第32話 《一方その頃の旦那様③》海辺の出会いはガン無視で

(Side:ユージーン)


「大丈夫ですか!? しっかり!」


 ……う、ん? なんだ? 誰だ?


 水を吸った服が重く、体にまとわりつく様で気持ちが悪い。

 気が付くと私は海岸に打ち上げられていたらしい。

 目を細めて辺りを見れば、少し離れたそり立つ崖の上にやたら立派な真っ白い建物が見えた。


 ああ、窓から飛び降りて海にダイブしたまでは良かったが、やはり気を失ってしまったのか。


 もし私が気を失っても、何とか海岸まで運んでくれると精霊達が言っていた。

 どうやら彼らは、約束通り無事に私を陸に送り届けてくれたようだ。


 軽く首を振り意識を覚醒させると、手や足を動かしてみる。うむ、どこも怪我はない。上出来だ。



「あの、大丈夫なんですか?」


 先程から声がする方を向いて見れば、見知らぬ若い女性が恐る恐るといった様子でこちらを見ていた。

 海岸にずぶ濡れの男が行き倒れていれば、何事かと訝しく思うのも無理はない。

 人を呼ばれたりしなくて良かった。

 騒ぎになれば私が逃げ出したのがすぐにバレてしまうからな。


「ああ、心配をかけた様ですまない。この通り大丈夫だから気にしないでくれ」


 私はそう言ってスックと立ち上がる。

 うん、どこも痛くない。


「……ここは、フェイラー辺境伯領で間違いないか?」

「へ? は、はい」

「あの崖の上に立っている、やけに立派な建物は何か知っているか?」

「……神殿ですか?」

「神殿? あれは神殿なのか?」

「神殿を知らないなんて、他領の人ですか? 海から流れ着いたとか……他国の人?」


 しまった。身元を詮索されるのは非常に良くない。


「ああ、いやすまん。気にしないでくれ」


 何とか適当に話を切り上げて顔を逸らすが、女性の方は私から視線をはずそうともしない。

 もの凄くじっと見つめられている。

 女性からジロジロ見られるのには正直慣れているのだが、今顔を覚えられるのはマズイ。



『おはよー、ユージーン!』

『大丈夫ー?』

『ぼくたち、がんばったよー!!』



 おお、精霊たち。ちゃんと私が起きるまで待っててくれたのだな、有り難い。


「ありがとう。皆のおかげで無事だ。さぁ行こう」


 精霊たちにお礼を言って、さっそく移動を開始すると、何故か先程の女性が追いかけて来る。


「あのっ、本当に大丈夫ですか?」

「? ああ、見ての通り何の問題も無いが」

「いえあの、問題しか感じないんですけど……」


 客観的に見ると、海で倒れていた余所者よそものらしきずぶ濡れの男が、一人ブツブツ言いながら歩いている訳か。


 ……流石に分かるぞ。大分ヤバいな。


「あの、せめて服を乾かされてはどうですか? 私の家がすぐ近くにあるんです。このままでは風邪をひきますよ?」


 親切な女性だな、とは思うが、知らない女にノコノコ付いていく私ではない。

 何せ私は愛する妻を持つ既婚者なのだ。

 逆の立場で考えて、アナが知らない男に付いていったりしたら普通に失神する。


「気持ちは有り難いが、大丈夫だ。精霊……あ、いや、これから暖かい風が吹いて、すぐに服は乾く予定なんでな」

「…………」


 駄目だ。我ながら怪しい。


 尚も声をかけようとしてくる女性を振り切る様にして、今度こそ足早に海岸から立ち去った。



 太陽の位置や海の方角から考えると、恐らくアウストブルクとの国境はこちらの方向で合っているはずだ。


 出来るだけ人と出会わない様に、大きな道は避けた方がいい。馬でも調達できればありがたいが、逃亡中の身には難しいだろう。

 食料はアナのクッキーを大事に食べるとして、水はまた精霊に頼めば何とかなるか?


 ……国境まで歩きで何日かかるか分からないからな。どこか途中の街で買い物でも出来るといいが。

 

 歩きながら色々と考えを巡らせていると、最初に仲良くなった精霊に声をかけられた。


『ユージーン、どこ行くの?』

「言ってなかったか? アウストブルクへ行きたいのだ。アナは今、アウストブルクにいるからな」



『アウストブルク、知ってる!』

『あっち!』

『もり、ちかみち!』

 


 沢山の精霊たちが、口々にそう言いながら楽しそうに私の周りを飛び回る。

 ……改めて見てみると、明らかに精霊たちの数が増えている気がする。


「なぁ、仲間の数が増えていないか?」

『ふえたー! ユージーンがドボーンした時、水の中にいたなかま、たすけてくれたの』

「精霊は海の中にもいるのか?」

『いるよー! 森にもいるよー!』


 そういえば、以前アナが精霊は自然が豊かな場所を好むようだと言っていたが、確かに海も森も自然だな。



「そうか。皆、助けてくれてありがとうな」

『『『どういたしましてー!』』』



 結構な大所帯になった精霊たちを引き連れて街道を歩く内にふと気付いたのだが、この状況、精霊が見える者から見たらもの凄く目立つのではないか?


 やはり街道を歩くのはやめた方がいいか……。


 道を外れるのは危険な気もするが、方角さえ見失わなければ最短ルートで国境へ辿り着けるかもしれない。


「そういえば、さっき森は近道だと言っていたか?」

『いったよー! もり、ちかみち!』

「道は分かるか?」

『道、ないよー!』

『でも、分かるよー!』


 ふむ。


 このまま徒歩で進んでいては、私を拐かした連中に追い付かれるのは時間の問題だ。

 ならば……多少の危険は承知の上でも、森に入る方が追手を撒いて逃げ切れる可能性は高いかもしれない。


 虎穴には、入らなければならない時もあるからな!!



「よし森を突っ切るか! 皆、案内を頼めるか?」

『『『いえーい! レッツゴー!!』』』

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