第77話 不誠実な男(Side:バージル)

(Side:バージル)


「今度は国際裁判だと!? どこまで小生意気な奴らなんだ!!」


 すぐ隣で父上に怒鳴られ、耳がキンキンする。はぁー、全く毎度毎度勘弁して欲しいね……。


 ハミルトン伯爵に逃げられてから数日後、辺境伯家にアウストブルク王家から抗議文が届いたらしい。


 何でアウストブルクから? と思ったが、ハミルトン伯爵がカーミラ王女殿下の婚約者であるフェアファンビル公爵の義弟であるから無関係ではないし、しかもハミルトン伯爵は元々アウストブルクへ入国する予定だったのでその妨害はアウストブルク王家にとっても不当な行為に当たる、という言い分らしい。大分強引だな。


「ハミルトン伯爵は逃げ出すわ、フェアファンビル公爵は辺境へ乗り込んで来るわ、隣の王家まで抗議に乗り出して来るわ……! たかが伯爵の一人を何故簡単に従わせる事が出来ないんだ、無能共め!!」


 それに関しては父上に同意する。

 全く、あの伯爵が何だっていうんだよ。揃いも揃って大騒ぎしやがって。

 あぁー、早く吠え面かかせてぇー。


「良いではないですか、父上。どのみちこちらの対応は変わりません、裁判なんて開いた所で、あちらの醜聞がより広がるだけの事ですよ。そもそも訴えられるのは辺境の連中でしょう?」

「む、しかし国際裁判となれば証拠も証言もより厳密に調査される。うちも無関係では済まんだろうし、今後の事を考えてもここで神殿の奴らを有罪にされる訳にもいかん」

「ハミルトン伯爵にはお気の毒な事ですが、あの場にいたのが全てこちらの息がかかった人間な以上、どうしようもありませんよ。『一部始終を目撃していた第三者』でもいれば話は別ですけどね」


 もちろんそんな者がいる訳ない事は分かっている。それだけ注意深く事を進めたからな。


「それでも父上の憂いが晴れない様でしたら、この間お話した隠し玉を裁判で出しましょう。結婚前の伯爵家の令嬢が、裁判などという公の場で自らの不利益も顧みず証言するのです。裁判官も絶対にこちらの言い分を信じますよ」

「それはそうだが、人前でその様な証言するなど、自分の不利益にしかならないのにあの令嬢は本当にそんな事をするのか?」

「大丈夫ですよ。ウォルカ伯爵令嬢は私との『真実の愛』に夢中ですから。可愛い事です」


 イブリンにはこの前、私の為にハミルトン伯爵との不貞をでっちあげて欲しいと頼んだところだ。

 辺境伯領の人間がそれ用に用意した女達にそう偽証させるのはもちろんだが、それだけだと正直弱い。辺境領で用意していた女達は神殿の関係者ではあるものの、貴族位は持っていないからだ。

 その点イブリンは今回の件にまさにうってつけの人材。しかも私の言うことには逆らわない。


「真実の愛って……まさかバージル、あの令嬢を妻に迎えたいなどと言い出さんだろうな? 伯爵位の中でも落ち目のウォルカ伯爵家の令嬢。しかも裁判で傷物だと世間に公表した後の令嬢をウェスティン侯爵家へ迎えるなど、とんでもない事だ」

「ははは、ご安心下さい父上。そんな事は考えてもいませんよ。まぁ、今回の裁判で役に立ってくれれば責任を持って残りの人生の面倒くらいは見ますがね」


 私がそう答えると、父上は安心した様にふんぞり返って椅子に座り直した。


「なるほど、まぁ愛人にして囲うくらいなら良かろう。愛人の一人や二人、男の甲斐性というものだからな」




 父上の機嫌を直す事に成功した私は、そのままの足でイブリンのいるウォルカ伯爵家へと向かった。

 さっさとイブリンと話を付けておこうと思ったのだ。



「裁判……って、どういう事ですか、バージル様? 私、あまり難しい事は分からないんですけど」


 俺の腕に胸を押し付ける様にしてしがみついていたイブリンが、きゅるんとした上目遣いで俺を見つめ、小首を傾げる。


 そうそう、女はちょっと馬鹿なくらいが可愛いんだよ。カーミラ王女殿下もハミルトン伯爵夫人もいい女なのに小賢しくて勿体ないよな。


「イブリンがする事は変わらないよ。ただ、最初に話したよりは大勢の人間の前で『ハミルトン伯爵が君の魅力に嵌って特別な関係になった』って事を証言してくれればいいだけさ」

「バージル様は、本当にそれでいいんですか? 私、バージル様の恋人ですよね? みんなの前でそんな事……」

「イブリン、私だって本当は辛いよこんな事。でも国の未来をより良い物にする為にも、ここでウェスティン侯爵家の力を削がれる訳にはいかないんだ。……父上も、君の献身には感謝すると言ってくれている。二人の将来の為にこれは必要な事なんだ」

「二人の将来の為……ですか?」

「そうだよ。私はこれから先もずっとイブリンと一緒にいたいと思っているんだ。父上に認めて貰えれば、それも夢じゃない」


 私の話を聞いて少し俯いていたイブリンが、勢いよく顔を上げてこちらを見る。


「それって、侯爵様に認めて頂ければ、結婚して私を未来の侯爵夫人にしてくれるって事ですよね!?」


 勝手な解釈をしてパアァァッと顔を輝かせるイブリンに、ニッコリと笑顔だけを返した。



 はは、そんな事一言も言ってないのに。

 本当に、馬鹿な女は可愛いなぁ。



—— 侯爵夫人は君には無理だよ、イブリン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る