第31話 巫女と姫の出奔と精霊の大移動

「すみません、その『お姫様の生まれ変わり』というのが、私にはちょっと理解しがたいのですが……」


 話の腰を折る様で申し訳なく思いながらもそう聞くと、ナジェンダ様は優しく微笑んで説明を続けてくれた。


「精霊界に戻る事を拒み、人間界でその生を終えた姫の魂は、人間の輪廻の輪に組み込まれてしまったのです。姫との再会を待ち望んでいた精霊王の悲しみは深く、いずれ生まれるはずの『姫の魂を持つ末裔』の誕生を待ち続けました」



 それが、お母さん……?



「精霊姫の一族にも巫女の一族にも、不思議と女児しか生まれませんでした。辺境伯家の祖先は姫の一族との縁を望みましたが、女同士ではそうも参りません。いつの頃からか、姫の一族は精霊教の総主が決めた相手に嫁ぐという不文律が出来上がっていたのです」


 私は頷きながら話を聞く……が。


 貴族の世界でも政略結婚なんてよくある話だが、精霊を崇めるはずの精霊教がその姫を自分達の都合の良い様に扱うなんて、なんかモヤモヤする。


「カロリーナ様と私は歳も同じで、巫女の一族と姫の一族という関係性もあり、幼馴染として親しく過ごしておりました。カロリーナ様には総主が決めた婚約者がいたのですが……、まぁその、あまり性質のよろしくない方だったのです」

「率直に言ってクズだな」


 お、おじ様……。


 おじ様は実は少しお口が悪い。貿易であちこち回っていたからだと言っていたが、腕っぷしも強い。

 下町の食堂で大盛りの定食を平らげるし、こんな調子だからまさか貴族だとは思わなかったんだよなぁ……。

 ちなみに、私の投げ技もおじ様直伝である。


 あれ? でも。


「おじ様も、そのカロリーナお祖母様の婚約者の方をご存知だったのですか?」

「ああ、その頃私は既にハミルトン伯爵家の次期当主として他国や他領との貿易に関わっていたのでな。辺境伯領にもよく足を運んでいたのだ」

「なるほど。それでおじ様とナジェンダ様は出会った訳ですね」


 私がそう言うと、二人とも恥ずかしそうにポッと頬を染めた。可愛い。

 いいな、こんなお祖父ちゃんお祖母ちゃん夫婦。


「ま、まぁそれは置いておいてだな。問題はカロリーナの婚約者がクズだったという事だ」

「神殿で神託を受けた時、どうしてもその方が姫様のお父上になるとは思えなくて……。カロリーナ様に心の内を尋ねたら、カロリーナ様には他に想い人がいらしたのです」


 なんと。他に好きな人がいるのにクズと結婚させられるのは可哀想だな。



「で、みんなまとめて私がハミルトン伯爵領へ連れて来たのだ」


 おじ様の行動力が規格外!!


 おじ様はあっさりと言ってのけたけれど、それ、当時は相当な修羅場だったのではなかろうか?


「精霊姫の一族は、神殿に縛りつけられていた様なものだったのですよね? どの様にして連れ出したのですか?」

「カロリーナの恋人と共謀して普通にさらった」


 犯罪者だー!!


 私の心の声が聞こえたのか、おじ様が気まずそうにモショモショと話を続ける。


「いや、ナジェンダに関してはきちんと筋を通して嫁に貰ったのだぞ? だが、やはりカロリーナを連れ出すのは一筋縄ではいかなくてな」

「もちろん、カロリーナ様のご意志を尊重した上でお連れしました。なので、『攫った』というより『駆け落ち』かしら……?」


 親子二代に渡って駆け落ちとは随分情熱的だな、私の家系。

 私なんて、ゴリッゴリの政略結婚だったのに……。



「だ、大丈夫だったんですか? その後とか」

「ああ、証拠を残すようなヘマはしていないし、何せ精霊たちは皆こっちの味方だからな」

 

 おじ様は悪い顔をしてニヤリと笑う。


「それに、幸いなことに辺境伯家の次期当主だった私の姉は、私達に協力してくれました。お陰で、大きな騒ぎにならずに済んだのです」


 なるほど。それに元々、精霊姫の存在が秘匿されていたのなら、大々的に騒ぐわけにもいかなかったという訳か。


「むしろその後大変だったのは、辺境伯領と精霊教会だ」

「え?」

「姫の一族であるカロリーナと、巫女で愛し子のナジェンダが同時に領地を出た事で、精霊たちもゴッソリ付いてきたのだよ。それまで散々精霊たちの恩恵に預かっていながら大した感謝もしてこなかった連中は大慌てだ。うむ、あの時は胸がスッとしたな!」


 とてもいい顔で笑うおじ様。


 ハミルトン伯爵領にやたら精霊が多いのはそのせいか!


「やれ、巫女だ姫だと言う割には、辺境の連中はナジェンダもカロリーナも大切にしている様には見えんかったからな。精霊に対してもそうだ。口先では崇めている風な事を言うが、自分達にとって都合のいい存在扱いしかしていない」

「お姉様と領民達に苦労をかけてしまったのは心苦しいけれど、あのままではいずれ辺境伯領はフェイヤームの二の舞になっていたと思うのです」


 ……確かに。


 昔あんな理由でフェイヤームが滅んだというのに姫の一族に嫌がる婚姻を押し付けてきたとか、精霊王激怒案件だろう。人間、愚か過ぎんか?


 で、結局、精霊にまでゴッソリいなくなられて苦労した、と。因果応報とはまさにこの事だ。




『アナー』


 話の途中で、イルノと手を繋いだクンツがポンっと目の前に現れる。


『お話し中にごめんね。この子がアナに話したい事があるんだって!』


 イルノが?


「どうしたのイルノ? もう眠くないの?」

『たくさん寝たー。あのね、アナ。ジーン、森に入っちゃった』



 森?

 

 もり、森……って、まさか!?


 

 アウストブルクへ来た時に、魔導飛空挺から見た『魔の森』の事を思い出し顔がサーッと青くなる。




 旦那様ーー!?

 それ入っちゃダメな奴ーーーー!!

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