第84話 精霊教の神殿
お義兄様に案内され、私達は旧精霊教の神殿へと向かった。
お義兄様に聞きたい事や伝えたい事は沢山あるけれど、周囲にフェイラー辺境伯家の関係者やフェアファンビル公爵家の騎士達がいる状態で迂闊な発言は出来ない。
ご結婚おめでとうございます……も、駄目だよね、きっと。
その辺りの事情も気になるし、フェアランブル国内の現状も知りたい。
こちらはこちらで、両親の紹介もしたいし、旦那様がイルノと契約した事とかコマローの事とかも伝えたいし、……あ、後クリスティーナが元気そうだった事を話したら、きっとお義兄様は喜ぶよね。
うーん、もどかしいなぁ……。
そんな風に私がヤキモキしている間も、精霊達はキャッキャと騒いで思う存分に情報を交換している様だ。精霊ーズ羨ましいな。
リアちゃんがこれだけ安心して精霊同士会話をしているという事は、この場には私達以外に精霊を認知出来る人間はいないという事なのだろう。
精霊使いの認定を受ける一環で教えられたのだが、精霊と情報をやり取りする際、その場に『他に精霊の言葉が分かる第三者が存在しないか』という確認をしておく事は非常に重要だ。
と言うのも、精霊を認知している国の人間の中には、『見えているのに見えていない振りをする人間』というのがたまにいるかららしい。
精霊側からすると、魔力の波長的な物で『ん? この人間こっちの事見えてるんじゃない?』と、何となく分かるらしいのだが、それだけでは完璧とは言えない。
では、どうやって精霊達は『見える人間』がいないか確認するのか。
ケースバイケースではあるけれど、一番簡単な方法は至って単純。
突然あり得ない程に発光するのだ。
そうすると、いくら見えない振りをしていても実際見えている人間は、『目が! 目があぁぁ!!』となるらしい。
そりゃそうだ。
精霊と出会ってしらばっくれるつもりなど毛頭無いが、人前ゆえに話が出来ない場面だってあるだろう。
私も精霊の目潰し攻撃に合わない様に、新しい精霊と出会った時は挨拶なりアイコンタクトなりは欠かさない様にしようと、その話を聞いて肝に銘じた。
「見えて来た。あそこの崖の上に建っている白い建物が神殿だよ」
そう言ってお義兄様が指し示した方を見てギョッとする。
「だ、だ、旦那様!? まさかあんな高い所から飛び降りたのですか!??」
「ああ、途中で気は失ってしまったが、精霊達のお陰で無事に岸まで辿りつけてな」
ニコリと微笑むと、事も無げにそう言い放つ旦那様。
そりゃ、この高さから飛び降りれば気も失うわ!!
ひえぇ、旦那様が想像以上に無謀で、妻は寿命が縮みそうですよ……。
「驚くよね……。私も初めてこの話を聞いた時は肝が冷えたよ」
「旦那様は変に行動的な所がありますからね。動きが早い上に想像の斜め上過ぎてビックリですよ」
力説する私が、もうそんな危ない事しないで下さいね! と、旦那様に釘を刺している横でお義兄様がため息混じりにボソリと呟いたのが聞こえた。
「…………似た者夫婦」
……何かごめんなさい。
神殿へ着くと、何人かの神殿関係者が私達を待ち構えていた。
旦那様の拉致やお母さんへの付き纏いに関わっていた例の使者がいたらどうしようかと思っていたけれど、その辺りもお義兄様が上手く手を回してくれていたらしい。
基本的に今ここにいるのは反領主派の息がかかっていない信者だそうなので一安心だ。
旧精霊教も一枚岩という訳では無いのだろう。
神殿の関係者達は、旦那様が自分が拉致されていたのがこの神殿なのかを確かめる為にここへ訪れたと思っている。
結果、彼らは自然と旦那様に意識が集中する様で、ゾロゾロと神殿の中を歩いている内に段々と人間同士の間隔が空いていった。
お義兄様と旦那様には、事前に出来るだけ周囲の人間の気を引く様にも頼んであったので、上手くやってくれているのだろう。
チャンスである。
私は、お母さんを連れてそっと集団から離れる。
お母さん曰く、先程通った『祈りの間』という所に、精霊界と通信する為の装置があるそうなのだ。
「うふふ、こんな風にコソコソしているとスパイみたいで楽しいわね!」
「そうだね、静かにしてね」
少し不安だけど、後はお母さんに任せるしかない。
お母さんはご機嫌で、口ずさむ様に不思議な言葉を紡ぎながら祈りの間の床を指でなぞっていくのだが、それに反応する様に床には見た事もない魔法陣が浮かび上がっていく。
ここだけ見ればかなり神秘的な光景だったのだが、
「もしもーし、お父様ー! ターニャです、きこえますかしらー?」
魔法陣が完成した途端、その床に向かってお母さんが声を上げた。
精霊王様と交信する訳だから、何かこうもっと厳かな感じを想像していたんだけど、思っていたのと大分違うな?
『……ターニャか?』
魔法陣の向こうから微かに聞こえた声に、身体……というか、お腹の底の方がビリビリと震える様な、異様な感覚に陥る。
……これが、精霊王。
思わずゴクリと唾を飲み込む。
威厳というかオーラというか、声だけで感じる、人智を超えた圧倒的な存在感。
これは人ならざる者の声なのだと本能で分かった。
分かった、のだが……。
『ターニャァァー、ひどいじゃないかー。 もう二度とお父さんに何も言わずにいなくならない様にとあれ程言っていたのに、また勝手に人間界へ渡ってしまうなんて……』
人智をも超えた酷く威厳のある声が半泣きである。
……私の周り、こんなんばっかりだな!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます