第3話 覚悟

 各階ごとに分断された6年3組だが、各班そのまま役割分担通りに各階を探索することになった。

 最上階である3階を担当するのはA班。安藤佐ノ介、遠藤マリ、伊藤美咲、金崎さえ、大島広志、藤田真次、吉田桜の7人である。


 まず佐ノ介はひと通りみんなが持っている銃を眺めていた。みんな拳銃である。持っているのは佐ノ介、マリ、真次、桜の4人。真次の持っている拳銃(デザートイーグル)は殺傷能力が高く、頼りになりそうだったが、佐ノ介としてはそれ以上に拳銃しかないことが不安だった。

(敵には長物持ちが結構いる…いくら屋内では取り回しの利く拳銃も優れてるとは言え、素人だしな…)

「こんなかで一番荒事慣れしてんのは佐ノ介だろ?どうする?」

 広志が不安そうに尋ねる。佐ノ介は背後の防火シャッターを叩いて銃で撃ち抜けなさそうなことを確認すると、話し出した。

「このシャッターはどうしようもないだろう。とりあえず6年3組の教室で一旦今後の見通しを立てるか」

 落ち着いた佐ノ介の声に、みんな少し安心しながらうなずく。ひとまずは佐ノ介を先頭に左に進み、6年3組の教室の扉の前に立つ。

 佐ノ介が扉を少し開けて中を確認する間、他の面々は辺りを見渡す。窓も防火シャッターで塞がれた暗い廊下は小学生達の不安を煽るには十分すぎるほどだった。

「異常なし」

 佐ノ介が短く言ってそっと扉を開く。佐ノ介が廊下を警戒し、他のメンバーはズラズラと教室の中に入っていく。最後のマリが入ったのを見ると、佐ノ介も教室に入って扉を閉める。教室の窓もやはり防火シャッターで閉じられており、電気のついてない教室は暗かった。

「遠藤さん、向こうの扉お願い」

 佐ノ介がマリに指示を出す。マリがうなずくと、2人はそれぞれ扉の近くに机を並べ、簡易的なバリケードを作った。

「じゃあ安藤、仕切ってよ」

 美咲が言う。声が震えて、いつもの余裕はない。佐ノ介はそれを気にせず続けた。

「お言葉に甘えて。紙と筆記用具ある?」

「あるよ〜。置き勉しててよかった〜」

 佐ノ介が言うと、桜が自分の机から筆箱とルーズリーフを取り出す。佐ノ介はそれを受け取ると、机の上にそれを広げて校舎3階の地図を書き始めた。みんなも机の周りに立ってその様子を見守る。

 校舎はアルファベットの「Z」のような形をして、北棟と南棟に分かれている。佐ノ介達がいるのは「Z」の上の直線部分、斜線との付け根辺りで、北棟だった。

 6年3組を出てすぐ左には6年生の教室がある。さらにその奥、「Z」の書き初めのところには教材室があり、北棟はそれだけである。

 「Z」の斜線部分は渡り廊下で何もない。下の直線は南棟で、6年生と5年生の教室が並び、直線の中央辺りに階段があり、1番端には準備室のついた音楽室がある。

「まずは教材室を調べてみよう。その後に南棟で」

「4組の前の外階段も調べておこうよ」

「南棟に行ったら階段も調べた方がいいんじゃないか?あっちからなら脱出できるかも」

 佐ノ介の言葉にマリと真次が言う。佐ノ介はうなずいた。

「全員固まって行動するのを忘れないように。ヤバくなったりはぐれたりしたら、無理に合流を試みるより、ここに逃げ込んで」

佐ノ介が言うとみんな緊張した表情でうなずく。女性陣は暗い表情すらしている。佐ノ介はそれを見て、小さく笑ってみせた。

「なに、みんな性格悪いから簡単にゃ死なないって」

 佐ノ介なりの緊張をほぐすジョークである。すぐに桜がのほほんと切り返した。

「性格悪いとか〜、佐ノ介に言われたくな〜い」

「ホントね。日頃問題児のくせに」

 桜の言葉に美咲が同意し、さえも笑ってうなずく。マリは何か言いたそうだったが、無言でうなずいていた。釣られるようにして広志も小さく笑っていたが、真次だけは佐ノ介の耳に近付いて尋ねた。

「バカにされてんのにいいのか?」

「全員で生き残る確率が上がるなら、安いもんさ」

 佐ノ介の言葉に真次は黙ってうなずく。真次も小さく笑った。

「じゃあ行くか。気を引き締めて。俺と遠藤さんで先頭行く。真次、桜、後ろ頼んだ。残りは間に挟まって」

佐ノ介に言われて一行は隊列を組む。

 佐ノ介は教室の扉をそっと開けて周囲を見回した。異常はない。そのまま左側へ歩き始めた。


 北棟の廊下の突き当たりにやってきた。佐ノ介達は教材室を調べる前にまずすぐそこにあった外階段の入口を調べた。

 外階段は各階の北棟を繋いでいる階段である。仮にここが使えれば分断された状況も打破できる。

 しかし、目の前の扉はどういう訳か鍵が掛かっていた。鍵穴らしい鍵穴もない。

「前までここの鍵って手動だったよな?」

 佐ノ介が低い声で尋ねる。マリが応えた。

「去年校長先生が変わった時にオートロックになったよ」

「そうだったか」

 佐ノ介も納得し、廊下の奥にある教材室の前まで歩いていく。他のメンバーたちも不安そうな足取りで佐ノ介に続いた。

「開ける」

 佐ノ介はそう言うと、そっと扉を開けて中を見渡す。

「異常なし」

 佐ノ介が言うと、みんな中に入る。真次が扉を閉めた。

 教材室は狭く、棚がいくつか並んでいるほか、書類ばかりだった。

「こんなの役に立つのかね?」

 広志が地球儀を持って呟く。佐ノ介はドライバーで地球儀から脚を外し、地球の模型だけを広志に投げ渡した。

「あんたの肩ならこいつ投げりゃ武器になると思う。物は使いよう」

「…わかったよ」

 広志は球体を受け取るとリュックの中に入れた。

「武器以外にもこういうのは役立ちそうだよね」

 マリがそう言ってガムテープを取ってリュックに入れる。

 しかしめぼしい物は他には無く、教材室にあるのは文具系のみだった。この状況ではどちらかというと工具の方が重宝する。

「ここまでにしよう。次は南棟」

 佐ノ介が言うと、みんな手を止める。

「南棟は先に音楽室を調べてから他の教室を調べない?」

 さえが突然佐ノ介に言う。佐ノ介は静かに尋ね返した。

「理由を」

「南棟は音楽室以外に目立った教室はないし、音楽室の近くには階段もある。時間かかるところから調べた方が効率がいいと思う」

 さえの意見に佐ノ介も黙り込んで考えを巡らせる。

(確かに効率はいいが、音楽室は廊下の1番奥、手前の教室に敵がいたら挟み撃ちにされて全滅だな…)

 佐ノ介の考えが読めたのか、マリが横から口を挟んだ。

「効率より安全を取るべきじゃないかな。音楽室は1番奥だから、手前側の教室から調べた方が安全だと思うよ。下手したら挟まれる」

「長時間うろつき回るのも危険じゃない?」

 マリの言葉にさえも返す。佐ノ介がすぐに言葉を発した。

「二手に分かれよう。危険そうな音楽室は俺と遠藤さんが受け持ち、残りが教室を調べる」

「ちょっと待て佐ノ介、お前たちだけに危険を背負わせるわけには…」

「俺たちなら大丈夫」

 佐ノ介を気遣う真次を、逆に佐ノ介が制止する。

「敵を倒した経験があるから。むしろ真次達の方こそ、自分たちの命を優先してくれ。他人を気遣いながら生き残れるほど敵は優しくない」

 佐ノ介の言葉に、みんな改めて表情を硬くしてうなずく。

 佐ノ介はそれを見て、行くか、とだけ言って扉を開けた。


 周囲を見回しながら一行は渡り廊下に差し掛かった。やはり窓には防火シャッターが下りていて外に出られそうもない。

 人の気配は少しもない。静まりかえって不気味ですらあった。非常口の照明だけの暗がりでよく見えないが、床に血の汚れなどがあるようにも見えない。

 そのまま一行は周囲を見回しながら渡り廊下を渡り切る。

 ほとんど同時だった。

「ピアノの音…?」

 一行の1番後ろにいた桜が呟いた。それに反応してみんな足を止める。確かによく耳を傾けるとわずかにピアノの音が鳴っているのが耳に入った。

「トルコ行進曲…」

 さえが呟く。ピアノに詳しいさえならではのひとことであった。

「どうすんでぇ佐ノ介?このままマリと音楽室行くのか?」

 広志が不安そうに尋ねる。佐ノ介はマリと短く視線を交わすとうなずいた。

「行く。みんなは教室を頼む」

「気をつけろよ?」

 佐ノ介の言葉に真次も不安そうに言う。佐ノ介は黙ってうなずいた。

「マリもだよ。安藤に無理に付き合う必要はないから」

「私は大丈夫。美咲ちゃんも気をつけて」

 美咲に言われてマリもうなずく。

「じゃあみんな後で会おう」

 佐ノ介が言うと、一行は二手に分かれた。佐ノ介とマリは左に曲がり、残りは正面の教室へ入っていった。


 佐ノ介とマリは南棟の唯一の階段の前にやってきた。

 やはりというべきか防火シャッターが下りていて、下の階にも屋上にも行けそうにない様子だった。

 ピアノの音が大きくなっている。だがここに至るまで人影も、人の気配もなかった。

「やっぱり、音楽室に誰かいるんだね…」

「巻き込んですまない。絶対に守るから」

「ううん、佐ノくんのみんなへの優しさはわかってる。足引っ張らないよう頑張るから」

 マリは不安そうな表情を押し殺して佐ノ介に言う。佐ノ介はマリの肩を軽く叩くと、うなずいて歩き出した。

 こんな状況で音楽室にいて、ピアノを弾いている。そんな人間が普通であるわけがない。

 佐ノ介は不安を全て拳銃を握りしめる力に変えて音楽室の扉の前に立った。左には準備室への入り口もある。

「行くよ…」

 佐ノ介はマリに小さく言うと、音楽室の扉を開けた。


 音楽室は明かりが付いていた。そして鳴り渡るピアノの音。いつもなら音楽の授業はこんな感じで始まるが、今は「いつも」ではない。

 マリが佐ノ介に続いて音楽室に入ると、音楽室の扉が音を立てて閉まる。マリは開けようとしたが、鍵が掛かって開きそうになかった。

「無理だよ。鍵は閉めた」

 ピアノと同じ方向から女性の声がする。佐ノ介とマリにとっては聞き慣れた声。だが今日のそれは不気味な響きを孕んでいた。

「四葉先生…」

 マリが呟くように相手の名前を呼ぶ。

 ピアノを弾いているその30代の女性は彼らの音楽教師の四葉先生だった。

「閉めたなんて冗談はやめてください。一緒に避難しましょう?」

 佐ノ介がある程度社交的に振る舞って言う。四葉先生はピアノを弾いたまま笑った。

「ヤダ。冗談じゃないよ、鍵を閉めたのも、避難するのも」

「こんな状況で何言ってるんですか?」

「あなたたちこそ何やってるの?」

「俺たちは校舎内に役立つものがないか調べに来ました」

「あそう。ま、どーでもいいわ」

 普段の優しい四葉先生からは想像できない冷めて疲れ切った口調。佐ノ介とマリは改めて警戒心を強めた。

「別にあなたたちが何してたって私がやることは変わんない。退屈な世界を『面白く』するの。あなたたちを殺してね」

 四葉の目が一気に鋭くなった。ピアノの曲が止まり、不協和音が鳴り響く。

「今ので屋上へのシャッターが開いたわ。屋上にいる怖い人たちが下りてくるわよ?『面白い』わねぇ?」

 四葉が笑顔を見せる。だがその笑顔は優しさのかけらもなかった。

「待ってください!今この階には仲間たちがいるんです!やめてください!」

「あなたたち、他人の心配より自分の心配した方がいいわよ?」

 佐ノ介の叫びを四葉は冷静に受け流す。次の瞬間、彼女はピアノの全ての音を順にかき鳴らす。

 窓の防火シャッターが一瞬開いたかと思うと、窓を割って何者かが2人入ってくる。黒い服に目出し帽。

 佐ノ介はすぐにその2人に正面を向けて、自分の背後にマリを隠す。2人はライフル銃で武装していた。

「四葉、なんだこりゃ?やりがいもなさそうだが」

 2人の片割れが言う。四葉は鼻で笑って答えた。

「骨があって案外楽しめそうよ」

 佐ノ介は瞬時に身構えた。右手に拳銃があり、正面には椅子も学生用の机もある。背後には守るべき大切な女。彼は全ての覚悟を決めた。

「さ、楽しませて!」

 四葉が言う。ピアノが唸った。

 佐ノ介の正面の2人の敵が銃を向けてくる。

 佐ノ介は正面の机を蹴り倒した。

 敵が引き金を引く。

 佐ノ介はマリを抱きかかえて倒した机の影に倒れ込んで隠れる。彼の腕の中のマリは震えていた。

 敵が近づく足音が聞こえた。

 位置はおおよそアテがついた。

 佐ノ介は銃声が止んだほんの一瞬、顔と腕を上げた。

 左右45度方向にそれぞれ1人ずつ。

 特に右側は近づきつつある。

 佐ノ介はその一瞬で全てを判断すると、まず右側の人間の眉間に銃弾を叩き込んだ。

 そのまま流れるように左側に銃を振る。

 目出し帽越しに相手の表情が怯むのが佐ノ介には見えた。

 その怯んだ表情を終わらせるように相手の眉間に向けて引き金を引く。

教室に2カ所、血溜まりと死体が出来上がった。

「やるじゃん…」

 極限状態で引き出された佐ノ介の集中力は、四葉の悪態と、銃を抜く音を聞き逃さなかった。

 左を見ると、四葉の拳銃ははっきりとマリに狙いを付けていた。

 佐ノ介にとって命に換えてでも守りたい女(ひと)。

 四葉の拳銃が唸る。

 9mm弾はマリの後頭部を捉えていた。

「!」

 佐ノ介が9mm弾の正面に踊り出る。

 9mm弾が佐ノ介の左肩を貫いた。

 佐ノ介は奥歯で悲鳴を噛み殺すと、右手一本で狙いを定め、ピアノの前に腰掛ける四葉を撃ち抜いた。

 心臓を撃ち抜いたのが佐ノ介にははっきり見えた。

 四葉が椅子から転がり落ちる。

 佐ノ介は荒れた息で立ち上がった。

「…ぁ…ぁ…くっそ…つまんねぇ…人…生…」

 四葉はそう言って天井に手を伸ばし、にらみつける。だが、すぐに彼女の瞳には獰猛な表情をした佐ノ介と銃口が映り込んだ。

「面白かったよ…安藤…佐ノ介…」

「感想なんかどうでもいい…ここの鍵やシャッターの仕掛けを教えてもらおう…」

 佐ノ介の呼吸はまだ荒れている。だが拳銃の狙いは寸分違わず四葉の眉間を捉えていた。

「ピアノ見ればわかる…」

「あんたなんだってこんなこと…」

 四葉は佐ノ介の言葉に鼻で笑った。

「それしかできなかっただけよ」

 四葉はそう言って右手に持っていた拳銃を動かす。

 佐ノ介は問答無用で拳銃の引き金を引いた。

 足下に先生の死体と血の海が広がり、佐ノ介の頬は返り血に汚れた。


 佐ノ介はそのまま力が抜けたように壁に寄りかかって座り込んだ。

「佐ノくん!!」

 マリの絶叫が横から聞こえる。佐ノ介が振り向くと、マリが必死の形相で佐ノ介に駆け寄り、彼の近くでしゃがみこんだ。

 佐ノ介の肩の傷を見てマリは言葉を失う。そして涙を流しながら叫ぶようにして謝り始めた。

「ごめんなさい…!足引っ張らないって言ったのに…!私が役立た」

 マリの唇が、ほんのり優しく冷たい佐ノ介の唇で塞がれる。マリが前を見ると、佐ノ介が優しい表情で笑っていた。

「無事でなにより」

「でも佐ノくん、その怪我…」

 マリは改めて涙をこぼし始めた。

「泣かないで。俺はマリを守れて嬉しいからさ。だからマリも笑ってほしい。笑って『ありがとう』って言ってくれるだけでいい。そうしてくれれば、俺は不死身だから」

 佐ノ介は笑って言う。左手でマリの涙を拭う。マリも、涙を拭って笑顔を作った。

「守ってくれて…ありがとう!」

佐ノ介も笑顔でうなずく。

 マリに肩を担がれながら佐ノ介は立ち上がり、ピアノに歩いて行った。

「佐ノくん…私守られるだけじゃないように強くなるから。ゼッタイに」

「だったらそれまで命懸けで守るよ」

 佐ノ介とマリは短くやり取りすると、ピアノの前に立つ。

 ピアノの楽譜は見たところ4つあった。「トルコ行進曲」と名打たれたものの他に、「屋上シャッター」、「音楽室」、「屋上」の3つである。

「この楽譜に書かれてるのを演奏すれば対応する鍵が開くのかな」

「さえちゃん連れてくるべきだったね。とりあえず音楽室をやってみる」

 マリが「音楽室」と名打たれた短い楽譜を演奏する。

 音楽室の入口の鍵が開く音がした。

「凝った仕掛けだね…いつの間にこんなのを…」

「後で考えよう。とにかくまずは銃を取ってみんなを助けに行こう」

「うん、今度こそ頑張るから」

 マリの決意を聞いて佐ノ介もうなずく。2人は倒した死体から銃を漁り始めた。



 一方の美咲、さえ、桜、真次、広志の5人は危険を感じて6年3組の教室に戻っていた。桜がシャッターの開いた音を聞き取り、それを危険に思った5人はすぐに調査をやめて6年3組の教室に引き上げたのである。

 桜がバリケードを作った扉越しに耳を当てて廊下の音を聞き取る。

「どう、桜?」

 美咲が不安を隠しきれなくなって尋ねる。桜は真剣そうな表情だった。

「結構大きな足音…4人くらいはいると思う」

「どうするの、安藤とマリが…」

 さえが不安そうに呟く。真次が桜のそばで小声で話し始めた。

「桜、敵が近くに来たら教えてくれ」

「なにするんでぃ?」

 広志が興味深そうに真次に尋ねる。

「不意打ちなら敵を倒せるかも。俺と桜が銃で倒してる間に、3人はどこかへ逃げて」

「ムチャ言わないでよ、こんな狭い校舎で逃げ切れるわけないじゃん!」

 美咲が思わず叫ぶ。その声を聞きつけたのか、足音と怪しい話し声が6年3組の教室の前で大きくなってきた。

「迎え撃つしかない。敵が扉を開けた瞬間に一斉に銃撃だ」

「いよいよ撃つのか〜…」

「黒板側どうする?」

「扉が開いたと同時に机を倒して逃げるってのぁどうだ」

「じゃあ黒板側は私たちがやる」

 5人が短くやり取りを交わし、それぞれ配置につく。真次と桜は後ろ側、広志、美咲、さえの3人は黒板側にしゃがみ込んだ。

 緊張感が教室を包む。

 扉が音を立てて開く。

 真次と桜の側だった。

 机の脚と脚の間は開いている。そこから見えた敵の黒い足。

 真次はその内の一本に狙いを付けると、拳銃(デザートイーグル)の引き金を引いた。

 大きな衝撃が彼の手を襲う。

 だが同時に正面から敵の悲鳴と血が飛んできた。

 敵が倒れ、目出し帽越しに真次をにらんでくる。

 だがすぐに桜が引き金を引いてその敵を撃ち殺していた。

 真次と桜がひと安心したのも束の間だった。

 黒板側の扉が開いた音がする。

「かかれぇっ!」

 敵の怒鳴り声が響く。

 広志は夢中になってバリケードになっていた机をひっくり返した。

 美咲とさえは机を踏み越えて廊下に飛び出す。

 左右に敵が1人ずつ、銃を向けてきていた。

「くらえ!」

 広志は咄嗟に持っていた地球儀の地球部分を、左側の敵に投げつけた。

 不意を突かれた敵は思わずそれを真正面から顔面に受けた。

 ほとんど同時に美咲も右側にいた敵に全力でぶつかっていく。

 クラス1の俊足から繰り出されるタックルだが、相手はそれを食らっても立って受け止めていた。

 敵が美咲を抱き止めつつ、右手で腰のナイフを抜く。

 美咲にナイフが振り下ろされる寸前、さえが敵の右腕に噛み付いた。

 結構強いアゴの力からか、敵がナイフを落とす。

 状況を察知した広志がすぐにダッシュで美咲とさえの方に近づく。

 怯んでいた敵のアゴに、広志のジャンピング頭突きが炸裂した。

 広志はそこに倒れるが敵も怯んでその場に倒れた。

「今のうち!」

 美咲とさえは走り出し、渡り廊下に差し掛かる。

 だがすぐに立ち止まった。

 正面に立ち塞がった黒光りする銃口と、目出し帽越しに見下ろしてくる鋭い目。

 美咲とさえは人生で初めて足のすくむ感覚を味わった。

「このガキ!」

 敵の怒鳴り声が響く。

 美咲とさえが目を伏せる。

 銃声が2度鳴り響く。

 うめき声を出したのは敵の方だった。

 さえと美咲が正面を見る。

「2人とも、無事?」

 硝煙が漂う拳銃を構えるマリが、倒れた敵の背後から現れる。さえと美咲は一瞬で安堵した表情になった。

 そのままマリに声をかけようとする美咲とさえの背後から銃声が響き、2人はしゃがみ込む。

 マリの背後にいた佐ノ介が現れて銃声の方へ駆け出した。

 佐ノ介が6年3組前の廊下に差し掛かる。

 広志と桜と真次が、荒い息をしながらそこに立っていた。床には敵の死体が3つ転がり、桜と真次の服は血で汚れていた。

「大丈夫か」

 佐ノ介が声をかける。3人はハッとしたように佐ノ介の方に振り向く。表情に余裕はなさそうだった。

「あ、あぁ、生きてる」

 真次が興奮冷めやらぬ状態で答える。佐ノ介はそれにうなずくと、背後にいたマリ達にも、大丈夫そうだと伝える。7人は再び合流できた。

「全員生きてるね?怪我は?」

 佐ノ介が全員の様子を見回しながら尋ねる。桜が答えた。

「私たちは全員無事だよ。むしろ佐ノ介の怪我は?」

「かすり傷だ」

 佐ノ介は淡々と答えた。そのまま佐ノ介が続けた。

「音楽室を調べてたら屋上へのシャッターを操作する方法を見つけた。もしかしたら脱出の手がかりになるかも」

「ただそれのせいでさっき敵が来ちゃったから、今後はもっと注意が必要だと思う」

 佐ノ介の言葉に、マリが続ける。みんなの空気は動揺から立ち直ったようだった。

「じゃあ、音楽室に行ってから、屋上を調べるの?」

「そう」

 美咲の質問にマリが答える。

 みんなももう一度気を引き締めて音楽室へ歩き出した。



同じ頃 1階


 1階を担当するのはC班。重村数馬、川倉竜雄、中西桃、斉藤遼、山本香織、黒田武、黒田明美の7人だった。

 数馬達がいるのは1階の北棟である。南棟に行くには職員玄関を通って昇降口を抜ける必要があるが、防火シャッターが閉まった際に職員玄関の鍵も閉まって開けられなくなったため、数馬達は北棟だけを調べることになった。

 北棟には保健室と職員室、職員室の内部にある校長室しかない。

「俺たちは武器も少ないし、さっさとやって引き上げようぜ」

 職員玄関を調べ終えると、遼が小声で言う。誰も反論はなかった。この班で武器を持っているのは数馬が拳銃(ベレッタM92F)とナイフ、竜雄がアサルトライフル(AK47)、桃が小型拳銃(コルト25オート)と、銃を持っているのは3人だけだった。

 数馬と桃と竜雄の3人を先頭にしながらC班のメンバーは暗い廊下を進んでいく。廊下の1番奥が職員室。その職員室の近くには外階段の出入り口がある。

 職員室の扉に手をかける前に外階段の扉を調べる。だが鍵がかかっているようで扉はピクリともしなかった。

 他に目立つものはこの廊下にはないので特に問題もなく職員室の前までたどり着けた。

 数馬が拳銃を片手に持って職員室の入口に手をかける。

「竜雄、桃、後ろ頼む」

 数馬が短く言うと竜雄と桃が数馬の後ろに下がって銃を構える。武器を持っていない生徒達は竜雄や桃のさらにその後ろに下がった。

 一瞬息を止めると、息を吐きながら静かに扉を開き、銃を向ける。

 職員室は少し電気がついていた。防火シャッターが閉まった窓であっても、そのおかげで少し明るかった。

 数馬が銃と共に左右を見回す。見たところ誰もいなかった。

 数馬がハンドサインで後ろの生徒達に来るように指示する。みんな指示に従って職員室の中に入ると、最後尾にいた武が職員室の扉をそっと閉じた。

 職員室の机は2列になっていて、上から見ると「目」という字を横にしたようになっている。それらの1番奥に校長室への入口があった。

「じゃあ分かれて調べるか。数馬と明美、桃、武で左、残りで右をやる」

 遼が小声でみんなに指示を出す。7人は綺麗に2つに分かれて机を調べ始めた。


 さっそく数馬は明美、桃、武の3人と共に1番左、窓際の机を調べ始める。正確には数馬と桃が周囲を見張りつつ、それを背にして武と明美が机を調べていた。

「ブン屋さんよ、いい情報あったかぃ?」

 数馬が軽口を叩く。明美は鼻をクンクンさせながら机の資料を漁っていた。

「…そのお鼻、意味あんの?」

「いい情報にはいい匂いがするもんよ。ほーれもらった!」

 明美が静かに叫んで机にあった引き出しを勢いよく引く。そのまま中の紙書類を引っ掻き出し、中から丁寧に保管されていた黒い本のようなファイルが出てきた。表紙には何も書かれていない。

「なにこれ?」

「さてね?明かりもらえる?」

 桃の疑問を流して明美が武に頼む。武が持っていたライトで明美の手元を照らした。

 明美がファイルを開き、紙をめくっていく。

「シャッター動かす情報あったか?」

 数馬の言葉に、明美は首を振った。

「シャッターなんてどこにも書いてない…でも、見てこれ」

明美に言われ、数馬、桃、武の3人はファイルを覗きこんだ。

「なんだこの『12月25日の動きについて』ってのは?」

「読んでみるね」

 明美は息を吸うと、書いてある文章を音読し始めた。

「えーっと、『作戦発動は13:00ごろ、1番隊と2番隊が市役所を抑え、その後、大坂、寺田は天見山を確保。伊東、紺野は体育館に避難民を誘導。以降七職室は補給地点として利用する。その後15:15の放送を流した後、16:00から爆撃開始。各員はポイントラムダでやり過ごした後19:00までに灯島あかりしま市の屯山たむろやま蝙蝠こうもり峠に集合せよ』…だってさ」

 明美が言うと、全員黙り込む。書いてある文章の内容がよく理解できなかったのである。

「続き読むね。『一部の人間、特に小学生などは人質として利用価値がある。必要とあれば利用せよ』…」

 こちらの内容は小学生達でも一瞬で理解できた。それと同時に、このファイルの持ち主がどういう立場の人間かも把握してしまった。4人は複雑な表情を隠せなかった。

「…ここ、誰先生の机?」

 武が小さく尋ねる。明美が短く、「紺野先生」とだけ答えた。

「…紺野先生はサッカークラブにも優しくしてくれてた…なのに、人殺しと繋がって俺たちを騙してたのか…!」

 普段感情を表に出さない武が、握り拳を机に振り下ろす。4人はそれをただ見守ることしかできなかった。


 一方の遼、香織、竜雄の3人はまず職員室の奥の方にある鍵をぶら下げておくところを調べようとしていた。だがそこには鍵が1つも下がっていなかったので、先生達の机を調べることにした。

 机の引き出しを片っ端から引いてみるが、ほとんどは開かない。唯一開いた引き出しからは、黒いファイルが出てきた。

「あっちでもファイルが見つかったみたいだから、もしかしたら…」

「四葉先生の机だね…とりあえず開いて読んでみるよ」

 香織がファイルを開き、音読を始める。

「『この作戦の目的は湘堂市の活動家を主としてできるだけ多くの人間を殺すこと。女だろうと子供だろうと容赦はいらない。皆殺しにせよ。弾薬や武器は各施設に隠してある。非常時は補給せよ。諸君らが1人でも湘堂市民を殺害できることを願っている。作戦立案:ヤタガラス(GSST)』」

 読み進める香織の声が震えていくのが全員の耳にもはっきりわかった。もう一方の班にも聞こえたのか、みんな香織の方を見て固まっていた。

「なんでこんな資料が学校にあるの…?」

 香織が呟く。勘の良いメンバー達だからこそ、理由はもうわかっていた。

「一部、もしくは全部の先生が敵と通じているから」

 桃が冷静に答える。メンバー達は受け入れ難い事実を突きつけられ、黙り込むことしかできなかった。さらに数馬が追い打ちをかける。

「GSSTって、確か去年の防衛大臣が作った特殊部隊ってそんな名前じゃなかったか?」

「ちょっと待って、防衛大臣?どういうこと?」

「うろ覚えだから後で心音とかに聞いて確認するけど、確かそうだったと思う。有事の際に活動する私設部隊とかなんとか」

 明美の解説に、竜雄がため息をついた。

「つまり、防衛大臣が黒幕ってわけか?これは国が計画したことなのか?俺たちは死ぬのか?」

「国の計画だったら妙だな。プロにしちゃ敵が弱すぎる。本当に殺す気ならもっと訓練された人間を派遣するはずだ。弾の数を数え間違えないような」

 竜雄のネガティブな言葉に対して数馬が自分の考察を述べる。収拾がつかなくなってきたのを見て遼が抑えた。

「細かいことは後で考えようぜ?考えたってわかんねーけど。とりあえず資料は写メっとこ。んで校長室でも調べようぜ」

 遼に言われ、一行はうなずく。遼はそこに付け加えた。

「この情報はしばらくD班以外には秘密だ」

「なんでだ?情報は共有した方が動きやすいと思うんだが」

「ただでさえみんな混乱してんだ。そこにこんな情報あったらみんな頭パンクしちゃうって」

 数馬の疑問に遼が返す。数馬も納得したようにうなずいた。


 C班のメンバーはファイルを回収して携帯のカメラで写真を撮ると、職員室の奥にある校長室へ歩き出した。

 数馬が校長室のドアノブに手をかけ、その後ろから竜雄と桃が銃を構える。

 数馬がそっと扉を開けて中に入り周囲を見回す。竜雄、桃も中に入って銃を構えながら見回す。

「問題ない」

 数馬に言われると他の生徒たちも中に入る。

 校長室は質素だった。あるのは書類が整理されて置かれた机、地味な色の金庫とコート掛けだけだった。

 さっそく生徒たちは校長室の机を調べ始めた。木製の少し高そうな机。引き出しは3段になっていて、いずれにも鍵はかかっていなかった。明美が机の上の資料を調べる間、武が引き出しをひとつひとつ見ていった。

「他に調べるところは…」

「金庫の中」

 遼が他に調べるところがないと言いたかったのを、数馬が短く言う。すぐに香織が噛み付いた。

「さすがにダメでしょそんなの」

「でも中に何か脱出の手がかりがあるかも」

「開けようがないって」

 香織と数馬が言葉を交わす間、桃が金庫に近づく。そして様子を見て呟いた。

「6桁のダイヤル錠。時間くれれば突破できるよ」

 意外な発言に面食らった一同だったが、すぐに気を取り直した。

「でもダメだよね、遼?」

 香織が遼の方を見て尋ねる。少し考えると、遼は気まずそうに言った。

「非常事態だからな。机漁っといて金庫はダメってのも変でしょ。脱出関連のものだけ取ろう」

 遼が言うと、桃が冷静にうなずき、金庫に耳を当ててダイヤルを1桁ずつ操作し始めた。

 ほとんど同時だった。

 閉めた校長室の扉越しに不穏な音。

 職員室の扉が開くような音がした。

「竜雄」

 数馬が小声で、短く言う。そして音を立てないように校長室の扉を開けて飛び出ると、しゃがみこんで職員室の机の陰に隠れた。

 竜雄も数馬の隣に腹這いになって伏せる。

「ったく楽な仕事だな。ガキども殺すだけで金もらえんだからよ」

「だなだな、終わったらビールひっかけようぜ」

 職員室の入口から聞こえてくる不審な会話。数馬が覗き込むと、黒い目出し帽の大人が2人、どちらもサブマシンガンを片手に校長室へ向かって来ていた。数馬たちとはあと10mほどの距離である。

(勝てんのかよ、こんなの…)

 竜雄が心の中で毒づく。だが彼が数馬の横顔を見上げると、数馬の表情は不敵に笑っていた。

「2人ならやれる。片っぽ生かして情報収集、援護頼むぞ」

 数馬が小声で、早口で言う。自信ありそうな表情に竜雄も思わず力強くうなずいた。

 敵まであと5m。


「左!」

 数馬が短く言いながら身を乗り出し、拳銃を構えて2度引き金を引く。

 左側の背の少し高い敵の胸から血が吹き出して倒れた。

 生き残った方の敵はすぐに持っていたサブマシンガンを構えて発砲しながら下がって行く。

 金切り声を上げるサブマシンガンの弾が数馬の頬を掠め、竜雄の頭上を通って行く。

 敵はそのまま数馬達から見て右奥の机の陰にしゃがみこんで隠れる。

「竜雄は左から撃ちながら回り込み、俺が右からいく」

 数馬が指示を出すと、竜雄も覚悟を決めてうなずく。

 数馬が隣の机の列に転がりこんだのを見ると、竜雄は中腰になりながら持っていたアサルトライフルを慎重に撃ちながら机の陰に隠れつつ前進して行く。

(ライフルは牽制、厄介なのは拳銃の方だな)

 敵は数馬の作戦を読んでいた。

 竜雄の発砲はあくまで牽制であると読んだ敵は左から向かってくる竜雄の方ではなく、右の誰もいない方に銃を向ける。

 現れた数馬と敵の目が合った。

「死ね!」

 敵は躊躇なく数馬に発砲する。

 数馬もすぐに拳銃を撃とうとするが、銃が敵に吹き飛ばされさらに数馬自身も隠れ損なって右肩を撃ち抜かれた。

 しかし辛うじて身を隠す。

 敵はチャンスと言わんばかりに数馬の方へ駆け出した。

(このままじゃ数馬が…!)

 机に隠れていた竜雄にも状況はわかった。

 敵が立ち上がって数馬に駆け寄り出すのと同時に、竜雄は机の上に飛び乗った。

「数馬ァ!」

 竜雄は机の上を走り、数馬のいる机の列へジャンプする。

 敵も気づいて竜雄に銃を向けた。

 竜雄の銃と敵の銃が唸る。

 竜雄の脇腹に風穴が空き血が吹き出したかと思うと、敵の銃は吹き飛び、敵の腕と腹には穴が空いていた。

 敵も竜雄もその場に膝をつく。

 すかさず数馬が拳銃を回収してから敵に駆け寄ると、相手の頭を蹴り飛ばし、その場に倒した。

 敵の持っていたサブマシンガンも片手に持つと、敵の目を見据えながら改めて拳銃を向けた。

 素早く狙いをつけると、敵の腕と両足に1発ずつ叩き込む。

敵の悲鳴をよそに、数馬は冷静に尋ね始めた。

「竜雄、無事か」

「あぁ…!少し痛むが、大丈夫だ…!」

「後で理沙に見てもらおう、さてお前だ」

 数馬はサブマシンガンを机に置き、両手で銃を握りしめて敵に向ける。敵は両手をゆっくり上げて肩で息をしていた。

「俺の質問に正直に答えれば治療して逃がしてやる。ビールでもなんでもひっかけりゃいいさ。だが余計なことしたら殺す、わかったな?」

 数馬が淡々と相手を脅迫する。相手は無言で何度もうなずいた。

「まずここに何の目的でどうやって入ったか言え」

「武器の補充のために来たんだ!校長室の金庫の細工をいじれば武器庫にありつける!」

「金庫の番号は?」

「110634だ!伊東いとう武蔵むさしで覚えりゃいい!」

「どうやって入ったんだ?」

「頼む、その前に治療を…!」

 敵が言うと、数馬は腰からサバイバルナイフを抜き、相手の太ももに突き刺し、すぐに引き抜いた。

「グギャアアア!」

「聞こえなかったのか?どうやって入ったんだ!」

 敵は息も絶え絶えになりながら弱った声で答えた。

「2階の…視聴覚室に…紺野っていうのがいて…それが鍵やシャッターを操作してる…」

「この学校の関係者でそっちの味方は?」

「知らねぇよ…」

 数馬がもう一度ナイフを振り上げる。

「知らねぇんだ嘘じゃねぇ!」

 敵が声を絞り出すようにして叫ぶ。数馬がナイフをしまった。

「…頼む…治療を…!死んじまうよ…!」

 敵が必死に言う。数馬は銃を下ろして呟いた。

「そうだな」

 敵の表情が明るくなる。だがそれは一瞬だった。

「ここで撃たないのが…普通なんだろうな」

 数馬がどこにも焦点の合っていない目で敵を睨んだ。

「人間としても正しいんだろう。そう約束したしな」

そう言葉を発する数馬の右手の拳銃は改めて敵の眉間に向いていた。

「でもお前が裏切らない保証はない。お前が裏切った段階でみんな殺されるだろう」

「待ってくれよ…!」

 敵の瞳に恐怖の色が宿ったのを数馬は見逃さなかった。

「…だがここで俺がお前を撃てば…みんなも生き残れる」

「助けてくれよやめてくれ!」

 敵が絶叫し、両手を数馬に向けた。

「悪く思うな」


 銃声が一発、鳴り響く。

 数馬は足下の血溜まりと死体を見下ろしながら銃を下ろした。返り血に汚れた顔を、拭こうともしなかった。

「…これだから普通って言葉は嫌いなんだ」

 数馬の言葉に、竜雄は我に帰った。彼は目の前の出来事にただただ衝撃を受けていて何もできなかったのである。

「数馬…」

「桃達に報告してから理沙のところまで送る」

 数馬は竜雄に目も合わせず言うと、もうひとつの死体から銃を回収し、校長室の扉を開けて遼に銃を渡して得た情報を伝えると、竜雄の下に戻った。

 竜雄の肩を持ち、机からゆっくり下ろすと、数馬と竜雄は肩を組んで歩き始めた。

「さっきの数馬…すごかったよ…俺ビビっちまった」

 竜雄の言葉に、数馬は俯いて首を振った。

「俺、怖かった?」

「うん、無抵抗の敵にあんな風に…そりゃ怖かった」

「…地獄行きだな、俺、間違いなく。でも俺はためらわない」

 決意を語る数馬の横顔が、竜雄には寂しく見えた。竜雄には、数馬の本心が少し見えたような気がした。

「みんなで生きるためにどんなこともする、か」

 竜雄の言葉に数馬は反応しない。だがこれが数馬の本心であることは竜雄は見通していた。

「やっぱ数馬は俺と違って主人公だよ。誰かのために、徹底して自分の手を汚す。時には自分の心すら殺す。すげーよあんた」

「お前だって大切な家族は全力で守るだろ。そっちの方がよっぽど主人公らしい。顔も俺より主人公っぽいしな」

 数馬は竜雄にそう言って笑いかける。竜雄は軽く首を横に振ったあと、小さく笑うのだった。



 数馬と竜雄が保健室へ歩いている頃、校長室では明美が2階のメンバーに電話をかけていた。

「視聴覚室で操作しているんだって。うん。紺野って人がいるみたい。気をつけてね」

 明美が言い終えると携帯を切り、桃の方を見る。

 桃の方も金庫を開けられたようだった。明美もそこに近づき、金庫の中身を見る。

 金庫の大きさは高さ1mほどで、大きめの洗濯機くらいのサイズである。だがその中には何も入っていなかった。

 目の前の不思議な状況にみんな首を傾げたが、すぐに明美が何かに気づいた。

「照らして」

 明美が武に言いながらしゃがみこんで金庫の中に入る。武が中を照らすと、金庫の奥の壁に0から9までのキーボードの付いた白い電子的なパネルがあった。明美はすぐさまそこのキーボードに110634と入力する。

 電子音が鳴ると、校長室の机が音を立てて横に動く。現れたのは地下へ続く階段だった。

「…冗談でしょ?」

 香織が思わず呟く。遼が数馬から渡されたサブマシンガン(H&K UMP)を向けながら階段の奥を覗き込む。

「冗談じゃなさそうだ。行ってみよう」

 武がライトで階段の先を照らしながら、先頭では遼がサブマシンガンを構えて進んでいく。

 後から付いてきた生徒達が見たのは地下室と、その壁にズラッと並んだ大量の銃器だった。

「…すごいな。本当にあるとは」

 遼が呟く。他のみんなはこの状況を理解できないのか黙り込んでいた。

「これも写メしとこう。後でみんなでここから武器を補充しよう」

 遼に言われ、明美が携帯で写真を撮る。他のメンバーはただ呆然と武器を眺めていた。

「これか、噂の武器庫ってのは」

 階段の上から数馬の声がする。遼達は振り向いた。

「竜雄は?」

「ちゃんと保健室送ってきた」

 数馬が短く答えながら地下室に下り、武器を選び始めた。

「校長先生も知ってたのかな、これ」

「だったらやっぱりあの資料にあった伊東っていうのも…」

 明美と香織が呟く。校長先生まで敵なのだとしたら今の状況は非常に危険だ。

「愚痴るのは後。今は生き延びるのが最優先、銃を持って」

 桃が銃を選び、自分のリュックに入れながら言う。桃の言葉に、香織と明美も黙り込み、銃を手に取り始めた。





同じ頃 2階


「視聴覚室ね。わかった」

 心音が携帯電話から聞こえてくる明美の声に答えて電話を切る。彼らは「Z」字の構造をした校舎の上の直線部分、北棟の1番奥の3年1組の教室にいた。

 2階を担当するのはB班。魅神暁広、原田茜、野村駿、糸瑞心音、洗柿圭輝、馬矢浩助、星野玲子の7人である。

「なんだって?」

「視聴覚室でシャッターを操作しているそうよ。敵がいるみたいだから気をつけろってさ」

 心音が駿に答える。メンバーの顔は引き締まった。

「視聴覚室は南棟の1番奥、歩いている内に敵と会う確率は高そう」

「大丈夫、俺たちもこんだけ武器があるんだ、なんとかなるよ」

 玲子が呟くのに対し、暁広が言う。暁広の言う通り、この班の武器は比較的多く、強力なものが揃っていた。暁広はショットガン(レミントンM870)、浩助が拳銃(ベレッタM8000)、圭輝がサブマシンガン(ミニUZI)、玲子がリボルバー拳銃(S&W M500)と4人も銃を持っている生徒がおり、みんな身体能力や知能も高い。

「じゃあとりあえずすぐ近くの理科室から見てこう。俺と圭輝で先頭行くよ」

 暁広が言うと、みんなうなずく。暁広が教室の扉を開け、隣に圭輝が立ったのを確認すると同時に廊下に出てすぐ左側の理科室の扉を開けた。

 理科室には敵はいない。そして綺麗だった。荒らされた様子は少しもない。みんなが理科室に入ったのを確認すると暁広と圭輝が入り口を確保し、残りが理科室内を調べ始めた。

「薬品とかは後で蒼に見てもらおう」

 茜が他のメンバーに言いながら理科室の薬品を回収し始めた。他のメンバーも同じように回収を始める。

 暁広は圭輝の銃を見ながら尋ねた。

「その銃は?」

「…敵を倒して奪った」

 圭輝は一瞬目を伏せてから言う。暁広はそれ以上は尋ねず、自分の銃を眺めた。

「調べ終わったわ。視聴覚室に行きましょう」

 心音が言う。暁広がうなずくと、理科室の扉を開ける。

 暁広の視界に、廊下の奥から敵が角から曲がってくるのが見えた。

「出たな悪党…ブッ殺してやる」

「どうするの、トッシー?」

 茜が不安そうに尋ねる。暁広はすぐに返した。

「俺と浩助が準備室に回り込んで待ち伏せる。玲子と圭輝がここで敵を誘き寄せる」

「やりましょ、心音、駿、茜、隠れて」

 さっそく玲子が言いながら机を倒す。心音達3人は理科室の奥に隠れ、暁広と浩介は理科準備室の入り口へ駆け出す。理科準備室に待ち伏せした場合、理科室に突撃した敵は左側から銃撃を浴びる形になる。

 倒した机から覗く玲子の瞳に、敵の2人組がこちらに向かってきているのが見えた。15m先。

「行くよ、洗柿」

「お前が指図すんなよ」

 玲子が圭輝に短く言うと2人は机から体を乗り出し、銃の引き金を引く。

 玲子が銃の反動に押されて後ろに下がる。だが彼女の銃弾は敵の片割れの頭を撃ち抜いた。

 同時に圭輝が銃弾をばら撒き始める。

 生き残った敵の片割れはすぐに床に伏せてホフク前進で圭輝に近づいていく。

 敵が反撃で持っているサブマシンガンを撃ち返す。

 圭輝は咄嗟に伏せて机の陰に隠れた。

 机が敵の銃弾を防ぐ。

 敵がホフク前進で再び近づいていく。

「死ね悪党!」

 敵の左から扉の開く音と男子の声がする。

 振り向いてももう遅かった。

 至近距離から暁広がショットガンを敵に発砲していたのである。

 敵は吹き飛び、廊下の壁が血で赤く汚れた。

「思い知ったか!」

 暁広はそう叫びながらショットガンの撃ち終えた弾を排出する。ひと通り敵は殲滅したようだった。

「みんな大丈夫か?」

 暁広が理科準備室から出て理科室のメンバーに尋ねる。みんな全くの無傷であった。

「さすがトッシー、うまく行ったね」

「なぁに、みんなのおかげだよ」

 隠れていた茜が暁広を褒めると、暁広はそこに反動で倒れていた玲子に手を差し伸べる。玲子は少し恥ずかしそうに手を取って立ち上がった。

「この様子だったらなんとかなりそうだね。みんな、頑張ろう!」

 暁広がみんなを励ます。みんなも少し自信が付いたのかそれなりに余裕のある表情でうなずいた。

 理科室を出ると、準備室の前に転がる死体を玲子が漁る。この死体はサブマシンガンを1丁持っていた。

「大きめの銃だから駿が持つべきじゃないかしら」

「そうするよ」

 玲子は敵からサブマシンガン(SAF)を奪って駿に渡した。

「重いなこれ」

「じきに慣れるよ」

 感想を呟く駿に暁広が言う。そのままメンバー達はもうひとつの死体に近づき、装備を漁った。

「玲子はよく死体触れるね…」

「率先垂範」

 茜の感想に、玲子はひとことで答える。そして敵から2丁、拳銃を奪った。

「心音、茜、どっちも持っときなさいよ」

 玲子がそう言って心音と茜に拳銃を手渡す。2人とも覚悟したように拳銃を受け取った。

「これで全員分の武器が揃ったね。これなら大丈夫そうだ。男子で前行くから女子は後ろお願い」

 暁広が指示して7人はその隊列になる。B班はそのまま視聴覚室へ進み始める。


 渡り廊下を無事に渡り切り、このまま30mも進めば視聴覚室の入り口である。だがやはり廊下は暗い。彼らの歩みはゆっくりだった。

 それでも何事もなく視聴覚室の横の階段までは来ることができた。やはりシャッターが閉まっている。それを横目で流すと、視聴覚室の扉の前に立つ。

「行くよ、みんな」

 暁広が言うと、みんな銃を握りしめる。暁広はドアノブを回すと、ゆっくり扉を押しあけた。


 視聴覚室の内部は暗かった。電気がついていない。だがなぜか部屋の奥の黒板は青く下から照らされている。

 暁広達はすぐにその答えがわかった。教室の中央に誰かがいて、教卓を除いて唯一置いてある机の上にノートパソコンが置かれている。ノートパソコンのモニターは青く光り、黒板とパソコンの操作をしている人間の顔を照らしていた。

「やぁれやれ、神聖な教育の場にそんな薄汚いものを持ち込むなんて。私の生徒達とは思えませんねぇ?え?」

 ノートパソコンの前に頬杖をつきながら男は気だるそうに言う。暁広達にとっても聴き馴染みのある声だった。

「紺野先生…あなただったんですね」

 心音が言う。紺野はニヤリと笑ってうなずいた。

「そうですね。確かに私が君たちを閉じ込めました」

「開けてください、今すぐ」

 玲子が銃を向けながら脅しにかかる。

「そうしなければ殺す、ですか?」

「いいえ」

 玲子の銃を下ろさせながら暁広が前に出る。そしてまっすぐ紺野の方を向いた。

「紺野先生は何か事情があってこうしているんでしょう?俺たちは協力し合えるはずです。みんなで協力することが正しいことだから」

 暁広はそう言って笑いかける。紺野も微笑んだかと思うと、鋭く言い捨てた。

「ぬるい」

 紺野の殺気が鋭い。思わず生徒達は身構えた。

「協力することが正しいこと?ならばどうして世界はこうなってる?どうやら君たちには指導が必要なようですね」

 紺野はそう言うと机の中から拳銃を引き出し、生徒達に向けた。

 紺野はまず暁広に狙いをつける。

 暁広もショットガンを構えるが、紺野の銃弾がショットガンに飛び、銃ごと暁広は吹き飛ばされた。

 すぐに圭輝がサブマシンガンを乱射する。

 銃弾から身を隠すようにして紺野が後ろに下がり、教卓の陰に隠れる。

「待て圭輝!パソコンに当たる!」

 乱射を続けようとする圭輝に対して駿が止めにかかる。

 生徒たちはパソコンと教卓を挟んで紺野と向かい合う形になっていた。

 だがパソコンを撃てば脱出できなくなることは分かっていたので、下手に発砲できずにいた。

「浩助!玲子!クロスして前進!」

「わかった!」

 床に倒れながら暁広が指示を出す。浩助が左から紺野の方に進み、玲子が右から紺野の方に進んでいく。

「圭輝、玲子の援護!駿は浩助!」

 暁広が続けて指示を出し、それぞれ動き出す。その間に暁広は茜と心音を指で近くに呼び、小声で指示すると、彼女達2人は暁広の横に広がり、しゃがみこんで拳銃を構えた。

 紺野が浩助達を迎え撃とうと教卓から身を乗り出した瞬間だった。

「撃て!」

 暁広の声がする。茜と心音と共に暁広は紺野に銃を向ける。同時に大量の銃声が鳴り響いた。

「しまった…!」

 紺野の声を聞き、暁広は勝利を確信した。

 紺野は短く悲鳴をあげるとその場に銃を落として倒れる。右腕と右胸に銃弾の傷を負いながら、紺野は天を仰いだ。

 生徒たちは銃を向けながら慎重に近づく。紺野は銃に向かって這いずるが、すぐに取り囲まれたことに気づいて動きを止めるとため息を吐いた。

「ガキだと思って侮ったのが間違いだった…こんなに綺麗に連携を決めてくるとはね…」

「シャッターを開けてください。そうすれば助けます」

 心音が言う。紺野は首を横に振った。

「ガキに助けられてたまるか」

 紺野はそう吐き捨てると自分の銃に飛びつこうとする。

 すぐさま玲子が拳銃を構え、紺野の背中に銃弾を叩き込んだ。

 紺野がパタリと床に張り付くように倒れ、玲子は銃の反動に負けて体勢を崩していた。

「なんでだ…俺たちは助けるって言ったのに」

「死んで当然のクズだったのさ。俺たちは正しかった」

 暁広は紺野の死体を見下ろしながら呟き、圭輝がそう言って暁広の背中を叩いた。

 玲子が紺野の死体から拳銃を回収している最中、心音がパソコンを調べる。

「なんとかシャッターは上げられそう。やるね」

 心音が言うと、みんなうなずく。そのまま彼女は慣れない手つきでパソコンのキーボードを叩き、携帯電話を取った。

「みんな、シャッターは開いたはず。どう?」

 心音が尋ねると各階の携帯電話を持つ生徒たちが答え始めた。

「1階C班です、階段も窓も使えるみたい。職員玄関は後で確かめる」

 1階の明美が電話で答える。次に答えたのは3階の美咲だった。

「3階A班、こっちも同じ。だけど…今屋上にいて…外に…」

 美咲の声が詰まる。嫌な予感がした暁広はすぐに視聴覚室のカーテンを開き、外を見る。

 曇り空に大きな黒い点が浮かんでいる。暁広が改めて目を凝らして見ると、黒い点はヘリコプターだった。

「あの方角は体育館に向かってる…各班で1人か2人強いのを送ってくれ! 俺と一緒に体育館の様子を見に行く!残りは保健室で待機してくれ!」

 暁広が電話越しに言う。心音も非常事態を察して暁広の指示を反復して携帯に叫ぶ。暁広はすぐに圭輝と浩助に声をかけた。

「待ってトッシー、私も行く!」

 駆け出す暁広の隣に並んで茜が言う。暁広はうなずくと心音に指示を出す。

「俺たちが体育館から戻ってくるまで保健室で待機しててくれ!」

「わかった!」

 暁広は走り、その横に圭輝、浩助、茜が並んで走る。

「トッシー、どうしてそんな焦ってるんだ?」

「ヘリの飛んでった方向が体育館の方だったんだ、もしかしたら手遅れかもしれない…!」

 暁広は家族の安否が不安だった。不安を押し殺すようにして、ただひたすら走るのであった。

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