第58話 まさかの愛人問題?(Side:アレクサンダー)
(Side:アレクサンダー)
「ハミルトン伯爵が行方不明だって!?」
ハミルトン伯爵家から内密な使いが来ていると聞いて慌てて邸に戻った私を待っていたのは、アナスタシアの侍女ダリアだった。
ダリアの話を聞き、そのあまりな内容に思わず声を上げてしまう。
ダリアとは何度も顔を合わせた事があり、それなりに親しく言葉を交わす間柄でもあるのだが今日はかなり硬い表情をしていた。
詳しい話はこちらを読んで欲しいと言われ、ハミルトン伯爵家の家令であるマーカスからの手紙を渡される。
そうだ、街道整備についての会合にはマーカスも同行していたはずだ。
一体何があったのか。
私ははやる気持ちを抑えて手紙を開くと文字を目で追った。
「はぁ!? そんな事あるはずが無いだろう!?」
手紙を読んでいる最中にも関わらず、思わずまた声を上げてしまう。
ダリアもここに書かれている内容については理解しているのだろう。
私の反応を見ると、自身も怒りを抑えきれない様にギリッと奥歯を噛み締めた。
「よりにもよって、あのハミルトン伯爵が愛人!? あり得ない!!」
あれは、アナスタシア以外の女性はそこらの背景か何かだと思っている様な男だぞ!?
「はい、伯爵家でも誰一人としてその内容を信じている者はおりません」
だろうね。
「しかし、伯爵様が姿を消したのは事実であり、拐かされたという証拠はありません。会合に集まっていた貴族達は既に口裏を合わせていたのでしょう。その場にいた各貴族家の当主達に『ハミルトン伯爵は自らの意思で辺境伯の使者に同行した』と言われてしまえば、当家の家令にもどうする事も出来なかったのです」
ダリアがますます悔しそうに拳を握り締める。
マーカスが書いたその手紙には、街道整備の会合でイングス伯爵家へ出向いた事。
話し合い自体はすぐに終わったけれど、そこへ辺境伯家の使者を名乗る男が現れた事。
使者の話を聞く為に席を外したジーンが、いつまで経っても戻って来なかった事。
イングス伯爵を問い詰めたところ、『伯爵は辺境伯が寄越した女性を大層気に入って、そのままお楽しみになられているのだから無粋な事はするな』と逆に叱責された事。
などが書いてあった。
強行手段に出ようとした護衛を危うく処分されそうになり、その場は引くしかなかった、と謝罪とともに
これはダリアが怒るはずだ。
「あちらの言い分では、その『大層気に入られた女性』とやらを妾として受け入れる手続きをする為に、伯爵様は辺境伯領へ向かわれたそうです」
「同行したマーカスや護衛に何も告げずにか? ……無茶苦茶な言い分だな」
ジーンが自分の意思でそんな事をする訳がない。となればこれは連れ去り事件だ。
「今、アナスタシア奥様やサミュエル様に連絡を取る為に、急ぎアウストブルクへも使者を送っている所です。ですが、一刻も早く何か出来る手を打ちたくて……」
「それで、ダリアが私の所へ来てくれたんだね?」
「はい。奥様が、『何か困った事があればアレクサンダーお義兄様を頼るように』とよくおっしゃっていたのです」
そうか。それは兄として黙っていられないな。
私を信頼してくれているアナスタシアの気持ちに応えたいし、何よりジーンの身も心配だ。
「分かった。こちらでも至急対策を考えよう。私はアナスタシアの
顔を上げたダリアの顔がパァッと輝く。
「はい、奥様の了承も得ない内から妾を取る手続きだなんて、アナスタシア奥様を……ひいてはご実家のフェアファンビル公爵家を蔑ろにした行為だと思われても仕方ございません!」
話を終えたダリアに、念の為に公爵家の護衛を付けて帰すと、私は早速行動を開始した。
まず侍従を呼び、イングス伯爵家をはじめとする今回の会合に集まっていた貴族家について、至急情報を集める様に指示をする。
次に公爵家の私設騎士団の団長にいつ出立命令が出てもいい様に準備させ、自分はアルフレッドお祖父様がいる執務室へ向かった。
アルフレッドお祖父様は、自分達の代のゴタゴタに巻き込まれて苦労する羽目になったアナスタシアに対して、実はかなりの負い目を持っている。
ジーンと結婚して幸せそうな姿を見て、当のアナスタシアが引く程号泣していたのは記憶に新しい。
せめてこれからはアナスタシアの幸せの為に何でもしたいと言っていたお祖父様にとって、今回の事件は許し難い出来事に違いないだろう。
しかし、公爵家と縁続きの人間に手を出すなんて、うちが完全に舐められている証拠だな。
ここ数代の事を思えば仕方がないと、自戒の念も込めてそんな扱いを甘んじて受け入れてしまっていたけれど、可愛い義妹や義弟も守れない様では、これからフェアファンビル公爵家へ嫁いで来るミラの事だって守れない。
フェアファンビル公爵家は、腐っても筆頭公爵家。
そして私は、その当主なのだ。
そう、私はもっと強くならなくてはいけない。
私は覚悟を決めると、お祖父様のいる執務室のドアをノックした。
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