31(裏). 結婚、するんですか?


「クロエ、結婚しますの?」


 扉の向こうから聞こえてきた言葉に、自分の耳を疑った。

 今日は、世界会議に向けてアレッタ様のドレスを仕立てるためにグランマポピーをお呼びしたんじゃなかっただろうか。

 なんで、クロエさんが、結婚……?

 思わず知らない誰かと結婚式を挙げるクロエさんを想像してしまう。最悪だ。色々と死にたくなる。


「ちょっと待った!!」


 ワンテンポ遅れてドアを勢いよく開けた。馬鹿力すぎてどっかの金具が外れたかもしれないがどうでもいい。


「結婚、するって……」


 ???

 最初に視界に入ったのは、グランマポピーに胸囲を測られているクロエさんの姿だった。次に勢いよくドアを開けた事で無表情のまま驚いているダグラス様と対照的にわかりやすく驚いているアレッタ様。


「オリヴァー、お前、ドア壊して……」

「凄い音でしたわね」


 驚いた割には案外冷静な二人のツッコミは置いておいて、なんだろう、採寸って見てられない。服の上からだとしても、なんか、無理だ。いや、見ていたいけど、見ちゃダメな気がする。

 と、目を逸らしたらダグラス様から凄い共感の眼差しをされた。

 

「お嬢様もオリヴァーさんも何がどうしてそうなったのかは分かりませんが、ただウェディングドレスのモデルをすることになっただk……」

「あんた、見たところ177、8cmだね」


 なんだ、モデル……なんて安心していたら、いつのまにか側に来たグランマポピーに身長を測られていた。

 は?


「うん、178cmちょうどだ。こりゃいいね」

「いいって何が……」


 なんか、片眼鏡の端が光ってね?


「この執事も借りてもいいかい? 新郎の方も欲しかったんだ」

「新……郎……?」


 つまり、俺は、クロエさんと結婚するのか?

 なんて放心している間に採寸された。

 なんなんだこの婆さん。


「すまないが、事情を説明してほしい」

「ウェディングドレスを作ったんだけどインスピレーションのままに作ったからサイズが適当でね。着れるモデルの予定が合わないんだよ」


 と、さも自然なように言うグランマポピー。いや、インスピレーションのままにウェディングドレス作るってどんな思考回路してんだ。

 

「絵画は立った形を想定してるから身長差が10cm程度が好ましい……ということで借りたいのさ。二人とも顔が整ってるし」


 確かに俺は平均身長で、クロエさんは女性にしては少しだけ高めだが……まさかこんなことになるなんて。

 少し冷静になってきた。モデル……モデルか……モデルでもクロエさんと結婚か……。いややっぱり俺くっそ浮かれてるわ。


「ドレス代は少しマケますので」

「わかりましたの」

「お嬢様!?」


 アレッタ様が即答してくださりやがったおかげで、俺はクロエさんと結婚式モデル挙げることになった。



         *


「はいよ、どうぞ」

「失礼しま……」


 というわけでモデルをするために教会に来て、着替え終わったことを報告しにきたんだが。


「…………」


 破壊力が高すぎる。

 なんだ、この女神様は。


「着替え終わったようだね、うん。こっちも終わったよ」


 言葉が出なかった。

 人魚のようなラインのスカートは上品に揺らめいて、手に瞳の色と同じ紫の花束が、鎖骨が開いているデザインにアメジストのネックレスが映える。

 ベールで顔はよく見えないが、いつもはストレートの黒髪を巻いたようだ。

 印象が変わる。これも似合う。多分もう百回くらい惚れ直してるけど、また惚れ直してしまう。


「……何か言ってくださいよ」

「結婚してください」

「……またそれですか。考えさせてください」

 

 ベール越しでも、不機嫌になったのがわかる。クロエさんは基本いつでも鉄仮面だが、案外わかりやすい。そこも可愛い所だった。


「いいじゃないかい。結婚すれば」

「「はい?」」


 二人して聞き返してしまった。

 何を言っているんだこの人は。

 

「結婚する前にウェディングドレスを着ると婚期が遅れるって迷信もあるんだし」


 そしてそのままクロエさんの方を見れば、固まっている。

 実際クロエさんは、世の中で見れば結婚適齢期後半なわけで、気にする年頃なんだが……。

 でもまあ……。


「その前に俺がクロエさんにプロポーズ受けて貰えればいいだけの話だろ」

「……!?」


 至極簡単なことだ。

 って、クロエさん耳を真っ赤にしてるな。絶対可愛い。凄く見たい。

 なんて思っていると呆れたような揶揄うような口調で言われてしまった。


「あらあらまあまあ、こっちも熱いんかい」


 冬が明けたら一気に春かね、なんて。


 いつまでもこうしているわけにもいかず、教会の指定された場所まで向かった。流石に本当に式みたいなことはしない。悲しいことに今日はただのモデルだ。


「はい、じゃあそこの位置に立って」

「わかりました」

「あんたベール持って」

「はい」


 指示通りにステンドグラスと十字架の前に立って、ベールを持ち上げた。


「っ!」

「……何かご不満で?」


 いや、その……その顔は反則なんですが。羞恥からか少々涙が溜まっている目元は華やかで、キュッと結ばれた口は綺麗な赤に染まっていた。それに負けないくらい、耳も赤い。

 ほんと、なんで今キスできないんだ。正直キスして抱きしめたい。


「はい、じゃあ画家さんよろしくね。あんたたちはそのままの姿勢を保って頂戴」

「ハァ!?」

「……もう二度とモデルなんて引き受けません」


 そもそも俺たちは自分から引き受けた覚えはない。

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