41. 私、陛下のお側にいたいですのぉ……



「はぁぁ……」

 

 少々長引きましたが、世界会議を終え、無事にグレイシャルに帰ってきまして。

 燃え盛る暖炉の前で、わたくしはとにかくぼーっとしておりました。陛下もジェームスも世界会議の後処理で忙しいので、王妃教育もなく……。やることがない上に外は悪天候。

 こういう時は普段は考えていないような暗いことを考えてしまいますの。


「ため息なんてお嬢様に一番似合わないですよ。世界会議についてですか?」

「っクロエ……。いいえ、違いますわ」


 世界会議の内容はグローリアの王や偽物聖女、浮気殿下が受ける国際裁判の予定についてに変わり、私もあの件に関わっているので証言など後処理が大変でしたが……。

 そんなことはどうでも良いのです。


「話せば楽になりますよ」

「……」

「吐けば楽になるみたいな風に言わないでちょうだい、とまで仰らないなんて重症なようですね」


 確かに私が言いそうなことですが……そんなに元気だったらこんなに落ち込んでいませんの。

 掃除をしていたクロエが、私の側まで来て慰めるように頭を撫でてくれまして。私はそのままクロエに寄りかかりますの。

 心地いい……。安心しますわ……。


「……陛下も、私も、汚名返上できたじゃない?」


 部屋に響くのは、パチパチと薪が燃える音と私の小さな声だけ。


「陛下がやっと正当な評価を受けて、私とても嬉しいの」


 ずっと、そのために動いていたのですもの。


「だから、一夫一妻制だというのに、他国から多くの釣書が来ている理由は理解できるわ」


 そもそも、今まで一度も縁談がなかった方がおかしいのだから。悪逆王なんかではないと知られた今、比較的新しいとはいえ強国のグレイシャルと直接的な国交を結びたいと思うのは当然ですわ。


「…………陛下は婚約破棄なんて突きつけてこないと、わかっているわ。わかっているのだけれど。もし……」


 グローリアが世界的に弱い立場になっている今、もしも、国益になる縁談が持ち込まれたら? それを諸侯や民が推せば?

 

「私は落ち目の国の公爵令嬢。グレイシャルにとって、汚点にしかならないですわ」


 良いように捉えてもらえたとしても、せいぜい憐れみや同情しか向けられない。私を王妃にする利点がない。それに……。


「私にとっての汚名返上は、グレイシャルに嫁いだ理由を失うことにもなりましたの」


 お母様や陛下のおかげで断罪し返せた時、とても嬉しかった。けれど、その後様々な国がグレイシャルに注目し、あの手この手で接触を図ろうとしている時に気づいたのです。

 私は正当な評価の代わりに母国と自分の価値を下げたのだと。他国からの大量の釣書は、その証拠。私と陛下の婚約は、非常に脆くなってしまった。


「私がグレイシャルにできることは、婚約を破棄して母国に帰ること、ただそれだけですわ」


 そうすれば、お優しい陛下を困らせなくて済む。民はより豊かな生活を送れる。


「っ頭では理解してますの。それでも、それでもできるわけないでしょう!?」


 婚約破棄される側の辛さは、私だってわかっていますのに。アイラさんとの婚約破棄でさえ、あれほど傷ついて、やっと癒えたばかりですのに。婚約破棄を突きつけるなんて。


「それにっ……それに私達はっ!!」


 言葉にならなくても、クロエには通じてしまいますわね。ずっと見守ってくれていたのだから。

 この一年間、私と陛下は近くなりすぎてしまった。もう、離れられないほどに。そして何より……。


「私、陛下のお側にいだいでずのぉ……」


 あの不器用で少し抜けていて、強くて弱くて、誰よりも優しい人を、ずっと側で支えたい。ずっと隣にいたい。


「嫌でずわ。わたぐじ以外が陛下のとなりにいる未来なんて」


 ポロポロと溢れる涙を、クロエはエプロンで拭ってくれますの。昔そうしてくれていたように。


「陛下と一緒にいると、しあわぜで、たのじくで、どこかくすぐったぐで……この関係を終わりにしなければならないとわかった時から、胸が苦じくてしょうがありまぜんの」


 帰りの間、陛下と一緒にいればいるほど辛くなった。

 こんな気持ち初めてですの。初めてばかりですの。


「ねえクロエ、この気持ぢは何でずの? 私はどうじでしまいまじだの?」


 もう何も分からない。私は一体どうすればいいのか。どうするべきなのか。

 今まで静かに聞きながら慰めてくれていたクロエの手が止まりまして、口を開きますの。


「それは、私が教えられることじゃありません。お嬢様が、自分で見つけるものです」


 見たこともないような慈悲深い笑みを浮かべて、クロエはそう言いましたの。


「大丈夫ですよ。私は、お嬢様が見つけられる人だと信じています」


 なんだか、クロエはもう私の泣く場所になってくれない気がして、手を伸ばして、引っ込めました。そしてじっとその手を見つめ握り締めますの。

 何か、掴めたような気がしたような気がしましたわ。


「さてお嬢様、もう夕食の時間ですよ。天気次第ではありますが明日は狩猟祭ですし、早く寝て備えなければ」

「しゅ、狩猟祭!?」


 まさかそんなはずは……と驚けば、クロエは呆れた顔をしまして。


「お忘れですか? もうお嬢様が嫁いできて一年すぎてますよ」


 カレンダーを見れば、確かに過ぎていますの。世界会議が長引いた上に荒れた天気だったからか全然気づきませんでしたわ。もう春が近かったのですわね。

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