26. 陛下、お声が!?!?

 


 さて、すっかり肌寒くなってきた秋ではございますが、今日は陽気がよろしくて、ティータイム日和ですの。近頃はより一層忙しそうですし……と陛下を誘おうと思ったのですが珍しく執務室にいらっしゃらなくて。城内を探し回っても見つかりませんの。

 もしや……と思い向かってみると、陛下は中庭の木陰で気持ちよさそうに眠っておられました。

 

「……そこにいたのですか、陛下」


 音を立てないように隣に座りまして。少々うなされているようなので、そっと木漏れ日に照らされた髪を撫でますの。

 寝ている時でさえ顰めっ面なんて全く。せっかく表情が柔らかくなってきましたのに今度は皺がついてしまいますわよ。笑い皺なら大歓迎ですが。


「ふふっ……お慕いしておりますわ、陛下」


 一生陛下についていきますの。この敬愛は、わたくしだけではなくってよ。皆様陛下のことが大好きですの。



「……アレッタ嬢?」



 ひぅ!? 今何か耳に違和感が。

 陛下は低く唸った跡、ゆっくりと目を開けまして。いけない、私うるさかったですわ。


「お昼寝中に起こしてしまって申し訳ないで……」


 ちょっと待ってくださいまし。普段より、声が、よく、聞こえて。耳が、ぞわぞわして。


「今お声が大きくなってましたわ!」


 え、今普通に喋って……陛下が普通に喋りましたの!? 嘘ですの! いいえ、私の耳はとても良いのですから、聞き間違えはありえないですわ! 常人と同じ大きさで話してましたの!

 しかもび……美声ですの。す、すごくかっこいいですの。耳に響くような低音で、よく通って、どこか痺れるような……。


「はわ……はわわ……ひゃっ!」


 あまりの美声さに思わず後ずさってしまいました。

 そんな私を見て、陛下は絶望にも近い顔に。酷く狼狽していて、顔が青く……。


「っ陛下、どうしましたの? 悪い夢でも見たのです? それともお加減でも悪いのですか?」


 さっきまでの感動はどこにいったのやら。私が駆け寄って体をペタペタ触って確かめていると、陛下は拒絶するように私の手を振り払いましたの。

 陛下の、このような態度は初めてですわ……。


     「……アレッタ嬢“    も”、俺の声が醜いと    、悍ましいというの  だろう?」

「っ誰がそんなこと言ったのです!? この美声を!?」


 “も”ということは誰かに言われたということでしょう?? 誰ですのその耳垢の溜まっていらっしゃる方は!? 耳掃除して差し上げますのよ!?


     「嘘はつかなくてい    い。俺の声は醜い」

 なんだか怒りが湧いてきましたの。誰ですの、陛下をここまで傷つけた方は。万死に値しますわよ? 過去であろうがなんであろうが私の大切な方をきずつkっるなんて。

 ですが、まずは陛下の方ですわ。こんなに美声なのに気づいていないどころか卑下しているなんて……!


「陛下も耳垢が溜まってらっしゃいますの!?」


    「は、耳、垢?」

 無意識とはいえ、陛下のお声が小さかったのってこんなことが理由でしたの? 私の聴力の無駄遣いでしてよ!?



「美声陛下、舌噛み令嬢が申し上げますわ。陛下のお声はとっても麗しいですの」



 この声を聞いてときめかない女性なんていないのではと思うほどに。耳から摂取する媚薬ですわね。


「もっと聞かせてくださいまし!」


     「っだから、嘘 はいい」

「強情な方ですわね!! 貴方様の声に聞き惚れてしまった私の趣味が悪いとでもおっしゃりたいのですか!?」


 と私が睨んで申し上げますと、陛下はハッとなされました。

 陛下は決して私のことを否定なさりませんし、ましてや疑いなんてしないはずですわ。

 私は、陛下に嘘なんてつきませんの。


     「元婚約者なんて    、泣き出していたとい  うのに……」

「それいつの話ですの!?」


 ジェームスがいうことには、陛下が元婚約者様と婚約破棄されたのは十四歳の頃のはず……。確か、内政が不安定で、貴族たちとも亀裂が入っていた頃。けれど十四歳の男子といえば、成長期且つ……。


「大方、変声期か何かだったのでは? 兄様方もお年頃の時は変な感じでしたわよ?」


     「へん……せい…  …き……?」

「知らなかったですの!?」


 それよりも、元婚約者様許せませんわ。臣下から婚約破棄なんていうお顔の皮が厚すぎる方な時点で嫌いですが。普通王族の方からはあっても臣下からはしませんことよ? しかも、お茶会などで聞いた噂によれば、騎士と駆け落ちしたのだとか。貴族としての責務を果たす気が全くないようですわね。

 あまつさえ陛下にトラウマを植え付けていたなんて。


     「ああ……だからオ   リヴァーの声が少    し変わったのか」

「いえ、絶対それ少しではないと思いますわ」


 だって、正常な男性の声してますもの。少年の声とは似ても似つかない。陛下の鈍感は相変わらずですわね。

 まったくもう。可愛らしい人。


「陛下、私は陛下の笑ったお顔も大きなお声も大好きですわ。もっと見せて、聞かせてくだしゃいまじ!」

「……噛んでないんだな?」

「噛んでませんのぉーーーー!!」 


 ううううううううう!!! 前言撤回ですわ。全く可愛くありませんの。

 ってあら?


「声が、出た」

「本当、ですわね」


 思わず顔を見合わせますの。

 

「っもう、悪逆王なんて言われませんわね! 私、とても嬉しいですわ!」


 そんな悪評はもう流せやしませんの。

 こんなに優しくてかっこよくて、笑顔が素敵で声の麗しい国王陛下なのですから。

 陛下が鏡の前で表情筋を動かそうとしていたことも、声を出そうとして咽せていたことも、私共は知ってましたの。陛下に近しい方々は皆。


「いや、アレッタ嬢が、いてくれたからだ」


 中庭を、ふわっと風が通り抜けまして。

 私、ですの? 確かに不遜にも治そうとはしていましたが、意味がなかったですし……。



「アレッタ嬢が、俺を救ってくれた」

 


「安心と自信を、ありがとう」


 陛下も、私に嘘はつきませんものね。


「どういたしまして!」


 それに、私が陛下に影響を与えたのも事実かもしれませんわね。だってこんなにも自信満々な高飛車令嬢がずっと隣にいたのですから。

 さて、次は陛下を世界中に知らしめて誤解を解かなければ。どうしましょう。あら……そういえばもうすぐ世界会議があったような……。


「ダグラス様! 少々非常事態が」


 ってジェームス!?

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