34. 陛下には内緒ですの!



「あと国を二つ越えれば、ゲレヒミッテだそうですよ」

「ではここは……」

「先ほどいた隣国のまた隣、ケレネイア王国だ」


 グレイシャルを発ってもう三日は過ぎたでしょうか。

 馬車から顔を出せば、中心には赤い屋根と白い城壁のお城が、それを囲むように城下町が栄えているのでした。


「今日はここで一泊する予定だ」

「やっと宿に泊まれますの!?」


 馬車に揺られながら目を閉じて、馬車に揺られながら目を覚ます生活でしたのに!

 王族ですし、他国の、ましてや宿などには泊まれないのは仕方のないことだと、諦めていましたが……やっと!


「ケレネイアは小国ながら歴史が長く、多くの国から信頼されている。治安もいい」

「治安がいい……」


 ということはもしかして……。


「っ城下町でお買い物などはできますか??」

「え、ああ、可能だ。もちろん身分を隠した上で、護衛つきだが」


 わたくしの予想外な剣幕に陛下が少々驚かれているようですが、事情はお話しできませんわ。私にとって、今日はとても大事な日なのです。

 浮き足立っている私を見てクロエがため息をつきましたが、見てみぬフリですわ。


「ダグラス様、宿についたようです」

「ああ、わかった。アレッタ嬢、宿に荷物を置いたら出かけよう」

「あ、その……ええと……」


 私が言いかけている間に、陛下は手続きをしにいってしまったのでした。

 しょうがないので私とクロエはひと足さきに部屋に行くことに。


「それにしても……」


 ちゃんとしてますわ、このお宿。警備も外観もサービスも全て。さすがは貴族王族御用達ですの。

 私の部屋は一番大きくて、ベッドなんて二、三人寝れそうですわね。しかも豪華。何もかも二人分ありますし。

 

「お嬢様、おそらくこの部屋は……いえ、なんでもありません」

「この部屋はなんですの?」

「いえ、さっさと荷物を置いてしまいましょう」


 使用人が持ってきた荷物をクロエが預かって、どんどん配置していきますの。相変わらずクロエは優秀ですわ。ものの十分で全て終わりましたの。

 あとは着替えまして。ちゃんとケープや帽子で防寒とお忍びを。


「では私は陛下の元へ行ってきますわ」

「待ってください。私もついていくに決まっているじゃないですか。いつもの脱走と一緒にしないでください」

「だ、脱走って……」


 脱走は流石に失礼ですわよ! 確かに実家にいた頃はしれっと勝手に市井に降りたりしていましたけれど……!

 とクロエに不機嫌アピールをすれば鼻で笑われましたの。ううっ!

 なんて悔しがっていたら階段でバッタリと。


「アレッタ嬢、もう準備が済んだのか。少し待ってくれ、俺も部屋で着替えてくる」

「わかりましたわ」


 陛下はまだ手続きが終わっていなかったようで。

 しばらくロビーで待ちますの。

 それにしても……どうしましょう。意気込んだのはいいものの、全く思いつきませんわ。お菓子は今からは作れませんし、花は枯れますし、アクセサリーはもうブローチを使ってくださっていますし……。


「アレッタ様、もうそろそろ陛下も準備ができるかと」

「オリヴァー! いいところに!」

「はい?」


 頭を悩ませていたところにオリヴァーがやってきましたの。

 そうですわ。最強の助っ人オリヴァーがいましたわ!


「陛下のお誕生日プレゼントを買いたいのですけれど……まったく思いつきませんの。陛下の幼馴染の知恵を貸してくださいまし!」

「誕生日プレゼントで……」

「アレッタ嬢、遅くなった」


 へ、陛下!!

 オリヴァーが私の様子で察知してくださったようで事なきを得ましたの。

 あ、危なかったですわ。あやうくバレるところでしたの。


「どうかしたのか?」

「いいえ、それより陛下、私お買い物にオリヴァーをお借りしたいのですがいいでしょうか?」

「構わないが……一緒に動けばいいだけだろう? もとよりそのつもりだ」


 申し訳ありません、陛下。私のわがままに付き合ってくださいまし!


「いえ、陛下とは別行動したいのです」

「え……」

「お願いしますの……!」


 どうか許してくださいまし。どうしても、陛下には秘密にしたいのですわ。


「わ、わかった……。オリヴァー頼んだぞ」

「御意」


 陛下は見るからにしょんぼりしてしまいましたの。おそらく他の方が見れば変化がわからないと思いますが。


「ク、クロエをオリヴァーの代わりに貸しますから」

「えっ」

「お願いしますわクロエ!!」


 流石に陛下一人というのもアレですし……。もちろん一般人に扮した護衛もいますが。


「はぁ……。今日も元気に勘違いなさっているようで何よりです」

「勘違い?」

「もういいです。行ってらっしゃいませ」

「? 行ってきますわ!」


 というわけで、城下町をオリヴァーと一緒に周りますの。

 陛下への誕生日プレゼントを買うために!



「これは探検したくなりますの……」


 城下町はとにかく入り組んだ道に高低差。これはロマンがたくさん詰まってますわ。そこかしこから聞こえる屋台の客寄せや子供の笑い声もテンションが上がりますの。


「あまり離れないでくださいよ。迷子になったら大変ですから」


 なんだか、少しお兄様に似てますの。

 思わずクスッと笑ってしまいました。


「敬語はいいわ。私、今日は陛下の幼馴染としてオリヴァーとお買い物したいのですから」

「仕事中ですので……」

「では今から買い物が終わるまでお休みということで」


 強引かしら。強引ね。でも、陛下の幼馴染のオリヴァーに、陛下の誕生日プレゼントの相談をしたい、というのはおかしくないでしょう?

 オリヴァーは折れてくれたようで、少し雰囲気が変わりましたの。


「……わかった。んで、誕生日プレゼントの候補は?」

「それが、思いついていませんの」


 そもそも旅行中では何もできませんし、サプライズで歌を歌ってお祝いして、帰ってからお花とイヤーカフをプレゼントする予定だったのですが……まさかこんなことになるとは。当日にちゃんとお祝いできて嬉しい限りではありますが。


「何か、好きな物とか教えていただけませんか?」

「うーん……ダグラス様の好きなものか……。正直あんまないんだよな」

「ない!? なぜですの!?」


 強面で少し前まで声が小さかったりと少々他人とは違う陛下ではありますが、流石に人ですし好き嫌いくらい……。


「王族だからな。あんまり物に執着しちゃいけねえんだよ。そういう教育を受けてるし、ダグラス様自体昔から物欲がない」

「北は帝王学が厳しいのですわね……」

「まあ、嫌いなものも少ないし。とりあえず選んでみたらどうだ?」


 とりあえず……。これは前途多難ですわ。

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