第4話 燃える故郷
屋上にいた佐ノ介達A班は、体育館の真上にヘリコプターがつけているのを目撃していた。
「あれは…敵、だよな?」
真次が呟く。佐ノ介はうなずくことしかできなかった。
「シャッターが開いてくれなきゃどうしようもないがな…」
佐ノ介が呟くと同時に美咲の携帯が鳴る。携帯の向こうから聞こえる心音の声によるとシャッターが開いたそうだった。
さっそく階段近くで見張っていたマリが手旗信号でシャッターが開いたのを知らせてくる。
美咲が携帯にシャッターが開いたこと、そしてヘリが大量に飛んでいることを言葉が詰まりながら伝えた。
暁広の声が電話越しに聞こえてくる。何人か腕の立つ生徒を彼の下に送り、その上で残りは保健室に撤収。佐ノ介はそれを聞くと銃を一瞬点検してから走り出した。
「俺が行く。みんなは保健室に」
佐ノ介に言われると、みんなうなずく。佐ノ介はそれを見ることもなく走った。
1階の北棟の職員玄関の前に、暁広がたどり着いた。隣には圭輝と浩助、そして茜がいた。
「待たせたな」
そう言って職員室の方から現れたのは数馬だった。紺色の服が赤黒く染まり、目は鋭くなっていた。
「C班からは俺だ」
「頼もしいぜ、他は?」
「俺だが」
数馬の後ろからは泰平が現れた。目には若干の不安がありそうだったが、冷静でもあった。
「後はA班だけども」
「遅くなった」
佐ノ介が息を荒らしながら現れた。やはり返り血で汚れている。
「かなりの数のヘリが体育館の上に行ってた」
「やっぱりか、急ごう」
暁広が言うと、揃った他のメンバー達もうなずく。
心音がパソコンで開けた職員玄関を勢いよく開き、7人は走る。
ヘリのホバリング音は聞こえない。既にヘリは飛び去ったのだろう。
その代わり、体育館に近づくほどに大きくなっていく銃声と悲鳴が彼らの胸をざわつかせた。
「やっぱり…!みんな…!」
暁広が悲痛な叫びを押し殺しながら体育館の入り口前に全力疾走する。
体育館の前にたどり着くと同時に暁広が体育館の扉を開ける。
みんな一斉に体育館の中に突入したが、中は灰色の煙で包まれていた。
「なんだこれ…?」
悲鳴が体育館中に響き渡り、煙の中から銃声も聞こえる。暁広達は姿勢を低くしてその場に立ち止まっていた。
突然煙の中から誰かが血まみれで出てくる。正面に立っていた数馬にその誰かが寄りかかってきた。
「なんだ!?」
数馬は思わず変な声を出す。そしてよく見ると、その血まみれの人間はみんなの担任の先生である大上先生であった。
「大上先生!?」
「逃げ…て…」
大上先生はそれだけ言い終えるとその場で事切れる。同時に爆発が起こり、体育館の壁に穴が空いたかと思うと冷たい風が吹き抜けて体育館内の煙が全てなくなった。
煙が抜けた後に見えたのは凄惨としか言いようがないものだった。
小さい子供も、女性も、男性も老人も一切の差別がなく銃やナイフで殺害され、体育館の壁という壁は血に染まっていた。
体育館の中央には大きな背広姿の背中がひとつ、その周りには各所に黒い目出し帽の敵が点在していた。少なく見積もっても20人はいる。
「はぁぁぁぁ…やはり仕事はいい」
中央の背広がそう言いながら振り向く。その顔はみんなに慕われている伊東校長先生のそれだった。
「校長…先生…?」
数馬以外の人間の表情が強張る。伊東校長は肩をすくめた。
「まさか君たちが生き延びるとは。これは将来有望だ」
「あなたも敵と繋がっていたんですか!?」
伊東の言葉を無視して暁広が叫ぶ。伊東は鼻で笑って答えた。
「その通り。さて、君たちの有望さが本物か、試すとしましょう?」
伊東はそう言って口角を上げると、持っていたサブマシンガンを暁広達に向けた。
その時だった。
「暁広に手を出すなこいつ!」
「弟はやらせねぇぞ!」
伊東の足元に横たわっていた暁広の兄2人が伊東にしがみつく。だが2人とも傷を負っていて力は入っていなかった。
「邪魔だ!」
伊東は一瞬体勢を崩したが、すぐに2人とも振り解くと横になった2人を踏みつけてその眉間に銃弾を叩き込んだ。
「…友広…?邦広…!」
暁広が叫ぶが、兄達は動かない。伊東が暁広に銃を向けようとするが、伊東の横から一般男性が立ち上がって襲いかかる。
「逃げろおお!」
そう叫ぶ男性は暁広の父だった。暁広の母も横になっていたのを立ち上がって伊東にしがみつく。
「邪魔だゴミが!」
伊東はそう吐き捨てると、2人とも振り解く。敵が2人の周囲に寄って取り押さえた。
「父さん!母さん!」
暁広が叫んで銃を構えるが左手を敵に撃ち抜かれる。それとほとんど同時だった。
「やめろぉおおおお!!」
「死ね!」
暁広の叫びも虚しく、伊東の銃が唸る。
サブマシンガンの弾は寸分違わず暁広の両親の眉間を撃ち抜いた。
暁広の父親が天を仰ぐ。母親は暁広の方を見て手を伸ばしたまま何も言わなくなった。
血溜まりができる。
暁広は叫んだ。
「この悪党め!何があっても地獄に叩き落としてやる!絶対にだ!」
「悪党ぉ?笑わせるなよ?自分が正義だとでも思っているのか?あん?」
「当然だ!貴様みたいな人間を許さない!俺が正義だ!」
「違うね、正義とは勝者のことだ!勝者とは力を持つもの!無力な奴が負け、負けた奴が『悪』なんだよ!」
「ふざけるな!散々人を苦しめておいて開き直るんじゃねぇ!」
「その苦しみから守るのが『正義』だろう?お前が正義ならなぜこうなった?」
「貴様のせいだ!」
「お前が弱いからだ!何も守れないものが『正義』であるはずがない!弱い貴様に『正義』を語る資格などない!今から死ぬ貴様は所詮弱者であり『悪』なんだよ!」
伊東の強い言葉に暁広は黙り込む。目の前で家族を殺され、自分自身が信じていた『正義』を完全な形で否定されて、今の彼は空っぽだった。
「喋りすぎたな。殺せ」
伊東の指示で暁広達を取り囲むように配置されていた敵が銃を構える。暁広達の後ろは一応扉が開いてはいるが、正面には敵がいてまっすぐ逃げてもまず撃たれるだろう。そして敵の数の多さからまともに抵抗しても勝ち目は薄いだろう。
暁広達は三列になって並んでいる。1番前には暁広と茜、前から2番目に圭輝と浩助、1番後ろには数馬、佐ノ介、泰平の3人である。逃げるにしても戦うにしても手詰まりだと思われた状況だった。
「泰さん、佐ノ、合図したら浩助とデブを引っ張って逃げてくれ」
数馬が小声で佐ノ介と泰平に言う。2人は半ば諦めていたので、従ってみることにした。
「今だ!」
数馬が叫ぶ。体育館の床に何かが転がる音がした。
同時に佐ノ介と泰平が全力で浩助と圭輝を引っ張り後ろに引きずって体育館を出る。
突然のことに敵の動きが鈍い。
数馬は自分が転がしたものが暁広と茜の前に転がったのを見ると、2人の正面に回り込んで腰を抱き抱えるようにして押し、体育館の外へ出た。
「総員退避!」
体育館の中で伊東の声がする。敵達はすぐに数馬が転がしたものから距離を取った。
しばらくすると体育館に甲高い音と強い閃光が疾った。
「ちくしょう、あのガキ!スタングレネードだと!?」
伊東は悪態を吐きながらめまいから立ち直ろうと頭を振る。一方の数馬達は走って職員玄関を目指していた。
「保健室を起点にして銃撃戦か」
「その通り!」
泰平の言葉に数馬が叫ぶ。そのまま先頭を走っていた浩助が職員玄関にたどり着き、そのまま保健室に駆け込む。
「みんな!体育館から敵が来る!」
浩助が保健室の面々に向かって叫ぶ。保健室に寿司詰めになっていた6年3組のメンバーは体育館の方に面した窓を見る。体育館からは煙が出ていた。
浩助に次いで圭輝、茜、暁広、泰平と保健室に駆け込む。
「窓を開けるんだ!撃ち合いになるぞ!」
「武器取ってくる!」
泰平がクラスメイト達に叫ぶ。さらに校長室に武器があることを知っている明美と香織が声を張る。武器を持っていない美咲、さえ、めい、蒼といった女子達もその後ろについて行く。残りの武器を持った生徒は窓際にしゃがみこみ、窓を開けて銃を構えた。
「泰さん、数馬と佐ノ介は?」
「職員玄関前で待ち伏せるそうだ」
竜雄の質問に泰平が答える。泰平の言う通り、数馬と佐ノ介は職員玄関前でうつ伏せになり、出てくるであろう敵を迎え撃てるように構えていた。
泰平は銃を握りしめながら周囲を見回す。すると、隣に正がいるのに気づいた。
「正、確かその銃は大砲みたいに使えるんだったか?」
「あぁそうだけど」
「入口に向けて撃てるか?」
泰平が言うと正は狙いをつける。
「できんことはないィ!」
「撃て!」
泰平の掛け声と同時に正が引き金を引く。正が持っているのはグレネードランチャー(コルトM79)、爆発物である榴弾を発射する銃であった。
正の銃から放たれた榴弾は体育館の入り口の扉に直撃する。反動で正は吹き飛び、後ろに倒れた。
扉が吹き飛び、体育館の中に滑り込んでいく。同時に何人かの悲鳴が聞こえた。
体育館の入り口の扉が吹き飛んだおかげで少しだけ保健室からも体育館の内部が見える。
「佐ノ、フォロー!」
職員玄関前にいた数馬がホフク状態から立ち上がって駆け出しながら言う。佐ノ介も数馬の少し後ろから付いてくる。
数馬が体育館の入り口までやってくる。
「私も行く」
保健室で見ていた玲子が周囲に聞こえるように言う。窓枠を乗り越え、数馬のいるところに駆け出す。チャンスと見た暁広、竜、遼も窓枠を乗り越え駆け出す。
さっそく数馬は1人で体育館に入る。
周囲を見回すと、敵の多くは体育館奥の舞台の上の方に逃げている。見たところ15人ほど。体育館の床には死体が大量に転がっているため自由には走れ回れそうになかった。距離は25mほど離れている。
入って左側には跳び箱が、右側にはマットがあるが、近くに遮蔽物として使えそうなものはない。
「怯むな!所詮はガキだ!撃ち殺せ!」
伊東が叫ぶ。
数馬は死体をよけながら前に進む。
敵もマシンガンの銃撃を開始する。
20m離れた地点の数馬は咄嗟に死体と死体の間に倒れ込む。
血の匂いと妙な匂いが鼻についたが、それを我慢して数馬は死体のフリをする。
「よし、前進だ!逃すんじゃないぞ!」
伊東がもう一度叫ぶ。呼応するように敵の武装集団も銃を構えながら横1列になって前進を始める。
敵と数馬の距離が15mになったころ、敵がサブマシンガンで一斉に周囲に銃弾をばら撒く。死体の中から生存者を炙り出すためである。
数馬の背中を無数の銃弾が掠める。それでも数馬は辛抱強く死体のフリをしていた。
敵との距離が10mになる。いい加減数馬としても不安が募ってきた。
(頼むよ佐ノ…!)
だが佐ノ介始め誰か数馬の味方が動き始める気配はない。
敵がもう一度銃弾をばら撒く。今度は正確に数馬と銃弾が肉薄して来ていた。
敵が進む。
「よし、殺せ!」
そう叫んだのは暁広だった。
体育館の入り口から佐ノ介、駿、遼、竜、玲子と共に銃を出しながら体を隠して銃撃を始める。
「床に伏せろ!慌てるな!」
子供達の銃声に対してすぐに伊東が指示を出す。
15人のうち2人ほどは撃たれたが、残りは死体を蹴り退けて床に伏せて撃ち返す。
「クソッ!」
敵の銃弾を肩に受けて遼がその場に倒れる。
遼が撃っていたのは連射速度に優れたサブマシンガンだったので、子供側の弾幕が薄くなった。
「押し返せ!」
伊東の指示が飛び、敵はもう一度立ち上がって前進しながら銃弾をばら撒く。
今度は暁広達のいる体育館の入り口側に発砲していた。
強力な銃弾の嵐に暁広達も身を隠す。
敵が数馬のすぐ近くまでやってきた。
数馬はまず近くに来た敵の脚にナイフを突き刺すと、立ち上がってその敵の背後に回り込み、喉仏を貫く。
だが数馬は左右から敵に挟まれていることに気づいた。このままでは撃ち殺される。
「俺ごと撃て!」
数馬は敵の注意を引くために叫ぶ。
敵の銃口は、数馬と体育館の入り口の暁広達どちらを狙おうか迷ったようだった。
「こんちきしょう!」
暁広はそう言いながら遼からサブマシンガンを奪って体育館の内部へ乱射する。
一瞬動きが止まった敵の2,3人が撃ち抜かれる。
数馬は咄嗟にその場から離れ、暁広達から見て左奥へ転がった。
遅れて暁広を支援する様に佐ノ介達も銃撃を開始する。
数馬も同様に、敵に振り向いて銃撃を浴びせる。
激しい銃撃に敵はさらに5,6人倒れ、立っている敵は8人ほどになっていた。
「素人の役立たずが!舞台まで下がれ!」
「容赦すんな!ぶっ殺せ!」
「みんな!来てくれ!」
伊東の怒鳴り声がしたかと思うと暁広もその場のみんなに指示を出す。佐ノ介も保健室の面々に声を張る。
暁広達体育館の入り口で固まっていた5人も体育館の中へ突入した。
保健室の窓から泰平や竜雄、正や広志といった男子が出てくる。
さらに武器を補充した女子達も慣れない拳銃の重さに振り回されながら体育館の入り口まで走り、陰に隠れる。
みんなが移動している間、数馬は敵に銃撃を浴びせる。
かなりの速度で連射したが、あまり当たらない。
それでも敵を1人倒していた。
だが気がつくと虚しい空撃ちの音がする。弾切れである。
「やべ」
敵がサブマシンガンの銃口を数馬に向ける。数馬は咄嗟にそこを飛び退いて床に伏せたが銃撃が数馬の後を追って来ていた。
「死ねガキ!」
「させっかよ!」
佐ノ介がそう言うと数馬を狙う敵のこめかみを撃ち抜く。
その間にも暁広はサブマシンガンを腰に構えて乱射する。
「下がれ!」
伊東が叫びながら暁広達に背を向けて走る。だがその叫びも虚しく、暁広達の乱射に加わった女子達の銃撃によって伊東の部下達は次々に倒れていく。
あっという間に伊東は1人になっていた。
「クソ…こんなガキどもに…!」
伊東が悪態を吐きながら死体に足を取られ転ぶ。見るとその死体は暁広の父だった。死体の手はちょうどいい具合に伊東の足首に絡みついていた。
「離せこの…!」
「死ねぇえええええ!!!」
伊東が見たのは鬼の形相の暁広だった。怯む伊東をよそに暁広はショットガンの引き金を引いた。
「うぐぅあっ…!」
伊東の脇腹に風穴が開く。
「ちくしょうが!」
暁広は一気に伊東に駆け寄り、顔面に両足蹴りを放つ。伊東はその場に鼻血を吹きながら天を仰いだ。暁広も床に倒れこんだがすぐに立ち上がって伊東にショットガンを向ける。6年3組の生徒達は銃撃を止めて伊東の下に寄ってきていた。
「…くっ…まさか遅れを取るとは…」
悪態を吐く伊東に、暁広は無言でショットガンを向ける。伊東は鼻で笑った。
「撃ち殺せ。私1人殺しても何も変わらんがな」
「トッシー、情報収集を…」
暁広を止めようとする駿を、茜が止める。
「やらせてあげて…!」
茜の言葉に全員黙り込む。同時に暁広はショットガンを構え直した。
「何も変わらないことはない…お前を殺せば正義を果たせる!」
伊東の目に諦めが宿る。構わず暁広はショットガンの引き金を引いた。
見るも無惨な赤色の塊が床に飛び散った。
「仇は討ったぞ…みんな…」
暁広は1人呟くとショットガンの撃った弾を排出する。空薬莢が床に転がる音がした。
「クソ…ッ…」
暁広の拳が床に叩きつけられる。血に汚れた床に涙が溢れていくのが周囲の子供達にもわかった。
茜が暁広の肩にそっと手を置き、隣にしゃがみ込む。暁広は無言でその手を取り、うなずいた。
「一旦出よう…今後のことを考えなきゃ」
駿が指示を出す。みんな無言で体育館を出ると最後の暁広もうなだれながら体育館から出てくる。
総勢28人の男女達が体育館前で円を作り、話し合いを始めた。
「頼みの綱だった学校も安全じゃなくなった。どこかに逃げなきゃならない」
「他に避難所として指定されている施設、誰か知らない?」
駿が呼びかけ、心音が尋ねる。だが誰一人意見が出てこなかった。
「80人はいたのに、それがあっという間に死んじゃった…どこ行っても無駄なんじゃないの…?」
良子が弱々しく言う。みんなの心の中に確かにそういう不安はあった。それだけに誰も何も言い返せなかった。
背後の体育館の中を見る。卒業式も行うはずだった綺麗な体育館は、今では屍の山と血の河があるだけの地獄になっていた。
暗い雰囲気に包まれた彼らの耳に、突如市内放送のチャイムの音が入ってきた。気の抜けるような平和な音、だが今はそれが却って不気味だった。
「こちらは、GSSTです」
いつも市内放送で聞く女性の声とはまた別の女性の声。どこか機械的でしかも耳慣れない単語。やはり不気味だった。
「15:15現在、我々は約1万人、湘堂市の人口の約2.5%の殺害に成功しました。さらに死傷者を増やすため、我々は16:00より縦菅(たてすが)海軍基地より爆撃を開始します。範囲は湘堂市全体です」
何もかも異常だった。人を数字としか見ておらず、殺すことに一切の罪悪感を覚えない相手。そんな人間でなければこんな恐ろしいことは言えないだろう。少年たちの背筋が凍りついた。
「湘堂市の脱出口は全て閉鎖しました。唯一四辻駅の列車は残してありますので、脱出するならお早めにどうぞ」
市内放送の声は吐き捨てるようにそう言った。
放送終了のチャイムが鳴る。
黙って聞いていた生徒達は急にざわめき始めた。
「四辻駅はここから10分もあれば着く」
「16:00までに間に合うよ!」
「待った」
騒ぎ始めた女子を中心とした生徒たちに、暁広が冷静に言う。彼の顔つきはいつもの明るいそれではなく、どこか陰を感じさせるものになっていた。
「こんなにタチの悪い連中がタダで逃げ道を残すわけがない。何か罠があるはず」
暁広の言葉にみんな言われてみればと静まりかえる。理沙も状況を報告する。
「怪我人も多いしね。戦うには」
理沙の言う通り、先ほどの銃撃戦で動けないほどの怪我人はいないものの、肩や腕に銃弾を受けた生徒は少なくなかった。
「じゃあどうするの?ここで死ねっての?」
美咲が思わず食ってかかる。彼女の左腕も銃弾が掠めて血に汚れていた。
「提案」
泰平が手を挙げて言う。みんな振り向いた。
「軽装の数人で四辻駅の様子を見てきてから判断。16:00までのタイムリミットなら足の速い生徒達が行って戻ってきてから判断するのは不可能じゃないはずだ」
泰平の提案にみんな感心したようにうなずく。駿も即座にうなずいた。
「危険だが、やってくれるのは?」
「俺がやる」
駿の呼びかけに、数馬が拳銃に弾を込めながら言う。すぐに佐ノ介も手を挙げた。
「言い出しっぺだから俺も行こう」
泰平も言う。目つきが鋭くなっていた。
「俺も護衛に付こう」
暁広もショットガンに弾をこめながら言う。しかしすぐに泰平が止めた。
「その銃は重いだろう。偵察には不向きだ」
「3人でいいよ。多すぎても目立つし、万が一があったら被害も少なくて済む」
数馬も泰平に賛同して言う。暁広も大人しくうなずいた。
「でも安藤も重村も負傷してるけど大丈夫なの?」
「かすり傷だ」
どちらかと言うと重傷な佐ノ介が言う。みんな黙り込んだ。
「決まりだな。15:35までに戻らなかったら俺たちのことは忘れてくれ」
泰平は淡々と言う。すでにこの3人は様々な覚悟を決めていた。
「…わかった。ありがとう」
「礼はいらねぇよ。行きますかぇ」
駿の言葉に数馬が軽く言うと、泰平、佐ノ介と共に走り始めた。
「気をつけてね!」
マリが3人の背中に声をかけて手を振る。佐ノ介は一瞬振り向いて手を振ると、すぐに向き直って走った。
「あの3人が戻ってくるまでに私たちも逃げ場を探しましょう」
心音が言う。すぐに明美が提案した。
「武器庫は校長室の地下だから、あそこならなんとかなるかも」
「いや、どこか違う施設の方が…」
議論はどんどんと白熱していった。
一方で数馬、佐ノ介、泰平の3人はこの学校の裏門まで走っていた。
「にしても数馬、さっきのスタングレネード、見事だった」
佐ノ介が笑いかけるが、数馬は笑わずに答えた。
「あれをいつ手に入れたかわからないんだ。記憶がない」
数馬の真剣な表情に泰平が疑問をぶつけた。
「夢遊病か?」
「いいや、全部意識はあった。殺した人間の動きや殺し方まで全部覚えてる。でもあのグレネードだけは記憶にない。気がついたら握っていた…」
「…わからんが今は急ごう。灰にはなりたくないしな」
数馬の疑問に佐ノ介が一旦蓋をする。3人は裏門にたどり着くと、再び銃声のこだまする街へ走り始めた。
四辻駅は七本松小学校の裏門を出て300m先を左折、商店街を通ってさらに200m地点を左折すると50m先に入口の階段やスロープが見えてくる。階段を登り切ると売店と喫茶店があり、その隣、つまり駅の中心部分に改札がある。
数馬、佐ノ介、泰平の3人は裏門を出てすぐの直線を駆けていた。炎上した車が住宅に突っ込んで止まっていたり、死体が転がったりしていたが、3人はそれらにほとんど目もくれずむしろ違うことに違和感を感じていた。
「この辺りは街の中心部、人口が集中しているのに敵が少なすぎる」
泰平が走りながら呟く。数馬、佐ノ介もなんとなくそれは感じていた。
300mの直線を駆け抜け左折し、200mの直線になっている商店街を走り始める。
商店街には様々な店があった。だがそれらの看板は全て赤色に染まっていた。店先には女性の死体が多く転がっていた。
道の中央にある炎上した車などを避けながら商店街を駆け抜け、左折するところまでたどり着く。
そして3人がそこまでたどり着くと、駅前の様子がおかしいことに気づいた。近くの止まっているトラックの陰にしゃがみこんで隠れ、駅の様子を窺った。
「見えるか、佐ノ」
3人の中では視力がズバ抜けている佐ノ介が射撃用ゴーグルをズラして様子を見る。
「駅に通じる車道を軒並み車で塞いでるな。国道から正面切って逃げてきた人たちをあれで足止めして殺すんだろうな。敵も沢山いる。外にいるのだけで10…18人」
「俺たちが使うのは国道じゃないが」
「じゃなくても車で道を塞がれてる。外にいるだけであの人数だ、駅の構内にも絶対にいる。しかもこっちは南口、駅構内に入れたところで北口側にいる敵も合流してきて激戦は避けられないだろうな」
佐ノ介が状況を報告する。その間に泰平は周囲を見回しながら何か打開策を考えていた。
「一見不可能そうに見えるが作戦次第だな。どうだ泰さん」
数馬が泰平に振る。泰平は何かを決めたように話し始めた。
「これだ」
泰平はそう言って3人が隠れているトラックを叩く。数馬が尋ねた。
「何すんだ?」
「移動しながら話そう。だがとにかくあれは突破できると俺は読んだ」
「楽しみだ」
3人は学校に戻るために走り始める。そのまま泰平は数馬と佐ノ介に自らの計画を話し始めた。
15:30
学校で待機していた他の生徒達は二手に分かれていた。片方は体育館の前で待機して治療などを行い、もう片方は校長室に武器の補充に行っていた。
体育館前のメンバーにはこの状況でリーダー的な立場の駿もいた。彼は腕時計を見ては周囲を見回し、不安そうな表情をしていた。
「大丈夫だよ、駿」
そんな彼に声をかけるのは暁広だった。暁広の表情は今までの無邪気なものからどこか覚悟を決めたような表情になっていた。
「あの3人だ。きっと戻ってくる」
暁広はそれだけ言うと駿の肩を叩く。駿もまだ不安そうではあったがうなずいた。
裏門の方から足音が聞こえた。
すぐにその場に居た玲子と桃が銃を構える。
「おいおい俺のことが憎いのはわかるけど殺さんといてくれよ」
そう言って現れたのは数馬だった。続いて泰平、佐ノ介と息を整えながら現れた。
「待ってたよ」
「遅くなって申し訳ない、さっそくだが全員集めてほしい、至急だ」
駿の言葉に泰平が早口で言う。駿はうなずくと保健室で待機していた理沙に手旗信号を送り、受け取った理沙は校長室の生徒たちに呼びかける。
3分と経たず6年3組の生徒達が全員集まった。
「よし、では伝える、佐ノ介、駅の状況を」
全員集まるやいなや泰平が話を切り出す。佐ノ介が見たものを報告し始めた。
「駅への道は車で塞がれ、駅には大量の敵が集まってる。だが街には敵はほとんどいなかった」
「これらのことから敵のほとんど全てが駅に集結して逃げてきた人間を待ち伏せていると考えられる」
佐ノ介に続き、泰平が言う。さらに泰平は続けた。
「結論から言うとこれは突破できると思う。駅の近くに荷台付きの大型トラックを見つけた。それを使って道を開き、駅の構内に突入、改札を抜けて電車に乗り込む」
「だが駅には敵がたくさんいるわけで。さっきみたいな撃ち合いになる」
泰平の作戦説明に数馬が付け加える。心音が質問した。
「電車は本当にあるの?」
「この時間帯の四辻駅なら普段車両整備してるぜ。あると思う」
答えたのは広志だった。彼は鉄道好きで通っており、そんな彼の言葉ならまず間違いはないだろう。
「それもあるし、かなりの数の敵が集まっているのも挙げられる。駅からあれだけの数が爆撃から逃げなければならないのだからやはり電車はあると見ていい」
泰平の言葉にみんな納得する。だが玲子が尋ねた。
「トラックを動かすって言ってたけど、それは誰がやるの?」
「武」
泰平が言う。武も眉を上げた。
「できんの?」
「まぁ親が運転手だから。見せてもらったことあるし」
玲子の質問に武は平然と答える。玲子は面食らって黙り込んだ。
「精密な運転は求めてない。直進さえできればいいんだ」
「でもまた戦うんだよね…」
泰平の言葉に蒼が呟く。
思わずみんな黙り込んでしまう。
暁広が口を開いた。
「戦おう」
みんな暁広の方に一斉に振り向く。暁広はそのまま続けた。
「全員で生きるために、戦おう。そしてこの事件のことを伝えて、絶対に犯人に裁きを受けさせるんだ。逃げてもその先には何もない。戦わなきゃ失うだけだ」
みんな暁広が目の前で家族を皆殺しにされたのを知っている。だからこそ彼の言葉が重く感じられた。
茜が暁広の手を取り、彼の顔を見てうなずく。暁広も嬉しそうに茜の方を見てからうなずき、みんなの方を見る。
「泰平、勝てるんだよな?」
「断言はしない。だが可能性は高い」
駿が泰平の方を見て尋ねる。泰平の答えを聞くと、駿はうなずいた。
「なら俺もやる」
駿が言うと、男子の集団から遼と広志と武が言った。
「ま、どうせ死んでるはずだったんだ。やってみよーぜ」
「電車動かすのは任せてくれよ、やってみたかったんだ」
「全力を尽くそう」
そう言ってその3人は駿の肩を叩きながら隣に立つ。さらに他の男子が続いた。
「トッシーが言うなら」
「ここまで来たし」
圭輝と浩助が暁広の隣に立つ。彼ら3人も優しそうに笑い合った。
「これまで通りね。死にたくないから戦うわ」
「勝てばいいんでしょ?やりましょ」
「玲子も桃も怖いよ〜、明るくいこ明るく」
桃、玲子、桜が立ち上がりながら銃の弾を込める。
「泰平が勝てるって言うなら間違いねぇ、俺は信じるぜ!」
「逃げんのも面倒だし」
「『バカにはダチが必要だ』」
真次、正、竜の3人もそう言って泰平の隣に立つ。
「手当てする人も必要でしょ?任せて」
「生きて真実を伝えるのがブン屋ってもんよ」
「みんなイッケメェン。あたしもついてくわ」
理沙、明美、蒼もそう言って玲子の隣に立つ。女子で意思表示をしていないのはあと半数だった。
美咲がさえと目配せして肩をすくめる。香織、良子とも目を合わせてうなずいた。
「行くよ私も」
「私たちだけで逃げても勝ち目ないし」
「怖いけど…みんなと一緒なら」
「単独行動したら死ぬパターンなんでしょわかってる」
女子4人がそう言うと、竜雄が数馬と佐ノ介の方を向いて尋ねた。
「数馬と佐ノ介は行くんだよな」
「まぁね」
「命懸けの戦場、怖くないのか?」
「…戦うだけさ」
竜雄の言葉に数馬が短く答える。竜雄はうなずいた。
「わかった。一緒に行かせてくれ。友達を見捨てたくないから」
竜雄の後ろからめいとマリが出てくる。めいも笑った。
「私も。せっかく出会えた仲間だもんね」
めいはそう言って泰平を小突く。泰平は無視した。
マリも佐ノ介をじっと見つめる。佐ノ介がうなずいたのを見ると、マリも気を引き締めて笑った。
「6年3組、全員一致ね」
心音が言う。クラスメイト達は子供らしい明るい笑顔に覚悟を潜ませた。
「じゃあトッシー、号令かけてくれるか?」
駿が暁広に振る。暁広は眉を上げた。
「俺が?」
「だってみんなの心を動かしたのはあんたじゃないか。頼むよ」
駿がそう笑って肩を叩く。暁広は照れ臭そうに笑ってからみんなに声をかけた。
「じゃあ、円陣組んで」
暁広に言われてみんな近くの生徒達と肩を組み、円陣を作る。
クラスメイト達の顔を眺めながら暁広は語り始めた。
「よし…俺たちは今まで戦ってきた。大切な人を失った奴も多い。でも俺たちは生きてる。その人達の分も生きて、戦うんだ。全員で、絶対に生き延びるんだ!」
暁広は息を吸った。
「6年3組ィ!絶対生き延びるぞォ!」
「っしゃぁッ!」
子供達の声が寒空の下に響く。
すぐに彼らは円陣を崩し、いつでも戦えるような態勢になった。
「よし、泰平、指示を!」
「俺、佐ノ介、暁広で先頭を行く。最後尾は数馬と竜雄、残りは間に挟まる感じで。時間がないから小走りだ。トラックに着いたらまた指示を出す」
「よぉし行くぞ!」
泰平が言うと暁広が改めて気合を入れ直す。6年3組の少年少女たちは走り始める。
空は灰色だった。
15:40
小学校の裏門を出て最初の300mを少年少女達が駆ける。だが、みんな慣れない銃の重さや怪我、そもそも走るのが得意でない生徒もいることなどがあってあまり速度が出ていなかった。
それでも全員全力で駆け抜けて左折し、商店街に差し掛かる。少し遠くに大型の引っ越しトラックが見えてきた。
「あれだ」
泰平が言う。少年少女達は気を引き締めて全力で走り始める。
引っ越しトラックの近くまで全員駆け込みしゃがむ。
1番後ろの数馬と竜雄が着いたのを見ると、泰平はクラスメイト達に話し始めた。
「言った通り、非常に危険だが武に運転してもらう。助手席には数馬。トラックが止まったらみんな荷台から降りて駅の構内に駆け上がる。みんなの後ろも前も危険だから戦い慣れてる人に先頭と後ろを固めて欲しい」
「わかった。突入するときの先頭は俺と圭輝でやる」
暁広が言うと、数馬も続いた。
「後ろは必然的に俺と武だな」
「背中は頼む」
武に言われ数馬はうなずく。泰平もうなずいた。
「それじゃあ行こう。みんな荷台に乗って。できれば強い人で慣れてない人を挟むような形で」
泰平が指示してみんな荷台に乗り込む。素早い動きで全員乗り込み、暁広と圭輝、浩助が最後に乗り込む間、数馬と武は助手席と運転席に乗り込む。
「キーはあるな。行けそうだ」
武が運転席のキーを確認してから呟く。そして居住まいを正すと後ろの荷台に向けて言った。
「行くぞ!」
武が叫ぶと、トラックのエンジンが動き出し、荷台が揺れる。
暁広は薄暗い荷台の中を眺める。みんな銃撃に備えてしゃがみこんでいる。女子の何人かは手を組んで祈っているようだった。
「トッシー」
暁広の隣の茜が声をかける。茜はサブマシンガンを手に緊張している様子だった。
「頑張ろう?」
「うん!全員で生き延びよう」
暁広はそう言ってうなずくと、茜と共に外を眺める。空はやはり灰色だった。
同じ頃運転席の武と隣の数馬は加速していく景色の中、正面の道を塞ぐ車とその周囲にいる敵の姿を見ていた。まだ銃の射程外で敵は構えているだけである。
「敵は頼むぞ」
「オメェも死ぬなよ」
少年少女達のトラックと道を塞ぐ敵との距離が縮んでいく。
銃声が鳴り始める。トラックのフロントガラスが割られ、荷台の女子は数人小さく悲鳴を上げる。武は伏せながら車のアクセルを踏み続け、数馬は拳銃で撃ち返すが道を塞ぐ車に跳ね返される。
トラックは加速していく。
「ぶつかるぞぉぉおお!!」
武が叫ぶ。みんな一斉に身構えた。
金属同士がぶつかる激しい衝撃音が辺りに響き、道を塞いでいた車は横転した。
トラックには凄まじい衝撃が走り、中の子供達は揺れる。
だがすぐに体勢を立て直した数馬と暁広が叫んだ。
「走れェエ!」
叫ぶと同時に暁広は荷台から飛び降りる。後を追って茜、圭輝、浩助と荷台から飛び降り、走り出す。流れるように次々と少年少女たちが荷台から出て左側にある左へのカーブが付いたスロープを駆け上がっていく。
そんな彼らを体勢を立て直した敵が狙う。
そこを数馬がトラックの助手席から2発で撃ち抜いた。
「急いで降りるんだ武!」
「ああ…!」
武が血の流れる自分の頭を抑えながら運転席の扉を開けて銃撃の飛び交う中スロープへ走り出す。数馬もすぐに拳銃を発砲しながらトラックを降りる。
最後尾で立ち止まって数馬を援護していた竜雄、佐ノ介、マリの3人と合流しながら5人になって銃撃しつつスロープを登っていく。
一方で列のようになった少年少女達の先頭を行く暁広は、敵を1人至近距離からの銃撃で倒すと、圭輝、浩助、茜、泰平と共に駅の構内に突入した。
本来障害物は何もないはずの構内に、10m間隔で3列、道を塞ぐように武器を入れる箱が並んでいる。箱の背は低く、しゃがみ込めば隠れられるが乗り越えられないほどではない。
敵の数は多い。見たところ箱の影に隠れているものが20名、他にも奥の方に少なくとも20人はいる。
1番手前の箱の列の陰にいる20人は暁広達にサブマシンガンを向けてきた。
「思ってた通りだ!くらえ!」
圭輝と茜がサブマシンガンを乱射して敵を牽制している間、暁広は校長室で補充しておいた手榴弾の安全ピンを抜き、投げつける。
放物線を描いた手榴弾は敵の密集していたところに舞い落ちた。
「退避!」
敵が叫び、一列下がるために立ち上がる。だがそのせいで数人は圭輝や茜の乱射の餌食になった。
爆風が舞い、さらに敵が吹き飛ぶ。黒い煙の中を突っ切るようにして暁広達は乱射しながら進んでいく。反撃の遅れた敵は倒れていく。
暁広達の後続が来る。駿や玲子、桃といった戦い慣れているメンバーが敵を銃撃しながら暁広達の隣へ走っていく。箱の影に隠れていた敵は全滅し、北口側を固めていた敵が暁広達の方へ駆けて来る。暁広達もすぐに1番敵側に近い箱の列に陣取り、銃撃を開始する。
敵側にも箱の列がある。暁広達が陣取っているのとは10m程の距離がある。
敵が銃撃してくる。暁広達は箱の影に隠れてやり過ごす。
「トッシー、さっきのないの?」
「持ってない!正が来てくれれば…!」
暁広が茜と言葉を交わす。
暁広が周囲を見る。スロープから駅構内に差し掛かるところで正の他にも数人銃撃が止むのを待っているのがいた。彼らが来れば形勢は変わる。
「みんな、弾はまだあるか?合図したら敵に向けて撃ち続けるんだ。その間に正に来てもらえれば形勢逆転まで持ってける!」
「校長室で補充しておいたよ、任しとけ」
暁広の言葉に駿が答える。暁広は他のメンバーを見渡す。玲子も、遼も、泰平も圭輝も、浩助も茜もみんないけるという表情だった。
敵の銃撃が止まった。暁広は叫んだ。
「ぶっ放せ!」
暁広の指示でみんな一斉に銃撃を開始する。敵が動けないその間に泰平が正達を手招きする。
正と竜が走る。敵が気付いて銃だけ出して反撃しようと試みる。
しかしすぐさま玲子の隣の桃が気づいてその銃を撃ち落とす。
正と竜は箱を飛び越えて暁広の隣に滑り込んだ。
「待たせたな」
「頼む!」
暁広に言われ、正がグレネードランチャーを構える。正を援護するようにみんな改めて銃撃を強める。
正が引き金を引き、榴弾が放物線を描く。今度はしっかり踏ん張っていた正なので倒れることはなかった。
退避しようとする敵の背中に爆風が襲いかかる。
敵の多くは吹き飛んでいった。敵の残りは8人ほど。
改札前に敵はいないので、逃げようと思えば逃げ切れる状況になっていた。だが暁広は叫んだ。
「追撃だ!敵は残らず殺せ!」
暁広の言葉を聞き、玲子と茜、竜と駿が箱を飛び越えて前に出て敵に近づく。すぐにリロードを済ませた圭輝と浩助も前に出る。暁広も遅れはしたものの前に出た。
数的有利が逆転し、敵の銃撃が薄い。そこに容赦なく銃弾の雨を浴びせる。
瞬きする間に敵は銃撃に倒れていき、最後の1人も暁広の銃撃に自らの銃を吹き飛ばされ倒れ込んだ。さらに重傷を負っていてもう戦えないだろう。
「よし!みんなは電車へ!俺がトドメを刺してくる」
暁広の指示を受けるとその場にいたメンバーは改札を抜けて電車の方へ駆け出した。
その間に暁広はショットガンの装弾を済ませて最後の1人の下へ歩き出した。
「…子供?」
歩いてくる暁広の顔を見て初めて彼は自分の敵を理解した。暁広はそんなことも気にせず銃を向けた。
「子供が…なぜ…?」
「お前たちのせいだ。子供だろうとなんだろうと生きるためには武器を取る。そしてこんな状況を作ったのはお前たち大人だ」
敵は自嘲的に呟いた。
「そっかぁ…俺みたいなのでも…大人…なんだな…」
「罪を償えこの悪党が!」
暁広はその敵に向けた銃の引き金を引く。床に赤色が広がった。
「おい!こっちは大丈夫か!」
暁広の背後から声がする。暁広が振り向くと、数馬がいた。
「片付けた」
「よし!みんな先行け!」
数馬はスロープの佐ノ介、マリ、竜雄、武に指示を出す。指示を受けた4人は改札を走り抜けて電車の方まで走って行った。
「ほらトッシーも!敵はもういないが爆撃が来るぞ!」
数馬が言うと暁広はうなずく。
2人は共に電車まで駆け出した。
駆けている最中、暁広は呟いた。
「強い奴が正義、か」
「あ?」
「俺たちは強い。だから生き延びた。つまり俺たちは正義。そうだろう?」
「あー、まぁそうかも」
「みんなが強くなって、みんなが正しいことをする世の中になるといいな」
余裕ができたのか暁広が自分の思いを吐露する。数馬は静かに、そうかもな、とだけ呟いた。
15:50
暁広と数馬が6年3組で電車に乗り込んだ最後のメンバーだった。1番前の車両に乗り込むと、広志が運転席で何やらガチャガチャとやっていた。他のメンバーは座席などに座って肩で息をしている。
「なんとか発車できそうだぜ、行くか?」
広志が尋ねる。みんな今すぐ発車したそうな雰囲気だったが、泰平が待ったをかけた。
「ギリギリまで待とう、逃げてくる人がいるかも」
「わかった。55分までは待てる。その間に行き先を決めてくれ」
広志が言うと、みんなうなずく。数馬が電車の外を見張る間、明美が話し始めた。
「調べた結果を報告する機会がなかったから今するね。私たちが職員室を調べたらこんなものが出てきた」
明美はそう言ってリュックを前に回し、職員室にあったファイルを出す。明美はファイルを心音に手渡した。
「簡単に言うと、今回の黒幕を示唆する書類。GSSTって知ってる?」
「去年の防衛大臣の
心音が答える。男子の一部がすげーと言ったが構わず心音が続けた。
「それがどうしたの?」
「今回の事件を画策した人がGSSTの人らしいの。武田って人も一枚噛んでそうじゃない?」
「そういえばさっきの放送でもGSSTって言ってたね〜」
明美の言葉に桜が呟く。暁広が言葉を発した。
「つまりこの武田という人に尋ねに行くのか?」
「私はそうするべきだと思う。真相を追求するべきよ」
明美が強く言う。周囲は一度黙り込み、駿が尋ねた。
「だとしたら行き先は?」
「
心音が答える。駿はもう一度尋ねた。
「他に行きたいところがある人」
誰も手を挙げない。なぜこんなことが起きたのか、みんな知りたかったのだ。
「満場一致、だな。灯島に向かおう」
駿が言うとみんなうなずく。そこにはすでに覚悟を決めた子供達の顔があった。
「広志、灯島だ!」
「ぃよし!ちょうど55分だ!しゅっぱ」
「待ってくれ!」
外を見張っていた数馬が叫ぶ。同時に彼は外に飛び出した。
「おい数馬!」
「退屈させないねぇ!」
竜雄と佐ノ介も後を追って駆け出す。
「彼らなら戻ってくる!少し待ってくれ!」
泰平が広志に叫ぶ。広志もああと返した。
階段を駆け上がり、佐ノ介と竜雄は改札までやってきた。見ると駅構内に数馬と、4人の同い年くらいの少年たちが何かと撃ち合っていた。
「こっちだ!逃げてこい!」
竜雄が叫ぶ。数馬以外の4人が振り向いた。
「彼に従って!」
「悪いな、無事でいてくれ!」
数馬が言うと2人は佐ノ介とすれ違って改札を抜けていく。だが2人は残って銃撃をしていた。
「おい何人だ!」
状況を気にせず佐ノ介が尋ねる。数馬達は例の箱にしゃがみながら答えた。
「右に4人!左から2人!」
「右をやる!」
数馬の報告に佐ノ介が短く叫ぶ。右側15m先に4人、確かにこちらに銃を向けていた。
佐ノ介はすぐに狙いをつけると4度だけ引き金を引く。
銃弾は寸分違わず真っ直ぐに敵の眉間を貫いた。
だが構わず左から2人、敵がやってくる。
数馬は弾の無くなった拳銃をしまうと腰からナイフを抜く。
姿勢を低くしながら敵の銃撃をかわし、片方の敵の懐に潜り込み、ナイフで斬り抜けて倒した。
もう片方にも攻撃しようとしたが、それは数馬でも佐ノ介でもない2人の銃撃に倒れていた。
「よし、逃げよう!」
数馬の言葉にみんなオウと答えると改札の方へ駆けて階段を下る。
電車では泰平が手を回していた。
「急げ急げ急げ!」
4人は文字通り電車の中に転がり込む。すぐに暁広が叫んだ。
「出発!」
「おう!」
広志の威勢のいい声と共に電車がゆっくり動き出す。みんな一瞬体勢を崩すが、すぐに建て直す。
「うまくいってくれよぉ…!」
広志はそう呟きながら電車をマニュアル通りに加速させる。
しかし、同時に爆音と共に強い揺れが電車を襲った。
「何!?」
「爆撃が始まったんだ…!」
「広志急げ!」
「無茶言うな!」
車内に混乱が広がる。
また衝撃が車両を襲う。みんな咄嗟に伏せて事なきを得たが心なしか爆発が近づいているような感覚がした。
「ここまでか…!」
「冗談じゃないよホント…!」
みんな思い思いに弱音を吐く。
それでも広志は運転を続けていた。
そして電車の先に何か降ってきたのを見逃さなかった。
黒い色の爆弾。
「うぉおおおおお!!!!」
広志は絶叫しながら全速力を出した。
爆発音が鳴り響き、線路の木材が吹き飛ぶ。
揺れる。
赤と黒の炎が辺りを包む。
それらを跳ね除けるように列車のフロントガラスが姿を現した。
「さすがだぜJR!」
広志が思わず叫んだ。車内では歓声が上がっているほどである。
爆撃は続いていたが、電車とは違う方向へ行われているようだった。
揺れる列車の中、暁広は窓に張り付き、自分の故郷の姿を目に焼き付けていた。
燃えていく。思い出の場所が、かけがえのない日々が。
「…あれが俺たちの
爆弾の雨が降り注ぐ街。平和だった街は今、一面炎に包まれる文字通りの焦土と化しつつあった。
爆弾は無慈悲に降り注ぐ。
街はどんどんと遠のいて行った。
黒い煙が立ち上るのを彼らはただ眺める。
「…さようなら」
茜が呟く。暁広の隣、彼女の頬には涙が伝っていた。
暁広は黙って彼女の肩を抱く。彼の頬も同じように濡れていた。
彼らだけではない。車内に乗っている多くの少年少女の瞳は涙に濡れている。そうでない者もうつむき、うなだれ、思うところがあるようだった。
数馬もそういう泣いていない少年の1人だった。彼はさっき合流した4人の少年たちに尋ねた。
「この電車は灯島に向かう。問題ないか」
少年たちは目配せして相談する。4人のうちの1人が「親戚いるから」と言い、違う1人が数馬に答えた。
「問題ない」
数馬もそれにうなずく。改めて見ると、その4人の少年たちも各々の拳銃を持ち、服や顔は血に汚れていた。
「俺たちは後ろの車両いるよ。お取り込み中みたいだし」
4人のうちの1人が言う。彼が言うと、残りの3人も立ち上がって後ろの車両への扉を開けてそちらへ移った。
数馬も窓の外を眺める。燃える街を見ながら窓に映った自分の姿を鼻で笑ってから、次は車両の中を見る。
みんな誰かと一緒に泣いている。泣いていない人間も、誰かしらと一緒に街を眺めていた。
(ひとり、か)
数馬は悲しいような、逆にいつもと変わらないことに安堵したような気持ちを抱きながら銃を整備し始めた。
(次も人一倍戦ってやるさ。俺が死んでも誰も悲しまないし)
数馬は1人そう思うのだった。
列車は走り、目的地まであと5分ほどの地点を走っていた。
広志のいる運転席から、少し先にトンネルの入り口が見えた。
「ったく疲れたよ」
「これからが本番だ、やるぞ」
黒い服で身を固めたクライエントが言う。4人の大人達は走る列車を見下ろして険しい表情をした。
「俺の願いを聞いてくれ」
暁広達の列車が真っ暗な灯島トンネルに入った瞬間だった。
列車を激しい揺れが襲ったのである。だがさっきまでの爆撃の揺れとは全く違う縦揺れだった。
「今度はなんだ!?」
みんなの悲鳴が車両内に響く。
暁広は窓の外を見る。
「なんだこれ…!?」
黒いはずの車両の外、それが不気味な虹色に光り輝いていた。
しかも外だけではない。暁広が見回すと車両の中も虹色に光り、生徒たちの顔や服も見境なく虹色に染まっている。
染まっているのは暁広自身もそうだった。自分の体が見慣れない不気味な虹色に染まり、しかもその色が変化する。みんなそんな状況に戸惑っていた。
揺れが大きくなる。
暁広は手すりにしがみつき、声を上げた。
「落ち着け!じきに収まるはずだ!」
その間に数馬が運転席の背後のガラスに張り付く。
「広志!出口見えるか!」
「あぁ!あと少し!5秒くらい!」
数馬の質問に広志も揺れながら答える。同時に広志がカウントダウンを始めた。
「5…4…3…」
広志のカウントダウンにみんな身構える。トンネルさえ抜けてしまえばなんとかなるかもしれないという希望が彼らの中にはあった。
「2…1…!」
正面から白い光が見える。
「抜けるぞ!」
広志が叫ぶ。
みんなが目を開けると、不気味な虹色は消えていた。窓の外にあるのは灰色の空の下に広がる至って普通の街並み。何事もなかったかのように灯島の街は暁広たちを迎え入れた。
「駅に着くぞ」
広志が言う。みんなその言葉で現実に引き戻されたようだった。
「駅に着いたら、心音、案内頼む」
駿がたどたどしく言葉を並べる。心音もぎこちなく「ええ」と答えた。
「にしてもさっきの揺れはなんだったんだろう…」
茜が呟く。暁広がすぐに答えた。
「もしかしたら今回の黒幕がまた何か仕掛けたのかも。武田もどんな人間かわからないし、気合い入れてこう」
暁広の言葉に、みんな「おう」と返す。
電車がゆっくりと減速し、止まる。
プラットホームには誰もいない。
電車の扉がゆっくりと開く。
「行こう。真実へ」
暁広が短く言う。
返り血に汚れた小学生達は灯島の街へ歩き始めた。
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