第30話 精霊の巫女と精霊姫


 —— お母さんと、お祖母様……?


 真剣な表情のナジェンダ様を見て、思わずゴクリと喉を鳴らした。


 私が自分の母親についてあまりに無知だという事は自覚していたけれど、祖母に至っては会った事すらない事実に今更ながらに気付く。


「おいおい二人とも、まさかこんな大切な話を立ち話で済ますつもりかい? アナ、あちらの椅子に座るといい」


 おじ様はそう言うと、当たり前の様にヒョイっとナジェンダ様をお姫様抱っこしてソファーまで連れて行く。


 そのままソファーに座らせるのかと思いきや、なんとおじ様はそのまま膝の上にナジェンダ様を乗せて抱え込んでしまった。



 ……犯人はアンタか!?


 そう、これは旦那様が私に対してよくする行動なのだ。

 

 恥ずかしくて抗議したら『恋愛結婚の高位貴族の夫婦はみんなこんなものだ』と言われ、お貴族様スゴイな!! と思って信じてしまった黒歴史がある。


 周りに『そんな訳ないだろ!』と突っ込まれた時には恥ずか死ぬかと思った。


 それでも旦那様は『いやそういう物だろう?』とばかりにキョトンとしていたのだが、まさかおじ様の影響だったとは……。



「サミュエル? アナスタシア様の前でこんな格好失礼だわ。それに、大切なお話をする姿勢でもないでしょう?」


 ナジェンダ様に優しくたしなめられたおじ様が、叱られた大型犬の様になっている。


 うん、間違いない。この人は旦那様のお祖父様だ。血の繋がりってやっぱり凄いな。


 実は結構緊張していたので、いい感じに肩の力が抜けたかな? なんて考えていると、ナジェンダ様と目が合った。


「失礼致しました、アナスタシア様。お話を……


 ……困ったわ。何から話そうかしら?」


 ナジェンダ様も少し緊張が解けた様で、二人で少し笑い合う。そう、私達には話さなければならない事が多過ぎるのだ。

 

 私は、『まず聞くとしたらこれだ』とずっと思っていた事を、自分から切り出す事にした。



「……私の母は、一体何者なのでしょう? フェアファンビル公爵家で、辺境伯の遠縁で一代男爵の娘だと聞いたのです」


 ナジェンダ様は静かに頷く。


「ええ、対外的にはその様になっています。アナスタシア様のお祖母様であるカロリーナ様とタチアナ様を守る為に、その様な身分を偽装致しました」


 偽装!?


「アナスタシア様は、ユージーンと一緒に精霊について調べられたそうですね。フェイヤームの事はどれくらいご存知ですか?」

「そうですね。かつてあった小国で、『精霊に愛されし国』の別名を持つ精霊と関わりの深い国だったと。カーミラ王女殿下からは、精霊の姫が作った国だとも聞きました」



「タチアナ様は、その精霊姫の生まれ変わりです」



 ……。


 …………。


 …………お、おお……。



 いきなり生まれ変わりとか言われても、現実離れし過ぎていて、正解のリアクションが分からない。

 

 非常に微妙なリアクションをとってしまった私を見て、ナジェンダ様も苦笑いをされている。


「いきなりそんな事を言われても、困りますわよね。そもそも、カロリーナ様は精霊姫の末裔なのです」

「!!」

「つまりは、その娘のタチアナ様も、もちろんアナスタシア様も精霊姫の血筋という事になります」

「ま、待って下さい。精霊のお姫様は、フェイヤームが滅んだ時に精霊界へ帰ったんですよね? 何故その血筋の者が人間界に?」


「姫は、実は精霊界へは戻っていないのです」


 なんと!?


「フェイヤームが滅んだ時、人間の護衛騎士と恋仲になっていた姫は精霊界へ戻る事を拒みました。しかし姫が人間界に残っている事が明るみになれば、その存在を狙う者はまた現れるでしょう。そこで表向き姫は精霊界へ戻った事にして、その存在を匿ったのです」


 私は頷いて、話の続きをうながす。


「精霊の巫女は姫を守る為に力を与えられた、精霊と人間を繋ぐ役割を持つ者です。当然、人間界に残った姫を守るのも巫女の役割でした。やがて姫が亡くなった後も、巫女の一族はその土地に残り、フェイラー辺境伯と名を変え、代々姫の末裔を守り続けていたのです」



 え、じゃあ私、本当に精霊のお姫様の子孫なの!? マジか!?



「私……人間ですよね?」



 私としては至って真面目に聞いたのだが、隣でおじ様がブフォッと吹き出す。


 ちょっと! おじ様笑い事じゃないですよ!?



「ふふ、もちろん人間でございます。そもそも精霊姫の一族も精霊の巫女の一族も、長い年月がたつにつれて段々と力を失っていたのです。そして、姫を守っていたはずの辺境伯の在り方も、年月と共に歪んでいってしまった……。私が巫女の力に目覚めた時、カロリーナ様は守られているというより、辺境伯領から出る事も許されず、神殿に縛りつけられている様に見えました」


 その頃の事を思い出したのか、ナジェンダ様は哀しげに表情を曇らせた。


「私は、フェイラー辺境伯の次女としてこの世に生を受けました。そして今の時代としては珍しく、非常に強い巫女の力をその身に宿していたのです」


 おじ様が、ナジェンダ様を労る様にその手を握る。


 もしかして、これから話す事はナジェンダ様にとっては辛い思い出だったりするのだろうか?



「辺境伯家の一族の者は、十五歳になる年に神殿で洗礼を受けます。その時、私の持つ強い力は、カロリーナ様がいずれお産みになる『姫様の生まれ変わり』を守る為の力である事を神託で知ったのです」

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