第33話 ユージーンの特殊な事情?

「お、おじ様、旦那様が森に入っちゃったって。もしかして『魔の森』の事じゃないですか!? 助けに行かないと!」


 アウストブルクとフェアランブルを跨いで広がる広大な森。

 通称『魔の森』は馬車で通るにも有名な難所で、通常は迂回をするのだ。

 ほとんど人が通らないからろくな道も無いし、魔獣が出るなんて話もある。


「このままじゃ、旦那様がリアル肉食獣にパクッといかれちゃいます!!」

「リアル肉食獣? 落ち着きなさいアナ。ユージーンなら大丈夫だ。……多分」

「多分じゃ駄目です。十代で未亡人は嫌です!」


 ていうか、八十代でも嫌! 生きろ!!



『みぼうじんってなーに?』

『えー。ちょっとアナ、変な言葉教えないでよ』


 コテンと首を傾げて聞いて来るイルノに、私に抗議するクンツ。

 うっ、ごめん。



「ユージーンは、アナと婚姻を結んでまた精霊と話せる様になったのだろう? なら大丈夫だ。あやつは昔から異常な程に精霊に好かれていたからな」


 ……また? 昔から? それってやっぱり……


「おじ様、やはり旦那様は昔は精霊が見えていたのですか?」

「ああそうか。それも説明せんといかんのか……」


 おじ様が、『一体どんだけ説明が必要なんだ』みたいな顔してげっそりしているけど、ちゃんと適宜お話しないからこういう事になるんですよ?


 なんだってこう、お貴族様ってのは家族間の『報・連・相ほうれんそう』が出来てないんですかね?



「なんと言うか、ユージーンは少し状況が特殊でな」


 説明が難しいのか、言葉を探して頭を捻るおじ様に代わって、またナジェンダ様が話しを始める。


「まず前提として、巫女は姫を守る為に存在します。巫女の一族が姫の一族を守り続けていたのも、いつか現れる『姫の魂を持つ生まれ変わり』を待つ為でした。そしてついにタチアナ様がお生まれになった」


 フンフンと頷く私。一応そこまでは理解した。


「タチアナ様がある程度ご成長され、ご自身の境遇を理解して頂けたら、タチアナ様は精霊界へ帰る予定だったのです」


 ええっ!? お母さん精霊界に帰っちゃうの!?


「それが精霊王の望みでしたから。なので、ソフィアがユージーンを産んだ時、『あぁ、巫女の一族は使命を終えたのだな』と思いました。巫女の一族に男児が生まれたのは初めての事だったからです」


 さっきナジェンダ様がご自分の事を『最後の精霊の巫女』と言っていたのはそういう訳か。



「ところが、その……タチアナ様は精霊界には帰りたくないと言って、エドアルド様と駆け落ちを……」



 お母さーーん!? 



 あ、いや、でも待てよ?


 勝手にそんな事決められても、そりゃ本人が帰りたくないってパターンも当然あるよね。


 私だって、もし『あなたは姫の末裔なので、一緒に精霊界に行きましょう』とか誰かに言われたら、旦那様を連れて逃げるかもしれない。


 ……ていうか、多分逃げるな。

 どうやら私にも駆け落ちの素養があった様だ。


 あれ? て事は、まさか……?


「あの、じゃあまさかお父さんとお母さんが駆け落ちしたのって、公爵家が原因じゃないんですか!?」

「いえ、それも勿論あるのです。公爵家のエドアルド様と、表向きは一代男爵の娘でしかないタチアナ様が結ばれるのは難しかったでしょう。ただ、私もタチアナ様は精霊界へお帰りになるものだとばかり思い込んでいて、それまでお守り出来ればいいのだと考えておりました」


 お母さんがずっと人間界にいるとなると、色々計画が狂っちゃった訳か。


「フェイラー辺境伯領でも権力争いは続き、精霊教会が権勢を強めておりました。教会は姿を消した姫の一族を執拗に捜し続けていたのです。あのままでは、タチアナ様が見つかるのも時間の問題で……」


 なるほど。精霊界には帰りたくない、このままでは結婚も認められない、辺境伯領には狙われている。


 そんな状況で、お父さんとお母さんは逃げるしか無かったんだ……。


「私の両親が駆け落ちするにいたった事情は理解しました。それと、旦那様の状況が特殊というのは一体どういう関係があるのですか?」


 いつの間にか両親の話になってしまったが、今は旦那様の話が先だ。


「そうですね。そういった事情もあり、私とソフィアはユージーンには巫女の事も姫の事も何も教えない事にしました。守るべき姫はもう近くにはいませんし、タチアナ様が精霊界に戻る事を望まれない以上、巫女の一族も姫の一族も、もうその定めから解放されてもいいのではないかと考えたのです」


 うん、それも分かる。そして恐らくお母さんも同じ様に考えて、私に何も伝えなかったのだろう。


「ところが、巫女の一族が役目を終えたからこそ生まれてきたのだと思っていたユージーンが、異常な程精霊との親和性が高かったのです」

「確かに旦那様は精霊と凄く仲良しですが、そんなに異常という程ですか? 私とそんなに変わらない気がするのですが」

「アナスタシア様とそう変わらない、というのが十分異常な事なのです」



 ……おぅ。


 旦那様、二人まとめて異常扱いされましたよ……。


 

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