第57話 フェンリルの祝福と反撃の狼煙
「分かりました。この子魔狼は責任を持って私が連れて帰ります」
旦那様がそう答えると、フェンリルは満足気に頷いた。
『ああ、頼んだ人の子よ。出会いの妙に感謝して、其方の名を聞くとしよう』
「ユージーン・ハミルトンです」
『ではユージーン、其方に我の祝福を与えよう。特に何が変わる訳でもないが、こういう物はまぁ気持ちの物だからな』
手を出す様に促された旦那様は、何を思ったか、手の平を上にして差し出してしまった。
ククッと可笑しそうに体を揺すって、フェンリルがその手の上に己の前脚をのせる。
なんか……凄い神々しい『お手』みたいになっちゃったんですけど……。
旦那様が真剣極まりない表情をしているのがまた何とも言えず面白くてじわじわ来る。
同じ事を思ったのか、お父さんとカーミラ王女殿下、クリスティーナも思いっきり顔を下に向けて肩をプルプルさせている。
お母さんだけは『まぁ素敵!』とか言ってるけど、それがまたシュールで笑いを誘ってしまった。
……んんっ!
何とか笑いを耐え切って、お手……じゃなくて祝福が終わると、今度はフェンリルは巣立つ我が子の元へとやって来た。
優しい瞳で子に鼻を擦り寄せるフェンリルは、紛れもなく親の顔をしている。
『森の外が似合う狼もいるのであろう。……どうか、幸せに。我も兄達もいつでもこの森にいるのを忘れるでないぞ』
実は、『臆病ってちょっと酷い言い方だな』とか、『そんな簡単に人間に託しちゃうの?』とか、少しフェンリルを薄情に感じていた部分もあったんだけど……。
親の愛情っていろんな形があるんだな、と思わされる光景だった。
『さて、時間を取らせたな。それでは行くが良い人の子達よ。いつの日かまた会おう』
そう言って尻尾を一振りすると、フェンリルは風の様に去っていってしまった。
少し寂しそうに「きゅうん」と鳴くもふもふちゃんを旦那様が抱き上げる。
「私はアナスタシアよ。よろしくね、コマロー」
旦那様が抱っこしたもふもふちゃん、改めコマローに挨拶をすると、コマローも「わふっ!」と返事をしてくれた。
うん、可愛い。仲良くやっていけそうだ。
「はぁ、アナだけじゃなくてハミルトン伯爵にもこんなに驚かされるなんて……貴方達、本当に規格外な夫婦ね!」
王女殿下にそう苦笑いされて、私と旦那様は顔を見合わせると同じ様に苦笑いをした。
流石にこの状況で否定は出来ないなぁ。
「それに、規格外な妹達でもあるわね。まさか二人でハミルトン伯爵を救出して来ちゃうなんて、アレクが聞いたら失神しちゃうかもしれないわ」
「お義兄様、ですか?」
何故ここで急にお義兄様の名前が出るのかと不思議に思って首を傾げる。
「ええ、言ったでしょ? 『私が一番信用している人に救援は求めておいた』って。アレクも公爵家の私設騎士団を率いて辺境伯領へ向かっていたのよ。もちろん、陛下の許可も取ってね」
! 王女殿下、確かにそう言ってた!
やっぱりあれはアレクサンダーお義兄様の事だったんだ!
「ふふ、アレクも肩透かしかもしれないけど……無事に戻って来れた事が何よりだもの。さぁ、急いで森を出て王城へ帰りましょう。みんな心配してるわ」
そうだった。マリーにも随分心配かけちゃったし、おじ様やナジェンダ様も待っている。
「それとその……森を出る前にそちらの方々がどなたなのか確認しておきたいのだけど……もしかして?」
「あ、はい。えっと、私の両親です……」
恐らく聞く前からその想定もしていたのだろう。
王女殿下は驚いた顔はしたものの、すぐに気を取り直すと、お父さんとお母さんに挨拶と今後の予定について知らせてくれた。流石である。
そして、王女殿下はお父さんとお母さんと話した後は、クリスティーナに向き直った。
「ティナ、先生方が心配していたわよ? いつの間にか部屋から抜け出してたんですって?」
「はい、すみません。どうしても気になってしまって……」
「まぁ、お陰でアナは助かったって聞いてるし、今更そこをどうこう言うつもりはないんだけど、急いで学園のみんなの所に戻らないとね」
「はい……」
この話だと、クリスティーナとは森を出たらそのまま別れる事になるのかな?
クリスティーナの事を考えていると、辺境伯領へ向かっていると言っていたアレクサンダーお義兄様の事がふと気になってくる。
「王女殿下、辺境伯領へ向かっていると言っていたお義兄様はどうなさるんですか? そのままこちらに合流するのですか?」
私がそう尋ねると、王女殿下は不敵な笑顔を浮かべてこう言った。
「いいえ、アレクにはそのままイングス伯爵家と辺境伯家について調べて貰うわ。ハミルトン伯爵は無事に救出した事だし、こちらが反撃する為の情報は少しでも多い方がいいでしょう?」
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