35. お誕生日おめでとうございますわ
「うーん……ペン、とかはどう思います? 味気ないかしら」
「いや、多分喜ぶと思うけど……ただあいつが今使ってるのが先王様からのプレゼントだからなぁ」
そ、それはダメですわ。亡きお父様からの贈り物があるのに渡しては……。
とにもかくにも大通りを歩いてお店を見つつ考えますの。調香……陛下はあまり香水などは好みませんし。あそこにあるのは、革細工かしら。
「そうだわ! キーケースはどうかしら!」
「確か今使ってんのが、十四の時の誕生日プレゼントだった気がする……じいちゃんからの……」
俺もお揃いのやつ持ってるんだ、と見せてくださいまして。優しい緑色の民族柄の意匠の……。キーケースもなしですわ。
あら、向かい側のお店のグラスも美しいですわ。いえ、待ってちょうだい。
「グラスは……」
「今使ってるのが王妃様からの……」
「なしですわね」
陛下は物を大切にする方ですけれども……それでもっ……!
「物持ちが良すぎますわ……」
「あいつ、大事にするしこまめに手入れするからなぁ」
と困ったように笑うオリヴァー。
あっ! 大事なことを忘れていましたわ!
「オリヴァーやジェームスは何を差し上げるのです?」
「俺はワインを。じいちゃんはワイングラスって言ってた気が」
「お酒という手もありましたのね……」
ダメですわ。もうまったく思いつきませんの。
なんて頭を悩ませていましたら、ふといい匂いがしてきまして。
「この甘い匂いは……」
「クレープか?」
「クレープ!」
そうして気がつけば手に。ふ、不可抗力ですの。甘いものは思考を助けてくれますし?
「俺の分までありがとうございます」
「私のわがままに付き合ってもらっているのだもの。当然ですわ」
というわけでパクりと。しっとりとしたクレープにサワーチェリーのジャム……美味ですわ。酸味と甘さが絶妙ですの。
「クロエにも買っていこうかしら。ああでも持ち歩くのに向かないですわね、これ」
「クロエさんに……」
クロエの名前を出した途端、オリヴァーが青年の顔に変わりましたの。
あら、あらあら? 勘の鋭い私はすぐわかってしまいますのよ??
「オリヴァー、もしかしてクロエのことが好きなんですの?」
「え、あ……う……何か悪いかよ」
キャーーーーー!! まさかの!! まさかのですの!!
思わずはしゃいで淑女にあるまじく手をブンブン振ってしまいましたが許してくださいましお母様。これはとてつもなくおめでたいのですわ!
「とっても素敵ですの! クロエを、よろしくお願いしますわ!」
「いや、まだ、保留にされてて」
「大丈夫ですわ! クロエの夢はお嫁さんですもの!」
「は?」
そう言うと、オリヴァーは目をまんまるくしてしまったのでした。
あれは私がまだ幼かった頃の話ですわ。ちょうどあの浮気殿下との婚約が決まりまして。クロエに聞いたのです。
『私が王妃になった後、クロエはどうするのです?』と。侍女は連れていけないという話でしたので。そうしたら少し悩んだ後に、クロエは言いましたの。
『もし……もしも許されるのなら、誰か、心を許せる人の妻にでもなりたいです』
と。なんでも昔見た結婚式の様子がとても綺麗で印象に残っていたのだとか。家族を見捨てた自分に、もう一度家族を作る権利なんてないと笑っていましたが、私はそんなことないと思っていましたの。
「それで王妃になったらいい人を紹介すると約束していたのだけれど……あの浮気殿下のせいで白紙に」
「……」
「オリヴァー、聞いてますの?」
そういうとオリヴァーは急に自分の頬を強く叩きましたの。音が響き渡るくらいに。
「俺、絶対にクロエさん幸せにします」
「え、ええ。私の大切なクロエを幸せにしてくださいまし」
頬赤くなってますわよ。大丈夫ですの?
なんて思っていたらささっと私の分のゴミも片付けてくださいまして。
「クロエさんの好きな物ってなんですかね?」
なんて改まって尋ねてきたのでした。お互いプレゼント大作戦ですわね。
クロエの好きなもの……。
「お花とか好きですわね」
「特にシオンとか好きですよね」
よく知ってますわね。おそらくクロエの……。
「あと動物だったら猫とかも」
「ああ見えて犬も好きですわよ。動物全般好きみたいですの」
これはもしや私に聞かなくてもわかるのでは? 私が思っていたよりもオリヴァーとクロエはすでに仲良しですの?
「でも流石に動物をあげるのはな……」
「それはやめた方がいいですわね。クロエは使用人寮で過ごしてますし」
「どうすれば……アクセサリーは……」
悶々と悩むオリヴァー。先ほどまでの私もこんな感じだったのかしら。
お花……アクセサリー……そうですわ!
「お花のコサージュはどうかしら」
「コサージュ、ですか」
「髪飾りにもできますし、リボンや服にも付けられるから普段使いもできますわ!」
我ながらいい案ですの。
と思っていたら、少し行ったところにアクセサリー屋さんが。
「ちょうどいいですわ! 行ってみましょう!」
「いやいやいやいや、あそこは女性の聖域だろ。俺は無理だ!」
「今更何言ってますの! 行きますわよ!」
オリヴァーを引きずりまして。女性慣れしているように見えて意外ですわ。そういえば陛下も戸惑ってましたわね。懐かしいですわ。
お店に入ると観念したようで少々怯えつつ真剣に選んでますの。
「これとか……どうですかね」
「いいのではなくて? クロエが好きそうですわ!」
それは上品なスミレとカスミソウのコサージュでしたの。
これはきっと喜ぶわ。クロエだけじゃなくオリヴァーも。お互いが嬉しいものほど素敵なプレゼントはないもの!
お互いが、嬉しい……。私は、陛下に……。
「そうだわ!!」
ちょうどオリヴァーが買えたようなので、早速来た道を戻りますの。
「ここ、革細工じゃ……」
「その隣ですわ!」
「調香……? 香水?」
いいえオリヴァー、香水じゃありませんの。
「アロマですわ!」
陛下が安眠できるように。もう魘されないように。私は、陛下が毎日元気でいてくださったら嬉しいのですわ!
「これは絶対自分じゃ買わないだろうし、いいと思う。ダグラス様はもっとゆっくり寝た方がいいし」
オリヴァーもそう言うのなら間違いありませんわ!
安眠効果の高いラベンダーやカモミール、スイートオレンジ、サンダルウッドなどを選びますの。お店から出ると、もうすっかり日が暮れてきていまして。
護衛の方が仰るには、陛下とクロエは今カフェにいらっしゃるようなので急いで向かいますの。
「〜〜というわけで私はもう笑うのを堪えるので必死でした」
「プッ……」
長い間二人っきりにしてしまって気まずくなかったかしら、と心配していたのですが……案外和やかですのね。と言いますか、陛下が笑って???
「ああ、お嬢様。お買い物は済みましたか?」
「え、ええ。それよりも先ほど笑っていたけれど何を話していたのかしら」
「お嬢様があまりにも遅いものですから、少々話しすぎてしまいました」
クロエはそう言って悪い顔をしましたの。ま、まさかクロエったら……!!
「私の今までの痴態を陛下にお話ししましたのね!?」
「いえ、おもしろい話ですよ」
「興味深かった。また聞かせてほしい」
「どこがですの!!! やめてくださいまし!!」
クロエの意地悪! と怒ってもどこ吹く風といった調子。
それどころか、「ほら、国王陛下にお渡しするものがあるんじゃないですか」なんて話を逸らして! その通りですけれども!
「その……陛下……」
「ん?」
ずっと悩んで買ったものを差し出しながらお祝い申し上げますの。
「お誕生日おめでとうございまひゅわ!!」
なああああああああああああああ!!! もう!!! 私の舌はどうしてこうなのです!?
「アッハハハハ!! また噛んで……フハッ。ありがとう、開けてもいいか?」
「うううう、そんなに笑わなくても……どうぞ」
「これは……アロマか?」
もの珍しそうに手に取る陛下。
「ええ、安眠に効きますから。嫌な匂いでなければ是非使ってくださいまし」
「使うのが少しもったいないな」
「また買いに来ればいいのですから!」
なんて話していると、もうすっかり辺りが暗く。いくら治安がいいとはいえ、夜は危ないですし、そろそろ宿に……と思っていたら、クロエの顔が突然曇りましたの。
「クロエ、どうかしまし……」
走って近寄ってきたその人物に、私は目を見開きましたの。
「っお久しぶりです、アレッタ様」
「もしかして……」
「はい、シオンです」
黒髪と紫の瞳を揺らして、すっかり育った青年は、私の前で傅いたのでした。
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