第2話 銃声

2013年12月25日 14:00 金山県湘堂市 四辻元町 天見山


 5人の少年たちは秘密基地を作っていた。穴を掘り、5人が隠れられるだけのスペースを作った時、異変が起きた。平和な街の午後には聞こえないはずの、銃声がひとつ鳴り響いたのである。

 少年たちは一斉に自らの耳を疑った。だが本能的に何かがまずいことは察していた。

「おい、今の…聞こえたか?」

 佐ノ介が不安そうなのを噛み殺しながら尋ねる。数馬がすぐにリュックの中身を整理しながらうなずいた。

「銃声…」

「んなわけないだろ?さっき工事やってたから多分発破だよ」

 浩助が呟いた言葉をかき消すようにして暁広が言う。

「ほらな、今は聞こえないだろ?第一、銃声なんて映画の見過ぎじゃ」

 暁広が次の言葉を繋いだ瞬間、また銃声が響いた。

 金切り声のような火薬の破裂音、何かが爆発する音、車の防犯ブザー、そして人間の悲鳴。平和な街で聞こえるはずのないものが一斉に彼らの耳を襲ってきた。

「…なんだ、これは…?」

 泰平が思わず呟いた。答えられる人間はここには誰もいなかった。

「様子を見に…」

「待った、隠れろ!」

 暁広が言おうとするのを佐ノ介が止めて静かに叫ぶ。佐ノ介の指示より速く数馬は穴に隠れ、残りの4人も数馬より遅れて穴に隠れた。

「なんなんだよ佐ノ介、かっこつけてんのか?」

「入り口見ろ」

 暁広の言葉を無視して佐ノ介が山の北側の入り口を指差す。少年たちが目をやると、腕に傷を負った警官が山頂を目指して登ってきているのが見えた。

「助けに…!」

 すぐにも飛び出そうとする暁広の腕を掴み、数馬が制止する。同時に佐ノ介が鉄板を持って穴を上から塞ぎ、外から自分たちが見えないようにする。警官は悪態をつきながら自分が来た入り口の方へ銃を構えた。

 少年たちが固唾を飲んで見守っていると、先程警官が入ってきた入り口から人影が現れた。顔には目出し帽を被り、黒い服を着ている。そして何より異常だったのは、その両手で持ち運んでいるショットガンだった。

 警官はすぐに黒服に向けて銃を発砲する。下り坂の10m先。しかし黒服は近くの岩場に隠れて2発やり過ごしたかと思うと、すぐにショットガンを構えて警官へ発砲した。

 警官の青い服の腕部分が赤く染まる。もう一度ショットガンの轟音がしたかと思うと、警官は悲鳴をあげてその場に倒れた。

 地面に這いつくばりながら警官は必死に後ろへ逃げる。だが黒服の殺意は警官を逃さず、警官のすぐ近くまで駆けてきた。

「よせ!やめろ!」

 警官は両手を上げて黒服へ叫ぶが、それは結局ショットガンの銃声にかき消された。天見山の砂に赤色が広がっていくのを、少年たちは黙って眺めていた。

「天見山を確保、応援を頼む」

 黒服はポケットから通信機のような何かを取り出して呟く。だが少年たちはそれよりも目の前の状況に戸惑っていた。


「なんなんだよ…これ…」

 暁広が力無く呟く。その横で、泰平は少し不安げに興奮したような声で話し始めた。

「あの通信での口振り…このままここにいたらまずい。早く逃げよう」

 泰平が言うと、暁広は冷静さをわずかに取り戻し、話し始めた。

「そうだな、逃げよう。小学校まで逃げれば、きっと大丈夫だ」

 暁広もそう言うと、数馬が口を開いた。

「みんな先に行け、一番足の速い俺が最後に行く」

「数馬、任せていいのか?」

「あぁ、早く行け!」

 数馬に言われると、暁広はうなずく。そして浩助に指示を出すと、鉄板をずらし、敵の様子をうかがいながら穴から出た。

 周囲から聞こえる銃声や爆発音が暁広の耳にはっきり聞こえてくる。それを振り払うようにして暁広は浩助と共に穴を出る。彼らの足元には、冬らしく枯れ葉と枯れ枝で覆われていた。


「誰だ!」

 

 枯れ枝が折れる音とともに敵の怒鳴り声が響く。

 暁広が振り向くと、敵は持っていたショットガンの銃口を暁広の方へと向けていた。

「!!」

 銃声が鳴り響く。

 暁広が頭を守るようにしてその場を飛び退くが、わずかに暁広の足を散弾が掠め、血が流れていた。

(痛ぇ…!これ…マジなんだ…死ぬかもしれないんだ…!!)

 暁広は自分の足の痛みとともに、これが現実であり、死の恐怖を実感していた。

 そんな暁広の思いを気にせず、敵は無慈悲に暁広に銃口を向けた。


 その瞬間、数馬はカッターナイフの刃を全て露出させると、穴から飛び出た。

「数馬!?」

 思わぬ数馬の行動に、泰平は声をあげる。だが数馬は止まらず、ナイフを低く構えて敵へ向かっていった。

 敵は不意に出てきた数馬の方に狙いを切り替える。数馬は姿勢を低くしながら、敵の横に回り込むようにして走る。

 だが、敵も数馬の動きを理解し、数馬に向けて発砲する。直接は命中しなかったものの、数馬の服の一部を銃弾が掠めた。

(殺らなきゃ、殺られる)

 数馬は覚悟を決めると、一度足を止め、正面切って走り始めた。

 敵はショットガンの弾を排莢すると、数馬に銃口を向ける。

 その間に、数馬は敵の懐に潜り込んでいた。

「そりゃぁっ!」

 気合を入れながら数馬はナイフを振るう。

 敵は辛うじてショットガンでナイフの刃の部分を受け止めると、数馬の腹に蹴りを入れて吹き飛ばした。

 数馬は大きく吹き飛び、その場に倒れ込む。すぐさま敵は数馬に向けてショットガンを向けた。

(死んだか…)

 数馬は覚悟を決めて自分に向けられた銃口を見る。

「数馬ァッ!!」

 佐ノ介の大声が響く。

 彼は叫びながらカッターナイフを抜くと、敵の腕に向けてそのナイフを投げつけた。

 ショットガンの銃声が響くが、同時に佐ノ介の投げたナイフが敵の腕に突き刺さり、ショットガンはあらぬ方向を向き、数馬は間一髪助かった。

「この…!!」

 敵はカッとなって佐ノ介の方に銃を向け、引き金を引く。

 しかし弾は出なかった。

「もらった…!」

 数馬はカッターナイフをもう一度握りしめると、一気に立ち上がって敵に近づき、敵の腹にナイフを突き立てた。

「ウッ…!」

 敵は思わずうめき声をあげ、ショットガンを数馬の脳天へ振り下ろそうとする。

 数馬はそれをバックステップで回避すると、隠し持っていた十徳ナイフを抜き、相手の顔面を切り付けた。

「うぐわあああっ!!」 

 相手が顔を抑えながらのたうち回る。

 数馬は一切の容赦を捨てた。

 相手が怯んだところを見計らうと、ナイフで相手の喉仏を貫く。

 右手がどんどんと血に塗れてきているのがわかる。生暖かい。

 数馬の手を押し返そうとする手に力がない。

 数馬はナイフをひと息に引き抜くと、相手を蹴り倒す。

 首から大量の血を流している相手はすでに生きてはいないだろう。

 だが数馬はそれに馬乗りになると、改めてナイフを逆手に持って敵の心臓部分を目掛けてナイフを振り下ろしていく。

 一撃一撃に体重を乗せているので刺突の間隔は遅い。

 10発ほど攻撃を入れると、数馬の動きは止まる。敵の体にナイフを突き立てたまま、数馬は敵の体から降りて肩で息をしていた。


「ハァッ…ハァッ…殺っちまった…嫌すぎる…」

 数馬が自分の血に汚れて震える両手を見て呟く。そんな彼に、佐ノ介と、隠れていた暁広達が現れた。

「数馬…」

 佐ノ介が心配そうに数馬の名前を呼ぶ。数馬は首を横に振ってから冷静に話し始めた。

「ありがとな、佐ノ。武器を奪おう。弾も」

 数馬に言われ、やや気が動転しながらみんな敵の死体に近づく。数馬以外の4人は嫌悪感を示したが、数馬は敵の死体をためらいなく漁り始めた。

「ホルスターに…CZだな。で、ショットガンに、ナイフ、と」

 数馬はそう言いながら敵から武装を外していく。泰平と浩助の2人はそんな数馬の姿に少し引いていた。

「じゃあみんなで銃は分けよう。俺にはスコップと十徳があるから銃はみんなで分けてくれ」

「俺は要らん。人殺しなどできん」

 数馬の言葉に泰平が言う。数馬はそれを無視して警官の死体に近づいていった。

「じゃあ俺はショットガンを」

「いいぜ。浩助、拳銃もらってもいいか?」

「ああ、俺銃なんて使えないからな」

 その間に暁広達は銃を分け合う。暁広はショットガン(レミントンM870)を、佐ノ介は拳銃(CZ75ファーストモデル)を手にして、浩助はナイフを身につけた。

 ちょうど数馬も警官から銃を回収した。

「泰さん、これ」

 数馬が泰平に血に汚れた手で拳銃を手渡す。泰平は少し怒ったようだった。

「俺は人殺しなどせん」

「ならどうやって身を守る。使わんでもいいが持っておけよ」

 数馬はそれだけ言うと銃を泰平に押し付けるようにして渡す。泰平は渋々拳銃(ニューナンブM60)を受け取った。

「あと3発しか入ってないからな。大事に扱いなよ」

 数馬が改めて泰平に言う。泰平はやはり嫌そうにうなずいた。

「それじゃあ、七本松小、行こう!」

 暁広が肩ひも付きのショットガンに弾を込めながら提案し、数馬が賛同する。5人は短くうなずくと、銃声の鳴り響く四辻の街へ駆け降り始めた。






 天見山を降りた暁広、数馬、佐ノ介、泰平、浩助の5人は街の惨状を目の当たりにした。それぞれの住宅の中から悲鳴が聞こえ、路上には炎上した車などが放置されている。街で買い物していただけであろう主婦や、散歩していたのであろう老人、遊んでいたと思われる小学生の見るも無惨な銃殺死体が辺りに転がっていた。

「むごいな…なんでこんな…」

「感傷に浸るのは後だ。逃げるぞ」

 暁広のため息に数馬が短く言うと暁広もうなずく。

 彼らの目の前には5方面に道が続いていた。うち3つは炎上した車で塞がっている。残る2つは左と左前の道。いずれも七本松小学校には繋がる道だった。

「どっちだ」

 浩助が短く尋ねる。それに答えるように左の道の方から悲鳴が聞こえた。しかも、聞き覚えのある男子の声。

「助けてくれぇ!」

「竜雄か…!」

 クラスメイトの1人、川倉竜雄の声だった。気づいた一行は相談するよりも速く左の道へ駆けていた。


 左の道はまっすぐではなくわずかにカーブしている。竜雄がそのカーブを抜けると、竜雄の方に駆けてくる一行が見えた。

「走れ竜雄!」

 叫んだのは数馬だった。彼の瞳には、竜雄の背後にいる黒服に目出し帽の武装した人間が映っていた。

 竜雄と一行の距離が縮まるのと同時に、敵は立ち止まり、持っていたライフルを構えてこちらに狙いをつけていた。

「やめろ!」

 泰平が叫ぶ。だが敵はそんなことを気にしてはいなかった。竜雄の背に狙いをつけて引き金に指をかける。

ためらいはなかった。

 泰平は普段エアガンでやっている要領で拳銃を構え、素早く敵の右腕に狙いをつけるとそのまま引き金を引いた。

 敵の右腕から赤色が吹き出す。

 泰平はそのまま敵の胴体にもう一度銃弾を叩き込んだ。

 敵が赤色を撒き散らしながら倒れる。泰平はゆっくり敵の横へ歩き始めた。数馬もその横で十徳ナイフを片手に付いてきている。

 泰平は倒れた敵を見下ろして、銃を構えた。

「何者なんです。もうやめてください」

 泰平は敵に優しく言う。敵は泰平の言葉を鼻で笑い飛ばした。

「黙れクソガキ」

 敵はそう言って落としたライフル銃に手を伸ばす。しかし、すぐに数馬がライフルを拾い上げ、さらにうつ伏せになった敵を踏みつけた。

「…そうか。だったら俺も腹を括ろう」

 泰平は悲しそうな目をしたかと思うと、数馬が踏みつけている敵の後頭部に銃口を密着させた。

「ブッ殺すッ!」

 彼の叫びは自らの銃声でかき消した。泰平は足下に広がる赤色を見ると、持っていた拳銃を投げ捨てた。

「人殺しは…嫌なものだな」

「当然だ」

 泰平の言葉に、数馬が賛同する。泰平が竜雄の方に歩いて行ったのを見ると、数馬はトドメに相手の後頭部にナイフを突き立てた。

 一方の竜雄は暁広達の前で肩で息をしていた。

「みんな…ありがとう…俺の家族は見てないか…?」

「いいや、見てないけど」

「…無事だといいんだが」

「小学校にきっと逃げ込んでるよ、大丈夫」

 竜雄の言葉に対して暁広が言う。ひと息ついていると、数馬がみんなを呼ぶ声がした。

「武器分け合うぞ」

 みんな一斉に数馬に駆け寄る。数馬はすでに奪った物を並べていた。

「拳銃にアサルトライフルにサバイバルナイフ。ナイフもらっていいか」

 数馬が早口で言うとみんなうなずく。

「じゃあ俺これ」

「だったらこれもらうよ」

 竜雄はそう言ってアサルトライフル(AK47)を、浩助が拳銃(ベレッタM8000)を手にした。

「竜雄、この道の先は?」

「銃声がかなり聞こえたよ。遠回りして学校行った方が安全だよきっと」

 数馬の質問に竜雄も短く答える。竜雄のアドバイスに従って来た道を戻り、天見山から見て左前の道を進むことになった。



 道を進んだはいいものの、どこもかしこも炎上した車に道を塞がれて最短ルートでは小学校にたどり着けそうもなかった。

 仕方ないので正面の直線を走ることになった。100メートルも走れば2回左に曲がってそこが七本松小学校である。ここからなら小学生達の全力疾走で5分。

 少年たちは走った。銃やナイフの慣れない重さに振り回されるようにしながら銃声や悲鳴だらけの街を駆けて行く。

 道の横に畑が広がる。しかしその奥の家からは男性の悲鳴。小学生達は植え込みの影に隠れるようにしながらしゃがみこんで走る。

 そのまま見つからないように左に曲がるための交差点に出たが、左側は炎上した車で塞がれていた。

「正面からひとり!」

「後ろからもだ!」

 正面を見張っていた数馬と最後尾で背後を見張っていた佐ノ介が叫ぶ。

「右に行って隠れるぞ!」

 暁広が指示しながら駆け出し、みんなついて行く。数馬と佐ノ介が最後尾を走る。今度の敵は大型の銃こそ持っていなかったものの、どちらも拳銃を片手にこちらに駆けてきていた。

 彼らの正面にあったのは子供達が自由に遊べる木造の屋内アスレチックだった。暁広達も普段はよくここで遊んでいた。

 彼らは施設の中に入ると、まず最後尾の数馬が入り口の扉を閉める。

「とりあえず地下に隠れよう」

 暁広が指示を出す。

 この施設は3階建てだった。暁広達の正面に見える入り口などから入れる「地下」には子供が四つん這いになって動ける迷路が広がっていて、迷路のゴールは外にも繋がっている。今暁広達がいるのが1階、さらにその上には2階もあるが、そこに行くためには階段ではなく網を登っていかなければならなかった。

 暁広の指示通り地下に一行は滑り込む。数馬が鍵をかけた入り口が銃で撃ち抜かれるような音がした。

「時間を稼ごう。敵の姿が見えたらここから俺と佐ノ介が撃つ。数馬が背後から回り込んでトドメを刺してくれ。残りは出口の確保」

「あいよ」

 暁広が短く指示を出す。数馬は電気が止まって暗い地下道をホフクで進みながら、施設の入り口に最も近い地下への入口へ進んでいく。

 扉が蹴り開けられる音がした。

 硬い靴音が木製の床を叩く。

 ショットガンを握る暁広の手が汗で濡れていた。

「喰らえ!悪人が!」

 暁広が叫びながら敵2人の足に向けてショットガンの引き金を引いた。

敵はすぐに気づいたのか後ろに飛び退くと、暁広に向けて発砲してくる。

 自分の撃ったショットガンの反動で姿勢を崩していた暁広の頬を銃弾がかすめた。暁広はそのまま地下に潜った。

 すぐに佐ノ介が地下から頭と腕を出し、敵におおよその狙いだけつけて拳銃を2連射する。

 どちらも足だけかすめたようだった。だが敵は体勢を崩しながら左右に散らばった。

 佐ノ介から見て右側に逃げた敵の後ろに、地下への入口があった。

 数馬がすぐに顔を出して敵の背後から足をナイフで切りつける。

 敵が姿勢を崩したのを見ると、数馬は地下から地上に上がり、敵の脇の下にナイフを刺し、引きずり倒してトドメに喉仏を貫いた。

 生き残っていた片割れが動揺したようで、佐ノ介はそれを見逃さなかった。

 もう一度地下から頭を出すと、敵の胸に銃撃を1発浴びせる。

 血を上げて倒れた敵を確認して佐ノ介は地上へ飛び出る。

 敵が苦し紛れに1発撃って来たのを避けてから佐ノ介は一気に倒した敵に駆け寄り、敵の眉間に銃弾を叩き込んだ。

「…終わったか?」

「…みたいだな」

 数馬と佐ノ介が背中合わせになってそれぞれの武器を構えながら周囲を見回してうなずく。暁広も地下から顔を出して様子を見てから地下道を進んで外への出口を確保した泰平達に終わったと声をかけた。

「…撃ち合いって、こんなに…」

 暁広はひとり頬の傷を指でなぞりながら震える手を抑えた。その間に数馬と佐ノ介は倒した敵の装備を奪っていた。

「ベレッタにS&W《スミスアンドウェッソン》か…ぼちぼちってところか」

「数馬…染まってきたな」

 敵の装備を物色する数馬に対して、暁広が呟いた。数馬は一瞬悲しそうな目をしたようだったが、すぐに自嘲的に鼻で笑った。

「そうしなきゃ死ぬんでな」

数馬が呟くと同時に、地下道から泰平達3人が現れた。

「武器分けよう。泰さん、俺はこれが欲しいんだが、泰さんはこっちでもいいか?」

 数馬はそう言って拳銃を2丁見せる。銃のことには詳しくない泰平だったのでとりあえずうなずいた。

「好きにしてくれ」

「悪いね」

 こうして数馬は拳銃(ベレッタM92F)をホルスターごと敵から奪い、泰平も拳銃(S&W M3913)を手に入れた。

武器の整理が終わり、一行は改めて周囲を見回した。

「ここもひどいな…」

 佐ノ介が思わず呟く。壁という壁に赤色が広がっていた。やや黒ずみ始めているものも少なくない。

 そして何より目を伏せたくなるのは、どう見ても暁広達より年下の子供達の死体がいくつも転がっていることだった。小学校に入って間もないような、あるいは楽しい小学校生活を謳歌していたであろう子供達が容赦なく銃弾の餌食になっていたことだった。

「おい、佐ノ」

 数馬がひとつの死体を見て佐ノ介を呼ぶ。佐ノ介が数馬の方に駆けると、見覚えのある顔がひとつ、無残な姿で床に転がっていた。

「昨日の子…!」

 佐ノ介が思わず声を詰まらせた。昨日数馬達が大上先生に叱られている時に庇ってくれた少年が、目を見開いたまま殺されていた。

「まだ小1だぞ…こんな…」

 佐ノ介が言葉を漏らす。数馬は少年の目を閉じさせると、黙って目を伏せた。

「こんなことをする悪人は絶対に許さない…何があってもだ」

 暁広は強い意志を持って呟く。浩助もうなずいていた。

「…行こう。ここにいても、何もならない…」

 泰平が言う。少年たちは悲しげにうなずくと、暗い地下道へ潜って行った。



 地下道から外に出ると、右に曲がって左に曲がれば七本松小学校にたどり着くことができる。今度こそという思いをかけて一行は全力で走っていた。

 七本松小学校への最後のT字路に差し掛かる。ここまで敵には見つかっていない。一行は改めて周囲を見回しながら左へ曲がる。

 最後の20m、敵の姿はない。その代わり、小学校の正門には警察官が2人武装して立っていた。

 少年たちは全力で走る。警察官が振り向いて銃を向けてきた。

「待ってください!味方です!」

 泰平が叫ぶ。警察官は銃を下ろし、走ってきた暁広たちを見た。

「君たちは…」

「近所の小学生です、避難しにきました」

 泰平が説明する。警察官は怪しそうに一行の装備を眺めた。

「…本当なら銃刀法でしょっぴくところだが、今は非常事態だ、それを使って身を守ってくれ。警察も全員は守りきれない」

「わかりました。ありがとうございます」

 少年たちが短く答える。警察官の片割れが「体育館だからな」と教えてくれたのを聞くと、一行は体育館へ走り始めた。

「なんとかなったな…」

「まだこれからさ」

 暁広と数馬が短く言葉を交わす。自転車やパトカーで作った急造のバリケードを乗り越えると、体育館へと入るのだった。


14:30

 6人は七本松小学校の体育館の中に入ると、それぞれ思い思いに散らばり、それぞれの時間を過ごし始めた。



 暁広はまず入り口の近くにいた自分の家族を見つけていた。

「父さん、母さん!兄ちゃん!」

 暁広はショットガンを背中に回すと、座り込んでいた両親と、腕に包帯を巻いた兄達の前にしゃがみこんだ。

「おぉ、無事だったかトシ」

「うん、なんとか。みんなと協力して乗り切ったよ」

 安堵する父親に対して、暁広が笑顔でうなずく。母親も少し安心したようだった。

友広ともひろ兄ぃと邦広くにひろはどうして怪我してんの?」

「家にも敵が現れたの。それで2人が頑張って追い払ってくれたんだけど…」

 母が言うと、暁広も何かを察した。兄達も戦って逃げてきたのだろう。包帯はその時の負傷であろう。

「でもとにかくみんなが無事で本当によかったよ」

「運が良かったのさ、でもみんながみんなそうじゃないのはわかっておけよ?」

 父が言うと、暁広も引き締まった表情でうなずいた。

「よし、わかったなら茜ちゃんのところに行ってこい。だいぶまいってるみたいだからな」

 父が改めて言う。暁広は首を一瞬傾げてからうなずき、その場を去った。


 そう広い体育館ではないので茜を見つけるのにそう時間はかからなかった。

 暁広は窓際に座り込む茜の前にしゃがみ込むと優しく声をかけた。

「茜?」

 ハッとしたように前をみた茜の顔には血がこびりついていた。よく見ると両手にも血がたくさん付いていた。目も恐怖を覚えているようだった。

「トッシー…!」

 暁広の目を見た瞬間、茜の瞳が少しだけ輝いた。暁広にしがみつくように立ち上がり、堰を切ったように思いの丈を吐露し始めた。

「チハルが…いきなり殺されて…!」

「妹さんが…」

「来る途中でも色んな人が殺されてた…玲子とマリと桃がいなかったら私たち全員死んでた…!なんなのこれ…!」

 錯乱する茜の肩を暁広は優しく持つ。暁広はゆっくりと声を発した。

「大勢の命を奪う悪人め…絶対に茜のことは傷つけさせない…!」

 暁広がそう言うと、茜は暁広の目を見つめた。

「本当に?」

「もちろんだとも。俺たちは絶対に勝つ。あんな悪人達に負けないよ」

 暁広の優しい表情と声に、茜も少し安心したようだった。

「ありがとう…私トッシーの友達でよかった」

「俺も茜が無事でよかった」

 暁広はそう言って笑うと、何か思いついたようだった。

「ねぇ茜、クラスのみんないるのかな」

「心音と駿が確認してると思うよ。どうしたの?」

「校舎の中をみんなで調べて、役に立ちそうなものを回収するのはどうかなと思ってさ。何かやることがあれば、みんなも気が紛れるかと思って」

「うん、いいと思うな。心音達は大上先生の近くにいると思うから、相談してみたらどう?」

「そうするよ」

 暁広の言葉を聞いて茜も立ち上がる。2人はそのまま大上先生と学級委員2人の下へ向かった。


 大上先生と学級委員2人は体育館の中央にいた。その周囲には、星野玲子や河田泰平などのクラスメイトもいた。

「あぁトッシー、よかった、6年3組全員無事だ」

 学級委員の男子、野村駿が暁広の顔を見て笑いかける。だが目は据わっている。暁広も不安そうにうなずいた。

「提案なんだけどさ」

 暁広が言うと、駿はうなずく。暁広は冷静に話し始めた。

「俺たちで校舎の中を探索して使えそうなものを探して警官の皆さんを支援しないか?」

 暁広の言葉に大上先生を含めて周囲の人間たちは黙り込む。危険だがたしかに何もしないままでいるのも辛かった。

「敵がいたらどうする?」

「見た感じ武器を持ってる生徒も多いみたいだ。うまくグループ分けを考えれば戦えると思う」

「反対よ」

 座っていた大上先生が顔をひきつらせて言った。

「危険だし、人殺しなんて絶対ダメ」

「でも、このまま警察の人たちに任せっきりで何もしないなんて嫌です」

 暁広が反論する。大上先生が何か言おうとした時だった。

「立派ですよ、魅神くん」

 横から拍手と同時に老人の優しい声がした。振り向くと伊東校長先生が微笑んでいた。

「苦しい時に、誰かのためにできることをしようという心意気、素晴らしいです。私は君たちを応援します」

「しかし校長先生」

「このまま体育館だけでは人は収容しきれません。校舎の安全確保も兼ねて、お願いしたいと思います」

「ですが危険です」

「ここまで逃げて来れた生徒達です。それに、最後に私が校舎を出た時には安全そうでしたし、その後玄関の鍵もかけたので賊はあまり入っていないと思われます」

 感情的になる大上先生に対して、伊東校長先生は冷静に根拠を並べる。冷静な校長先生の言葉に、暁広達もできるような気がしてきた。

「なので、お願いします。警官やこれから逃げてくる人たちのために、6年3組全員で校舎の探索をしてください」

 伊東校長先生の言葉が、暁広としても非常に嬉しかった。信頼されている。その事実だけでも非常に誇らしかった。

「わかりました!」

 暁広が明るく答える。周囲にいた6年3組の生徒達も明るく「よっしゃ」と返事をして立ち上がった。

「じゃあ俺と心音が班分けを考えるよ。45分になったらみんなここに集合してもらう。そう伝えてきて」

 駿が爽やかに言う。その場にいたクラスメイト達が各方面に散って行った。


 暁広は一度茜と別れると、もう一度自分の家族の下にやってきた。

「ってことで、仲間達で学校を調べることになった」

 暁広が言うと、母も父も、普段は喧嘩ばかりの兄達も目を伏せて何か考えたようだった。

しばらくの沈黙の後、父が明るい笑顔を見せた。

「わかった。色んな人を思いやり、協力し合うことを忘れないようにな。行ってこい」

「気をつけるんだよ」

 父の言葉の後に、母が笑いかける。暁広は両親の優しさを噛み締めながらうなずくと、いつも通り返事をした。

「行ってきます!」



 星野玲子は冷えた体育館の床に腰を下ろした。向かいの窓に広がる曇り空をぼんやりと眺め、左手の拳銃の重さを感じながら自分にできることを考えていた。

 右側からソーダシガレットが一本差し出される。玲子はそれを目もくれずに手に取ると、正面を向いたまま話し始めた。

「6年3組全員で校舎の探索をするようよ」

 右側からソーダシガレットを噛み砕く音が聞こえる。そしてため息がひとつ聞こえたかと思うと、重村数馬は短く答えた。

「反対だ」

「今日は寒いわね。誰かさんのところは臆病風が吹き荒れてるし」

 玲子はやはり正面を向いたままだった。そして数馬も同じ方向を向いている。

「仮にもプロである警察が作戦行動中。その後ろで素人が勝手に動いちゃ迷惑千万」

「だからって何もしないの?」

「無能な味方は敵より怖い。働き者ならなおさらな」

「一理ある、か」

 数馬の言葉に、玲子が黒い上着の襟を立てながら呟く。それでもやはりお互いに顔は合わせない。

「ま、ウチは大丈夫でしょうよ、星野さんがいらっしゃいますし?」

「誰かさんはサボるのかしら」

「決まったからにはやりまっせ。そういう性分だ」

「45分に駿のとこ集合」

 玲子は数馬の返事を待たずに立ち上がる。正面からやってきていた親友の吉田桜の下へ歩き始めた。

「玲子、心音が」

「今行く」

 玲子達が数馬から離れていく。桜は不思議そうに玲子に尋ねた。

「また喧嘩してたの?」

「まぁね」

「こんな時に?」

「こんな時だからよ。あいつと安藤はこういう時ほど信じられる」

 玲子の意外な言葉に、桜は小さく笑って茶化した。

「そうだね。玲子の大好きなトッシーの力になってもらお?」

「…バカ。ぽやっとしたら死ぬわよ」

 玲子は口ではそう言いながら、緊張状態でも冗談を吐く桜に少し心を救われていた。



 安藤佐ノ介は体育館の入って右奥の窓際で人を探していた。そして今ようやく件の人を見つけた。

「マリ…!」

 佐ノ介の恋人、遠藤マリが壁に寄りかかって体育座りになっていた。

 名前を呼ばれたマリが思わず片手に持っていた拳銃を佐ノ介に向ける。しかしすぐに相手が誰であるのか気づいてやや錯乱しながら銃を下ろした。

「ああっ、ご、ごめんなさい、佐ノく…いや、あ、安藤君…」

「今なら誰も見てないよ」

 動揺しているマリを、佐ノ介は優しく声をかけながら抱きしめる。マリは涙を流していた。

「怖かった…前に佐ノくんが銃の使い方を教えてくれてたからよかったけど…本当に殺されるかと思った…!」

「うん、大丈夫。マリはよく頑張ったよ。もう大丈夫」

 佐ノ介はマリの背中を優しく撫でる。その時佐ノ介はマリの背中と頬、自分の手が返り血を浴びていることに気づいた。

「マリ、もう無理しなくていいんだよ。あとは俺が絶対に守る」

「佐ノくん…!」

 安心したのか感極まってマリは佐ノ介の胸で泣きじゃくる。佐ノ介はマリの温かみを抱きしめて決意を新たにした。

「絶対に守り抜く。何があっても」

 佐ノ介の言葉が聞こえたのか、マリも佐ノ介の腕の中でうなずいた。

「佐ノ」

 佐ノ介の後ろから数馬の声がする。佐ノ介はマリを抱きしめながら振り向かずに耳を傾けた。

「45分に駿のところ集合だ」

「わかった」

 やはり佐ノ介は振り向かなかった。数馬はその様子を見てうなずくと、その場を立ち去った。



 河田泰平は入口付近で友人でクラスメートの藤田真次や黒田武、前田理沙、池田良子、保高めい、といったメンバーと雑談を交わしていた。

「街はどうだった、泰平」

 武が低い声で尋ねる。無口な彼が積極的に質問してくるのは珍しい。泰平は淡々と状況を話した。

「非常に危険な状態だ。事故った車で逃げ道の多くは封鎖されている。敵の多くは強力な銃で武装していて、無差別に住民達を殺害して回っている。女だろうと、小学生だろうと」

「ひでぇな…俺は学校にいたからわかんなかったよ…」

 泰平の語った状況に思わず真次が呟く。続いて理沙が質問した。

「あなたの?その血の汚れ」

「返り血だ。逃げる時に…人を撃った」

 泰平が嫌そうに答える。みんな何か言いたそうにしていたが、すぐにめいが口を開いた。

「状況が状況だもん。仕方ないよ」

 めいの言葉にみんな目を伏せる。同時に良子がぶつぶつと何かを話し始めた。

「そうね結局仕方ないって言って相手を殺すのよね、向こうが手を出してきてこっちは正当防衛なのに向こうも復讐だって正当化して殺しにくるのよね、そうしているうちに私たちはなすすべもなく一方的にみんな殺されちゃうのよねわかってる」

「縁起でもねぇこと言うなって」

「でもこれが現実じゃない!私たちは何にもできないで殺されるのよ!」

 真次の制止に対して良子が若干ヒステリックになって声を上げる。みんなが黙り込むと、泰平が鼻で笑った。

「面白い妄想だな」

「妄想?現実的な話じゃない!」

「違うね。現実的な話というのは、自分たちの現状を把握し最善の一手を考えることだ。現状の把握もできていない池田の話は妄想に過ぎない…ッ!」

「現状なら把握できてる」

「そうか?池田の言う通りの現状ならなぜ6年3組は全員無事なんだ?一方的に殺されているはずだろう」

 泰平が淡々と、しかし熱く語る。良子が黙り込んだ。

「結論は簡単だ。最善を尽くせば我々には生き残れる可能性がある。悲観していてはそれも掴めんがな」

「じゃあどうしろってのよ」

「45分の集合までに準備運動でもしておくんだな」

 泰平はそう言ってその場を立ち去る。良子達はお互いに顔を見合わせたあと、立ち上がって軽く準備運動を始めた。



 川倉竜雄は馬矢浩助と共に男子がたむろしているスペースにやってきた。いたのは洗柿圭輝、大島広志、斉藤遼、宮本竜、吉村正である。

「なぁ、誰か俺の家族を見てないか?」

 竜雄が男子達に尋ねる。だが男子達はうつむいたままだった。

「な、圭輝、家近かったろう?見てないか?」

「…ああ」

「本当に?」

「見てねぇっつってんだろ!」

 圭輝が怒鳴る。思わず周囲のメンバーは怯んだが、すぐに広志が優しく声をかけた。

「おめぇさんおっつけって。そんな怒る必要ねぇだろぃ?」

「そういえば竜雄は俺たちと合流する前何してたんだ?」

 浩助が尋ねると、竜雄は普通に話し始めた。

「お遣い頼まれててさ。で、帰ってきて家に入ろうとしたら敵に襲われて。そのまま俺の家族はバラバラ」

「元気出せよ、生きてるだけ儲けもんだろうぜ」

 遼がそう言って竜雄の肩を叩く。それとは関係なしに竜が呟いた。

「圭輝はUZI、竜雄はAK、浩助はクーガーで、正はM79、で俺は44マグナムか…」

「なんの話だい?」

 竜の言葉に竜雄が尋ねる。正が代わりに答えた。

「敵の装備がむちゃくちゃすぎるって思ってんだよ」

「そうそう、コマンドーかと思う奴もいればタダのカカシまで様々。『こいつは何か裏があります』」

 竜の言葉に、竜雄も納得した。言われてみれば自分達、正確には数馬達が対抗できているのが不思議だった。プロが相手ならば子供の我々などあっという間だろう。

「ま、考えんのは後でいんじゃね?とりま頑張ろーぜ」

 遼が軽妙に言いながら立ち上がり、駿の方へ歩いていく。竜雄は顔を伏せる圭輝に違和感を覚えずにはいられなかった。



 女子はほとんどマットの近くで固まっていた。だが雰囲気はすでに絶望的で、普段の明るさはかけらも感じられない。原田茜は、うつむく女子たち、伊藤美咲、金崎さえ、黒田明美、山本香織、細田蒼、中西桃の一団の下にやってきた。

「この後みんなで校舎を調べるんだって」

「聞こえてたよ」

 茜が言うと、明美がうなずく。女子の中では悲観的なムードが漂っていた。

「血は…見たくない」

 香織が体育座りになって呟く。いつも明るい彼女らしくない気弱な言葉だった。

「殺されんのはまっぴらだよ。行きたくない」

「正直私たちが行っても殺されちゃうだけな気がするよ…」

 美咲やさえも普段の余裕をかなぐり捨てやや必死になって言う。茜としては暁広が考えてくれたアイディアを無下にされたくなかったが、彼女達の気持ちも痛いほどわかるので何も言い返せなかった。

 しかし、意外なところから反論が飛んできた。

「でもまぁ?トッシーがやろうって言ったんなら大丈夫じゃね?」

面食いで有名な蒼の言葉に、思わずみんなが苦笑する。

「楽観的すぎない?」

「映画とかだったらイケメンってまず死なないじゃん。まずはブサイクが死ぬ」

「現実だよこれ?」

 蒼の言葉に美咲が反論する。すると桃が口を開いた。

「映画も現実も、やるだけやんなきゃ勝てない。そこだけは同じ」

 桃は返り血で濡れたメガネをクイと押し上げて話した。

「私はやるわ。殺されたくないから、殺す。これまで通りよ」

 桃は女子が逃げる時には率先して銃を取り、玲子、マリと共に逃げ道を塞ぐ敵を倒してきた。すでに彼女の気迫は小学生のそれではなかった。

 桃の気迫に飲まれて女子はみんな黙り込む。

「時間ね」

 茜が言うと、女子はゆっくり立ち上がって駿の下へ向かった。


14:45

 体育館の舞台の前に、6年3組の生徒28名が集まった。彼らは学級委員の駿と心音を中心に半円を描いていた。

「みんな話は聞いてると思う。これから校舎の内部をみんなで調査する。伊東校長先生の話では敵は少なそうだが、この状況だ、敵がいないとは言い切れない」

 駿が言うと、少しざわめきが起きる。この作戦に否定的な意見もいくつか聞こえた。

 すぐに暁広が立ち上がった。

「あのさ皆!確かに敵は怖い、それはわかる。でもそんな中でも警察官の皆さんは俺たちを守るために戦ってくれてる!そんな中で俺たち動ける奴が何もしないって、正しいのかな?俺たちは協力し合える。敵だって切り抜けてきた!だから大丈夫!俺たちみんなで、正しいことをしようよ!」

 暁広が駿の横に立って演説する。クラスメイト達の間に沈黙が漂った。

 ひとりの拍手が沈黙を破った。

「うん、みんなでなら、正しいこと、できると思う」

 茜だった。暁広をまっすぐ見据えながらうなずき、言葉を発する。暁広はその瞳がたまらなく好きだった。

 すぐに拍手が広がる。駿が、心音が、蒼が、圭輝が、浩助が。どんどんと拍手の音は大きくなっていき、最後の数馬も引き締まった表情で拍手をしていた。

「決まりだね。こっちには地の利もあるし大丈夫、きっといける」

 駿が笑う。暁広は力強くうなずいた。

「じゃあグループを発表します。班は4つに分けました。A班は3階の調査を、B班は2階、C班は1階、D班は保健室の確保をお願いします」

「保健室?」

 淡々と発表する女子の学級委員、糸瑞心音に対して暁広は尋ね返した。

「先生方とも相談した結果、1階の保健室を拠点とするのがいいという結論に至りました。何か危険があった際にはみんな保健室に逃げ込むようにしてください」

 心音は事務的に、淡々と言う。みんながうなずいたのを見てからバインダーに挟んだ紙をめくった。

「それじゃあメンバーを発表します。呼んだら並んでください。A班、安藤、伊藤、遠藤、大島、金崎、藤田、吉田」

 生徒たちが動き始める。佐ノ介は数馬の肩に手を置きながら立ち上がると、不敵な笑顔のまま列に加わった。

「B班、洗柿、糸瑞、野村、馬矢、原田、星野、魅神」

「よし、頑張ろうな!」

 暁広が列に加わりながら言う。B班の士気は目に見えて高くなっていた。

「C班、川倉、斉藤、重村、明美、武、中西、山本」

 呼ばれたC班は淡々と列に並ぶ。なかなかクラスでは組まないメンバーだったので話題も何もなかった。

「D班、池田、河田、細田、保高、前田、宮本、吉村」

 D班には保健委員の良子と理沙の2人が加わっていた。保健室で負傷者の手当てなども担当するのだろう。

「以上です。武器や男女バランスも考えた形になっているはずです」

 心音がやはり事務的に言う。誰も心音の意見に反対はなさそうだった。

下がっていた大上先生が不安そうに生徒達に語った。

「みんな気をつけて…本当なら先生も行くべきなんだけど、ここの避難誘導をしなきゃいけないから…」

「大丈夫ですよ、大上先生」

 伊東校長先生が大上先生の背中に手を当てる。

「無理はしないように、安全第一でね。みんなとまた笑顔で会えるのを楽しみにしていますよ。お願いします」

 伊東校長先生が駿に職員玄関の鍵を渡しながら言う。6年3組は全員で「はい!」と元気よく答えた。

「それじゃあ、いってらっしゃい。気をつけてね」

「行ってきます!」

 伊東校長先生に言われ、6年3組の生徒たちは動き始めた。数馬と佐ノ介と暁広の3人で先頭を行きながら体育館から外に出るのだった。



 外は黒い雲で覆われていて、暗かった。それを気にせず、体育館を出て右に進むと、渡り廊下の下までやってきて左側の職員玄関の前に立った。

「駿、鍵を」

 先頭にたっている数馬が後ろの駿に短く言う。駿は小走りで数馬に駆け寄ると職員玄関の鍵を手渡した。

「敵がいるかもしれないからみんなに静かにするように言ってくれ」

 数馬に言われて、駿が後ろのクラスメイト達に静かにするように指示する。周囲が静まり返ったのを確認してから数馬はゆっくり鍵を開けた。

 佐ノ介と左右に分かれ、数馬が引き戸の職員玄関の扉を開け、佐ノ介が姿勢を低くしながら銃を構えて中に入る。

 佐ノ介のハンドサインを確認してから数馬もしゃがみながら職員玄関を上がり、階段近くの壁に張り付いた。

 数馬が少しだけ目を出して暗い廊下を確認する。

 いる。黒い服に目出し帽がひとり。保健室の前。

 数馬がハンドサインを送る。佐ノ介がそれを見て後ろにいた暁広にも同じサインを送る。さらに暁広がそれを外にいたクラスメイト達に送る。クラスメイト達は壁に張り付いてしゃがみこんだ。

 佐ノ介が数馬の隣に立つ。

「フォロー頼む」

 数馬の短い言葉に、佐ノ介は無言でうなずく。数馬は改めて様子を見る。

 周囲にはその敵1人だけ。しかも、今数馬に背を向けている。

 数馬は音も無く壁の陰から飛び出ると、その敵の背中に飛びつき、口を塞ぐ。

 敵がもがこうとするのを黙らせるように、首をナイフで貫いた。

 返り血が再び数馬の服を汚す。数馬は気にせず死体をそのまま横に倒した。

 数馬はすぐに保健室の扉を少し開けて中を確認する。

 異常は一切なさそうだった。

 佐ノ介が暁広にハンドサインを送り、暁広が再びクラスメイト達にハンドサインを送る。

 クラスメイト達はぞろぞろと入ってくると、死体を漁っている返り血まみれの数馬を目撃した。

「…保健室の中へ」

 駿が目を伏せながらクラスメイト達に言う。ほとんどの生徒達は黙って保健室に入ったが、遼と香織は愕然として立ち止まっていた。

「なぁ数馬…怖くないのか?」

 遼が尋ねる。数馬は敵から武器を取りながら答えた。

「そう見えるか?」

「だって…人殺しなんて簡単にできることじゃないのに、あなたこんなに冷静じゃない…」

 香織がドン引きしたように言う。数馬は目を伏せるだけだった。

「しかもさっき見えたけど、自分から殺しに行ってた…」

「ためらいもなかったように見えた…」

 香織と遼が並べる言葉を数馬は黙って聞き流していた。そして力無く声を発した。

「保健室、行こう」

 数馬に言われ、3人は保健室の中に入る。数馬が保健室の扉を閉めると、声を張った。

「銃欲しい方。反動キツいんで気をつけて」

 数馬が尋ねる。真次が手を挙げたので、数馬はすぐにホルスターごと真次に手渡した。

 すぐに心音が話し始めた。

「保健室は確保できたから、動き出そう。連絡は携帯で。美咲と私と明美と良子が持ってるから」

 心音の言葉が済むと、6年3組は各班に分かれた。

「作戦開始!」

 駿が指示を出す。手近にあった階段から各班自分の持ち場の階に上り始めた。



「はい、かしこまりましたよ」

 そんな彼らの様子を、何者かが見守っていた。彼は手元のキーボードを叩くと、ニンマリと笑ってみせた。



 各班が自分の持ち場に着いた時だった。

 彼らがさっきまで登ってきた階段に、どんどんとシャッターが降りてきているのが目に見えたのである。

「なんだぃこりゃあ!?」

 3階の広志が驚くが、誰も答えられない。すぐに同じところにいた美咲が他の携帯持ちと電話を繋いだ。

「心音、明美、階段にシャッターが降りてきてるんだけど」

「1階も同じ」

「2階もだよ」

「これもしかしてみんな分断されちゃったってこと?」

「連携できなきゃバラバラにされてやられるんじゃ…」

 各階のメンバーに動揺が広がる。電話越しでもそれが聞こえる。すぐに暁広はみんなを励ますことにした。

「みんな落ち着くんだ!分断されたなら合流すればいい!各班脱出方法を探し出して、協力して合流しよう!とにかく自分たちのできることをするんだ!」

 暁広に言われて、そうだな、と心音の携帯越しに返ってくる。暁広も勝利を確信した。

「それじゃあ、みんな、また後で会おう!」

 暁広の声が電話越しに各班に伝わる。6年3組の決死の探索がここに始まった。

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