第55話 繋ぎたい手と白い狼

「良かったな、子魔狼。あれだけの数の精霊が探してくれれば、きっとすぐに親が見つかるぞ?」

「わふぅ!」


 白いもふもふちゃんは、旦那様の周りを元気に走り回っている。うーん、可愛い。


 ひとしきり走り回るもふもふを愛でた後、改めて隣を歩く旦那様の横顔を見上げた。

 

 いつも綺麗に整っている旦那様の、こんなボロボロになった姿は初めて見る。


 イルノは旦那様が『ドボーンした』と言っていたし、昨日は洞穴で夜を明かしたそうだし。坊ちゃま育ちの旦那様にはさぞかし大変な数日間だっただろう。


 監禁されていた間だって、どんな目に遭わされていたか分からない。

 


「旦那様、何だかドタバタした再会になってしまって今更なのですが、どこもお怪我はないですか? まさかご自分でこんな所まで逃げ出して来るなんて思いませんでしたよ……!」


「ああ、私は大丈夫だ。アナの方こそ怪我はないか? まさかこんな所まで助けに来るなんて思わなかったぞ?」



 二人して似たような事を言っているのが可笑しくて、思わず顔を見合わせると吹き出してしまった。


 一緒にいられる事が嬉しくて、それだけで幸せで。


 どちらからともなく手を繋ぎそうになったけれど、後ろからお母さんとお父さんの熱視線を感じてお互い慌ててバッと手を離す。


 お母さんの視線はワクワクキラキラした物だが、お父さんの視線は明らかに何やらジットリしている。



 おお、さっきは旦那様に感謝してくれていたお父さんだけど、やはり世の父親のリアクションはこんな感じか……。



 チラッと見上げた旦那様の顔は緊張で強張っていたけど、私と目が合うとふわりと微笑んでくれた。


 ……手、繋ぎたかったなぁ。


 どうやら、私は自分で思うよりずっと旦那様不足に陥っていたらしい。

 やっと会えたと思ったのに、まさかこんな形でおあずけをされるとは思わなかった。



 その後も、離れていた間に旦那様の身に起こった事などを聞きながら森の入り口を目指して歩く。



 本当はお母さんやお父さんの話も聞きたかったけど、どんな話が飛び出して来るかもわからない以上、クリスティーナもいるこの場でするべき話ではないと思ったのだ。



 —— お父さんの心の整理にも、もう少し時間がかかりそうだしね……。



 そうこうしている内にクリスティーナが騎士を吊し上げた地点まで戻ってきたけれど、既に騎士の姿は無かった。

 騎士の事はフォスに伝えて貰っていたし、恐らく王女殿下が回収してくれたのだろう。



 その場を離れてさらに森の入り口を目指して移動を始めたところで、私は自分の名前を呼ぶよく通る綺麗な声に気が付いた。

 


「アナーー!!」



 これは……カーミラ王女殿下だ!



「王女殿下ー! ここですー!!」



 私の方も大きな声で返事をすると、茂みを掻き分ける様にして、騎士と魔導士を一人ずつだけ連れた王女殿下が現れた。


 恐らく絶対に信用のおける人間を二人だけ選んで、少数精鋭で私を探しに来てくれたのだろう。



「アナ! それに、ハミルトン伯爵も!? あぁ、クリスティーナも無事だったのね。良かった……」


 王女殿下は胸を撫で下ろすと、心底ホッとした声を出した。

 当然と言えば当然だが、随分と心配をかけてしまった様で申し訳ない。



「王女殿下、勝手な行動をとって申し訳ありませんでした……」

「そうね。でも、元はと言えばうちの騎士団と魔導士団に反逆者がいたのが原因なのだもの……。アナを危険に晒してしまって、本当に申し訳なかったわ。これは完全に私の落ち度よ」


 王女殿下に深々と頭を下げられて、私は大慌てだ。

 事情を知らない旦那様も驚いている。



「頭を上げて下さい王女殿下! 元はと言うなら、そもそもこちらの問題に力を貸して頂いていたのです。トラブルを持ち込んでしまい、本当に申し訳ありません!」



 私の言葉を聞き、ようやく顔を上げた王女殿下がお母さんとお父さんを見て目を点にする。


 王女殿下のこんな顔は初めて見たが、まぁそりゃ驚くよね。



「すみません王女殿下。無事に旦那様を救出する事は出来たのですが、他にも色々と想定外の事が起こりまして……」



 私に視線を戻した王女殿下は、私の後ろの方を見て、更に驚愕した様に目を見開いた。



「そう、みたいね」



 王女殿下の視線を追って振り向いた私も、驚きの余り体がビシッと固まった。



 なぜなら、そこには私が知る魔狼より一回りも二回りも大きい、真っ白な美しい魔狼が立っていたのだ。




「フェン……リル?」


 

 

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