24(裏). お祖父様に謝り倒されました



「っクロエさん! その……」

「はぁ…………」



 時はピクニック中に遡る……。

 そう、湧き水を汲みに行くなんていう名目で、いい雰囲気になる様に陛下とお嬢様を置いてきたあの時。


「では、私どもは近場を歩いてでもいましょうかね」

「何かあったら大変ですしね」


 とちょうどいいところでターンして戻ってこようとジェームスさんと二人でスタスタ歩いていた。

 あの鈍感で無自覚でズレている二人が少しでも進むかもしれないと期待する一方、先ほどのお嬢様の失言で気づかれてしまったような気がして、ほんの少し気まずさを感じつつ。


「……オリヴァーと、何かありましたか?」


 ギクッ……。

 な、なぜそれを……? どうして……? とジェームスさんの方をチラリと見れば


「図星でしたかな?」


 と。

 本来なら上司に話すような内容ではない。そのくらい弁えている。

 けれど……ジェームスさんは今悩まされている人の祖父、つまりは家族なわけで。……話すべきかもしれない。

 緊張と気恥ずかしさで、無意識につい足を早めてしまう。


「その……オリヴァーさんとお酒を飲みに行ったじゃないですか」

「やっと誘いに乗ってもらえた、と喜んでましたな」

「その……その時に……」


 ああ……言いずらい。というか言えない。

 けれど他に言える人はいない。言うしか、ない。腹を決めなくては。



「……一夜の過ちを犯してしまいまして」



 思い出すだけで顔から火が吹きそうだった。口に出すだけで、あの夜の熱さ、翌朝の羞恥を思い出してしまう。記憶を消したい。


「……………まさか」

「その、まさかでして……………」


 ダラダラと嫌な汗が流れる。異様な空気の中、必死にどうにかしようと足だけが動いた。落ち葉をザクザクと踏む音だけが、林に響き渡る。森林のいい匂いがストレスを軽減させてくれないだろうか、なんて藁にも縋る思いだ。


「あの……」

「愚かな孫が大変申し訳ないことを……!!」


 切り出そうとした声は謝罪でかき消された。ジェームスさんは意味を理解したかのようにカッと目を見開くと、見えないほどの速さで土下座し始める。

 ちょっと待ってください!?


「お、おやめくださいっ」

「いえ、本当に謝っても謝りきれないことなのです」

「わ、私が悪いんです」

「いえ、オリヴァーが悪い」


 正直年配の上司の土下座なんて心臓に悪すぎる。というか何度思い返しても十割私が悪い話だ。勢いに任せて酒を煽り、ところ構わず接吻をした挙句、気を遣って下さったオリヴァーさんに対して自分から誘って……今考えても私、最低すぎる。


「本当に、私が、悪いんです……」


 そういうと、ジェームスさんはようやく顔を上げてくれた。

 しかし、神妙な面持ちで話し始める。


「クロエ殿は他国から来たので知らないかもしれませんが……我が国は貞操観念が強いのです」

「それは一応知っていますが……」


 お嬢様への王妃教育の時に聞いていた。それ故に挨拶や舞踏会での距離も他国とは異なると。


「いえ、アレッタ様には申し上げておりませんが、それよりも大事なことがありまして」


 心を読まれたようにそう言われる。一体どういうことなのだろう。


「婚前交渉はつまり、結婚ということになります」


 ……つまり。


「クロエ殿はオリヴァーと結婚する以外、結婚できる可能性が非常に低くなってしまったのです」


 誰か嘘だと言ってほしい。


「どう……して……」

「北の国は冬の間娯楽がありません。それ故に、責任の取れるものとしか営んではならないという習わしとなったのです」

「なる……ほど……」


 どおりで町に娼館がないわけだ……ってそうじゃない。私はなんてことをしでかしてしまったのだろう。というか、オリヴァーさんがいい迷惑だ。


「本当に、申し訳ない……」

「私の方こそ大変申し訳ないです……オリヴァーさんにこんな……私のせいで……」


 血の気が引いていく。というか、こんな謝られたくて話を始めたわけじゃない。元はといえば……。


「私を見かけるたびに、土下座を伴った謝罪と求婚をしてくるようになったので、気まずいということを……話そうと……」


 もちろん周りに人がいない時に、だけれどそれでも異様だった。謝っても謝りきれない、責任を取らせてほしい、と。

 でもまさか、こんな……。


「先ほど話した理由からですな」

「……どうしよう」

「慰謝料を取るなり、しばくなり、なんでもクロエ殿のお好きなように」


 そんな怖い顔で言われましても……。「オリヴァー……こんな大事なことを隠して……」とそんなドス黒い顔で。

 待ってください。冷静に考えれば私が悪いんです……。


「ってここ……どこでしょう」


 近場を歩いている予定がずいぶん遠くまで来てしまった。仕事中だというのに。お嬢様の侍女失格だ。


「話し込んでいるうちに思いがけず遠くまできてしまったようですな」

「は、早く戻りましょう」


 とりあえず話を切り上げて、急いで戻ろうとしていると、近場で何やら鈍い音が。


「ダグラス様!! アレッタ様!!」

「お嬢様、何やら鈍い音がしましたけど何か……」


 そこには気を失った山賊たちと、返り血に塗れた国王陛下と、拳を振り上げたままのお嬢様が。

 その後、後処理に追われ、帰るまですっかりこの話を忘れていた。




 そして、現在。


「責任を取らせてください。結婚してください」


 と目の前で土下座する方が一名。

 本当に、もう、どうしようか。

 体を許してしまったくらい、嫌いではない。けれど……。

 顔が熱くなるのを感じて、私はまた逃げてしまうのだった。

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