第21話 アウストブルクの国王陛下は……

 目の前のナイスミドルが大国アウストブルクの国王陛下だと言う事を理解した私は、慌てて深く深くカーテシーの姿勢をとった。


「ああ、いいんだハミルトン伯爵夫人、顔をあげて。これはプライベートな出迎えなんだ」

「もう、お父様! お父様がいきなり来たらアナが驚くのは当然でしょう?」


 お言葉に甘えて顔を上げると、目の前では王女殿下と国王陛下が気安いやり取りを繰り広げている。

 どうやら親子関係はとても良さそうだ。


「ごめんなさいね、アナ。お父様にはお城で大人しく待つ様に言っておいたのに」

「いえ! わざわざ迎えに来られるなんて、王女殿下と国王陛下はとても仲がよろしいのですね」


 国王陛下に出迎えられて、王女殿下に謝られるって、私どんだけVIPだよ!?

 と、恐縮しきりだ。


「確かに親子仲は良い方だと思うけれど、お父様のお目当ては私じゃないのよ……」


 王女殿下はそう言うと、ほぅっとため息を吐いた。

 国王陛下の方を見れば、何だか凄くキラキラしたした目でこちらを見ている。


 私、か?


 ……いや、私よりももう少し上を見ている様な?


 私の頭上には今、フォスとクンツとカイヤがパタパタ飛び回っている。



 あ、もしかして陛下も『見える』人!?



 私の頭上を輝く瞳で凝視していた陛下を眺めていると、不意にパチっと目があった。

 途端にガバァッと両手を握られる。


「君、凄いね!! 本当に精霊を三人も連れてるんだね!! この子達と…………ギャッ!!」


 私の両手を握りしめて興奮気味に話し始めたと思ったら、今度は電撃でも喰らったかの様に急に手を離す国王陛下。



 ……電撃でも喰らったかの様にって、ま、まさか……!?


『ユージーンに、相手が誰であれ、いきなりアナに触る様な奴には電撃喰らわせる様に言われてるからね!!』


 フォスが満足げにそう言うけれど。


 いやいやいやいや!!


 相手が誰であれって、流石にアウストブルクの国王陛下相手は旦那様も想定してないでしょうよ!?


 どうすんの!? 到着五分で国際問題だよ!!


 私がオロオロしている横で、カーミラ王女殿下はケラケラと笑っている。


「くふっ、今のはお父様が悪いわ! あはは……!」

「お、王女殿下!?」

「いいの、いいの、お父様絶対気にしてないから。気にしてないというよりむしろ……」


 王女殿下の話を聞きながら陛下の方を見ると、陛下はしゃがみ込み、自分の両手を見ながら何やらプルプルと震えている。


 やばい、結構痛かったりしたのかな?


 が、私の心配をよそに、顔を上げた陛下は何故か瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべていた。



「カーミラ! 精霊さんにビリビリして貰ったぞ!!」


 

 …………んん?



「良かったわねー、お父様。アウストブルクの精霊にはもう相手にして貰えないものね」



 んんーー??



「重ね重ねごめんなさいね、アナ。夫人の手をいきなり握るなんて無礼だわ! お父様には後でよーく言い聞かせておくわね」

「いえ、あの、そんな事より……」

「ああ、お父様はね、なんと言ったら良いのかしら。ちょっと周りが引くほど精霊が好きなのよ。精霊コンプレックス? とでも言えばいいかしら」



 精霊コンプレックス!?



 マザコンとかファザコンとかは聞いたことあるけど、まさかの精霊コンプレックス!!

 


「お父様は一応精霊使いの認定も持ってるのだけど、精霊に選んで貰えなくて……」


 確かに、まれに精霊使いとして国に認定されても精霊に選んで貰えない可哀想な人がいるって話を王女殿下がしてたけど、自身の父親の事だったんかい!


「まぁ娘の私が言うのも何だけれど、治世者としては有能だし、害は無いから気にしないで先に行きましょう」

 

 そう言うと、カーミラ王女殿下は迎えの馬車にさっさと乗り込む。

 まさかの塩対応だ。


「待った待ったカーミラ。折角迎えに来たんだから、同じ馬車にくらい乗せてくれ」


 陛下がそう言って駆け寄って来るので、結局私とカーミラ王女殿下と国王陛下が同じ馬車に乗る事になった。


 マリーは王女殿下の侍女達と一緒に後ろの馬車に乗っている。

 持ち前のコミュニケーション能力ですっかり侍女達に馴染んでいるマリーなら問題無いだろう。

 というか、何なら私もそちらに乗りたい。



「いやぁ、さっきは失礼したね。カーミラから、三人も精霊を連れた精霊使いがいるという話を聞いてから、会うのが楽しみで楽しみで仕方なくてね。つい年甲斐もなくはしゃいでしまった」


 馬車の中でそう陛下に謝られた。

 さすが親子。

 陛下から王女殿下に通じるお茶目さを感じる。


「ああ、やっぱり契約したての精霊は光の感じが少し違うんだね。色合いも個性があって素敵だ! ああ、可愛いなぁ。いいなぁ。欲しいなぁ」


『アナー、このおじさんすっごい見てくるー』


 フォスがそういうと、陛下から隠れる様に私の手の中に潜り込んでくる。

 さすが精霊。権力者に対する忖度というものが一切無い。


「おおっ! 今なにか喋ったんじゃないか!? カーミラ、精霊さんは何て言ってるんだい!?」


 陛下がワクワクした顔で王女殿下にそう聞いているけれど……あれ? もしかして陛下、声は聞こえない系ですか?


 私が不思議そうにしたのに気が付いたのだろう。王女殿下が説明してくれる。


「お父様は、精霊と話が出来るほどは親和性が高くないの。姿もハッキリ見えている訳ではなくて、光と、何となく色の違いを感じられる位なのよ」


 おお、うちのお父さんと同じ位だ!



 そんな話をしている間にも馬車はどんどんと街中を進み、段々お城が大きく見えて来る。


 街にはフェアランブルでは見かけない建物やお店も多くて、私も精霊トリオも興味津々だった。

 色々な事を尋ねても、王女殿下も陛下も嫌な顔一つせず丁寧に教えてくれてありがたい。



 ——— やっぱりアウストブルクは凄いですよ、旦那様!


 早く旦那様にもこの景色を見せたいな!

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