第56話 家族が増えました?
「フェン……リル」
そう呟いたのは誰だったのか。
自分だったのかもしれないし、他の誰かだったのかもしれない。そんな事も分からなくなるほど、その存在感は圧倒的だった。
「わふっ!」
誰もがその白い魔狼……フェンリルの存在感に圧倒される中、もふもふちゃんだけが嬉しそうにフェンリルの元に駆けていく。
『コマローね、こーけーしゃのしれん、だったんだってー』
『でも、コマローだけ迷子になっちゃったのー』
後継者の、試練……?
旦那様と顔を見合わせて首を傾げる。
「フェンリルは、神話上の生き物とも言われている聖獣。この森の守り神でもあり、森に生きる物達の
惚けたように黙ってフェンリルを見つめていた王女殿下が、ハッと気付いてそう説明してくれた。
……なるほど?
まだこんなに小さいのに大変だな、なんて思いながら様子を見ていると、フェンリルはその白いふさふさな尻尾をゆっくりと動かしならがら、優雅に旦那様の前までやって来た。
『人の子よ』
フェンリル喋った!!?
「お、お、お、王女殿下。フェンリルって喋るのですか!?」
「私も知らないわ。流石にフェンリルを見るのは初めてよ!!」
王女殿下と顔を寄せ合いひそひそ話をする。
『我の子が世話になった様だ。礼を言う。試練の間は子に干渉してはいけないという掟があってな』
旦那様は自分の目の前まで来たフェンリルに対して、コックリと頷いた。
え、あれ大丈夫だよね? フェンリル聖獣だもんね? いきなりパックリいかれたりしないよね??
『この末子は、誰に似たのか臆病で戦いを好まなくてな。後継者にはなれぬとは思ってはいたが、よもや
もふもふちゃんは『きゅう……』と小さく鳴いて身を縮こませている。
まだこんなに小さいんだし、戦いを好まない優しい子がいたっていいんじゃない? と、思わず思ってしまうが、もちろん関係ない私が口を挟む様な事ではない。
獅子は自分の子を谷底に落として、そこから這い上がってきた子だけを育てる、なんて話も聞いた事がある。その世界にはその世界のしきたりがあるし、自然界の子育ては厳しいのだ。
それに、フェンリルに意見するとか正気の人間がする事じゃないしね。
そんな事したら、パックリいかれても仕方な…
「いえ、その子魔狼は私を守ろうと自分より大きな身体の軍用犬に吠えかかっていました。決して臆病な訳ではないと思います」
って、旦那様ーー!?
私の旦那様が物怖じしなさ過ぎて辛い。
確かに旦那様は今までも『大物だなぁ』と思わせる様な言動を繰り出してはいたが、ここでその
『ふっ、は、ハハハハハ! 面白い人間だのう』
フェンリルの不興を買うのではと内心で冷や汗ダラダラになっていた私の思いとは裏腹に、フェンリルは愉快そうに笑うと再びジッと旦那様を見つめた。
『のう、人の子よ。其方、この末子に名を付けたというのは本当か?』
「名前を付けたつもりは無かったのですが、名前として認識されてしまったのでしょうか?」
『コマローは、コマローだよねー?』
『ねー、コマロー!』
「わふぅ!!」
精霊たちにそう呼ばれ、嬉しそうに尻尾を振りながら返事をするもふもふちゃん。
……バッチリ名前として認識してそうですね。
『名前を付けられそれを受け入れるというのは、この末子が其方に従属しても良いと思っているという事だ。……人の子よ。この末子を連れていかんか?』
え? もふもふ連れて行ってもいいの!?
降って湧いたもふもふチャンスに、私は思わず期待に満ちた目で旦那様を見たが、旦那様は何やら複雑な顔をしている。
「私としては子魔狼を連れて行くのは構わないのですが……子魔狼はまだ小さい。親元を離れるには早いのでは?」
『いや、もう一人立ちしてもおかしくない頃合いなのだ。この末子は小さい頃からみそっかすでな。身体も小さいからそう思うのだろう』
「しかし……」
『心配ならば、当事者に聞いてみればどうだ?』
フェンリルと旦那様の話を理解しているのかいないのか、もふもふちゃんは首を傾げて一人と一匹を交互に見ている。
「……子魔狼、私と一緒に来るか?」
「わふん!!」
迷う事なく力強く吠えたもふもふちゃんを見て、旦那様は『そうか』と呟くと、優しい笑顔で頭を撫でた。
どうやら伯爵家に新しい家族が加わる様だ。
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