第5話 狂気

2013年12月25日 16:50 金山かなやま県 灯島あかりしま


 武田たけだ徳道ありみちは自らのオフィスで信じられない報告を受けた。

「血塗れになった子供達が来ています。湘堂しょうどう市から武田元防衛大臣に会いに来たと」

 メイドの1人が驚きながらそう報告をしてきた。武田も当然驚いたが顔色には一切出さない。だが瞬時に様々な思案を巡らせていた。

「通せ」

 短くそれだけ言うと、自らは椅子に腰掛けて外を眺める。

(湘堂市と言えば奴が襲った街…まさか生き延びてここに来たというのか?)

 灰色の空からは雪が姿を見せ始めた。今日は寒い。

「連れてきました」

 メイドの声がする。武田がゆっくりと椅子を回転させてそちらを見た。

 血塗れという言葉がふさわしかった。30人近くいるその子供達はみんなどこかしら血に汚れている。1番汚れていない女の子ですら靴はひどく血に汚れていたし、特に汚れている鋭い目つきの男子は元の服の色がわからない状態になっている。全員顔や肌は最低限拭いたような跡があるが、それでも拭いきれていない子供は多くいた。

 ひと通り子供達の顔を眺めると、ひとつ武田も知っている顔があった。

糸瑞しみずの叔父貴のご令嬢か」

 武田が呟く。糸瑞心音はうなずく。だが武田の知っている心音の表情より数段鋭くなっている。武田は彼らがここに来られた理由に納得しながらメイドを一旦下がらせる。メイドは部屋の扉を閉めると扉の廊下側に張り付いた。

 武田と子供達がひとつの部屋で向き合う。子供達の気迫が武田にもしっかり伝わってきた。

「ご用件は?」

 武田が静かに尋ねる。最も血に汚れている鋭い目つきの男子、重村数馬が隠し持っていた拳銃を武田に向けた。後を追うように、佐ノ介、玲子と順に銃を向け始める。武田は驚かない。服の膨らみ方がおかしいとは思っていたからだ。

 武田の机に向かって暁広と心音が資料を広げながら歩く。心音がファイルを机の上に置くと、暁広が尋ね始めた。

「これはこの事件の黒幕が作ったと思われるものだ。ここにGSSTという単語がある。これはあんたが作った特殊部隊で間違いないな?」

「さて、どうかな」

 武田は変わらぬ表情のまましらを切る。数馬の狙いが正確になる。暁広はムッとした表情を押し殺しながら続けた。

「ふざけない方がいい。あいつは撃つ」

「それは困るな」

「なら正直に教えてくれ。この事件の黒幕はアンタか?」

 暁広の質問に、子供達の目が鋭くなる。武田はやはり淡々と答えた。

「私ではない」

「だが事件について何か知っているんだろう?教えろ」

「断ったらどうする?殺しは無駄だとわかっているだろう?」

 武田の口ぶりに対し、横から正が口を挟んだ。

「ネットにアンタが犯人だっつって情報流すよ」

「新聞社もいいかもね。失脚間違いなし」

 明美も乗っかって武田を脅迫する。武田は少しだけ眉を上げて呟いた。

「それも困るな」

「知ってることを全部吐いてもらおう」

 暁広が言う。武田は内心子供だと侮っていたことを反省して思案を巡らせる。結論が出ると武田は話し始めた。

「いいだろう。ただし条件がある。悪い条件じゃないはずだ」

「この状況で条件を突きつけるか」

「私が必要なのは君たちの方のはずだ。条件など安い」

 武田が開き直ったように言う。怒りをこらえながら子供達は武田の話に耳を傾ける。

「君たちがこの事件の黒幕を殺害できれば全て教えるし、全員に生活環境も提供しよう」

 子供達は開いた口が塞がらなかった。あまりにも予想外の話だったからである。武田はそのまま話を続ける。

「黒幕は近くにある屯山たむろやまの麓の洋館にいるはずだ。そこまで君たちを運ぶのも手伝うし、武器も提供しよう。生き残れた君たちならできるはずだ」

「笑わせるな。この状況でお前が指図できる立場か!」

 暁広が恐喝と同時に隠し持っていたショットガンを武田に向ける。それでも武田は怯まない。

「核家族化が進んでる現代、引き取ってくれる親戚もいないだろう?警察に捕まることもない。悪い条件じゃないはずだ」

「でも私たちが今すぐ新聞社に駆け込んだら条件も何もないじゃない」

「できると思うか?」

 茜の言葉に武田は余裕そうな表情で言う。

 まさかと思い扉の近くにいた真次がドアノブを回す。しかし扉は動かなかった。

「閉じ込められた…」

 真次の言葉に改めて暁広は武田にショットガンを向ける。武田はニヤリと笑った。

「殺せばいいさ。私が死ねばビルごと吹き飛ばすように指示は出している」

「ハッタリだ!扉を開けろ!」

「君たちが条件を飲めばな」

 暁広の声にも武田は一切怯まず言葉を並べる。

 異様な緊張感が部屋を包む。


 見かねた泰平が暁広の銃を抑えた。

「やめよう」

 暁広が周りを見ると、泰平のひと声で数馬と佐ノ介は銃を下ろしていた。

「なぜだ」

 暁広が尋ねる。泰平はたったひと言で答えた。

「無駄だ」

 暁広もハッとしたようだったが銃を下ろさない。圭輝や浩助、茜もまだ銃を構えたままだった。

 数馬が軽い口調で話し始めた。

「要するに黒幕のタマ取ってくりゃいいんだろ?俺が行くよ。みんなは怪我してんだからここで待ってりゃいい。そうすりゃ万事解決、違うか?」

「いいとこ取りするなよ。俺だってこんな無駄なおしゃべりよりドンパチの方がいい」

 数馬の言葉に佐ノ介が乗っかって言う。武田は小さく笑い飛ばした。

「お前たちも手負いだろう。それで勝てると思うか?」

 数馬と佐ノ介も黙り込む。致命傷ではないとはいえ2人とも傷は負っており、本調子は出ない。2人だけで勝てるわけがないことは悟っていた。

「…わかった」

 暁広が銃を下ろした。みんなもつられるように銃を下ろしていく。暁広は武田をじろりとにらみつけながら話し出す。

「条件は飲んでやる。だが怪我人はここで待機させてくれ」

「ダメだ。全員で行け」

「逃げるつもりだな?」

「お前たちのためを思って言っている。奴らは強い。少しでも多い方が生存の確率は上がる」

「理沙」

 暁広が理沙の名を呼ぶ。理沙は保健委員で全員の負傷の様子を把握していた。

「まぁ動けるわ、みんな。かすめただけのがほとんどだし、1番傷が深いのでも手当てしたからだいぶ動けるはず」

 理沙の報告を聞き、暁広も黙る。理沙としては正直に状態を述べただけなのでこれのせいで戦いに行く流れになっても誰も理沙を責められなかった。

「お前が逃げない保証はあるのか?」

 暁広が武田に尋ねる。武田はうなずいた。

「武器庫で端末を渡そう。それでこの部屋の監視カメラの映像が見られる」

 武田が言い終えると、子供達は黙り込んだ。

 暁広はみんなの方に振り返り、頭を下げた。

「俺のせいで戦うことになってしまった。すまない。みんなの力を貸してくれないか」

 一瞬の沈黙が部屋を包む。

 子供達は戦いから逃げてここにいる。今さら戦いなどしたくはなかった。

 だが暁広の近くにいた茜が暁広の手を取った。

「私は付いていくよ。だってトッシーは言ってたじゃん。『逃げてもその先には何もない。戦わなきゃ失うだけだ』って。私はもうくしたくない」

 茜の言葉に横にいた玲子が軽口のように話しかけた。

「茜ばっかかっこつけないでよ。私だって戦う。そうするべきだと思うから。みんなもそう思ってるんじゃない?」

 玲子が呼びかけると、女子もうなずく。表情には自信と不安が入り混じっているようだった。

「女子がこんなに言ってんだったら俺たちもNOとは言えねぇなぁ?」

 クラスの中心的な存在の斉藤遼が言う。男子たちも肩を軽くすくめた後にうなずいた。

「ありがとう、みんな…!」

「礼は生きて帰ってからで」

 暁広の感謝に数馬が軽く言う。暁広と数馬は軽くお互いの右腕をぶつけ合った。

「どうやらまとまったようだな」

 武田が口を開く。暁広は振り向いて武田をにらみつけながらうなずいた。

「あぁ、貴様は気に食わないが条件を飲んでやる」

「ご丁寧にありがとう。武器庫に案内する」

 武田が言うと部屋の扉が開く。先ほどのメイドが引き締まった表情で待ち構えていた。

「行け」

 武田の言葉を聞いて子供達が部屋から出る。子供達はメイドと、廊下で待機していた屈強な男性に連れられるようにしてその場を立ち去った。

 武田は彼らの背中を見送り、再び椅子に腰掛けて窓の外を眺めた。

「…晴れないな。きっと、これからもそうなんだろう」

 武田は自分の思いと雪の降る空を重ねてつぶやいた。

 今日の空は灰色である。



 屈強な男性に連れられ、一行は武器庫にたどり着いた。

「武器は自由に持って行け。準備ができたら声をかけてくれ」

 それだけ言われると武器に詳しい男子を先頭に子供達は身支度を始める。

 女子が短く質問すれば、男子が的確に、かつシンプルに答える。小学生とは思えない速度で準備が進んでいく様子を見て、プロである屈強な男性は黙り込んでいた。

(この子達がもし軍隊になれば…)

 精強な軍団になるのは間違いない。だが子供を無理にこの道に引きずりこむのは、人道に反する。


 男性の思惑を他所に子供達は身支度を整えた。

「準備できました」

 暁広が男性に言う。その表情はやはり子供のそれではない。

 男性はうなずくと、いつの間にか整列していた子供たちを引き連れて廊下を進む。


 外に控えていた4台のバンに子供達が順に入っていく。男性は黙ってその様子を見送った。

 そのうちバンは薄暗い空の下を走り出した。

 男性は自分の行いから目を背けた。

幸長ゆきなが

 建物の入り口から武田の声がする。幸長はゆっくり振り向くと、武田に低い声で尋ねた。

「なぜあんなことをやらせたんです。まだ子供だというのに、こんなことを…人道に反するとは思わなかったのですか」

 幸長の冷静な質問に、武田は一切動じずに答えた。

「人道を外してでも大切なことがある。それに彼らはただの子供じゃない。あの街を生き延びたんだ。お前もわかるだろう?彼らがもし兵士となれば…この国はもっと強くなる」

「あの子達が死んでも良いのですか」

「構わん。生き残ったものにしか価値はない」

 武田の発言に幸長は絶句する。武田はそのまま続けた。

「昨今の我が国を取り巻く情勢は複雑で危険だ。それに対応するために、腕が立ち柔軟に動ける特殊部隊は必要なんだ」

 言うだけ言うと武田は姿を消す。幸長はその場に立ち尽くすことしかできなかった。



 バンに乗り込む少し前、子供達は準備をしている間、作戦もまとめていた。


「あの男からもらった地図によれば洋館には4方向から入りこめるみたいだ。また4つの班に分かれて行こう」

 暁広が情報と作戦をまとめて、他の子供達に伝える。

 心音が付け加えるように提案した。

「4つの班は時間差で突入した方がいいんじゃない?」

「だったら1番最初に突入する班は地獄を見ることになるな」

「でも裏を返せば敵の戦力を釘付けにできる」

 泰平と数馬が口々に言う。暁広はしばらく考えると、防弾ベストの上にパーカーを羽織りながら口を開いた。

「数馬の班、C班か。1番手をお願いできるか?」

 C班の面々は顔色には出さないが驚く。

 遼がメンバーの顔を見回す。不安そうな香織、明美、竜雄。全てを受け入れている桃と武。そしてその上でなお闘志を瞳にたたえている数馬の表情があった。

「どうせどっから行ったって地獄だもんな。引き受けていいか?」

 遼が軽い口調で尋ねる。

 C班のメンバーは不安を押し隠しながらうなずいた。

「ごめんな、1番きつい役を押し付けちまって」

 学級委員の駿が言う。遼がやはり軽く答えた。

「なに、お互い様だろ?」

 一度命懸けの状況をくぐってきた彼らには小学生とは思えない異様な空気感があった。

 暁広が続けた。

「最後に突入する班は確実に敵のリーダーを殺さなきゃならない。護衛もたくさんいるはずだ。俺たちに任せてくれないか?」

 暁広の言葉に全員がうなずく。もはや彼はこの生き残ったメンバーの中で中心的な存在だった。

「となるとA班とD班が残ったが、どうする?」

「ほぼ同時でいいだろう。そうして敵が混乱した隙に、B班が敵のボスを殺す」

 佐ノ介と泰平が短くやり取りを交わす。

 作戦は決まった。



 目的地に向かうバンの中、竜雄は隣に座る数馬をチラリと見た。数馬は黙々と拳銃の整備をして、右の手首にナイフを仕込むとただ前を向いていた。内心は数馬もきっと恐れを抱いているのだろう。しかしその様子は一切見せない。竜雄もそんな数馬の様子を見て懐の湘堂神社のお守りを握りしめる。

(父さん、母さん、あゆみ…みんなまた会おう)

 生死不明の父、母、妹に思いをはせる。必ず生きて帰るという決意を胸に、竜雄は前を見た。

「着いたぞ」

 バンの運転手が言う。暗い車内の揺れがゆっくり収まり、子供たちはお互いに素早く目配せをする。

「ありがとうございました」

 遼が短くそう言うと、子供たちは無言でバンを降りていく。挨拶した遼も最後に降りると、白い息を吐きながら周囲の様子を見る。

 正面に見えるのは巨大な洋館だった。雪雲が紫色に染めた空を背景に、赤焦茶色のレンガの塔が不気味に彼らを見下ろしていた。周囲には人の気配はない。都会から忘れ去られた場所にそれはあった。

「ここが…」

 黒い格子の門の前に立った桃が呟く。冷たい雪が子供たちに降り掛かり始めた。

「みんな、装備は良いな?」

「バッチシよ」

 遼の言葉に数馬が返す。子供たちが不安そうにお互いに目配せする間、数馬が門を開いた。その先に洋館の本当の入り口である木の扉がある。

 いつも通り数馬が先に進む。その横に竜雄、少し後ろに桃と武、さらに後ろに遼、香織、明美と続いていく。

 数馬がドアノブに左手をかけた。右手に拳銃(M92F)を握りしめ、竜雄と目で全てやり取りすると大きく息を吸った。

「いくぞ」

 数馬が短くそう言うと、全員うなずく。数馬はそのまま扉を勢いよく開き、部屋の中に銃を向けて周囲を見渡した。



 


 泰平たちD班は洋館の北側から突入していた。

 この班は湘堂市から脱出する際にあまり戦っていない。そのためどこか不安そうな空気が班の中に漂っていた。

 先頭を行くのは竜と正。そのすぐ後ろで泰平はサブマシンガン(P-90)を構えてまとまって歩いていた。

 門を開け、扉を開ける。薄暗く不気味な倉庫が目の前に広がっている。そして左側の方から壁越しに銃声が聞こえてきていた。

「数馬たち、本気で撃ち合ってるね」

「敵は向こうの方に行ってる。今なら洋館の中央の敵指揮官を狙えるだろう。敵を倒しつつ、中央を目指す」

 めいの言葉に泰平が方針を明示する。他のメンバーもうなずいた。

 その瞬間だった。

 上から何かが降ってくる。黒い影。

 瞬時に彼らはそちらに銃を向ける。黒い影はゆっくりと子供たちの方を向いた。

「機敏な判断。どうりで生き残っているわけだ」

 黒い影は短くそう言うと腕のナイフを広げた。

「細かいことはいいだろう。俺はお前たちを通せない。子供であってもな」

 ゆっくり歩いてくるその影が光に照らされる。黒い服にフードをかぶっているようだった。

「戦闘は本望ではない。退いていただきたい」

「断る。こちらは戦いが望みなんだ」

 泰平に対して黒い影はそう返す。子供たちの目つきがキッと鋭くなった。

「さぁ、戦おう」

 黒い影はそう言う。同時に竜が持っていたリボルバー拳銃(S&W M29)の引き金を引く。黒い影はそれをサイドステップでかわしながら、次の瞬間には徐々に透明になっていた。

「消えた…!?」

 蒼が思わず声をあげる。文字通り敵は消えたのである。

「メタリカか?」

「『見えないんだ…』」

 正と竜が短く言葉を交わす。すぐに泰平は指示を出す。

「みんな背中合わせになって警戒!」

 泰平の指示通り全員で背中合わせになって円陣を組む。すべての方向に銃を向けて警戒をする。

「どうするの?見えない相手なんてどう戦うの…!」

「足音聞こえるんじゃない?静かにしてれば」

 良子に対して理沙が皮肉っぽく言う。しかし彼女たちが黙り込んでも足音は聞こえなかった。

 泰平の左側から物音が聞こえた。すぐ左側には背の高い木箱。その影から物音が聞こえたのである。全員でそちらを向いたその時だった。

 背後になった方角から銃声と銃弾が飛んでくる。全員慌てて振り向きながらその銃声から距離を取るように女子たちが逃げる。

「待て!散らばっちゃダメだ!」

 泰平が言うと、女子たちは距離を取りすぎない程度に箱に張り付く。

 すぐさま正が持っていたグレネードランチャー(M79)の引き金を引く。爆発音が鳴り響いたかと思うと、着弾した部屋の壁から爆煙が舞い上がり、赤い炎が残る。部屋は頑丈なのか爆発によって崩れることはなかった。

「やったか?」

「甘い」

 敵の声が低く部屋全体に響く。敵がどこにいるのかわからない。

 泰平の目には一瞬赤い炎が透明な何かに遮られたように映った。すぐに狙いをつけてサブマシンガン(P-90)の引き金を引く。しかしすぐにその違和感は消え去り、ただの赤い炎があるだけだった。

「さっきのは外れてくれたからなんとかなったけど、このままじゃ間違いなく死人が出る。なんとかしないと」

「そんなこと言ったってどうやって?」

「さっき敵が炎の前を横切ったら違和感があった。似たようなことをできれば…」

 泰平はめいに対してぼやく。彼らは常に全方向を見回しながら方法を模索するが、敵の姿が見えない。

(考えるんだ…何かあるはずだ)

 泰平は必死で考えを巡らせる。サブマシンガンの銃口から漂う硝煙越しにあたりを見回すが、何をどうすればこの状況を突破できるか、未だに思いつかない。

(足音は鳴らない、だからそれはダメだ…なら何があるんだ…!)

「そこだ」

 頭上から響く低い声。泰平たちは瞬時に前に転がる。そして振り向くとナイフが泰平のいたところに突き刺さっていた。

「勘のいいガキどもだ」

 敵が呟くと同時に子供たちは銃撃を浴びせる。すぐさま敵はバック宙返りして箱の上に乗る。同時にまた姿を消した。

(箱の上も動き回るようじゃ床に細工をしてもダメだ…もっと何か工夫をしないと…)

 泰平は考えを巡らせる。子供たちの銃口から硝煙が漂っていた。

(これだ…)

 泰平の脳神経が活発化し、彼をせきたてた。

「煙幕だ、煙幕を部屋に撒けば奴の姿が見えるはずだ!」

 泰平が熱を帯びて言う。子供たちも泰平の意見を聞くと、目に光が宿った。

 泰平はすぐさまリュックを前に下ろすと、そのファスナーを開け、中身を漁る。

「油断したな」

 泰平の横から声がする。彼がそちらを向いた瞬間、銀のナイフが煌めいた。

「!」

 泰平はすぐにその場を離れ、ナイフを抜く。そして自分の左腕にナイフを這わせ、敵に血を飛ばした。

「?」

 敵にはその行動が理解不能で、すぐさままた透明になって姿を消す。子供たちも銃撃を浴びせたが、1発も敵には当たらなかったようだった。

 泰平はリュックに駆け寄ると、その中から煙幕を取り出す。

 ピンを強引に引き抜き、床に叩きつけるようにしてそれを投げる。ものの数秒で部屋中に白い煙が充満した。

「よし、この状態で赤い物体が浮いていたらそれが敵だ!探し出して狙って撃て!」

 泰平が指示を出す。子供たちは周囲に目を凝らした。

(小細工を…!だが気付かれる前に殺せば勝てる!)

 敵は今になって泰平のしたことに気づくと、覚悟を決めてステルス迷彩のスイッチを入れ、箱の上を駆ける。

 泰平たちまで5mほどの箱の上に彼がたどり着いたその時だった。

「そこだ!」

 泰平と目が合った。泰平はそのままサブマシンガンの引き金を引いていた。

 銃声が鳴り渡った。だが敵は走るのをやめない。

 銃声が大きくなる。破壊音とも聞きまごうような金属音が部屋に響く。透明だった敵の体は再び元の色になっていた。

 敵は箱を飛び降り、泰平の首を狙ってナイフを振りかぶった。

「うおらああ!」

 泰平は覚悟を決めた。

 目の前に迫ってくる敵の表情を真っ直ぐ睨み返しながら横に飛び込みつつサブマシンガンの引き金を引いた。

「うぐわぁあああ!!!」

 敵の悲鳴がする。防弾チョッキの装甲が薄かった敵の脇腹を、泰平のサブマシンガンは撃ち抜いていた。

 返り血が泰平の顔を汚す。

 敵はその場に倒れると、天を仰いだ。薄暗い照明の中、男女入り混じった子供たちの顔が、自分を見下ろし、銃を向けていた。

「ここまでか…してやられた」

 敵はそう呟きながら咳込む。泰平が現れて敵に銃を向けると、敵は自嘲的に笑った。

「見事だった。頭が切れる男はいい」

 泰平はその言動に違和感を覚えた。これが本当に自分たちの故郷を滅ぼそうとした人間の言動だろうか。

「あなた方は何者なんです。どうして俺たちの街を…」

 泰平が言うと、敵は首を横に振った。

「俺の、最期の、至福の時間を、くだらないおべんちゃらで遮るな…」

 敵はそう言うと、右手のナイフを床に置き、ポケットへ手を伸ばす。子供たちが警戒するが、すぐに敵は言葉を発した。

「やめろ…抵抗する気はもうない」

 敵はそう言うと、右手で何かを取り出し、左手を自分の胸に置く。右手で何かを握り、それを顔に近づけていた。

「この先にエレベーターがある。それを登った先に、俺たちのボスがいる」

 敵はそう言うと、右手の物体を口に飲み込んだ。

「何をした!」

「毒だよ…もうお前らに危害は加えない…」

 敵は安らかな表情をすると、小さく呟いた。

「祖国に栄光あれ」

 敵はそれだけ言うと目を閉じた。

 敵はもう身動きひとつしない。

「…行こう」

 泰平が言うと、全員両手を合わせてから小走りでエレベーターを目指した。




 泰平たちが戦っている間、暁広たちはバンで洋館の裏に回り込んでいた。

「他のみんなは突入したみたいだね」

 車の窓から外を覗いた茜が呟く。暁広はうなずいた。

「みんなは敵を引き付けるために戦ってくれてる」

「その間に中央にいるであろう敵の総指揮官を倒す」

 駿と心音が作戦を確認し合う。玲子はそれを聞きながら自分の銃の弾薬を確認した。

「何があってもこの人間を倒す。いいな?」

 暁広が言う。他のメンバーたちは力強くうなずいた。

 車が止まる。

「行こう」

 暁広がそう言うとバンの扉を開き、素早く全員降りる。

 玲子は真っ先に門へ駆け寄り、しゃがみこみながら開けると、そのまま扉へ駆ける。暁広と浩助が遅れて扉に走ると、呼吸を合わせて扉を蹴り開けた。

 中に入ると同時に全員一斉に周囲を警戒する。

 部屋の壁越しに銃声が聞こえてくる。だが暁広たちが狙われているわけではない。

「ホントにやりあってんな」

 圭輝が呟く。

「だったら作戦は成功だ。今のうちにいくぞ」

 暁広は淡々と言う。目の前の階段を上り、エレベーターと思わしきもののボタンを押す。エレベーターはものの数秒で暁広たちのもとへ辿り着き、暁広たちは乗り込んだ。

 薄暗いエレベーターにいたのも数秒だった。扉が重々しく開くと、薄暗く細い通路と、その先に怪しげな広間があった。

 玲子が先頭を進んでいく。その少し後ろから暁広と茜、圭輝と浩助、駿と心音というように隊列を組み進んでいく。部屋は不気味なまでに静かだった。

 通路を抜けて全員広間に並ぶ。階段がふたつあり、2階は通路とその奥にいくつかまた通路があるようだった。

「ここが敵の中枢?」

 心音が拳銃を構えながら呟く。

「その通り」

 部屋に低く響き渡る不気味な声。子供たちは改めて各々の銃を構えた。

「姿を現せ!」

 暁広が叫ぶ。

 靴の音が鳴り響く。

 2階の階段近くの柱の陰から黒い服に身を固めた男が1人。鋭い目つきに真っ黒の髪と無精髭。そして右手に黒光りする拳銃。

 彼は目に殺意をたたえたまま口角だけをギュッと上げていた。

「お前が俺たちの街を襲った張本人だな!」

 暁広が叫ぶ。彼は暁広たちを見下ろしたまま答えた。

「その通りだ。私はヤタガラス。君たちは我々の攻撃を生き延び、私を殺しに来たようだな」

「あぁそうだ!お前みたいな悪人は!法律なんかじゃなくて俺たちが裁いてやる!」

「楽しみだ」

 ヤタガラスと名乗るその男は暁広と応酬すると、銃をそちらに向けた。

それとほとんど同時に玲子が持っていたリボルバー拳銃(M500)を発砲する。ヤタガラスはすぐに柱の陰に隠れてやり過ごす。その間に暁広は他のメンバーに指示を出した。

「圭輝!浩助!左側から!駿と心音は右に!俺と茜と玲子は下から援護!」

 暁広が言うとそれぞれ動き出す。圭輝と駿はそれぞれ持っていたサブマシンガンを発砲しながら、全員を移動させる。

(各自の武装を理解して最適な作戦を執っている。その指揮官はあのショットガンのガキか)

 ヤタガラスは柱に隠れて銃撃をやり過ごす。自分の拳銃(コルトウッズマン)の弾数を確認すると、まだ状況を見る。

「詰めろ!」

 暁広が指示を出すと、全員で階段を登り、発砲しながらヤタガラスとの距離を詰めていく。

「もらった!」

 暁広がそう叫ぶと、ショットガンの散弾を柱に撃ち込んだ。散弾はそのままヤタガラスを撃ち抜くはずだった。

 柱の陰から何かが伸びた。次の瞬間には柱の陰にいたヤタガラスは、宙を舞っていた。

 風にたなびく黒のコートは、カラスを思わせるようだった。

 一瞬気を取られた子供たちは反応が遅れた。

 ヤタガラスは1階に降りると、そのまま拳銃を暁広たちに向けて発砲する。

「ぅぁっ!」

 2階にいた心音がまず肩を撃ち抜かれる。そのまま彼女はそこに倒れ込む。

「こんの…!」

 階段の1番下の段にいた玲子は目の前にいたヤタガラスに狙いをつける。しかしヤタガラスはすぐに横に飛び退き、玲子の拳銃を撃ち落とす。

「ぅっ…!んのぉ!」

 玲子は跳ね返るようにしてヤタガラスに殴りかかる。

「格闘戦か。面白い!」

 ヤタガラスは殴りかかってくる玲子の最初の一撃をバックステップでかわす。

「今のうちだ!茜!心音の手当てを!残りは玲子の援護だ!」

 玲子がヤタガラスと殴り合う間、暁広は指示を出す。指示を受けた駿や圭輝、浩助は階段を降りてヤタガラスに近づく。同時に茜は心音を柱の影まで引きずると、包帯を取り出して治療を始めた。

「適切な指揮だ」

「よそ見してんじゃないわよ!」

 ヤタガラスが余裕綽綽と言わんばかりに暁広の指示に感心する。一方の玲子は小馬鹿にされたことが癪に障ったのかヤタガラスの股ぐらに蹴りを入れる。

 一瞬怯んだヤタガラスの首を掴むと、玲子はヤタガラスの顔面に膝蹴りを入れ始めた。

「くたばれっ!くたばれっ!」

 玲子は裂帛の殺意を込めてヤタガラスの顔面に膝を叩き込む。それなりにヤタガラスも消耗しているはずだった。

「軽い」

ヤタガラスはそう呟くと、自由になっていた左腕を大きく振り回し、玲子の肋骨に拳をたたき込んだ。

「うぐぁあああっ!!」

 人生で初めて味わう肋骨が折れる感触。玲子は思わぬ激痛に手を離してしまった。

 ヤタガラスはほとんど同時に玲子の首を締め上げる。そして彼女を盾のようにして拳銃を抜くと、階段に向けた。

 ヤタガラスの視界にいるのは駿と圭輝だけだった。

「なるほど」

 ヤタガラスはそう呟くと玲子を突き飛ばし、しゃがみこむ。ほんの数秒遅れていたら浩助のナイフに貫かれていただろう。

 ヤタガラスはそれをかわして浩助の腹に左の蹴りを入れる。浩助は吹き飛ばされて身動きが取れなくなった。

 そんなヤタガラスを攻撃しようと駿と圭輝が引き金を引こうとする。それよりもヤタガラスが拳銃の引き金を2度引く方が速かった。

「ぐぉっ!?」

「くそっ」

 銃の威力が低いことと当たりどころが良かったのも相まって致命傷ではないものの、駿も圭輝も倒れ込んだ。

 瞬間、ヤタガラスはその場を飛び退いた。そうでなければ2階から暁広が撃ったショットガンの銃弾がヤタガラスを穴だらけにしていただろう。

 ヤタガラスはすぐに左手で腰に差しているフックショットを抜き、どこかに撃ち込むと2階の暁広の方へ飛んでくる。

 暁広はすぐにその場を飛び退きながらショットガンを撃つ。しかしワイヤーで飛び回るヤタガラスに当たらない。ヤタガラスが発砲するのも当たらないが、暁広は転がって距離を取る。

 ヤタガラスが2階の暁広の目の前に着地する。暁広はすぐにショットガンを撃つが駆け寄ってきたヤタガラスは銃口を蹴ってズラしそれを外させる。

 暁広はショットガンを振り回すが、ヤタガラスはそれをすぐにかわして銃を蹴り上げる。暁広の手からショットガンが離れた。

「あの戦場を生き抜いた君たちだ。そして君はその中で積極的に指揮を執っていたようだな」

「だからなんだってんだ!」

 暁広は右の拳を振るう。ヤタガラスはすぐにそれを左手で受け止めると、暁広を自分の後ろへ投げ飛ばした。

「君の指揮能力の高さは見せてもらった。次は戦闘力を見せてもらおうか」

 ヤタガラスはそう言うと、拳銃を腰に差す。暁広はファイティングポーズを取るヤタガラス相手に軽く舌打ちをしてから肩を回した。

「そりゃあああ!」

 暁広はヤタガラスに駆けながら右腕を伸ばし、それを振り回す。ヤタガラスはその勢いを利用して暁広を投げ飛ばした。

「なるほど、大したことないな」

「まだまだ…!」

 暁広は落ちていたショットガンを拾いながら立ち上がりつつヤタガラスに発砲する。ヤタガラスは冷静にそれをかわし、ショットガンを蹴り飛ばし、その足を返すようにして暁広の顔を蹴り飛ばした。

 暁広が倒れる。ヤタガラスはため息を吐いた。

「この程度とはな」

 呆れたように言うと、ヤタガラスは暁広を踏みつけようと近づく。ヤタガラスが脚を振り上げた瞬間だった。

「そこだ!」

 暁広は腰に差していたナイフを抜き払う。ヤタガラスは瞬時に殺気を感じて後ろへバック宙返りをする事で攻撃をかわしていた。

「いいぞ、そう来なくては」

 ヤタガラスはそう言いながら改めて身構える。暁広はナイフを向けて立ち上がった。

「人を試すような物言いをしやがってこの悪党が!殺してやる!」

 暁広はそう叫ぶと、ヤタガラスの喉を狙って突きを放つ。

 ヤタガラスは微動だにしない。

(もらった!)

 暁広がそう思った瞬間、彼は地面に転がされていた。暁広の勢いを生かしてヤタガラスは暁広を投げ飛ばし、ナイフを奪っていた。

「間合いの取り方も何もなってないな。攻撃方法も感情や本能に任せたそれだ。頭は回るようだが腕はまだまだのようだな」

 ヤタガラスは暁広を踏みつける。そのままヤタガラスはナイフを振り上げる。

「ここまでだ。少年」

 刃がきらめく。暁広は覚悟を決める。

 同時に銃声が1発鳴り響いた。

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