第34話 断たれた絆

「ユージーンに精霊が見えているのにはすぐに気が付きました。赤子のユージーンが確実に精霊を目で追っていたからです。それ自体は私達の家系では珍しい事ではなく、むしろ『巫女の使命を終えてもすぐに精霊との縁が切れるわけではないのだな』と、嬉しく感じた程でした」


 赤ちゃんの頃の旦那様。み、見たい……。


「ユージーンのベビーベッドは、常に精霊たちに囲まれていました。私から見ればそれは幸せな光景でしかなかったのですが、ソフィアと……ユージーンの父親であるジョシュアから見ればそうではなかったのです」


 その頃の事を思い出したのか、ナジェンダ様は悲しげに目を伏せる。

 なんでだろう? 私からしても微笑ましい光景だと思うんだけど……。


「ジョシュアは精霊との親和性が低くてな。ソフィアと婚姻を結んで精霊の姿が見える様になったのはいいが、ボンヤリとした光位の認識しかなかったのだ」


 おじ様が仏頂面でそう言う。

 何だかご機嫌斜めだ。


「ジョシュアは、ソフィアと結婚した途端に見える様になった謎の光を気味悪がっていたのです。一応、事前に精霊の事を話してはいたのですが、フェアランブルの貴族であるジョシュアには理解出来なかったのでしょう。辺境に伝わる御伽噺おとぎばなしか何かの類いだとでも思っていた様です」


 あちゃー、そういう事か……。


 確かにフェアランブルは『精霊さんが見えるよ!』なんて迂闊に言うと、医者を呼ばれかねない国である。

 旦那様のお父様がすぐに精霊の存在を信じられないのも無理はないだろう。


 しかも姿がはっきり見えて話ができるならともかく、見えるのはボンヤリとした光だけ。

 正直、『俺、呪われたんじゃね?』とか思ったとしてもおかしくないレベルだ。



「そもそもジョシュアは領地経営も学ぼうとしないわ女にはだらしないわで、本当に顔だけの男だったからな! ソフィアもあんな男のどこが良かったのか」


 おじ様がブツブツと文句を言っている。

 旦那様のお父様に対する風当たりが凄い。


「王都にいる時は良かったのですが、領地は精霊だらけです。領地の経営、精霊についての考え方、周囲の風評……様々なものでソフィアとジョシュアの関係はすれ違いがちになっていました。そして、出産•子育ての為に長く領地に滞在するソフィアと、出来るだけ領地にいたくないジョシュアの間には、修復不可能な程の亀裂が入ってしまったのです」



 あぁ、これまた誰も悪くない……もしくは、みんなが少しずつ悪いパターンだ。

 すれ違いというのは、拗れるととんでもない悲劇を生む事がある。


 だから私は、誰かとすれ違いそうになった時は他人を挟まず直接アタックを心がけている。初期対応が肝心だ。



「そして問題はそれだけではありませんでした。ユージーンは成長するに連れてますます精霊との絆を深めていきましたが、それと共に体調を崩す事が多くなったのです」

「体調……ですか?」

「はい。始めは理由が分かりませんでしたが、ある日ついにユージーンが倒れた事で原因が判明したのです。ユージーンは著しい魔力不足の状態に陥っていました」


 魔力不足! 


「通常、近くに精霊がいるからといって魔力が吸われる様な事はありません。しかし、精霊から愛される愛し子という存在は、近くにいる精霊に無意識の内に魔力を分け与えてしまうのです。だからこそ、精霊はますます愛し子の元に集まります」


 そういえば、私も無自覚に魔力を消費してる状態だってカーミラ王女殿下に言われた事があるな。


「私も愛し子なので精霊に魔力を与えています。恐らくアナスタシア様もそうでしょう。しかし、ユージーンにはそれを補う程の魔力がなかったのです。精霊との親和性は異常な程に高いのに魔力は低い、これがユージーンの不調の原因でした」


 確かに旦那様本人も自分の魔力量は高位貴族としては少ない方だ、と言っていた。

 お母様は高魔力保持者だったけどお父様の魔力量が少なかったから、自分は足して2で割られた感じだって。


「ジョシュアとの不仲、ユージーンの体調不良。それらは精霊が原因だと思いつめたソフィアは、巫女の持つ力を使ってユージーンと精霊の関係を断ってしまったのです」

 

 精霊との関係を断つ?


「そんな事が可能なのですか?」

「はい。長い歴史の間には、時として精霊が見えたり話せたりするのに相応しくない人間が力を持ってしまう事がありました。そんな時、その人間から力を奪うのも巫女の仕事の一つだったのです。説明が難しいのですが、精霊と同調する力の様な物を封じるのです」


 巫女の仕事すごいな! 何か他にも隠れた力とか持ってそうでワクワクするけど、今はそんな事詳しく聞いてる場合じゃないのが残念だ。

 落ち着いたら是非じっくりお話を聞きたい。



『それでジーン、イルノわすれちゃったの?』


 ポツリとつぶやいたイルノの言葉に、みんなハッとしてイルノの方を見る。


「あなたは、あの頃ユージーンと仲が良かった精霊なのかしら?」

『うん、イルノ、ジーンの精霊!』


「そう……。ごめんなさいね。まさかあの時にもうユージーンと仮契約の状態になっている精霊がいたなんて、想像もしていなかったの」


 事情を聞けば旦那様のお母様の気持ちも痛い程分かるが、ある日突然旦那様に忘れられちゃったイルノは寂しかっただろうな。


 それに、今までの話を総合すると、魔力が貰えなくなるのは精霊にとって死活問題のはずだ。


 どうしてイルノは旦那様に忘れられても人間界に残っていたのだろう?



「ねぇ、イルノはどうして精霊界へ帰らなかったの?」

『だって、ジーン、しんぱい』



 ……なんかそれは分かる気がする……。

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