32. では行ってきます



「まさか他にも仕立てていたなんて……」


 パンパンなクローゼットを見て呆然と立ち尽くすしかありませんの。


「そもそもお嬢様が身分に相応しくない量の服しか持っていないのが原因では……」

「痛いところつかないでくださいまし。クロエ」


 あの後、本当に三日でドレスが、その上私服から公務用まで大量の服が、立て続けに届いたのでした。

 どれもこれもオートクチュールの一級品。マダムポピーの話によると、夏前の時点で頼まれていたものなのだとか。


「アレッタ嬢、入ってもいいだろうか」

「……ええ」


 ちょうど現在進行形で頭を悩ませている原因がいらっしゃいましたの。

 ガチャリとドアが開く音がしまして……。


「陛下、これは一体どういうことですの?」

「ああ、届いたのか……!?」


 わたくしが怒っているのが伝わったようで何よりですわ。だからと言ってその場で正座しなくてもいいのですが。

 

「私とて国王陛下の婚約者、しいては時期王妃はそれ相応の服を見に纏わなければならないことくらいわかってますわ。ええ、わかってますの」


 正直、今まで衣替え合わせて公務用、お茶会用、普段着用の六着しかなかった私も悪いですわ。クロエの言う通り。

 しかしながら……。


「流石にこれは多すぎますわ!? なんですのこの量は! 大きすぎて置物に近かったクローゼットにしまいきれないのですが!?」


 おそらくキングベッド二つ分くらい大きいというのに。今までスカスカだったというのに。

 ドレスはかさばるものですが、限度がありましてよ。


「……その、アレッタ嬢」

「なんですの?」

「他国の王妃や高位の貴族は、ドレス専用の部屋があったりするらしい。今回のそれは、世界会議のための旅行用だ」


 ドレス……専用の……部屋……。そういえば実家に使われていない大きな空き部屋があったような……。

 世の中のご令嬢方、贅沢すぎませんこと? それは暴動が起きてもおかしくありませんわ。


「……それで俺は今日、旅行について話に来たのだが」

「…………とりあえずソファに座ってくださいまし」

「そうさせてもらう」


 とりあえず二人でソファに座り直しまして。クロエがちょうどお茶を持ってきましたの。

 

「ええと……まずは謝罪申し上げますの。ごめんなさい。ですが、他の方がどうであろうと、私 に大量のドレスは不要でしてよ。民の血税をそんなことに使いたくないのですわ」


 全てはお母様の刷り込みですわね。貴族は権力を誇示し経済を回すのが大事なのであって贅沢は敵と散々言われていましたし。私もそれが正しいと思っているのです。

 

「そんなことではないのだが……わかった。これからは俺の私財で買うことにする」

「どうしてそんなことになるのです!?」

「俺が、アレッタ嬢に着て欲しいからだ」


 なっ!!

 そんな真顔で、そんな真剣に……。


「陛下って着せ替え趣味がありましたの……」

「ない……がアレッタ嬢のは見たいな。何故だろう」

「陛下がお望みでしたらいくらでも着替えますが、無駄遣いは控えてくださいまし」


 本格的に冬になってきたので、そろそろ手持ちの服では冬を越すのに心許ないと思ってはいましたが。


「それで、旅行の件とは……」

「ああ。……詳細を確認すると、世界会議が行われるのはゲレヒミッテ永世中立国、つまり大陸の中央だ」

「ええ、そうですわね」


 なぜそんなに気まずそうに?

 ゲレヒミッテ永世中立国……。グローリアからグレイシャルへ来る途中に通りましたが、文化が入り混じった国で観光地としても有名でしたわね。馬車から降りられず通過しただけだったので詳しくは分かりませんが。

 仕事とはいえ少々楽しみですわ。美味しいスイーツがたくさんありそうですの。


「そしてグレイシャルは最北の地だ」

「とてつもなく寒いですものね」

「つまり、着くまで時間がかかる。加えてグレイシャルはもう少しすれば吹雪に見舞われるようになる」


 陛下の目が遠くを見てますわ。

 まあ、グレイシャルの吹雪は大きな問題ですものね。国内の流通は滞りますし、貿易は難しくなりますし。経済が回らなくなりますの。


「……それで、大変申し訳ないが、出発を早めることにした」


 この通りだと頭を下げる陛下。

 これは準備に時間がかかることをジェームスあたりから言われたのかしら。


「しょうがないことですし、私は怒ってませんわ」


 最初に怒っていたからか、今日は謝罪が多いですわ。そんなに謝ることではないと思うのですが……。


「陛下、何か隠してますの?」


 当たりなようで。表情も体も動いてませんが、私には分かりますのよ。


「今正直に仰ってくださったら、怒りませんわ。約束しますの」


 怒らないから、は世界で一番信用できない言葉ですが、まあそこは置いておきまして。

 そう申し上げてやっと、陛下はおずおずと小声で仰るのでした。


     「アレッタ嬢から貰    った手紙を、汚してし   まったんだ」

 なるほど、手紙を、汚して……。

 

「そんなことですの?」


 つい間の抜けた声を出してしまいましたの。

 そんな些細なことで、大喧嘩した後離婚すると言われた時のお父様のような顔を……。


「そんなことじゃない」

「っうふふ、あははっ……うふふふふ」

「……そんなに笑わなくていいじゃないか」


 陛下はふてくされた少年のようにプイッと横を見てしまったのでした。

 そんな顔もしますのね。初めて見ましたわ。陛下、とっても可愛いですの。


「わざとじゃないのでしょう?」

「勿論だ。読み返していたらいてもたってもいられなくなって、アレッタ嬢の元へ向かおうとしたらインクをこぼしてしまった」


 そんなスラスラと早口で言わなくても。誤解なんてしてませんわ。といいますか、最初旅行について話に来たと仰っていた気がするのですが?


「……旅行についても話したかったんだ」

「私、まだ何も申し上げていませんが?」

「ムゥ……」

「ふふっ」


          *


 その後日程を詳しく聞いて慌てて準備していたら、いつの間にか出発の日になりまして。


「ジェームス、頼んだぞ」

「お任せください」


 今回は後学のためにもジェームスではなくオリヴァーが執事としてついていくことになりましたの。私は勿論クロエと一緒ですわ。


「では、行ってくる」


 って、大事なことを忘れていたわ。

 陛下の袖を引いて屈むように頼みますの。こういう時にスマートにできない身長差が少々憎らしいですわ。


「陛下、これを」

「……これ」

「お約束していたマフラーですわ。気に入ってくださると嬉しいのですが」


 手紙でお話ししていた緑色のマフラーを陛下の首に巻きまして。ファーというか毛皮が邪魔ですわね。それに首太いですの。


「……暖かい」

「なかなかの出来でしょう? ご希望通りの緑で……」

「アレッタ嬢の、色だ」


 まさか、私のリボンと一緒で……。

 ぶわっと顔が熱くなった感覚がしましたの。私、この調子で、陛下と一週間も一緒なんて……大丈夫かしら。

 

「行こうか」

「い、行ってきますわ!」

「はい、行ってらっしゃいませ」

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