第87話 懐かしの王都

 お義兄様と同行して貰う事になったお母さんは嬉しそうにニコニコしているけれど、お父さんは私と離れるのが嫌らしく涙目で何やらグズグズ言っている。


 かと言って、この二人が別行動をする事はあり得ないので仕方ない。

 ラブラブ夫婦なんで。


 せめてお父さんがお母さんの抑止力になってくれると助かるんだけど、経験上ならないんだよなぁー、これが。

 

 私がぼんやりそんな事を考えている間も、お母さんは嬉しそうにお義兄様の周りをちょろちょろしている。


「アレク君が付いて来てくれるなんて嬉しいわ! あの赤ちゃんだったアレク君がこんなに立派になるなんて、私も33歳になるはずねぇ」


 母よ、33歳に凄いこだわりますね。

 実年齢は38歳ですけどね。


 実は、お父さんとお母さんはアレクサンダーお義兄様が赤ちゃんの時に会った事があるらしい。

 お父さん達が駆け落ちする前に、お義兄様はもう生まれていたからだ。もちろんお義兄様の方にその記憶は無いそうだけれど。


「お義兄様、フェアファンビル公爵家の当主が騎士まで連れて他領へ入るとなればウェスティン侯爵家に内緒でコソッと……という訳にはいかないのではないですか?」


 元々お母さんはコソッと侵入してナジェンダお祖母様のお姉様を連れて帰るつもりだったみたいだけれど、お義兄様が一緒になってそんな事をしてしまえば大問題だ。

 

 ……いやまぁ、お母さん達がしても大問題ではあるんだけどね。


 私が不安気にそう尋ねると、お義兄様は真剣な表情で頷いてくれた。


「うん、流石に私が密入領する訳にもいかないしね。きちんと正面から行くつもりだよ。詳しい事は説明する時間がないけど、考えがあるんだ。アナスタシア、私を信じて任せてくれるかい?」

「はい。信じてお任せします」


 私もお義兄様の目を見て力強く頷いた。


 本当は詳しい話を聞きたいけれど、今はそれが無理な以上お義兄様を信じるしかない。


 大丈夫、お義兄様は私が心から信用している数少ない人間の一人だ。


 それは人間的に信頼出来るという意味でもあるし、実力的にも安心出来るという意味でもある。お義兄様は頭の回転が早く、アウストブルクに長年留学していた事も手伝ってかなり革新的な物の考え方をする。


 そして、私は直接見た事は無いけれど実は剣の腕前もかなりのものらしい。

 あのカーミラ王女殿下のお墨付きなのだ、きっと相当な腕前だろう。


『アナ様。及ばずながら妾も精一杯のお手伝いをさせて頂きますわ!』


 そう言ってリアちゃんがお義兄様の肩にチョコンと座った。


 及ばずながらどころか、めちゃくちゃに心強い。むしろ最強か。

 ……ここに将来的に王女殿下が加わる訳でしょ? ここの夫婦つよつよだな。




 無事に辺境伯領を出てからもしばらくはみんな一緒に移動していたけれど、ついに進む道が別れる時が来た。

 

「じゃあね、お母さん。絶対無茶はしないでお義兄様の言う事はきちんと聞いてね? お父さんも、何かあればお母さんを止めて……ちゃんと無事に帰って来てね?」

「大丈夫よー、アナも気を付けるのよ!」

「うっ、うっ、アナ……。お父さんもすぐ行くからね! 気を付けるんだよ!」


 にこにこと手を振るお母さんとグズグズ涙目のお父さんが実に対照的だけど、二人は苦笑いするお義兄様に促される様にして馬車で去って行った。


 色々と心配な事は多いけれど、もうこうなったらお義兄様とリアちゃんにお任せするしかない。


 それに、私の方も別れを寂しがったりお母さん達の心配ばかりをしている場合ではないのだ。私達も気を引き締めておかないと、ここから先も何があるか分からない。

 

 辺境伯領から王都に戻るにはいくつもの貴族の領地を通らなければいけないけれど、その全てが私達に友好的とは限らないのだから。




 王都への旅路は今までの旅に比べて相当緊張感を強いられる物で、道中の宿に泊まる時も神経を尖らせていなければならなかった。


 精霊達やコマローが見張りとしても活躍してくれたお陰で何とか休めていたけれど、それが無ければかなり消耗していたと思う。


「奥様! お城が見えて来ましたよー!」


 嬉しそうに声を上げるマリーにつられて窓から外を覗くと、確かに遠くにフェアランブル城が見えて来た。


 良かった……!

 やっと無事に帰って来れたんだ!!


 初めて領地から王都に戻って来た時に見たお城には、何も感慨は湧かなかった。

 あれから何度か領地と王都を往復して、少しずつ王都にも馴染んで来たけれど、こんなにお城を懐かしく嬉しく感じたのは初めてだ。



 そうして私達は、ようやく懐かしの伯爵邸我が家へと帰って来たのである。

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