33. 旅の恥はかき捨てと言いますが



「うぅぅ……」


 陛下と長時間二人っきりなんて……と心配したのも束の間。恥ずかしいことに盛大に馬車の揺れに酔ったことで、介抱のためにクロエとオリヴァーが加わり四人で乗ることに。

 気持ち悪いですわ……あと何日これを続ければ……。

 ああもう、心底呆れた目をしないでくださいましクロエ。そんな心配そうな顔しないでくださいまし陛下。


「少し休憩にしよう」

「へ、平気ですのぉ……」

「お願いします。無理そうな時の顔してます」


 わ、わたくしは大丈夫ですのにクロエったら……。ああ、オリヴァーが止まるようにもう伝えてしまいましたわ。

 しばらくもしないうちに馬車が止まりまして。情けないことに本当に耐えられなくなり飛び出すように馬車から降りましたの。


「……うえっ」

「お嬢様ハンカチを……って吐いてなくて何よりです」

「嘔吐する一歩手前でどうにかなりましたわ……」


 周りを見るとどこかの村でしょうか。日に照らされて小川がキラキラ光ってますの。小屋には水車があって、畑にはビーツやサボイキャベツが元気そうに育っていますわ。なんてのどかで素敵なのでしょう。


「綺麗……」

「ここは、隣国の外れ村らしい」

「陛下」

「その……大丈夫か?」


 のどけさにぼぅっとしていたら、いつのまにか隣に陛下がいらっしゃって。

 大丈夫……ああ、気持ち悪さのことですか。

 見るからに心配そうな顔をしていらっしゃる陛下に、できる限りの笑顔をしますの。これ以上心配をおかけしたくありませんわ。


「少し外でゆっくりすれば大丈夫かと思いますわ! ……こんなことで馬車を止めてしまって申し訳ないですの」

「こんなことじゃない。アレッタ嬢は大事だ」


 なっ!!

 大事……私が大事……そ、そうですか。大事なのですか。

 そんな恥ずかしいことをサラッと……今も涼しい顔をして村を眺めて、全く。私がどんな気持ちかも知らずに。

 ……私、どんな気持ちですの?


「アレッタ嬢、ゆっくりということだったらあそこはどうだろうか?」

「ひゃいっ! べ、別に考え事なんてしてませんわ!」

「考え事?」


 私ったら一体何を……と陛下が指を刺したところを見れば、


「う、牛?」


 そこには牛や羊がのんびりと冬の少ない草を食べていたのでした。なぜか家畜を興味深そうに見ていらっしゃる陛下。確かに王族とは縁のない光景ですわね。

 しかしながら……。


「わ、私、その、動物は……」


 少々苦手……と言いながらも大丈夫かもしれないと近づけば、牛さんが私に気づいてしまいましたの。あ、これは、もう手遅れですわ。


「えっ?」

「……クロエ、着替えを用意してちょうだい」

「はぁぁ……。体を拭くものも用意しておきますね」


 陛下が驚いている間に、大量の牛さんや隣の柵の中にいた羊さんまでが凄い勢いで集まってきたのでした。あれよあれよと囲まれて甘えられますの。

 うっ、苦しいですわ……。


「これは……一体……」

「昔から動物に好かれっ……ちょっと、近づきすぎでっ……あーもうよだれでベタベタですわっ! んもう、いい子だから離れてくださいましっ!」


 もう牛さんだらけ羊さんだらけで喋ることもままならない私の代わりに説明するようクロエに目線を送りますの。


「お嬢様は昔から異常に動物に好かれるんですよ……毎回こんな風に揉みくちゃにされるので、嫌いではないようなのですが苦手らしく」

「……ダグラス様には刺激が強すぎたらしい。岩化してる」


 顔を舐められ擦り寄られ、やっとのことで顔を出せば、クロエとオリヴァーは呑気に状況を分析しているようで。隣には岩化陛下が。

 動物は嫌いではありませんの。ただこれは色々と大変と言いますか……。いつもならお母様が助けてくれますのに……どうしましょう。私もお母様みたいに言うことを聞かせられたらいいのですが。


「やめてくださいましっ!」

「モォォォーーー」

「メェェェーーー」


 ダメですわ。お母様みたいに一列に並ばせられませんの。どうすればできるのでしょう。


「本当にっ、やめてくださいましっ!」


 そろそろ息が苦しく……と思った時に、浮遊感を感じまして。


「プハッ!」

「……無事か?」


 陛下の声ですわ。どうやら陛下が群れの中から引き上げてくださったようですわね。

 目線が高いですの……!

 と後ろを向けばそこには真っ黒な怖い顔が。もちろん比喩表現ですが、本当に怖いのです。


「な、何を怒って……」

「怒ってない」


 いや、絶対に怒ってますわそれ。もはや巷で聞くブチギレというものですわ。ほら、動物たちも恐れをなして物凄い勢いで後退りしてますの。

 陛下はそんな動物たちを一瞥して、私を抱きかかえ直し馬車の方に戻りまして。……意図的に私のことは一切見ずにずっと怖い顔のまま。

 

「そろそろ出よう。着替えを……」

「それよりも、なぜ怒っているのか聞かせてくださいまし!」


 このお顔の陛下をそのままにはしておけませんわ。荷馬車の御者が泡を吹いて倒れそうになってますの。

 舐められすぎてベタベタな手で申し訳ありませんが……。


「えいっ! 私の目を見て、ちゃんと話してくださいまし! でなければ出発できませんわ」


 無理やり顔をこちらに向けますの。渋々と口を開いた陛下が仰った言葉に私はもう開いた口が塞がりません。


「……アレッタ嬢は、俺の婚約者だ。例え政略結婚だとしても。動物だろうがなんだろうが、婚約者が舐められて酷く揉まれている姿を見て嫌な気持ちになるのは当たり前だろう」


 はい?

 つまりは動物相手に嫉妬してましたの?


「だが、俺が先に近づいていってしまったのも事実だ。あの牛や羊を責める資格はない」


 いや、論点はそこじゃありませんわよ。


「陛下、そんなに私のことを大事に思ってくださっていましたのね」

「……俺はそんなに伝えるのが下手だろうか」

「っいいえ、逆に伝えすぎなくらいですわ。ただ……その……思っていた大事と少し違っていたので驚いてしまって」


 いつだって陛下は私のことを大事にしてくださっていましたもの。

 でも、それは親愛の大事で、そんな嫉妬するような大事とは思っていませんでしたの。

 もしかして、私達少しは婚約者同士らしく……?


「陛下、私達……っ寒い!」

「やはり早く着替えた方が良さそうだ」

「今日は比較的に暖かくですが冬は流石に冷えますわね……よだれでびしょびしょですし、私」


 というわけで近くの小屋を借りて着替えて、体を拭いまして。こんなによだれだらけの服をどう洗濯しろと……ほんと、無駄に愛されるのもいい加減にしてくださいとクロエに怒られながら。今日がドレスじゃなくてよかったわ。もしそうだったらこの程度じゃ済みませんもの……。


「お待たせしてしまいましたわ」

「ああ……大丈夫だ。アレッタ嬢、先ほど何を言いかけて……」

「ダグラス様、出発の準備出来ましたよー」

 

 と、ちょうど綺麗にし終えたところで出発の準備が整いましたの。私のせいで止まってしまったのですし、道を急がなくては。


「陛下、早く行きましょう」

「……ああ」

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