第1話 2人の少年

2013年12月21日 土曜日 金山県 湘堂市 四辻


 とあるマンションの集会室。12歳の少年と、屈強な体つきをした中年男性である少年の父、そして少年の母の中年女性が空手の稽古をしていた。ボクシンググローブとスネ用のサポーターをつけた状態での組手である。

 タイマーの音が鳴り、母親と少年が交代する。少年は父親に軽く礼をすると、すぐさま身構えた。その落ち着いた姿はとても小学生には見えない。

「来やがれ数馬!」

 父親が自らの両手のボクシンググローブを叩き、そう声を発する。

 少年こと、重村しげむら数馬かずまは「はいッ!」と応じると、重心を下げながら素早く父親、義和の下へ踏み込む。

 そのまま数馬は左右の突きを繰り出すが、義和は最小限の動きのステップで数馬の突きをかわしていく。結果として数馬の突きは1発たりとも義和の体をかすりもしなかった。

「なんだ?年寄りだと思っていたわってんのか!」

 義和はガードを下げ、アゴを突き出し、ここを狙えと言わんばかりにアゴを叩いてみせる。

 数馬はそこを狙って渾身の右ストレートを放つが、気がついたときには義和は間合いを外れてそれをかわす。

 そして数馬が左で追撃の突きを放ったと思った矢先、彼は気が付いたら義和のパンチを顔面に食らっていた。

 義和の動きがあまりにも速いため、数馬の突きに合わせても義和のパンチだけが数馬に当たるのだ。

(カウンターなのか…?いや、違う、先制攻撃なんだ!俺が突きを出そうってタイミングに合わせて先手を抑えてるんだ!)

 よろめきながら数馬は思考を巡らせる。

 辛うじて数馬が構え直すと、すでに義和の二撃目、右フックが飛んできていた。

 当たればタダでは済まない勢い。

 数馬はなんとかバックステップで間合いを外してかわす。

 しかし、義和は外れるとわかっていたのかすぐさま右の回し蹴りを放ってきていた。

 先ほどのバックステップの仕方が悪かったせいで、数馬のバランスは崩れており、もう一度バックステップができるような状況ではなかった。

(どうする?)

 父子は同時に考えを巡らせる。

 次の瞬間、数馬はその場に思い切り踏ん張って、両手で義和の回し蹴りを受け止める。

 数馬の位置が「ズレる」

 しかし、数馬が受け切ったと思った瞬間、義和の右ストレートがもう避けようのないところまで差し迫っているのに気づいた。

(!!)

 数馬が人生の終わりを覚悟した時、義和の右ストレートは数馬の左を通過した。

「わかったろ?」

 義和はそう呟くと距離を取る。同時に、組手の終わりを告げるタイマーの音がした。

「ありがとうございました」

 数馬と義和が構えを解いてそう言って礼をする。2人はそれぞれグローブを外し始めた。

(あの右、避けようがなかった…なんて恐ろしい…)

「惜しかったな、数馬。お前の突きももう少しで届いたのにな」

 義和はそう言ってニヤリと笑った。その笑みには「俺の突きには絶対に敵わんがな」という自信、不敵さ、余裕があった。数馬も一瞬やるせない気分になったが実際に動きが全て見切られている以上、その不敵さには敵わなかった。この親子の間には、大袈裟でもなんでもなく雲泥の差と言うべき実力差があった。

「まぁおめぇより40年長生きして、その分稽古してきてんだ。そんな簡単にひっくり返されちゃたまんねぇや」

「そりゃそうでしょうけど、やっぱりなんとかしたいじゃないですか」

「今日明日じゃ無理だな。でもその気持ちが大事なんだって。練習してりゃあある程度は身につくさ。俺だって相手の攻撃が全部見えるようになったのは高校から空手始めて、40過ぎだから」

「精神的な何かですかね?」

「それもあるだろうけど大体は理屈で説明がつくようになってんのさ、空手は。ほとんど物理学みたいなもんだよ。体の一部分一部分が理論通り動くだけ。その理論が基本の稽古に詰まっているわけ。だからここはお前は3歳の時からやってんだから当時の俺より早く完成するかもしれないな、しっかりやれば。

あとは反応力だよ。こっちは40過ぎるまで稽古しねえと無理だろうな。でもこれさえ掴めちまえば後はダンスみてぇなもんよ。相手に合わせて動くだけでいい」

 義和の言葉のひとつひとつに何かヒントが隠れているのは感じ取れたが、数馬はそのヒントが明確になんであるかは掴みきれなかった。

「ま、やってりゃわかるよ。ほら、次いくぞ!」





3日後 12月24日 8:00 湘堂市 四辻新町

「行ってきます!」

 爽やかな冬晴れの下、快活で爽やかな小学生の声がする。

 魅神みかみ暁広としひろ少年は黒いランドセルを背負うと、家から飛び出して目の前の公園へ走った。

 彼は七本松小学校の6年生で、クラスでも明るく爽やかな雰囲気で、誰からも好かれる少年だった。彼も好いてくれるクラスメイト達をかけがえのない仲間と呼び、誰に対しても明るく接していた。

「遅いよトッシー!」

 公園の中には赤いランドセルの少女、原田はらだあかねがベンチに座っていた。その近くにも利広の友人の男子が2人立っている。

 彼女は暁広と特に仲の良い女の子だった。暁広の放つ雰囲気が茜にとってはとても居心地が良く、暁広にとってもくだらない話でも笑ってくれて、いつも元気な茜は、また他のクラスメイトとは別で、特別な存在であった。

「ごめんって!」

 暁広が両手を合わせて謝ると、茜は立ち上がる。そして嬉しそうに笑って見せた。

「いーよ?なんてね」

「ハハ、似合わねー」

 茜の言葉に利広が笑う。茜が暁広を叩こうとして、そこから逃げるようにして4人は歩き出した。


 4人がのんびり話しながら歩いていると、暁広の友人のひとり、眼鏡をかけた馬矢ばや浩助こうすけが突然尋ねた。

「トッシー、実験のレポート書いた?」

 暁広の顔が一瞬で青くなる。

「ゼンゼェンやってない!やばい!」

「私の、よかったら見ていいよ」

 暁広の隣に立っていた茜が、ほんの少し頬を赤らめながら言う。暁広は嬉しそうに眉を上げて答えた。

「マジ?サンキュー茜!学校着いたら見せてよ!」

「うん!」

 2人は優しい笑顔を交わす。平和な瞬間だった。

「おはよー、トッシー、茜」

 4人の後ろから、早足で女子生徒がやってくる。暁広が振り向くと、美咲とさえの2人がニヤニヤしながら暁広の集団の横にやってきた。

「美咲、さえ、おはよう!」

「今日もアツアツだねぇ、茜?」

 暁広が挨拶を返すのに対し、美咲は茜をからかうように小声で言う。

「なっ…!」

 茜は拳を握って美咲の方に振り下ろそうとするが、美咲はあっさりとかわして暁広たちの前に出た。

「ははは、また学校でね、トッシー。ほら、さえ、いこ」

 美咲はいたずらっぽく笑うと、4人を置いて先に進んで行く。さえも呆れたように肩をすくめてから、美咲の後を追って走り始めた。

「うるさい奴らだな」

 美咲たちが消えると、4人のうちの1人の男子、洗柿(あらいがき)圭輝(たまき)がボソッと呟く。それに対し、暁広は笑顔でたしなめた。

「そういうこと言うなよ、美咲だって俺たちの仲間だ。仲間にはいろんな奴がいていい」

「トッシーは優しいんだね」

 暁広の言葉に、茜が呟く。暁広と茜は一瞬目が合うと、すぐにそれを逸らして前に歩き始めた。


 4人がちょうど学校までの中間地点、歩道橋に差し掛かると、前方に8人ほどの同級生の集団がいるのが見えた。

「みんないるね」

「合流しようか」

 短くやり取りを交わすと、暁広は彼ら8人に駆け寄って後ろから声をかけた。

「みんなオハヨッ!」

 暁広の声に呼応して8人が一斉に振り向いた。

「おー、おはようトッシー!」

「おはよう!」

 答える少年少女たちの声や表情は明るい。暁広も笑ってそれに答えた。

 暁広の目の前にいる8人の男女は、学級委員やサッカークラブのメンバー、クラスの情報通といったクラスの中心的な存在であり、暁広から見て非常に個性的なメンバーたちだった。

 そんな8人のうちの1人、心音ここねが学級委員らしく尋ねる。

「トッシー、冬休み明けのレク、考えてくれた?」

 利広は明るくうなずいた。

「うん!茜がビンゴゲームを持ってるみたいだからそれを使わせてもらうよ!」

 暁広がそう言って目線を送ると、茜が明るくうなずく。合計12人の小学生の集団は楽しそうに盛り上がった。

 気がつくと12人の小学生の集団は学校の前まで来ていた。

 学校の正門の前では伊東校長先生が落ち葉をほうきでかき集めて掃除をしていた。

「校長先生おはようございます!」

 12人の集団は声を揃えて言う。伊東校長先生は嬉しそうに笑って応えた。

「はい、おはようございます!6年3組のみんなは仲が良いねぇ!」

 伊東校長先生は太い腹の上に笑顔を作って言う。すぐに暁広が笑いながら返した。

「駿と心音が頑張ってるからな!」

「いやあ、トッシー達のおかげだよ」

 駿が謙遜するのを見て、伊東校長先生は太い腹を上下に揺らして笑い始めた。

「ハッハッハ!仲良きことは良いことだ!さ、寒いから教室に入りなさい」

 伊東校長先生に言われ、12人は元気よく返事をする。

 そして12人が教室へ歩き始めたその時だった。

「生徒の呼び出しをします、6年3組、安藤君、重村君、登校していたら職員室まで来るように」

 彼らの担任の大上先生の怒気を孕んだ声だった。



同日 8:00

 ほとんどの生徒はこの時間には教室には来ていない。

 だが、重村数馬とその友人たちは例外で、クラスメートのほとんどがいないこの時間帯に、放課後に何をするかを相談していた。

のすけ泰平やすひら、ちょっと集まってくれや」

 数馬は親友2人の名前を呼び、自分の机の周りに呼び寄せる。呼ばれた安藤あんどう佐ノ介と河田かわた泰平の2人は、ランドセルを教室の後ろのロッカーに押し込むと、数馬の席の周りに集まった。

「今度は何をおっぱじめようってんだ?」

 佐ノ介がニヤニヤしながら数馬に尋ねる。彼は常日頃から数馬と一緒にいる相棒のようなものであり、悪友同士であった。

「ほら、天見山あまみやまに秘密基地作るって話してたろ?どういうのにするかみんなで考えようぜ」

 数馬が言うと、佐ノ介は乗り気になって数馬の隣の席に座る。泰平は数馬の横に立っているだけだった。

やっさんも座りなよ?それともあれか?頭のいい泰さんは馬鹿な遊びには付き合えないか?」

 数馬が泰平を煽るように言うと、泰平はそれにニヤリと笑いながら首を横に振った。

「あいにくと馬鹿なことは好きな方でな」

 そう言うと泰平は数馬の前の席から椅子を抜き出し、数馬の机の前に置いて腰掛けた。

 泰平も数馬の親友であったが、数馬や佐ノ介とは対照的に問題を起こさない、成績優秀な生徒で、しかし確実に数馬たちとウマが合う性格をしていた。

「そいで、この紙っきれはなんだ?」

 佐ノ介が数馬の机の上に置かれている紙をつまみ上げて言う。

「天見山の地図だよ」

「ひっでぇ地図だ」

「だまらっしゃい」

 佐ノ介の言葉に数馬も笑いながら応える。それを泰平は横から眺めて静かに笑っていた。

「そんなことよりも、秘密基地を作る場所だよ。ちなみに俺はこの松の斜面がいいと思う」

 数馬はそういって地図の1箇所を指差す。だが佐ノ介は否定的な表情をしていた。

「斜面なんて穴掘りにくいだろ?第二広場か慰霊碑の裏じゃねぇか?」

「いやでもなぁ」

 数馬が言い返そうとすると、教室の扉が開く。3人が見ると、3人の共通の友人である男子、川倉かわくら竜雄たつおが教室に入ってきた。

「お、竜雄!おはよう!」

「おはよう数馬。朝なのに元気だな…」

「オメーも元気出してけって」

 いつも通り元気のない竜雄を気にせず、数馬は話を続けようとする。その会話が気になった竜雄も、そこに加わった。

「数馬、なんの話してるんだ?」

「あぁ、明日天見山でトッシーも混ぜて秘密基地作ろうって話してたんだ。それでどこに掘ろうかなって相談してた」

「あぁ、例の」

 竜雄が納得したように相槌を打つ。

「竜雄は明日暇?一緒にやらね?」

「ごめん、明日は留守番頼まれてるんだ」

「わかった。別に謝らないでいいよ」

 数馬は竜雄に尋ね、竜雄の返事に笑って言う。その間に、佐ノ介は泰平と基地のことを話していた。

「泰さんは穴掘るんだったらどこがいいと思う?」

「数馬と同じく松の斜面だな。人が通らないから迷惑にならない」

「そういう視点ねぇ」

 佐ノ介は自分の思いもよらない視点から話す泰平に感心の声をあげる。

 同時に泰平は数馬に尋ねた。

「ちなみに数馬はどうしてそこがいいと思ったんだ?」

「ぇ」

「俺はそこなら素早く頂上に逃げられるし、頂上を取られても隠れることができると思ったからだ」

「そうそう、俺もそう思う」

「チョーシいい野郎だぜ」

 数馬の言葉に佐ノ介は毒づく。それをかき消すように数馬は話を続けた。

「んじゃま泰さんもこう言ってるわけなんで、ここに基地掘りますか」

「だがどこであろうと穴が開いていたら通行人の迷惑だ。どうするつもりだ?」

「大丈夫。穴掘った後は鉄板を上に被せて落ちないようにする。普段はそうしておいて、出入りするときは鉄板を外す」

「それなら大丈夫だと思う」

 泰平からお墨付きをもらった数馬は、嬉しそうに声を上げた。

「ウェイ。勝ったな」

 数馬がそんな声を出したのと同時に教室の扉が開き、女子が4人ほど入ってきた。

「朝っぱらから賑やかだと思ったら、やっぱりね」

 集団の先頭に立って入ってくる女子、星野ほしの玲子れいこが敵意を剥き出しにした声で話しかける。瞬間、教室全体に殺伐とした空気が流れ始めた。

 数馬も玲子の方に振り向くと、わざとらしい笑顔を作って話を返した。

「おはよう、星野さん」

「どーも、重村さん。相変わらず馬鹿みたいに元気ね。お友達もいないのに」

「あらら、星野さんのお目々は飾り物らしい」

 数馬と玲子が皮肉の応酬を交わす。お互い作り物の笑顔の影には拳を握っていた。

「やめなよ、玲子」

「そーだよ、フレンドリーフレンドリー」

 そんな空気感を見かねた玲子の友人であるももさくらが玲子をなだめる。玲子もそれに従い、数馬とそう離れていない自分の席へとランドセルを置きに行った。

 緊張した空気が解けた瞬間、校内放送の呼び出し音が鳴った。

「生徒の呼び出しをします、6年3組、安藤君、重村君、登校していたら職員室まで来るように」

 担任の大上先生である。普段は優しい先生の怒気を孕んだ声に、数馬と佐ノ介は肩をすくめ少しニヤけた。

「あら、呼び出しなんて。結構立派なことしたのかしら?」

 玲子がまた皮肉っぽく尋ねる。数馬たちが先生からお叱りを受けることが明白だったからである。

「そうだな、きっと社会のゴミ拾いを褒められるに違いない」

「1番大きいゴミ、拾い忘れてるけど?」

 玲子はそう言って数馬をにらみつける。

「忘れてたよ、目の前のこれか」

 数馬はそう切り返し、玲子を睨み返す。もうひと波乱ありそうな空気を察して、改めて女子は玲子を抑え、男子は数馬を抑えた。

「ほら、さっさと行かなきゃ余計怒られるぞ」

 佐ノ介に言われ、引きずられながら数馬と佐ノ介は退場した。

「あぁムカつく」

 玲子は数馬がいなくなると感情そのまま呟く。

 玲子はため息を吐きながら席に着く。

 隣の席の泰平が目も合わせずに話し始めた。

「星野、数馬の何がそんなに憎いんだ」

 泰平の質問に、玲子は若干感情的になりながら答えた。

「逆にあんたはイラつかないわけ?いつも問題を起こして、クラスメイトからも好かれていない、なのにあの態度。トッシーに好かれてるからってデカい顔しすぎじゃないの?」

「人に好かれるかどうかで態度を変えるやつではないがな」

「どーかしらね」




 教師に呼ばれた数馬と佐ノ介はグダグダと雑談しながら階段を降りて1階の職員室へ向かっていた。

「数馬よぉ、昨日のあいつらかね?」

「だろーなぁ。だから口封じしとけっつったじゃん。佐ノが可哀想だとか言うからさぁー。あぁ思い出しただけでムカつくぜ、次あったらあの口縫い合わしてエプロン代わりに提出してやるぜ!」

「コッワーイ」

 恨みつらみを並べながら壁を殴る数馬に対して佐ノ介が棒読みで呟く。たまたま階段を通った下級生はドン引きしながら数馬を避けるようにして階段を登っていったが、数馬達は元気よく階段を降りていく。

 そんな中、急に佐ノ介の足が止まった。

 数馬が釣られて足を止めて周囲を見て、納得すると、数馬はひとり階段を下った。

「佐ノ、先行ってるわ」

 数馬はそう言うと階段を飛び降りて姿を消した。

「ホンモノの恋をしませんかぁ!」

 数馬の下手な歌を聞き流しながら佐ノ介は階段の下にいた女子、遠藤えんどうマリと話し始めた。

「お、おはよう、安藤君」

「ど、うも、遠藤さん」

 佐ノ介は周囲を見回して知り合いがいないことを確認するとマリの下に駆け寄り、話し始めた。

「佐ノくん、どうしてここに?」

「職員室に呼び出しくらっちゃってさ」

 マリの表情が不安に包まれる。思わずマリは佐ノ介の腕を強く握りしめていた。

「大丈夫なの?まさか、また誰かをかばって自分だけ怒られてるとかじゃないよね?」

「ううん、俺は数馬に便乗しただけだよ。下級生をいじめる奴がいて、2人がかりで4人ほど」

「もぉ…佐ノくん…お願いだから無理しないで…佐ノくんにひどいことがあったら私…」

「大丈夫。マリの笑顔が見られれば俺は不死身だよ。だから、何があっても俺のために笑っててくれるかな?」

 佐ノ介の言葉にマリは弱々しくうなずく。佐ノ介は改めてマリの手を握り返して尋ねた。

「そんな弱々しい返事じゃ困るなぁ。笑っててくれるよね?」

「…うん!」

 マリが元気よく、力強くうなずく。それを見て安心したように佐ノ介も笑った。

「じゃ、放課後」

 佐ノ介は短く言うと、小さく手を振って数馬の後を追った。マリもそんな佐ノ介の背中に手を振った。


 数馬に追いついた佐ノ介は早速謝った。

「すまんな、数馬」

「いいよ、別に」

「…数馬、その」

 佐ノ介が言いたい言葉を先読みすると、数馬は首を横に振った。

「大丈夫だよ、お前たちの関係は泰平にも竜雄にも言わねぇ」

「助かるよ、マリに迷惑かけたくないからな」

 佐ノ介の幸せそうな表情に数馬は小さく笑い、職員室のドアをノックした。

「失礼します、6年3組、重村と安藤です。大上先生お願いします」

 数馬の声に応えるように職員室の奥から気難しそうな若い女が出てくる。彼女が数馬達6年3組の担任である大上先生である。

「来たね。さっそくだけど、昨日、明羽あけば小の男の子を4人殴って鼻血を吹かせたでしょ?」

 大上先生の目つきは鋭く、声は怒りに震えていた。

 一方の数馬と佐ノ介は否定のしようもないので平然と答えた。

「はい」

 大上先生の怒りは加速したようで、額に青筋が浮かんだのが数馬と佐ノ介にも見てとれた。

「どういうつもり?暴力なんて許されると思っているわけ?」

「いやそんなこと思ってないに決まって」

「じゃあなんで暴力になんて訴えたの!?暴力なんて何も解決しないじゃない!」

「おっしゃる通りですがその」

「言い訳なんて聞いていません!」

 大上先生は数馬や佐ノ介の言葉を大声で遮る。数馬と佐ノ介はうつむいて目線をかわした。

(少しぐらい話を聞いてくれたっていいのによ)

 2人の意見がそれで一致し、大上先生が一方的に怒鳴っている最中だった。

 数馬の服が何かに引っ張られているのに気づいた。数馬がそちらに目をやると、小さな年下の男の子が数馬の服の裾を引っ張っていた。

「かずまくん、どーしたの?」

 男の子は何も知らない無邪気な表情で尋ねる。数馬が慌てているのを見かねた佐ノ介がすぐに男の子に話しかけた。

「今にーちゃん達怒られてるから、また後でな?」

「えー?なんでおこられてるの?」

「この子たちが悪いことをしたからよ。人を思い切り殴ったの!」

 男の子の質問に大上先生が答える。男の子は逆に尋ね返した。

「それって、きのうですかー?」

「そう」

「だったらにーちゃんたちわるくないですよー。ボク見てました」

 大上先生の表情が鋭くなったのを察した数馬はすぐに男の子に怒りが向かないように話し始めた。

「お、おいガキンチョ?変なこと言うもんじゃないよ。早く教室に戻ろう、な?いやあ大上先生、すみませんね、俺もこんぐらいの歳の頃は嘘が好きでして」

「ウソなんかついてないもん。にーちゃんたち、あのこわい人たちやっつけてくれたじゃん」

「でも人を殴ることは悪いことよ」

「そーですけど、にーちゃんたちがいなかったらボクのゲーム取られてました」

「呆れた」

 大上先生は吐き捨てるように言った。大きなため息をひとつ吐くと、声を大にして言った。

「とにかく!暴力や喧嘩はダメ!何があっても!2人はどうして相手と話し合おうとしなかったの!?」

「すでに取られそうになってて、話し合いだとかできる状況じゃありませんで…」

 佐ノ介の言葉に、大上先生はまた怒りを覚えたようだった。

「あなたたちね…」

 大上先生としては話し合いすらしようとしなかったことが癪に障ったようだった。大上先生の怒りが頂点に達するその直前だった。

「まぁまぁ大上先生、朝からそんなお怒りにならずに」

 数馬達の後ろから優しい老人の声がする。数馬が少し目をやると、伊東校長先生がそこに立っていた。

「男の子なんですから喧嘩の1つもそりゃあするでしょうよ。しかし、それが他人を傷つけるためではなく、本校の生徒を守ろうとしたのですから、十分立派ではないでしょうか」

「そのために暴力を振るってもですか!?」

「確かに暴力に暴力で訴えても延々と続くだけですね。話し合おうとする気持ちももちろん大切です。それは安藤君と重村君だってわかっているでしょう?」

 伊東校長先生はそう言って数馬達を見る。数馬達は大人しく、「はい」と答えた。

「こんな彼らが暴力に訴えざるを得なかった、今回はそういう状況だったのでしょう。幸いにも今回大怪我をした者はいません。起きてしまったことを責めるより、我々教員にできることは彼らと共に再発防止に努め、責任を取ることではないでしょうか?」

 伊東校長先生の言葉に大上先生も黙り込む。数馬と佐ノ介は尊敬の眼差しすら伊東校長先生に送っていた。

「大上先生とお話をしたいので、君たちは教室に戻りなさい」

 伊東校長先生に言われると、数馬と佐ノ介もうやうやしく頭を下げる。伊東校長先生が大上先生と職員室に入ったのを見ると、先ほど助けに入ってくれた男の子を教室に帰るようにさとした。

 それと同時に、職員室の中から伊東校長先生の声が聞こえた。

「大上先生、別に生徒の暴力沙汰によってあなたの昇進や所得に影響はありませんのでご安心を…」

 はっきりと数馬と佐ノ介の耳に聞こえたのである。2人は小さく悪態をついた。

「結局金かよあの女」

「保身のために平和主義とは大層なお方だ」

「生徒より金とはね。自分のために他人を踏みにじるとはなりたくないもんだ」

「同感だね。ま、あんな志の高い人のことは忘れて、明日のことでも考えようぜ」

 数馬と佐ノ介はそう言いながら自分の教室へ戻るため1階の廊下を歩いていく。視界の右側にあった保健室からクラスメイトが2人出てくるが、数馬と佐ノ介の姿を見ては挨拶もせずに階段を登っていった。

「好かれておりますなぁ」

「はっ」

 佐ノ介の皮肉を数馬は笑い飛ばす。

 2人はそのまま階段に差し掛かると、ちょうどその階段から見知った顔が下りてきた。男が3人に女が1人。数馬はすぐに挨拶した。


「ぃようトッシー。おはようさん」


 数馬達と合流したのは魅神みかみ暁広としひろとその友人達だった。暁広は明るく応じた。

「おはよう数馬。先生に呼ばれてたみたいだから何人かで様子見に来たぞ」

「とてもお見せできるようなもんじゃござんせんで。もう終わったし」

 数馬も笑って答える。そのまま6人になった集団は階段を登り始めた。

「なんで呼ばれてたんだ?」

「いつも通りさ、悪党殴ってこのザマ」

 数馬は自嘲的に言う。一方の暁広は真面目そうな顔をしていた。

「ひどいな…正しいことをしているのにそれが認められないなんて。ちゃんと認められる世界になりゃいいのにな」

「まぁ1人でもそうやって認めてくれりゃそれでいいさ」

 暁広の言葉に数馬は軽く言う。2人は小さく笑い合った。

 暁広にとっては数馬が笑っていられるのが少し不思議だった。自分自身ならば正しいことをしたのに批判を受けたならばもっと怒っているだろう。佐ノ介もやはり不思議な存在だった。彼は普段から皮肉しか言わないのに、どこか目が優しく、そして不屈さをたたえている。この2人は、暁広にとって異質な存在だった。

「全く、なんでトッシーは重村や安藤みたいなクズとつるんでるんだろうな」

 集団の後ろの方で圭輝たまきあかねに言う。彼は数馬と佐ノ介のことをひどく毛嫌いしていた。

「そんな言い方しないでもいいじゃない」

「でもあんたも気にならないのか?あんなのとトッシーが話してて腹が立たないか?」

「トッシーはどんな人だって仲間だって思ってる。トッシーの仲間ならそれでいいの」

 茜は圭輝に対して言い切る。しかし茜も圭輝の言わんとするところはどことなくわかっていた。数馬と佐ノ介はやはり何か変である。それでも茜は暁広が仲間と信じる相手である以上信じることにしていた。


 6年3組の教室に戻ると、数馬と佐ノ介は教室の後ろから入り、暁広たち4人は前から入る。教室にはクラスメイトのほとんど全員が揃っていた。

 さっそく教室に入ると暁広に女子生徒の1人、あおいが挨拶をしていた。

「おはよ!」

「おはよう!」

「うん、やっぱトッシーの挨拶はいいね!ね、玲子!」

 蒼が隣に座っていた女子である星野玲子に突如話題を振る。玲子は困惑して言葉が出てきていなかった。

「え、あ、うん、まぁ…」

「玲子、髪型変えた?」

 しどろもどろになっている玲子に対して暁広が尋ねる。玲子は少し嬉しそうな声色になっていた。

「え、わかった?」

「うん、似合ってる」

「あ、ありがとう…」

 玲子が照れ臭そうに言うと、暁広も屈託のない笑顔を浮かべた。玲子はこれに弱く、これを見せられるとつい頬が緩んでしまうのだった。

「あ、あのさトッシー…」

「あ、茜!」

 玲子が蚊の鳴くような声で言ったのが聞こえなかったのか、暁広は茜の席の隣に歩いていく。玲子は少しうつむいて黙り込んでいた。

「んなさりげなさすぎるアピールじゃ振り向いてもらえないよ」

 クラス1の恋愛通の美咲が玲子の後ろでそう言って笑う。玲子はあえて美咲に背中を向けたまま咳払いをするだけだった。

「あ、ほら、トッシーが茜になんかするみたい」

 美咲が玲子に聞こえよがしに呟く。玲子は慌てて暁広の方を見た。

「忘れてたよ茜、はいクリスマスプレゼント。開けてみてよ」

 暁広はそう言ってピンク色の紙袋に包まれた何かを手渡す。茜が嬉しそうに眉を上げてからそれを受け取ると、丁寧にセロハンテープを剥がしていく。

 中から現れたのは黒と緑の暖かそうな手袋だった。

「トッシー、これって…」

「前デパート行った時に欲しがってたじゃん?」

「うん!覚えててくれてありがとう!大切に使うね!」

 暁広と茜が笑顔でやりとりする。玲子はその様子を黙って見ていた。

「あちゃー、こりゃ完全敗北ね」

 美咲が玲子の後ろで玲子の心情を実況する。玲子はやはり黙りこむだけだった。

 玲子が気を抜いてると暁広が玲子の方へ歩いてきた。玲子は淡い期待と純情を胸に彼に視線を送った。

(あっ…)

 しかし玲子は左側を歩いていく暁広に視線を送るだけになった。暁広はそのまま数馬達がたむろしているところにやってきた。

(ホントなんで数馬なんかと!)

 玲子のそんな思いが届くはずもなく、暁広は数馬に話しかけていた。

「よ、今いいか?」

「モテ男君こそ女の子達の相手はいいのかい?」

「うるせー。みんな明日空いてるか?」

「俺は空いてるよ。竜雄と佐ノと泰さんは?」

 数馬が3人に尋ねると、佐ノ介、泰平、竜雄の順で答えた。

「空いてる」

「同じく」

「俺、留守番でな、ごめんな」

 3人の返事を聞くと、暁広はうなずいた。

「明日、基地作ろうぜ」

「あぁ、それか、場所は決めといたよ」

「じゃあ1時な。浩助も来る」

 短く暁広と数馬達がやり取りを済ませると、暁広は茜の隣である自分の席に戻っていった。

 暁広はすぐにランドセルの中から実験レポートを取り出す。

「茜さん、頼んます!」

「いいよお」

 暁広に頭を下げられると、茜は嬉しそうに実験レポートを差し出すのだった。


 8:30になると、始業のチャイムが鳴り、大上先生が不機嫌そうに教室に入ってくる。不機嫌さそのままに出席を取り始める。

「…2人いないけど」

 大上先生が呟くと同時に教室の扉が乱雑に開く。大柄な男子のりゅうと小柄な男子のただしがそこに現れた。

「セーフ!」

 正が叫ぶがクラスメイト達は一斉に腕をバツの字に組んで意思表示をした。アウトである。

「何で遅れたの?」

「『道が混んでた』」

 竜が答える。大上先生はそれを軽く流すと、竜と正を座らせた。

「これから終業式です。みんな整列して体育館に行きますよ」

 大上先生の言葉を聞くと、生徒たちは席から立ち上がり、廊下に背の順で並び始めた。


 体育館は寒かったが、話をするのが伊東校長先生1人だったため、短く終わりそうだった。

「おはようございますみなさん!寒いから短く終わらせましょう。

 明日からみなさんが待ちに待った冬休みです!風邪を引いたり、事件や事故に巻き込まれたりしないようにしましょうね!また、万が一のことがあったときの避難場所などは、帰った後に家族と確認しておきましょう!以上で話を終わります!」

 伊東校長先生は話を終えると、生徒たちから拍手を受けながら体育館の舞台から降りた。


9:00

 終業式が終わると生徒達は教室に戻ってきた。

「はーい理科のレポート集めるよ!」

 教室に戻るなりすぐさま蒼が声を張る。生徒達はすぐにレポートを引っ張り出すと、蒼に手渡していく。

 暁広も茜と一緒にレポートを手渡しながら雑談を交わしていた。

「ホント茜助かったよ」

「トッシー勉強苦手だもんね」

「まぁね。あ、そうだ、茜は明日空いてる?」

「ごめん、明日は女子全員で集まってクリスマスパーティーするんだ」

「そっか。楽しんできなよ」

 2人が談笑しながら席に着くと、大上先生が教室に入ってくる。眉間のシワが減り、これで大丈夫だろうと暁広が油断した時だった。

「成績表を渡します!」

 暁広は恐怖で開いた口が塞がらなくなった。



12:00

 暁広は大掃除を終えると家に帰ってきていた。

「ただいま!」

 暁広が叫ぶと家の奥の方から、彼の母の「おかえり!」という声がする。

 暁広は雑にランドセルを部屋に放り投げると、リビングで掃除している母親のところまで歩いた。

「母さん、例えば地震とか起きた時って、うちはどこに逃げることになってるの?」

 母親は急に尋ねられて首をかしげた。

「なぁに?急にそんなこと聞いて?」

「いや、学校で校長先生がさ、非常時の避難先を家族で確認しときましょうって」

「ああ、そういうこと。うちは七本松小だね。何かあったら、仲間や他の人達と協力しなきゃダメよ?」

 母親が優しく言う。暁広も満足そうにうなずいた。

「わかってるよ」

「非常時の時ほど助け合いを忘れちゃダメよ?お兄ちゃん達ともね」

 暁広には中学生と高校生の兄が1人ずつ居た。喧嘩してばかりだが、暁広はその兄達を根っこから嫌っているわけではなかった。

「とにかく大事なのは協力よ。忘れないようにしなさいね」

「当たり前だね」

暁広はそう言って笑うとその場を立ち去る。

「あ!トシ!通知表は!?」



19:00

 数馬も夕食を食べながら父に同じ質問をしていた。

「非常時の避難場所か。本当は良くないが、我が家では決めない」

「なぜですか」

「非常時は臨機応変な対応が求められることが多い。そこで避難場所での合流を優先した場合、死ぬこともある」

 数馬の父義和は冷静に語っていた。

「我が家の方針は『各自生き残れ』だ。同じ場にいたなら協力し、できなければ各自自己判断で最善を尽くす。他人を頼りにしすぎるなよ」

「肝に銘じます」

 義和の真面目な声に数馬は気を引き締めてうなずいた。


翌日 12月25日 12:50

 数馬は自宅から先端が三角形の、長柄のシャベルを片手にリュックを背負って近所の天見山にやってきた。

 天見山は、山といっても実際はただの小高い砂で出来た丘である。街灯の1つもないような空き地で、代わりに慰霊碑がひとつ置いてあり人もあまり通らないので子供達の遊び場になっていた。

 数馬は坂道を登り山頂の広場に出ると、そのまま北側、正面の松の木がたくさん生えている斜面に立つ。そして出来るだけ木に囲まれながらも掘りやすそうなポイントを見つけると、そこにシャベルを突き立て、黒い軍手を両手にはめた。

「よう数馬、早いな」

 数馬の後ろから声がして、振り向くと佐ノ介が同じように長柄のシャベルを持ってやってきた。

「よ、忘れ物はないな?」

「あぁ、エアガンにペーパーナイフ、ドライバーもあるぜ。お前こそ忘れ物ないよな?」

「当然。十徳ナイフにカッター、エアガンまでありゃ十分だろ」

「何と戦うんだろうな俺たち」

 佐ノ介の冷静なひとことに数馬は大笑いする。着ている紺色のフリースの内ポケットに入れていたソーダシガレットの箱を取り出し、中から1本取り出すと口にくわえた。佐ノ介も自分の焦茶色のフリースのポケットからソーダシガレットを取り出してくわえる。

「やっぱこれっしょ」

「食い終わったらやるか」

 佐ノ介の言葉に数馬もうなずくと、くわえていたソーダシガレットを噛み砕き、飲み込む。

 改めてシャベルを握ると、山の北側の入り口から同い年くらいの男子が3人ほど登ってきているのが見えた。

「お、待ってました」

 数馬が軽妙な言い口で3人に笑いかける。左から、泰平、暁広、浩助である。

「待たせたな。もう始まってるか?」

「これからさ」

 暁広の言葉に数馬が軽口で返す。みんなすぐに背中のリュックをそこに置いた。

「じゃあ俺と浩助は木材取ってくるよ」

 暁広は言うが速いか浩助を連れてその場を立ち去る。スコップを持っていた泰平は数馬と佐ノ介に合流して穴を掘り始めた。

「泰さん、ブルーシートは?」

「リュックにある。ところで木材はどこから取ってる?」

「廃材置き場があるらしいぜ。鉄板もあるそうだから取ってくると思う」

 3人は短くやり取りを交わしながら穴を掘り進んでいく。泰平が持ってきていた砂を入れる布袋に砂を詰めながら3人はやはり掘り返していく。


 数分後、暁広と浩助はそれぞれ長さ1mくらいの薄い木材の束と、縦横80cm×80cmくらいの薄い鉄板を持って戻ってきた。

「お、いいじゃん」

 暁広は戻ってくるなり言う。穴の大きさは直径50cmくらいで深さは15cmくらいだった。

「まだまだッ。やると決めたからにはどんどん掘るぞ」

 泰平が持ち前の勤勉さを穴掘りに向けて言う。どちらかと言うとガリ勉の泰平が遊びに熱中する姿が、暁広にはどこか面白おかしく見えた。

「ほれイケメン君よ。顔汚したくはないだろうけど働いてもらうぜ」

「何すればいい?」

「泰さんとかわりばんこで穴掘ってくれ」

 佐ノ介が言うと、暁広もうなずき、泰平からスコップを受け取る。そのまま5人は穴を掘るのだった。


14:00

「いい感じじゃないか!?」

 暁広がそう言ったのは穴を掘り始めて1時間が経とうとしている時だった。穴の深さは1mほどになり、中に入るとこの中で1番背の高い数馬の胸の高さまで入るほどになった。

 穴の直径も1mほどで、かなり窮屈ではあるが5人入るほどの大きさになった。穴の淵には砂袋を置き、その上に鉄板を被せれば簡単に落ちることはない。それをさらに木材で支えるので穴の中に隠れるのには最適である。

「あぁ、必死に掘った甲斐があったな」

 浩助が呟く。後ろでは数馬、佐ノ介、泰平がハイタッチを交わしていた。

「さぁて、あそび」

 少年たちが意気込んで穴に降りようとした刹那だった。

 1発の銃声が町に響き渡ったのである。

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