こうした平和な日々を送れたこと、その日に至るまでには、何千何万もの偉大な先人が命がけで戦ってくれていた。彼らの勇気に、俺たちは本気で憧れた。
14、5になったころ、我々4人は傭兵として世界を飛び回ることにした。最初はイラン、次は湾岸、イラク。
そうして戦場を経験し、数年前我々は日本に戻った。
我々にとって日本は特別な国だ。何度も戦場を経験し、異国の土を何度も踏み締めるたびに、我々はそう思った。だからこそ我々は日本を守りたかった。
しかし日本は自分の国を自分で守ることもできていなかった。自衛隊はあれど、実際は名ばかりだった。他人から押し付けられたルールにしがみつき、それに甘えて現実から目を背け、戦わなければ守れるものも守れないのに、戦おうともしない国になった。
私はこの国を変えることを決めた。政治家になり、内側から日本を変える。そう決意した。
私は個人的に政治家にコネがあってね。数年で政治家になれたよ。そして気がつけば私のいた政党は政権をとっていた。私は防衛大臣に任命されたよ。
これでこの国を変えられる。そう思っていた。
2年前、私は特殊部隊を作った。名前はGSST。
国内で動くスパイ組織に対する武力行使や、日本の領土内で外国が武力行使をしようとした時に動く特殊部隊。建前上動けない自衛隊に代わって動く、実質的な軍隊。尤もその規模は自衛隊の半分以下だったがな。
そしてその実働部隊のリーダーは烏海空ノ助。
有能な男だった。
国防に燃える男たちを積極的に採用し、使い物にならないと思われていたような人間でも訓練しては、3ヶ月程度で立派な兵士に仕立て上げていた。
そこにいる幸長や、メイド長の佐藤、君たちの治療を担った望月も烏海の訓練を受け、優秀な成績を修めた猛者だ。
そうして何か起きる日に備えて我々は訓練を続けた。
そして、その何かが起きた日が来た。
1年前、千画諸島に、隣国である支鮮華の偽装漁船が不法上陸した。
立派な侵略行為だった。
私はGSSTの派遣を指示しようとした。だが駄目だった。首相は血相を変えて
「そんなことをしたら戦争になる」
と私を止めた。他の大臣もみんな私を気狂いのように扱い、睨みつけた。私はすぐさま走って烏海に命令しようとした。だが周囲の警備員が5人ほどで私を取り押さえた。前線から離れて何年も経っていた私は動きが鈍っていとも容易く取り押さえられた。
「ふざけるな!我々がこの国を守らないで、誰がこの国を守るんだ!」
私は叫んだ。だが結果は変わらなかった。そのうえ、首相はこう言い放った。
「そもそもGSSTなどなければ侵略などされないのだ。全ての責任は君にある。武力を捨てれば侵略などされない。今日を以って君もGSSTも公の場から消えるんだ!」
私は拘留室に押し込まれた。不法上陸した支鮮華人が退去するまで3日間留められたうえ、私は政治家生命を絶たれた。政界に2度と復帰できないようにされた。
拘留が終わると、私は最初にGSSTの基地にやってきた。
建物の取り壊しが始まっていた。空ノ助は寂しそうにその様子をただ呆然と眺めていた。
私は空ノ助に話しかけた。
「空ノ助…」
空ノ助は重く沈んでいた。
「
悲しみの深い空ノ助の言葉に対して黒鷹は怒りを露わにしていた。
「領土は国を構成する重要な要素だ。それを守ることを放棄するなど!人間として終わっている!あいつらは日本人なんかじゃない!ただの売国奴だ!お前もだ武田!」
黒鷹は私につかみかかっていた。だが私は何も言い返せなかった。何もできなかったのは私のせいだ。
白堂がすぐに黒鷹を抑えてくれた。それでも白堂は私を睨んでいた。
「…情けねぇなぁ」
空ノ助が呟いた。私も全く同じ気持ちだった。しかし立場上、何も言えない。
「…答えは出てる」
白堂が短く言った。黒鷹も、空ノ助もうなずいていた。彼らの中ではすでに何かが出来上がっていた。
「…何をするんだ?」
私は恐ろしいながら尋ねた。空ノ助は鋭く私を見て言った。
「もう一度、この国を先人たちに誇れるものにする」
「…何?」
私は聞き返した。黒鷹が言った。
「平和ボケした日本人をもう一度目覚めさせるのさ」
「だから何をするって言うんだ!?」
「この国に脅威が迫っていることを思い知らせる」
白堂が計画をほのめかした。私の体中に冷や汗が流れたのがわかった。
「まさか…!」
「そのまさかだ。民間人を虐殺し、黒幕を支鮮華人にでっちあげる!」
空ノ助の目は正気だった。だから逆に恐ろしかった。
「…」
「そうすれば政治家がなんと言おうと国民は目を覚ます。外国の脅威が目の前に迫っていると知れば、国防体制は大きく変わる!この国は先祖に誇るべき強い国に変わるんだ!自分の身は自分で守る、当たり前の国に生まれ変わる!」
「だからと言ってそんな虐殺を…!許されることではない!」
「1億2000万の命に比べれば、数万の命は遥かに軽い!」
空ノ助は簡単に言い切った。黒鷹も追い打ちをかけていた。
「何人もの人間が我が身可愛さで何もしてこなかったツケだ」
私は何も言い返せなかった。私が現在のこの国を作ったわけではないが、それでもそんな人間たちに力を貸してきたのも事実だった。
空ノ助は最後に私に言った。
「徳道…これが最後のチャンスだ。一緒に強い国を作ろう。偉大な祖国を、自分たちの先祖に誇れる国を作ろう」
私はしばらく黙り込んだ。
そして何度も考えた。だが、今君たちの目の前にいるということは、私の答えはわかっているだろう。
「俺はいけない…」
私の答えを聞いた黒鷹は私を殴り殺そうとしていた。すぐに白堂がそれを取り押さえると、空ノ助は静かに微笑みをたたえていた。
「…それでいい。いつかまた会おう」
彼ら3人はそのまま私に背を向けてどこかへ去っていった。
私は彼らを止めることはできなかった。
彼らはその後1年かけて準備を推し進めていた。あらゆる手段で武器を各地から取り寄せ、それを湘堂に隠したりもしたそうだ。私はその間、何もできなかった。何かすればよかったのだろうか。私が何をしても彼らを止められる気がしなかった。
そうして時が経ち、一昨日まで何も連絡はなかった。そして一昨日、この灯島の街の地下で私は空ノ助と再び会った。
空ノ助はめっきり痩せていた。GSST時代以上に、自分に過酷な訓練を強いていたのだろう。黒鷹も、白堂もそうだった。
GSST時代の部下だった人間が30人、その場にいた。同時に見慣れない顔が何百人とそこにいた。
「声をかけて募ったんだ。世の中は恐ろしいな。『人殺しをしたいものは集え、金は出す』。そんな言葉に呼応してこんなにも人間が集まるのだから」
空ノ助は訓練の様子を見せながらそう言った。だが、彼が率いる組織にしてはまとまりがないようにも思われた。ほとんど訓練をしてないような、素人の集団。私にはそう思えた。
空ノ助は彼らに私を紹介しなかった。2人きりで、建物の裏で会話をしていた。
「俺たちは明後日、金山県の湘堂市を襲撃する。あそこには軍隊反対の活動家も多い。そいつらを殺せば政治は動かしやすくなるだろう」
「誰に任せるんだ?その政治活動は」
「波多野俊平。彼に後のことは託した」
空ノ助はそう言って空を眺めた。そして微笑みをたたえると、冷静に言った。
「通報するなら今のうちだぞ」
「…遠慮しとく」
「ならば頼みがある」
空ノ助は私の方へ向き直った。
「この戦いで、我々は全滅しなければならない。そのため、やることをやったら全員で自決する」
「…なんだと?」
「ちょうどいいとは思わないか?犯罪者どもを率いた我々が国賊を蹴散らし、我々犯罪者が自決することで治安は保たれる」
「…無茶苦茶だ」
「そりゃそうだろうな。そこでお前に頼みたい。湘堂市を生き延びた有能な人間があれば、その人間に私たちを殺させてくれ。その時、私たちは安心して死ねる」
空ノ助はもう私とは違う世界の住人なのだと痛感した。
「一方で、私たちの仲間が全員が全員自決するとも限らない。ただの犯罪者も少なくない。その人間が何か社会に仇なすのであれば…そいつを消してくれ」
「…もうお前がわからん。だが…それは引き受けよう」
空ノ助は私に右手を差し出した。握手のつもりだったんだろう。だが私はその手は取らなかった。
その時空ノ助が見せた悲壮な顔が、私が最後に見た空ノ助の顔だった。
武田は話終えると、深くため息をついた。
「以上が今回の事件の、黒幕がここに至るまでの話だ」
武田が言うと、子供たちは黙り込む。話を飲み込みきれなかったもの、話を飲み込んだ上で黙って考え込むもの。話を聞いていないものはいなかった。
「つまり」
泰平が口を開いた。
「日本の国防のあり方を変えるためにテロを起こしたと?」
「…そうなるな」
泰平の言葉に武田はうなずいた。これで何人か理解できたようだった。すぐに圭輝が口を挟んだ。
「くっだらねぇな。んなことで人殺しかよ」
「…そうかもな」
武田も静かにうなずいた。
「だが例え下らなくても、奴は奴なりに考えがあって動いたんだ」
武田は付け加えた。子供たちは単純でない世の中の片鱗を思い知らされた。
子供たちが黙り込んだのを見ると、武田は口を開いた。
「さて、このうえで頼みがある」
子供たちは軽く身構える。
「今後、この残党がテロ活動を行う可能性がある。君たちに生活環境を提供する代わりに、残党たちのテロが起きた際、鎮圧に回って欲しい」
「しなければ殺す?」
「そんなことはしない。だが、差は付けさせてもらうかもしれない」
武田の言葉に近くにいた幸長が思わず拳を握ったが、すぐに振り解いた。
「もちろん治療が終わるまでは無理強いはしない。だがその後のこと、考えておいてくれ」
武田はそれだけ言うと、部屋を出ようと背を向ける。
部屋を出る寸前、武田は静かに言った。
「…ありがとう、諸君」
武田はそのまま部屋を出た。
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