第62話 飛空挺の夜
あの後少しお喋りしてから、『アナも疲れただろうし、部屋に戻って休みなさい』というお母さんの言葉に甘えて、私は旦那様の待つ自分達の部屋に戻って来た。
お父さんは、『アナもこの部屋に泊まればいいじゃないか~』と涙目だったけど、ごめんねお父さん、私も旦那様不足なんですよ。
今私の目の前では、湯浴みも済ませてすっかりキラキラに戻った旦那様が、これまたお風呂に入れて貰ってさらに真っ白もふもふになったコマローを膝に乗せて撫でている。
うん、めっちゃ絵になる。というか絵にすべき。
よし、今回の件の片がついたら、邸に画家を招いて旦那様の肖像画を描いて貰おう! もふもふ付きで。
私はそう心に決めた。
「旦那様、お体の具合はどうですか?」
「ああ、健康状態には全く問題ないそうだ。これもアナのクッキーとペンダントのおかげだな、ありがとう。アナの方こそ、ご両親とはゆっくり話は出来たか?」
「はい!」
と、笑顔で答えたまでは良かったが、さて話の内容をどこから、そしてどこまで旦那様に伝えたものかと悩む。
うちの両親の事だけじゃなくてサミュエル様やナジェンダ様から聞いた話もあるし、旦那様に伝えたい事がてんこ盛り過ぎて、どれだけ話せば良いことやら途方に暮れそうだ。
なるほど、こうやって貴族達は『
私は負けないぞ。時間はかかってもちゃんと伝えるべき事は伝えたい。
離れ離れになんて、もう絶対ならないもんね!
これからも夫婦として暮らしていく私と旦那様には、共に過ごす時間は沢山あるのだ。
フンスと気合いを入れる私を見て、旦那様とコマローが不思議そうに首を傾げていた。
とりあえず、判明したお母さんの素性とあの日の真相、私の両親はなんと精霊界にいた事、そして、お母さん達を襲った犯人と、旦那様を拐かした犯人はどうやら同じ人間の様だという事を順を追って説明していく。
旦那様は初めて聞く衝撃の事実の連続に驚いてはいたけれど、同時にどこか納得した様な顔をしながら、頷いて話を聞いてくれた。
問題なのは、『私の後見人をしてくれていたおじ様』と『旦那様のお祖父様』が同一人物だった事と、私の両親がなにやら私達の結婚までの流れを完全に誤解している事をどう旦那様に伝えるかだ。
私にとっても、おじ様が素性を明かさないまま私と旦那様の婚姻に踏み切ったのには不満が残っているのだが、旦那様にしてみればより複雑な気持ちになるだろう。
両親の誤解については、多分生真面目な旦那様の事だから、全てを自白して謝罪したがりそうな物だが、そうすると今度はお父さんの心のダメージの方が心配だ。
ただでさえ五年も娘を放置してしまったという後悔と自責の念でペシャンコになりかかっているお父さんだ。
その上、その五年の間に実は私が公爵家で虐待を受けたり、政略結婚で嫁がされた挙句『君を愛する事はない』ムーブをかまされた事なんて知ったら、頭を丸めて出家でもしかねない。
脳内お花畑でなーんの心配もしてなさそうなお母さんにはむしろ真実を知って少しは反省して欲しいけど、こっちはこっちで『まぁ!』くらいの反応しか無さそうなんだよねぇ。
ほんと、足して二で割れたら丁度いいのに。
旦那様と話をしながらそんな事を考えていると、
『ジーン! アナー!』
と私達を呼びながらパタパタとイルノが飛んで来た。
旦那様の頭にペトッとくっ付くイルノは、やっぱり精霊トリオより少し言動が幼くて可愛い。
『ああっ、イルノ、ダメって言ったのに!』
『そうだよ、アナとユージーンがイチャイチャしてたらどうするのさ!?』
『久しぶりなんだから邪魔しちゃダメだよ?』
イルノを追う様にして精霊トリオも飛んで来る。
してないよ!?
そんな、い、イチャイチャなんて、同じ飛空挺に両親も王女殿下もいるのに、そんな、そんな事するわけがなかろう!?
「もう、三人ともイルノに変なこと教えないの! 旦那様も何とか言ってやって下さい!」
私がそう言って振り返ると、旦那様がまた耳まで真っ赤になってモゴモゴ言っていた。
見ろ! うちの純情旦那がこんなんなっちゃったじゃないか!
そこからはもういつも通りのてんやわんやで、最終的には眠気に勝てずうとうとしていた私を、旦那様がベッドに運んでくれた。
旦那様の方がお疲れだろうに不甲斐ないけど……実は私も、昨日は旦那様が心配過ぎてあまり眠れなかったのだ。
旦那様に運んでもらうと、あったかくて安心して、ますます眠くなってくる。
駄目だ、もう眠気に勝てそうもない……
……おやすみなさい、旦那様……。
翌朝、私が目を覚ますと既に日は高く昇り、もうすぐお昼かという時間だった。
慌てて隣を見て、旦那様がいる事に心底ホッとする。幸せを噛みしめつつ顔を覗き見ると、旦那様はまだグッスリと眠っていた。
無理もない。ここ数日は旦那様にとってはさぞ大変な事の連続だっただろう。
このまま旦那様の隣にいたい気持ちもあったけれど、お母さん達がどうしているか心配で私はベッドからそっと抜け出した。
『アナ、おはよー』
「わふっ!」
部屋では、私より先に起きたらしきコマローとイルノが仲良く遊んでいた。実に微笑ましい光景だ。
私はふたりに旦那様の事を頼むと、そっと部屋から出た。
飛空挺内を歩いていると、丁度食堂の近くを通りかかった時に誰かの話し声が聞こえてきて、ふとそちらの方を見る。
あれは、王女殿下と、……お母さん?
王女殿下と話をしているお母さんは、私が見た事もない程真剣な表情をしていて、思わず人違いかと思ってしまったが、発光する人間なんてそうそういるものではない。
お母さん、あんな顔も出来るのか……。
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