第59話 まさかの既婚者!?(Side:アレクサンダー)

(Side:アレクサンダー)


 想像通りというか、想像以上というか。


 今私の前には鬼神の様な顔になったアルフレッドお祖父様が仁王立ちしている。

 普段穏やかな人の方が怒ると怖いというのは本当らしい。かなり怖い。


 こんなに怒ったお祖父様を見るのは随分と久しぶりだ。前にお祖父様が怒ったのはいつだったか……



「アレク」


 私の思考を遮る様に、お祖父様の低い声が執務室に響いた。


公爵家うちの騎士団は動かせる状態か?」

「はい、直ぐにでも」

「ならば、明日の早朝には立て」

「は!?」



 明日の早朝!?

 いくらなんでも動くには早過ぎる。

 それでは情報だってまだ何も集まっていないだろう。



「そ、れは……いくらなんでも時期尚早に過ぎませんか?」

「早いから良いのだ。己でも驚く程の早さでなければ、相手を驚かせる事など出来ないたろう? まさか、というタイミングで行ってこそ不意打ちという物には意味がある」



 お祖父様の言葉と、その底冷えのする鋭い眼光に思わず息を呑んだ。

 これが一国の筆頭公爵家当主を一代務め上げた人間が持つ強さか。


 自分はまだまだ若造なのだと嫌でも分かる。これでは海千山千の修羅場を掻いくぐって来た古狸達に舐められるのも当然だ。



「分かりました。まずはイングス伯爵領ですか?」

「ぬるい。フェイラー辺境伯領だ。出立したら止まるな、一気に行け」

「!?」



 さ、流石に……それは。


 行って一体何をしろというのか。

 本当にただの殴り込みになってしまう。



「最近、フェイラー辺境伯家で後継者争いが起こっていると耳にしたが、そんな話が王都にまで伝わって来る事こそがおかしい。不意打ちで向こうの準備が整う前に訪れ、状況を探るのだ」



 確かに、独自の体制を貫く辺境伯領の内部情報が王都にまで伝わって来るなんて異例の事態だ。


 最近フェアランブル国内は何かと落ち着かない状況が続いているのだが、辺境伯領でも何かが起こっているのだろうか。


 私が考え込んでいると、お祖父様が少し声のトーンを変えて、困った様に言った。



「それに、アナスタシアとカーミラ王女殿下にこの話が伝わった時……。あの二人がどうすると思う?」



 ……あー……。



「色々な意味で、何かあればすぐ動ける様に、辺境伯領へは向かっておいた方がいい」

「……そうですね。何なら今直ぐにでも出立した方が良い様な気がしてきました」



「……そこまでか?」

「……そこまでですね」



「「…………」」





 翌朝。

 私は騎士団の中から絶対的に信頼できる者を五名選び、辺境伯領へと旅立った。

 流石に一団を率いて移動するとなると時間がかかるからだ。



 正直、ジーンが連れ去られたなんて知ったら、アナスタシアとミラが一体何を仕出かすか……。


 危険な目に遭わないかという心配と、むしろやり過ぎやしないかという心配の両方が心でせめぎ合う。



 お祖父様は、出立したら一気に行けと言っていたけれど、さすがに全く休まず辺境伯領まで行く事は不可能だ。



 途中、最低限の休憩と仮眠をとりながら、辺境伯領への道のりを半分位過ぎた頃。


 仮眠の為に立ち寄った町の宿で、私は信じられない様な出来事に遭遇していた。




『驚きましたわ! まさかアレク様がもうこんな所まで来られているなんて!』



 その町へ入る少し前くらいから、たまに視界をチラチラとした光が掠める事はあった。


 強行軍で疲れが出たのか?


 なんて思って、あまり気にしない様にしていたのだが……。



『うふふ、今更はじめまして、も気恥ずかしいですが、お目にかかるのは初めてですものね』



 今私の目の前には、御伽噺の絵本で見た事がある様な、小さな精霊が飛んでいるのだ。



『はじめまして、アレクサンダー様。あなたの伴侶、カーミラの契約精霊、ユーフォリアでございますわ』



 呆然とする私の目の前で、ユーフォリアを名乗る精霊が、可愛く優雅にカーテシーをした。



「な、なん……で?」



 確かに、精霊をこの目で見て話をする事は、私の密かな悲願だった。

 こんな風に、リアや他の精霊達と話せたらと何度思った事か。


 それも、ミラと婚姻を結べば叶うかもしれないと、内心待ち遠しく思っていたのだが……。



『非常事態につき、お許し頂けると嬉しいのですが』



 ま、まさか……。



『籍だけ、先に入れちゃいましたわ!』



 知らない間に既婚者になってたーー!!?

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