23. ロマンス小説は心臓に悪いですわ!
「ドキッとすると思わず声が大きくなるって本当なのかしら」
「はい?」
クロエの間の抜けた声と、モップが落ちる音が、部屋に響き渡りまして。
「お母様から流行りのロマンス小説を頂いたじゃない?」
「馬車の中でも、この間のお出かけでも読まれていたやつですよね」
「そう。ちょうど今読み終えたのだけれど……」
この間実家に帰った際、今人気なのよ、と渡された物でして。今までの庶民や身分の低いご令嬢が、高位の男性に見初められるという主流から外れ、定められた死から逃れるため身分を捨てた公爵令嬢様と、従者のその後という少々変わったラブストーリー。
それ故か、いい意味で貴族らしくない恋愛シーンに心を震わせる方が大勢いるのだとか。
「ときめく様なシーンの多くで、”思わず声を大きくしてしまった“という記述がありましたの」
「なるほど……?」
「つまり、この本と同じことをすれば陛下のお声も大きくなるのではなくて?」
ここまで愛想のいいクロエなんて珍しいわ。やっと私が天才的だとわかったのかしら。
ん? なんだか嫌な予感もするのは気のせい……ええ気のせいね。きっと。
「試してみる価値はあるかと」
「そうよね!」
「善は急げですよ、お嬢様」
こんなにニコニコしているクロエなんて……明日は空からキャンディーでも降ってきそうだわ。
……まさか、ね。
「クロエ……何か騙してないわよね?」
「なんのことです? そもそも騙すも何も、私はお嬢様の意見に賛成しただけですよ」
「ですわね!」
というわけで、陛下の休憩時間を見計らって、執務室へやってきたのでした。
「陛下、アレッタですわ」
ドアをノックしますと、わざわざ陛下が開けてくださりまして。
外套は椅子にかかっていて、机の上にはティーカップが。よかったですわ。ちゃんと休憩時間でしたの。
「陛下、休憩中に失礼しますわ」
なっ!!!
そんな優しく微笑んで……反則ですの。顔が熱くなってしまいますわ……。今日もご機嫌がよろしいようで!
って、そんな暇はないのでした。
「私、試してみたいことがあるのです」
「私がお願いしたことに協力してくださいまし!」
ええと……まずは……とページをパラパラとめくりまして。そういえば、しおりを挟んでおいたのでしたわ。
まず最初はこれ……これですの?
「陛下、手を繋いでくださいませんこと?」
それで、握り方は指一本一本を絡めまして……。
「私にもわかりませんの」
ただの密着させた手の繋ぎ方ですわね。手を触れ合わせる、ということ自体貴族にとってはよくあることですし……。エスコートやダンスなどなど。
とりあえずブンブン振ってみましたが楽しいだけでしたの。というわけで次へ。
「陛下、屈んでくださいまし」
いえ、もう少し……そうそう私の手が届くくらいに。
次は優しく撫でる様に二、三回ほど頭に手を置きまして。
「陛下、どう思われます?」
「やはり、そんなに驚くことじゃありませんわね」
というわけでまた次へ。陛下の休憩時間を無駄にはできませんわ。早急に進めなくては。
……これ……できるかしら。
「陛下、次は壁に立ってくださいまし」
そして壁を叩く様に……多い被さって……被さ……被……。陛下の体が厚くて不可能ですの。どう考えても豊満な胸筋に頭突きしてしまう未来しか見えませんわ。
ドキッとしていただきたいのに!
まあ、そもそもドキッが何かわかりませんが。何かがバレてしまった時のオノマトペだと思うのですが。これならわかりますの。よく怒ったお声で私を呼ぶお母様に対して何度ドキッとしたことか。
「ハッ! なんでしょう陛下」
物は試しですものね……。
ということで体勢を反対に。覆い被されるって……なんだか非日常感がありますわね。これだけ距離が近ければ陛下のお声も聞き取りやすそうですの。
「そうですけども……陛下、ドキッとなさいます?」
私がしていませんが……逆でも効果はあるのでしょうか? と見上げれば、そこにはなぜか岩化陛下が。ど、どうしてですの?
「陛下!?」
この体勢、何か体に支障をきたすのでは? だから私の鼓動も速いですし、陛下もこんなことに……。つまりドキッと、は体調の変化なのでは?
そういえば、狩猟祭のあの時にも同じような感じだった気が。あの時は突進してきた猪と陛下に驚いてパニックになってましたわね。
「私には、少々難しかったようですわ……」
「ドキッとすると思わず声が大きくなる、とロマンス小説に書いてありましたの」
そう申し上げますと、なるほどと納得した様子の陛下。急がないと、の一心できちんと説明するのを忘れてましたわ。反省ですの。
「ええ、ドキッと、ですの」
例えば、猪を一刀両断したり、急に実家に帰ると宣言したり……って陛下それ私が危なっかしいような言い方じゃありませんの!
実質そうですけれど! いつもご迷惑をおかけして申し訳ないですわ!
と怒れば、陛下はいつものように笑われまして。
「もう!!」
私には……いえ私達にはロマンス小説のドキッとは難しいようですわね。
とそろそろお暇しようとした時に、持ってきた本を落としまして。陛下が拾ってくださったのですが……。
しおりを挟んでおいたことで指定のページが開きまして。
「ええ。効果がないことが分かりましたし、試しませんが」
拾っていただいた本を持ち、陛下に無駄な時間を……と申し訳なく思いつつドアに手をかけたのですが。
と後ろから抱き寄せられ、髪にキスを。
……はい!?!?!?!?!?
「なっ!!! 何を!?!?!? 陛下!?!?!?」
心臓がうるさいですの。というか耳元で喋らないでくださいまし!?
というか私今髪にキスされましたの!? そんな手の甲にキスをするくらい軽やかな流れで!?
ふぁ?????
「………………!!!」
と陛下はニヤリと笑いまして。
顔がすごーーーく熱いですの。羞恥で!!!
もうっ! もうっ!! もうっ!!!
「陛下なんて知りませんわ!! 無理せずご公務頑張ってくださいまし!!」
と思わず扉を勢いよく閉めて、部屋へ駆け出したのでした。
「クロエーーー!!」
絶対に恥ずかしいことになるとわかっていて仕向けたクロエに怒りながら。
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