第10話 寝た子を起こしましたね?

「なんで? バージル様、なんで私と踊って下さらないないの!?」

「いや、もちろんイブリンとも踊るよ? ただ、まずはようやくご挨拶出来たカーミラ王女殿下とより親密になれればと……」


 ならんでいい! 


 なんで婚約者のいる異性と親密になる必要があるのかサッパリ理解出来ない。


 そして、何気にウェスティン侯爵が一番凍てつく様な視線でウォルカ伯爵令嬢を見てるんだけど、親公認のお付き合いって訳じゃ無さそうだな……。


 どちらにしろ訳の分からない事態に巻き込まれているカーミラ王女殿下が気の毒だし、他国の使者も沢山いる中でのこの醜態。

 控えめに言ってフェアランブルの恥だ。



「バージル殿、ミラは少し休みたいと言ってますのでこれで私達は失礼致します」


 お義兄様は尚も食い下がろうとするバージル様から王女殿下を隠す様に立つと、そのまま王女殿下の腰を自身の方へグイッと引き寄せる。



 ふおぉ、お義兄様カッコいい!


 しかもいつの間にやら愛称呼びにまで進展してるじゃないですか!?


 ヒューヒュー! お義兄様ヒューヒュー!!



 ……って、いかん。

 精霊トリオのノリがうつった。


 いやしかし、こんな好戦的なお義兄様初めて見た。


 そうだよね、自分の婚約者にしつこく付き纏われたら、いくら温厚なお義兄様でも怒るよね。


 カーミラ王女殿下は広げた扇子で顔を半分隠しながら相変わらずニコニコしているけれど……。


 うん、あれはマズイな。大分目が笑ってない。


 さっきから私の耳にまで入って来てしまう貴族達の陰口が、王女殿下に聞こえていない訳がない。


 陰口の内容的には、カーミラ王女殿下よりも圧倒的にお義兄様を貶めるものが多いのだが、その方が余計に腹が立つだろう。


 もしも私が王女殿下の立場で、旦那様の悪口をあんな風に言われたら、既にそこらの貴族の頭をハゲ散らかした焼け野原にしている自信がある。



「ちっ、政略結婚で運良く順番が回って来ただけの癖に偉そうに」


 カーミラ王女殿下を連れてその場を去ろうとしたお義兄様の背にバージル様が悪態を投げつけ、周りもそれに同調するかの様にクスクス笑う。


 余りにも腹が立ち、私が一歩足を踏み出しそうになったその時。


 カーミラ王女殿下が『パシンッ』と手に持っていた扇子を閉じた。



 ……あ。


 やっちまったな。



 カーミラ王女殿下はくるりと振り返ると、輝く様な笑顔でこう言った。



「あら? 私は恋愛結婚のつもりよ?」



 突然流暢なフェアランブル語で話し始めたカーミラ王女殿下に、バージル様を始めとした周りの貴族達がギョッとした顔になる。


「フェアランブルからの申し出で以前の婚約が白紙になった時、次のについてはハッキリとお断りした筈なのだけど……。随分と無責任な噂が出回るお国柄なのね」


 カーミラ王女殿下はバージル様とその腕にぶら下がっているウォルカ伯爵令嬢を一瞥すると、今度は『顔は覚えたぞ』と言わんばかりの表情で周りの貴族の顔を見回していく。


 周囲にいた貴族達は慌てて下を向いたり、扇子で顔を隠したり、スススッと逃げて行ったりと非常に情け無い。


 よっしゃあ! やっちゃえ、やっちゃえ!



「はは、いやいや王女殿下もお人が悪い。フェアランブル語が話せない振りをして我々を試していたのですかな?」


 慌てて逃げて行く貴族達や冷や汗ダラダラのバージル様と違って、さすがウェスティン侯爵は肝が据わっているらしい。


 明らかに顔色を悪くしている息子を下がらせると、自身が前に歩み出て来た。


「あら、何のことですの? 今日の夜会には海外からのお客様も多いと陛下から伺っていたのに違うのかしら? 国際交流の場で大陸共用語アウストブルク語を使うのは当然の事だと思っていたのだけれど……」


 そう不思議そうに首を傾げるカーミラ王女殿下に、周りの他国の使者さん達もウンウンと頷いている。


 恥ずかしながら私も勉強不足だが、もしかしてこういった夜会では他国の貴族は大陸共用語を使うのだろうか?


 だとしたらウェスティン侯爵が言ってる事はとんだ赤っ恥である。

 

「い、いや、しかしですね王女殿下。殿下も我がフェアランブル王国に嫁がれる身なのですから……」


「決まってませんわ」



 ええぇーーー!!??



 ま、まさかフェアランブルの貴族の余りのアホさに嫌気がさして、お義兄様との破談も視野に!?


 許すまじアホ貴族ども!!

 

 周りの貴族もウェスティン侯爵もギョッとした顔で王女殿下とお義兄様を見つめている。


「先程も言った様に、私とアレクは恋愛結婚するのです。私は愛するアレクと結婚出来ればそれでいいの。何故私がこちらに嫁ぐ前提なのかしら?」


 あまりの展開にポカンと口を開ける貴族達とは対照的に、国王陛下が顔面を蒼白にしてガタンと立ち上がった。


 カーミラ王女殿下は、目の前にいるウェスティン侯爵や他の貴族には目もくれず、真っ直ぐ壇上の陛下を見つめるとこう言い放つ。



「まさか、私の大切な婚約者様が自国でこんな扱いを受けているなんて思いもしませんでしたわ。


——— こんな事ならフェアランブルの爵位は返上して、アレクは私が婿に貰っていきましてよ?」

 

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