第76話 精霊封じの腕輪
「どう? お母さん、苦しいとかない?」
「うふふ、大丈夫よー。アナは心配性ねぇ。あら! 本当に光らなくなったわ」
腕にカーミラ王女殿下から貰った『精霊封じの腕輪』を付けたお母さんが、嬉しそうに手をひらひらさせる。
自分の力を封じられて、そんな風に喜ぶものでもないと思うんだけど……。
腕輪を付けたり外したりすると、お母さんが光ったり光らなくなったりするものだから、面白がった精霊たちが集まって来てキャッキャと一緒になって遊びはじめる。自由だな!
「良かったわ、大丈夫そうね!」
隣で見守ってくれていた王女殿下もほっとした様子だ。
「ありがとうございます、王女殿下。これで母も連れてフェアランブルに帰れます」
「そうね。……正直、精霊界の王族の方に封じの腕輪なんて付けてしまっていいのか、今でも少し葛藤を感じるのだけど」
そう言う王女殿下の顔には、滅多に見ない苦笑いが浮かんでいる。
気苦労かけて申し訳ありません王女殿下。本人めっちゃ楽しんでますので、どうかお気になさらず……。
私からすればお母さんはお母さんなので特に何も思わないんだけど、王女殿下からすれば精霊は信仰対象な訳で。その王族ともなればやはり敬う対象になってしまうのだろう。
「ところで、本当にアナのお母様もフェアランブルへ一緒に行くの? こちらにはナジェンダ様もいらっしゃるのだし、裁判が終わるまで賓客として滞在して頂いても構わないのよ?」
「そうですね。アウストブルクにいて貰えば安心かな、と私も思ったのですが……」
私と王女殿下の話を聞いて、精霊達と遊んでいたお母さんがクルリとこちらを振り返る。
「あら、駄目よ! アナの事も心配だし、私もあの神殿の奴らは懲らしめたいんだから!」
「本人がこう言ってますので……」
それに、正直私もお母さんから目を離すのは心配だったりするんだよね。やっと会えたところなのに、気が付いたらまた精霊界に帰ってましたーとか、本気でやりかねないし。
悪人がいたから成敗しといたわ! とか言って、雷とかも落としかねない。うん、危険。
「それに、ナジェンダのお姉さんが囚われているなら助けてあげなくちゃ。私がこうして自由に出来ているのも、その人が私の母を逃すのを手伝ってくれたお陰なんだもの!」
腕輪をまた腕にスポッと嵌めて光らなくなったお母さんがそう力説する。
そう、あの後ナジェンダ様の所へあの使者が残していった書状を持って行ったのだが、案の定あれはただの書状ではなかった。
何でも辺境伯領でも当主一族のみに伝わる精霊の力が込められた魔道具を使って書かれていたとかで、特定の方法で精霊の魔力を流すと、本来伝えたかった文字だけが炙り出しの様に浮かび上がって来る仕掛けになっていたそうだ。
書状は確かに現フェイラー辺境伯であるサブリナ様が書いた物だったけど、彼女が本当に伝えたかったのは、『ナジェンダお祖母様の姉である先代辺境伯がウェスティン侯爵領で人質同然の扱いを受けているので力を貸して欲しい』という事だったのだ。
その書状にはアレクサンダーお義兄様が辺境伯領に滞在しているとも書かれていて驚いた。アウストブルクへ出す書状に隠しメッセージを入れる様にアドバイスしたのもお義兄様らしい。
確かにカーミラ王女殿下がお義兄様にはそのままイングス伯爵家と辺境伯家について調べて貰うと言っていたけれど、お義兄様は私の想像以上に精力的に動いて下さっていた様だ。
ちなみに、書状に隠された手紙を読んだナジェンダお祖母様は心配のあまり泣き出してしまい、それを見たお祖母様命のサミュエルお祖父様が大激怒。結構な騒ぎになってあの時は大変だった。
「アナ、母君の様子はどうだ? 精霊封じの腕輪は上手く作動したのか?」
私達が腕輪の検証をしていたサロンに、肩にイルノを乗せた旦那様が入って来る。
「はい、上手くいった様です。旦那様もイルノとの魔力交換は順調ですか?」
先日無事契約を結んだ旦那様とイルノは、今は魔力交換の練習をしてお互いの親和性を高めている所だ。
改めて考えると、私と精霊トリオは随分と手順をすっ飛ばした様なのだが、やはりそれはかなりの力技だったらしい。
「ああ、元々幼い時から一緒にいたしな。魔力の相性もいいようだ」
『あのね、イルノがジーンの事大好きだから、大丈夫なんだよー!』
はい、可愛い。
今日もイルノは安定の旦那様大好きっ子である。
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