第22話 《一方その頃の旦那様①》攫われるのがヒロインだけとは限らない

(Side:ユージーン)


「……う……ここは?」


 目の前に広がるのは見慣れない天井。

 何故かグラグラと視界が揺れる。

 気持ち悪い。



「何が、あった……?」



 ぼんやりとした頭を必死で働かせ、記憶を辿る。


 伯爵領から王都への街道を整備する件で、近隣の領主達との会合を持った。


 話し合いはスムーズに終わり、この分ならすぐにアナを追いかけられると思っていたら、辺境伯が……



 —— そうだ! 辺境伯!!



 フェイラー辺境伯家からの使者と名乗る者が会合の場に現れたのだ。


 ナジェンダお祖母様の姉君である先代の辺境伯が、難病にかかり危険な状態でナジェンダお祖母様に会いたがっている。

 手紙を預かってきたから読んで欲しい、と言われつい会ってしまった。



 しかし、そこで聞かされたのはあまりに馬鹿馬鹿しい話だった。


 辺境伯家が後継者争いで揉めているというあの噂は本当だったらしく、この使者達は辺境伯家の現当主と後継者に不満があるというのだ。

 そして、辺境伯家と血縁関係にある私に爵位を継いで欲しいという。


 無茶苦茶だ。


「あまりに非現実的な話です。私はハミルトン伯爵家の当主だ。辺境伯になどなれる訳がない。それに、この様な場でする話では無いでしょう?」


 私が使者と話をしているのは、イングス伯爵の邸だ。


 人前で出来る様な話ではないので個室を用意して貰ったが、仮に血縁関係がある私に後継に関する話をするとして、他家でする様な話では絶対にない。

 事前に先触れを出し、こちらの了承を取った上で我が邸に訪れるのが常識だろう。


「そもそも、現辺境伯もその後継者も爵位を継ぐのに順当な人物ではないですか。私を引っ張り出す方が余程おかしい」


「いえ、あの者達は辺境伯の当主には相応しくありませんよ。

 —— なにせ『精霊が見えない』のですから」



 不気味な笑顔でそう言う使者を見て、思わずガタンと立ち上がる。


「その点、ユージーン様は素晴らしい。姿を見るだけでなく、言葉を交わし、精霊を意のままに動かす事まで出来る……実に素晴らしい!!」


 意のままに動かすというか、きちんとオヤツも買って頼んでいるのだが……。


 何か気に入らない言い方だな。


 いや、それ以前に、何故この者は私と精霊達の関係を知っているのだ!?


「普通の伯爵家なら、遠縁の者でも何でも連れて来て継がせればどうにでもなるでしょう。しかし! フェイラー辺境伯家はそんな訳にはいかない。我らは誇り高きフェイヤームの民の末裔なのです!」


 話している内に気分が高揚してきたのか、朗々と語り出す男。目がイッてて少し怖い。


 うん、よく分からんが多分不味いな。

 適当にあしらって早くこの場を離れよう。


「悪いが期待には応えられない。私は急いでいるのでな、話がそれだけなら失礼させて頂く」

 

 私がそう言って部屋を出ようと扉へ向かうと、扉がガチャリと開いて四人の女性がゾロゾロと入室してきた。



 一体なんだ? 益々不味い気がする。



「いやいや、失礼しました。つい気がはやってしまいましてな。急にこんな話をしても、すぐには受け入れて頂けないとは思っておりました。して、どうですかな? この四人は我が辺境伯が誇る選りすぐりの令嬢です。美しく、性質も良い」


 使者に促された女性達が、媚びる様に私に微笑みかけてくる。


「どうとは何だ? 先程から何を言っているのかさっぱり話が見えない。私は失礼する」



 部屋から出る為、扉の前に並んでいる女性達の間をぬって進もうとすると、不意に甘ったるい嫌な匂いがする事に気が付いた。



 しまった! これは————



「はっはっは、ユージーン様は中々せっかちな方の様ですな。仕方ありません。ゆっくり理解して頂きましよう。を」


 

 気が付いた時にはもう遅かった。


 恐らくおかしな薬を嗅がされたのだろう。意識がどんどんと遠のいていって、現在に至る、という訳だ。





「まさか、あの使者がこんな強引な手に出るとはな。私はかどわかされたのか?」


 アナが狙われる事に関しては十分に用心していたが、まさか私の方が狙われるとは思わなかった。油断したな。

 

 まだ少しグラグラする頭を振ると、自分の身体を確認する。怪我をしたり縛られたりはしていない。服装もそのままだ。


 ハッとして慌てて自分の服の中をゴソゴソ探る。


「良かった、あった……」


 そこには、アナから預かったお守りのペンダントがきちんとあった。

 そのままゴソゴソ探ると、上着の内ポケットに入れていたアナのクッキーもちゃんとある。



「……ふむ」



 そっとドアノブを回してみるが、流石に鍵がかかっていた。


 部屋の中を見回せば、ここが豪華な作りの建物だというのはすぐに分かる。私が寝かされていたベッドも上等な物だったし、サイドテーブルには水差しとコップが用意されている。

 私に対してすぐにでも危害を加える、といった雰囲気ではない事に少しだけ安心したが、この水を飲むのはやめておいた方がいいだろう。


「私はどれ位寝ていたのだろう。ここは、辺境伯領なのか?」


 ドアには鍵がかけられていたが、見る限り窓が封鎖されている様子はない。


 不思議に思って窓を開けると絶句した。

 なるほど、窓を封鎖しなくていい訳だ。


 窓にはバルコニーはおろか、外側に足をかけられそうなスペースさえない。

 そして、この建物自体が崖近くに建てられているのだろう。窓の下はそのまま断崖絶壁だった。


 こんな所から飛び降りようものなら、そのままあの世へ一直線だ。




 —— 普通なら。



 どうやら、運に見放されたという訳ではなさそうだな。



 私は、窓の外をふよふよ飛んでいる光を見つけ、そっと笑った。

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