第64話 王城への帰還

「ああ、アナもターニャもこんな所にいたんだね。探したよ、おはよう」


 私がお母さんが辺境伯領を滅ぼしかねない未来を想像して恐れおののいていると、サロンにお父さんがやって来た。



「あ、お父さん、おはよう! 昨日はよく眠れ……」


 てないな、これは。


 顔を見れば分かる。何故か昨日よりさらにやつれたお父さんの目の下にはクッキリとしたくまが出来ているし、なんなら目が腫れているのだ。


「ちょ、お父さん!? 何で昨日よりやつれ具合が悪化してるの!?」

「エドったらね、昨日はあの後『アナがー』とか、『五年もー』とか、『うぉぉ、結婚ー』とか、ずっとブツブツ言ってて寝ないのよー。もうお母さん眠れなくて困っちゃった」



 …………この夫婦は……。



 そうだよ、なんかちょっと五年の間に思い出が美化しちゃってたけど、こういう人達だったよ、うちの両親は……。



「もう! 過ぎた事をいつまでも気にしても仕方ないんだから、元気出してよお父さん。ほら、朝ご飯もしっかり食べる! しっかり寝てしっかり食べてれば、割と大体の事は何とかなるのよ?」


 私がその実例です!


「はは、ありがとう。アナはしっかりしてるなぁ」


 おかげ様でな!


 とりあえずサロンの給仕係にお願いして、お父さんの分の朝食も用意してもらう。



「はい、お父さん。無理はしなくてもいいけど、食べれる分はしっかり食べてね? このふわふわオムレツもヨーグルトも絶品だったから!」

「え? アナはもう行っちゃうのかい?」

「うん、飛空挺が王城に着く前に色々決めておきたいの。お母さん、勝手に変な事しちゃダメよ? お父さん、ちゃんと食べたか後で確認するからね?」


 『『はーい』』と声を合わせて返事する二人に頷いて、サロンを出る。

 そろそろ旦那様も起きてるかもしれないし。



 それにしても、うちの両親ときたらどっちが子供なんだか分かんないな、まったく。

 ……ふふっ。



「どうした、アナ。何か楽しそうだな?」

「旦那様!」


 

 サロンを出て自分達の部屋に向かって歩いていると、反対側から旦那様が歩いて来た。


 肩や頭に山盛りの精霊を乗せ、隣にはもふもふのコマローを連れた旦那様は、随分とファンシーな状態だ。



 おとぎの国の王子様みたいになっとる!!



「すまんな、随分と寝過ごしてしまったみたいだ」

「いえ、あれだけの目に遭わされたのです。無理もないですよ」


 私がそう力説すると、旦那様は一瞬キョトンとしてから苦笑いしてこう言った。


「まぁ、とんでもない目に遭わされたのは確かだが……そのお陰でアナのご両親に会えるとは、人生何が起こるか分からんな」


 確かに……。


 こんな事でも無ければ、まだ当分お父さんやお母さんには会えてなかったかもしれない。

 始めは最悪だと思っていた旦那様との政略結婚も、今となっては感謝したい位だし。

 災い転じて福となすってやつだよね。



「しかし、人を拐かす様な輩をこのままにしておく訳にはいかないからな。アイツらは放っておくとアナにも危害を加えかねない。辺境伯家へ直接苦情を申し立てるか、犯罪行為として国に訴えるか……」


 そう言って考え込む旦那様を見て、さっきお母さんが言っていた事を思い出す。


「お母さんも、旧精霊教の神殿との因縁にケリを付けたいって言ってました。なんでも、精霊王様もお怒りとかで……早めに手を打たないと、やり過ぎるかもしれません」

「精霊を祀っているはずの精霊教が精霊王に天罰を下される訳か。奴らには一番堪える罰でいいかもしれんが、背後関係をそのままにしておく訳にはいかんしな」


 そうなのだ。この件の背後には辺境伯家の後継者問題に、さらには国の権力争いまで絡んでいる可能性が高い。


「それなんですが旦那様。実は、今回の件でアレクサンダーお義兄様も動いて下さっているんです。カーミラ王女殿下も力を貸して下さるそうですし、こうなったら黒幕まで引き摺り出して、トコトン叩きましょう!!」



 またこんな面倒ごとに巻き込まれては堪らないので、もう二度とこちらに手出しをして来ない様に、しっかりと釘を刺しておかなければならない。



「アレクサンダー殿も? そうか、私の注意が足りなかったばかりに色々な方面に迷惑をかけてしまった様だな。面目ない」

「旦那様は悪くないですよ! まさか街道整備の会合でこんな事になるなんて、私も思いませんでしたし……。この際です。相手の尻尾を掴む良い機会だったと思いましょう」



 まぁ、旦那様がこうして無事だったから何とかそう思える訳で、アイツらがやった事は絶対許せないけどね!!




 それからしばらくして、飛空挺は王城へ無事に到着した。



 心配していたマリーに泣きながら飛びつかれたり、飛空挺いっぱいに乗り込んでいた精霊たちの光を見たアウストブルクの国王陛下が狂喜乱舞して王女殿下に怒られたり、コマローを見た研究者達が大騒ぎしたり。



 飛空挺の到着はそれは賑やかなものとなったのだった。

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