27. 元婚約者様ですって?


「アイラ様が、王城に現れまして……ダグラス様に謁見したい……と」


 アイラ様。それは陛下の元婚約者様。私が今一番平手打ちしたい方。臣下から婚約破棄なんていう処罰されても不思議ではない所業を、なんとまあ厚すぎるお顔の皮でやらかした方。

 どうして今日なのか。これも因果ということなのでしょうか。せめてもう少し余韻に浸らせて頂きたかったわ。


「陛下、わたくしが行きますわ」


 名前を聞くだけで震えてしまうなんて……。大丈夫ですわ。私が行きますの。

 騎士と駆け落ち……つまりは平民ですわ。元公爵令嬢とはいえ、何も成し遂げていない平民に陛下がお時間を割く必要はありませんの。


「しかし……」

「では一緒に行きましょう? 基本、私がお話しさせて頂きますが」

「わかった」


 我ながらなんて偉そうなのかしら。

 けれど、何があっても私がここはガツンと言って差し上げますの。身の程知らずな脳内お花畑様に。

 その元婚約者様がどんなお顔か拝んで差し上げますわ、と息を巻いて陛下を見上げれば、


「フハッ……ハハハ……アレッタ嬢は心強いな」


 と笑うのでした。どこに笑われる要素が!?

 では行きましょう、と今度はジェームスの方を見れば……え、泣いてますの?? どうして??


「ダグラス様、やっと……やっとでございますね……」

「ああ……今まで迷惑をかけた」

「とんでもございません」


 わ、忘れてましたの。私、まずは陛下の声が普通に出るようになったことを言うべきでしたわ。

 感無量なジェームス。ああ、本当に。よかった。きっとオリヴァーも喜ぶわ。

 早く伝え…………ああ、その前に元婚約者様のお相手をしなくては。

 例えるならば、お風呂に入って温まっていたのに、急に冷水をかけられたような、そんな感じですの。


「なんだか怒りが増してきましたわ。さっさと行ってさっさとお帰り願いましょう」


 ツカツカとヒールを鳴らして謁見室へ向かいますの。できる限りの、淑女として許容される速さで。


「……アレッタ嬢……足速いな」


 まずは玉座の横のカーテンで様子見をし、陛下の様子と相手によってタイミングを見て……ね。


「陛下はそこに座っていてくださいまし」

「わかった」

「では、お通ししてくださいな」

「ハッ!」


 私は元婚約者様を謁見室にお通しするように話し、陛下は玉座に。

 さてご対面ですわ。


 ドアが開いて、襟足で揃えられて短い赤髪と桃色の瞳、そばかすが魅力的な女性が現れましたの。そして何より目立つ豊満なお胸。なんだか……すごく負けた気がしますわ。私だって決して容姿に自信がないわけではありませんのに。


「お久しぶり、ダグラス様」

「あ……ああ」


 !?

 まさかの礼儀なんてものはないのですか。ただの一般市民が国王陛下を名前で呼び、その上敬語もないなんて信じられませんわ。


「まだ民衆には伝わっていないけれど……婚約者の方、グローリアで悪女扱いの令嬢らしいじゃない」


 へぇ……耳が早いことで。


「そんな悪女より、私の方が良いと思うでしょ」


 ふぅん………。


「私を、もう一度婚約者にしない?」


 ほぉん…………。

 

 どこかが、プチッと切れた気がしましたの。

 いえ、プチッとどころではなくブチッと。これは様子見する必要もないような相手でしたわ。



「国王陛下に対して無礼ではなくて?」


 ヒールを鳴らして、華麗に登場しますわ。

 悪女として嫁がされた実力をどうぞご覧になってくださいまし。私からすれば貴方様の方が悪ですが。


「ごきげんよう、初めましてアイラさん」


 まずはにっこりと笑顔を。もちろん意味くらい理解して頂きたいですが。


「私は、アレッタ・フォーサイス……陛下の婚約者ですわ」


 私は何を弱気になっていたのでしょう。こんな所作も礼儀もなっていない方より、私の方が美しいに決まっていますのに。

 一番重要なこととして、陛下は、外面の美なんて気にしないことくらいわかっていますもの。

 

「公爵家に生まれながら責務を放棄したただの平民が、国王陛下の婚約者に? 冗談はやめてくださいな。不愉快ですの」


 どこまで頭足らずで、どこまでお花畑なのかしら、この方は。

 虫唾が走りますわね。


「そもそも、臣下から婚約を破棄するなんて暴挙をしておいてもう一度結ぶ……? 貴女何様なのかしら」


 あらあら、固まってしまわれたようで。

 笑みを浮かべたまま近づき、大きく手を振りかぶりまして……。

 バシンッ。

 と、謁見室に音を響かせましたの。


「陛下を馬鹿にするのも大概にしなさい」


 この様子、大方わがまま放題で甘やかされてきたご令嬢様なのでしょう。お父様にも殴られたことはないのに、でしたっけ?


「貴女はただの平民。本来なら陛下と謁見なんて身に余る光栄ですわ」


 けれど、私はただこのことを言いたくて、登城を許したのです。



「陛下のお声のどこが悍ましいですって? いくら当時本当に聞くに耐えなかったとしても、お声から溢れでる陛下の優しさが上回りますのよ。お耳が腐っているのではなくて!?」



 あら、場内が静まり返って…………。



「プッ……ハハハッ!! フハハッ!!」


 って陛下!? どうして笑うのです!?


「というわけでアイラ殿。アレッタ嬢は悪女なんかではないし、婚約破棄なんてごめんだ」


 アレッタ嬢が自分から破棄したいと言うまでは……って私がそんなことするわけないでしょう!? まだわかってませんの!?


「お引き取り願おう」


 玉座から降りてきた陛下はそう仰って、私を抱き寄せたのでした。

 ふぇっ!? あの、近すぎますの! ちょっと!? 声が!!! いつもの声量でも耐えられませんのに、これでは……!


「あ……あぅ……」

「もう一度言う、お引き取り願おう」

「え、ええ。それよりも、離してあげた方が良いんじゃないの? 今にも茹で上がりそうですけど、その人」


 貴女のことは嫌いですがナイスアシストですわ。陛下、私そんな近距離無理ですの。


「失礼します! アイラ、君、何を!?」


 突然ドアが開きまして。

 今度は誰ですの!? 私今いっぱいいっぱいですのよ!?

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